USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.12(1998年2月発行)

留学生レポート5

スタンフォード大学に学んで

ウシオ電機株式会社 E106プロジェクト
山口真典

私はウシオ電機(株)の海外留学生制度により、1995年6月より2年間、米国のスタンフォード大学大学院修士課程に留学してきました。サンフランシスコ行きのUA810便の飛行機からゴールデンゲートブリッジがみえたときのことは、一生忘れません。ついにアメリカに来たぞという感動と、アメリカで本当にやっていけるのかという不安の入り混じった複雑な心境を覚えています。

サンフランシスコから南へ約70kmのスタンフォンード大学は、今を時めくシリコンバレーに位置しています。大学周辺には、ヒューレットパッカード、インテル、ゼロックス、サンマイクロシステム、シリコングラフィクス、ネットスケープ、アップルといった半導体、マルチメディア、ソフト産業がひしめいています。この環境は大学に大いに影響を与えているのみならず、私も考えることが多くありました。半導体は日本が強いもののマルチメディア、ソフトウエア関係ではアメリカが圧倒的に進んでおり、それらを担う企業の多くがシリコンバレーにある訳で、スタンフォードはその関係でコンピュータの施設が大変充実していました。大学の中には、「ゲーツ・インフォメーション・センター」もあります。ここは、スタンフォードの先端性に期待して、マイクロソフトのビルゲーツが巨額の私費を投じて、コンピュータサイエンスの研究所を寄付してつくったところです。私はキャンパス内に住んでいたためLAN(ローカル・エリア・ネットワーク)の末端が各部屋まで来ており、大学の大型コンピュータ、インターネット、電子メールは自宅で使い放題でした。私がとった科目でも、教授のホームページ上で毎週宿題がだされ、翌週には解答が出ていました。この環境は、全くの旧来のコミュニケーションしか経験してこなかった自分には大きなショックでした。

スタンフォード大学は、大学院生7500 人、学部生6500人という構成から大学院レベルに力を入れていることがわかります。また、私の所属する材料工学科は、Interdisciplinary(諸学相互)な学科ということで物理、化学、電子工学、機械工学等々の学科を卒業した学生が入学してくるため、大学院生が90%を占めていました。学生は、材料工学科棟、CMR(Center for Materials Research)、CIS(Center for IntegratedSystem)、SLAC(Stanford Linear Accelerator Center)で研究することができます。私が所属した研究室は、Robert Sinclair教授のもと、3人のVisiting Scholar、9人のPh.D.学生、私一人が修士学生という構成。研究室では、主に透過型電子顕微鏡(TEM)を使い、半導体、磁性材料を中心に原子レベルでの構造解析と、さらに材料特性との関係を調べることがメインでした。

私も、TEM を使ってシリコン-酸化膜-ポリシリコン界面の粗さについての研究を行いました。この界面粗さと酸化膜厚さは、DRAM等の半導体集積回路(LSI)のスイッチングスピード、消費電力を決定づける重要なパラメータです。LSIの集積化に伴い、この界面粗さは原子レベルでのコントロールが要求されます。TEMを使うことによってシリコン結晶中の原子配列が観察され、その格子間隔(1.9Å)が解像度になります。この研究では、従来測定することができなかった酸化膜-ポリシリコン界面粗さを評価できました。この研究成果は、1997年6月のモントリオールでのElectrochemical Societyで発表いたしました。

次に印象に残ったのは、日本人には無い積極的な議論です。アメリカ人は議論が好きというよりもそもそも議論の仕方が違うように思えます。日本人であれば現実に則して対症療法的な結論を導きがちなところでも、そもそも論から始めるので時間がかかることが多くなります。また、日本人であればassumption(前提条件)として全員が暗黙のうちに了解してしまうようなことでも、いちいち議論をして全員のassumptionが一致しているかどうかをまず確かめます。そして議論において単に丸暗記したことの羅列ではなく、論理的一貫性を好みます。「何となく分かるでしょ」式の話が通用しないので、英語力のなさと相まって最初は議論に入り込めませんでした。やはり議論をすれば一人よりも良いアイデアが生まれるし、度々、アメリカ人の柔軟な考え方に驚かされました。

2年間の留学の中では、最初の3ヶ月は膨大かつ難解な宿題を解くため土日も無かったこと、深夜から朝までTEM実験をしたこと、妥協が許されない実験結果に対する議論等、苦しんだ時期もありました。しかし、1年中太陽が降り注ぐスタンフォードの青空の下、世界中から集まった学生達と研鑽できたことは、グローバル化が進むビジネスにおいて必ず役立つと確信します。また、日本は異質文化を持っているといわれる昨今一人でも多くのウシオ社員がこの留学制度で海外の物事の考え方を理解してほしいと考えます。

シンクレア先生の研究室の研究生やその家族で、私を含め3人の卒業を祝うパーティーの記念写真。
(中央のもっとも背の高い白髪(金髪)の人がシンクレア先生。私は右から2人目。場所は先生宅)

スタンフォード大学のメインクワットとメモリアルチャーチ。

スタンフォード大学卒業生のフーバー大統領の名前が由来のフーバータワーをバックに。(高さ:約90m)

ウシオ電機の留学制度

能力開発の機会提供で、若手社員を育む。
ウシオには、「会社の繁栄と社員一人ひとりの人生の充実をめざす」という、創立以来変わらぬ企業理念があります。社員教育も、この企業理念の具体化の一環であり、階層別教育・職業別教育・語学教育など、さまざまな教育制度を設け、広く能力開発の機会が提供されています。

世界を舞台に、グローバル・スタンダードを磨く。
「光」は、21世紀の技術革新を促すキー・テクノロジーのひとつといわれ、先端産業を中心に、ますますその活躍領域を拡げています。世界の「光創造企業」をめざすウシオにとって、新しい光技術やその周辺技術はもちろん、グローバルなものの見方・考え方などの修得は、企業の生命線にも触れることから、1985年、若手社員を対象とした「留学制度」を新設しました。

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