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光技術情報誌「ライトエッジ」No.9(1997年2月発行)

大学研究室を訪ねて Campus Lab④

レーザを用いた光化学反応で、
“ラジカル”の存在を探る。

北海道大学電子科学研究所
北海道大学大学院地球環境科学研究科
川崎研究室

北海道大学 電子科学研究所の川崎昌博教授は、材料および分子科学分野に真空紫外レーザシステムを用いた新しい分光法を取り入れた、世界でも有数の研究者です。特に、新しいレーザ技術、“波長可変真空紫外レーザ”の開発は、コヒーレントなレーザ光の波長を変換し、より複雑な条件での実験を可能にしたことで、光化学反応の研究における世界的な進展に貢献しています。

川崎研究室のある“電子科学研究所”は大学付設の研究機関であり、“大学院地球環境科学研究科”は学部がないため、4年制の学生がおらず、真に研究を望む人たちが内外の大学から集まっています。こうした優れた研究環境のなかで、現在、14名の学生(表参照)が、研究者・技術者の卵として研鑽を積んでいます。

(表)川崎研究室の96年度メンバーの内訳

電子材料と地球環境、研究の共通点は“光”

電子科学研究所での川崎先生の担当は、“電子材料物性部門 光電子物性研究分野”で、短波長域紫外光レーザを開発し、気相や固体表面でのラジカル(反応活性の高い原子・分子の総称)の化学反応機構や光解離反応の解明にあたっています。

また、もう一つの担当である“大学院 地球環境科学研究科物質環境科学専攻 光分子化学講座”では、光電子分光法やレーザ分光法などの技術を駆使して、オゾン層破壊や酸性雨の発生など、大気環境科学に関連した気相光化学反応の初期過程や、地球環境の影響予測に重要な大気化学反応機構を研究しています。現在は、微粒子が大気環境に及ぼす影響を調査するための固体表面上での吸着分子の光解離、レーザレーダによる大気中のエアロゾル観測などの実験が行われています。

反応工学分野では、物質変換の基本であり、大気環境の鍵も握る“ラジカル”が、通常の安定成分にはない優れた反応性を持つことに着目。これを積極的に生成あるいは制御し、ここ20年間で世界的に急進したレーザを中心としたラジカル測定技術や大型コンピュータによるシミュレーション計算技術を応用することで、既存の温度・圧力などを超える、新しい反応工学的手法が創造されています。

川崎先生は、新しいラジカル測定技術の“波長可変真空紫外レーザ”を用いて、分子が光を吸収し励起状態に上がった後、分解、発光、緩和する光化学初期過程を解明する光解離ダイナミックスの研究によって『井上学術賞』を、また、今まで高感度直接検出が難しかった簡単な分子系のエネルギー分配や、反応断面積の衝突エネルギー依存性などの化学反応ダイナミックスを解明した功績から『光化学協会賞』を受賞されました。

■レーザレーダで、成層圏のエアロゾルを観測。

■金属表面での反応を調べる光電子分光法の実験装置を説明する学生。

■気相における光解離反応をレーザ分光装置で測定中。

光CVD技術やオゾン層破壊のキーワード、"ラジカル”

川崎研究室の大テーマは、『レーザを用いた光解離ダイナミックス』で、「レーザに代表されるコヒーレント光を吸収した大気中の成分や電子材料が、どういうプロセスで光分解反応をするか」という研究です。

安定成分をラジカル化すると、①反応速度の(飛躍的な)増大、②非平衡論的反応が可能、③熱、放電、レーザなど多様な反応制御手段が可能、④幅広い応用に期待など、操作性が向上します。これらの特長を活用すれば、①減圧プラズマ法によるダイヤモンド薄膜の生成、②CVDを中心とした新素材製造技術、③環境改善技術、④臨床医学などの分野に応用範囲が拡がります。

川崎先生の新素材製造における研究例として、従来のCVD法に真空紫外光の照射を加えると、反応ガスのシラン・ゲルマンが光分解されてSiHnラジカルが発生し、アモルファスシリコン製造におけるアモルファス膜生成の活性化エネルギーが下がり、ドーピングの微細領域での制御が可能になること、などを実証しました。この発見は、高密度半導体集積回路製造の光CVD技術の効率化に期待されています。光エッチングの分野でも、紫外レーザを用いた化学的なエッチング方法の研究例として、ウシオと共同で行った『Chemical dry etching mechanisms of GaAs surface by HCl and Cl2 (J.Vac.Sci. Technol.B 14(1996) 3230)』などがあります。

また、大気環境科学の技術開発では、大気中で起きるいろいろな化学反応機構にラジカルを応用。フロン、塩素化合物ならびにオゾンの光分解によって生じた塩素原子の3次元空間での速度分布を明らかにし、成層圏のオゾン破壊現象の定量化に成功されました。今後も、172nmのコヒーレント光源である誘電体バリア放電エキシマランプ(当社製品)を利用した酸素の高精度濃度測定の研究などが予定されています。

■外国人留学生や企業からの研究生も受け入れて、プロ意識を育てる川崎研究室。

■学生の報告に耳を傾け、アドバイスを与える川崎先生。

■ヨウ素の光分解過程を画像でとらえる、イオンイメージング分光装置。

技術の本質を伸ばすプロフェッショナルな人づくり

川崎研究室では、世の中の期待に応えられる「プロフェッショナルな人の育成」を念頭に、修士論文や博士論文の英文での提出、共同研究先への留学、海外からの研究生の受入れ、海外の学会誌への論文の投稿、学会等での発表などを、積極的に学生たちに体験させています。感受性の鋭いうちに国際感覚を身につけることの重要性は、例えば、「留学から戻った学生は英語に抵抗がなくなり、“プロフェッショナルな人の研究姿勢”を目の当たりすることで、仕事に対する態度も大きく変化する」と評されるほど、顕著なようです。

彼らが大学で培った知識の、より積極的な活用を日本企業に希望する川崎先生は、「日本は技術立国と言われるまでになりましたが、『もっと技術の本質を伸ばすにはどうするか』という意味で、大学と企業の協力がまだまだ足りないと思います。アメリカなどでは、企業のドクター採用が進んでいます。私たちも企業のニーズを勉強し、企業が必要としている研究内容を公開したり、大学主催の公開講座などを利用して、社会にフィードバックしています。願わくば、ウシオのように技術を中心に据えている企業には、もっと多くのドクターを採用してほしいですね」と、締めくくってくださいました。

プロフィール

川崎昌博(かわさきまさひろ)
北海道大学 電子科学研究所 
電子材料物性部門
光電子物性研究分野 兼
同 大学院 地球環境科学研究科 
物質環境科学専攻
光分子化学講座 教授
理学博士

〈略歴〉
1947年  滋賀県生まれ
1971年  京都大学大学院工学研究科燃料化学専攻修士過程 終了
1974年  三菱石油(株)研究所 退所後、米国コロンビア大学化学科 Research Associate
1976年~ 東京工業大学理学部化学科 助手
1979年~ 三重大学工学部資源化学科 助教授
1987年~ 北海道大学応用電気研究所 (現、電子科学研究所)教授
1994年  井上学術賞(「光解離分光法による解離ダイナミックス」) 受賞
      光化学協会賞(「基本的な分子の光解離ダイナミックス」) 受賞
《お問い合わせ先》
北海道大学 電子科学研究所
電子材料物性部門 光電子物性研究分野
川崎研究室
〒060 北海道札幌市北区12条西6丁目
北海道大学 電子科学研究所 305室
Tel. 011-706-2896(ダイヤルイン)
Fax. 011-706-4972(研究室直通)
E-mail: Kawasaki@AE.hines.hokudai.ac.jp
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