USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No. 5(1996年3月発行)

留学レポート1

Münchenに学んで

加藤徹夫
BLV Licht-und Vakuumtechnik GmbH(出向)

私はウシオ電機の海外留学制度により1993年5月から1995年5月までの2ヵ年München工科大学の電気物理工学科のB教授のもとに留学していました。

ドイツの大学では決まった卒業の時期はなく、学部でも卒業研究の終了したものから順次卒業論文の審査を受けます。卒業研究は各自のめざす専攻の講座が指定する単位をそろえ教授に面接を申込みテーマを決め、講座に所属し約1年間研究を行います。就職も自分で新聞広告を見たり、自分自身が広告を出したりして個人的に探します。卒業時の年齢は大学在学中に微兵されていることと単位の取得が厳しいため30歳近くになっています。進学する場合、修士課程はなく、直接博士課程に進みます。ここでは各講座によってかなり差があるようですが、5年程度の研究を行い博士号を取得します。したがって、私の場合もウシオで標準的に行われてきた修士課程の学生としてではなく、留学制度からもはずれて共同研究員という立場でお世話になっていました。

研究のテーマとして熱プラズマの流体シミュレーションを行いました。実験の方は100気圧までの加圧が可能なチャンバ内で溶接を模擬したアークを発生させその温度分布を分光測定を用いて測定し、シミュレーション結果と比較することが主なテーマでした。溶接現象自体はシールドガスへの大気の巻き込みがある以外は希ガス高圧放電灯とほぼ同一の現象です。2次元での軸対象モデルに続いて3次元では磁場によってアークが偏向した場合のプラズマ内の温度分布および流速をコントロールボリューム法を用いて計算を行い、CCDカメラを用いた測定結果と比較することを行いました。

海外で一番困るのは当然のことながら言語です。ドイツ語といえば大学での教養課程で習っただけでした。しかしながら、大学内ではすべて英語でOKということで留学の運びとなりました。日本人的な感覚(私だけなのかも知れませんが……!?)からするとドイツ語を話すなら英語ぐらい話せるものといった思いこみがありました。ところが実際は日本人が英語を話すのと大差がなく、ドイツ人にとっても英語は学校で習う教養語であって町の店などではまず通じません。大学でも同様でB教授はアメリカにいらしたこともあり、英語がお上手で全く問題はなかったものの実際に実験を一緒にすることになった助手のS氏はあまり英語が得意ではなく、何をするにも手振り身ぶりで悪戦苦闘の連続でした。そのおかげでドイツ語はうまくなりましたが……?。学生にしても大学では英語を積極的に学ぼうとする意識がない限り、ほとんど語学の単位を取らなくても進級できる仕組みのため英語力の個人差は日本以上です。逆に専門の数学や物理、化学といった科目は非常に厳しく、まさにその道のエリートとして恥ずかしくないだけの知識を求められます。とはいえ、大学内での生活、特に理科系の研究室や学生の雰囲気はよく似たもので、入ってしまうと日本の大学とも大差はなく、学生や若い助手の興味といえば車にスポーツ、旅行など。Münchenに特徴的なことといえば、みんな山が好きなことでしょうか。研究室にいる人間もハイキング程度の山歩きからテントを担いでの登山、果てはフリークライミングまで、とりあえず山に関しては一通りの趣味を持った人間がいました。

大学内では助手のS氏の紹介でMünchen大学が開設している語学学校へドイツ到着の3日目から毎日5時半から2時間ずつ通いました。この語学学校は外国人がMünchen大学で学ぶための審査機関として講義を受けるのに十分なドイツ語力があるか否かをチェックし、またその能力を養成するために開設されているものでした。すなわち大学自らが外国人に広く門戸を開放し、その準備までしているわけです。最終目標が大学の講義に見合ったレベルのドイツ語力ですので当然コースが進むにつれてレベルは上がり、翌日の宿題を消化するだけで夜12時を回る日が多くなりました。しかし、ここでいろいろな国の人たちと一緒にドイツ語を学んだおかげで日本では理解できない各国の風習や現状をドイツ語で話合い、議論する機会に恵まれました。ここではアメリカ人やイギリス人といった英語が通じる人たちともドイツ語で話します。こうした場では自分の意見を言わないと理解していないと見なされますので表現は下手でも自分の考えを発言することが必要です。旧ユーゴやロシアから来ている学生と話すとそれぞれの国で続いている紛争の新聞やテレビの一面的な報道だけでは捉えきれない複雑な状況などを知り、まさに目からウロコが落ちることの連続でした。これがドイツに来て一番大きな収穫だったと思います。現在日本で行われている語学教育は英語一辺倒に偏りすぎている気がします。英語は外国語の基本として重要だと思いますが、英語以外の外国語を学ぶ機会がもっとあってもいいと思います。幸いウシオ電機は英語圏以外にも生産拠点や販売拠点を持っています。各国の言語に触れる機会を増やし、英語で通じるからではなく、中国では中国語で、ドイツではドイツ語で、オランダではオランダ語でというように現地の言葉で話し合うことをその国の文化や考え方を知る機会とするべきだと思います。現地の言葉習得にもっと力を注ぎ、現地語で仕事ができてこそ100%実力を発揮でき、地域に密着した、住民に認められた海外法人となれるのではないでしょうか。

学問として専門知識を得たことも重要ですが、国内留学ではなく海外留学したことで得られたものは価値観・生活感というか物事の考え方が変わったことでしよう。ヨーロッパヘ来て地図でしか見たことのなかった様々な国の人たちと知り合えたこと、そして彼らとドイツという土地でドイツ語でコミュニケートできるようになれたこと、この二つが留学で得た一番の宝なのかも知れません。多くのウシオ社員が世界の現状を自分の目で知ることが、ウシオの明日への礎となるのではないでしょうか。

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