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光技術情報誌「ライトエッジ」No.17

大学研究室を訪ねて CampusLab ⑧

50年先、100年先を見据えて、
オプトエレクトロニクスからオプティクスの時代へ

神奈川大学 工学部 応用化学科
高分子化学 西久保研究室西久保忠臣教授

今回は神奈川大学工学部応用化学科西久保研究室・西久保忠臣教授を訪問しました。

“質実剛健にして積極進取”を建学の精神に誕生した神奈川大学は、昨年(平成10年)、創立70周年を迎えました。現在、この記念事業の一環として「横浜キャンパス再開発計画」がスタートしています。8階建ての先端インテリジェントビルをはじめとするこの大規模プロジェクトの最大の注目は、構内を緑地プロムナード化する「公開空地および外構計画」とのこと。住宅地のなかに位置する同大学ならではの発想で、地元地域に開かれた公園のようなキャンパスへの変身を遂げようとしています。塀のない新キャンパスが、時には生涯学習の場として、憩いの場として、また時には、地域防災の要として、新しい21世紀のキャンパスを創造していくことでしょう。

この変貌を遂げようとしている神奈川大学に、応用化学科が創設されたのが1949年。以来、実際に人びとの役に立つ実のある研究成果をあげることを目指し、最先端の研究活動を発展させながら、数多くの有為な人材を輩出し続けています。

高い研究アクティビティが
実際に役に立つ研究成果を産む

神奈川大学工学部応用化学科は、現在、13研究室で構成され、分析化学・環境化学、錯体化学、無機材料化学、触媒・表面化学、物理有機・光化学、工業物理化学、有機化学、有機合成化学、有機工業化学、天然物化学、高分子化学、高分子物性、電気化学・化学工学など、基礎化学と応用化学の分野を広くカバーしています。カリキュラムは、基礎学力の修得を重視し、また高い問題解決能力を身につけさせ、かつ「実際に人びとの役に立つ実のある研究成果をあげること」という目標を実践しています。それが研究活動の活発さ(以下のグラフを参照)に顕著にあらわれています。とくに「発表件数/教員数」の値がトップであるということは、大学並びに教授陣の社会に対する問題意識の高さを物語っています。

またそれが、西久保教授の“化学”を“知る・見つける・創る”という説明にもよくあらわれています。「知ることとは基礎的な化学反応を知ること、見つけることとは解明すること、創るとは化学反応を創ること。応用化学とは、こうして獲得した化学の原理や物質を人類の発展と幸福のために様々な分野に活用する学問です。化学が人びとのライフスタイルを変え、産業や工業、経済に大きく影響や繁栄を与えたことは事実ですが、その反面、近年、多くの問題もでてきました。たとえば環境ホルモンやゴミ処理の問題などがそうですね。今後の応用化学はそれらを解決する“化学と工業”を創っていかなくてはなりません。これは重要な使命です」

日本化学会発表件数(1997-99の春季年会平均発表件数)/東京都内私立大学との比較

学術論文数(1993-97の年間平均、Chem.Abstr.より検索)/東京都内私立大学との比較

研究室の学生の皆さんと。(前列中央右が西久保教授)

光エネルギー変換・蓄積機能を有する
高分子材料

西久保教授は、会社勤めをしていた昭和45,6年頃から、“これからは新しい感光性樹脂が必要になるであろう”と予想していたそうです。感光性樹脂というのは、現在の超LSIをつくるためのレジスト材料であり、その当時は、光硬化性の印刷インキ・塗料などの先駆けとなるものでした。先生は有機化学、高分子化学の分野からこの世界に入り、新しい視点から、様々な感光性樹脂を研究してきました。

現在、西久保教授の代表的な研究テーマとして、(1) 環状エーテル類の新しい付加反応の開発とその高分子合成への展開、(2) 相間移動触媒法またはDBU法を用いた高分子の合成と反応、(3) 水を反応溶媒に用いた高分子の合成と反応、(4) 高性能の感光性樹脂および光硬化性オリゴマーの研究、(5) 光-熱エネルギー変換・蓄積機能を有する高分子の研究、(6) 新しい光機能材料の研究など、50年・100年先を考えた研究と、短いスパンで実現性の高い研究の両方に眼を向けて取り組んでいます。

その西久保研究室の最近の研究テーマのひとつに、「有機分子の光反応を活用した太陽エネルギー─熱エネルギー変換材料の開発」があります。これは有機分子が光反応によって高エネルギー状態へ構造変化することを利用し、光エネルギーを熱エネルギーに変換する高分子の合成と、その光反応特性および蓄熱特性の解明を目指した開発です。

ノボルナジエン誘導体(NBD)は、光により異性化してクワドリシクラン(QC)に変化する際に、光エネルギーを歪みエネルギーとして蓄積します。このQCは適当な触媒との接触などにより、分子内に蓄積された歪みエネルギーを熱エネルギー(約96kJ/mol)として放出し、再びNBDになります(図1参照)。この性質を利用して光─熱変換・蓄積システムを構築しています。しかしNBDの原子価異性化反応は、その分子の構造に起因して地球上での太陽光(可視光)の照射ではほとんど進行しません。そのため、NBDの光化学反応における増感剤の探索、高分子増感剤や高分子触媒を用いたNBDによる光─熱変換・蓄積プロセスの開発、可視光の照射でも効率よく光反応するNBD誘導体の合成、さらにQC化合物の触媒による逆異性化反応などが世界各国で研究されています。これまで同研究室では、NBD構造を主鎖または側鎖に有するポリマーを合成して研究を行ってきました。最近では、新しい光機能性高分子の創製の一環として、ポリマーの主鎖と側鎖の両方にNBD残基を有する高分子を合成し、このポリマーを光―熱変換・蓄積機能を有する高分子材料として提案・研究しています。またさらに、ポリマー鎖中にNBD残基を有する高分子は光照射により、QC化合物に変換される際に、大幅な屈折率の変化が生じることに着眼し、この屈折率の変化を利用した新しいタイプのオプトエレクトニクス材料への応用の可能性も研究中ということです。

談笑しながら学生にアドバイスする西久保教授。

図1NBDを用いた光-熱変換・蓄積プロセス

学の知的財産を産で活かす

「50年先、100年先、人類そのものを相手として考えたときの新しい感光性樹脂とはどのようなものか?」 昨今の環境問題への世界的に関心が高まる中、熱エネルギーをどこからとるのか、と考えた場合、真っ先にあげられるのが太陽光です。たとえばUV・EB硬化技術の新しい展開も、同研究室では、完全無溶剤型を目指し、水性化への流れも研究の対象として捉えています。

また西久保研究室では、「大学の研究室が先導して研究を進め、それを産業界の方々に協力してもらう」というスタンスのもと、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトを行ったり、多くの企業と共同で研究を進めたりと、積極的に産学官共同の開発に取り組んでいます。「先ほども申し上げましたが、本研究室では、光機能材料でとくに力を注いでいるのが、感光性樹脂、また感光性のオリゴマーです。感光性樹脂というのは超LSIをいかに小さく高性能なものにしていくのか、ということで世界中でしのぎが削られています。現在、産業界では0.19ミクロン回路パターンの感光性樹脂を研究していますが、本研究室では、できれば10nmを解像できるような超高性能な光感光性樹脂の開発を行っています」と、産業界が現在取り組んでいる、その次の次を目指した研究にも取り組んでいます。また最近、神奈川大学では、「産学交流推進センター」を設立し、産と学がうまくスクラムを組める環境が整備されました。“本格的な大学の科学技術という知的財産を、産業界に活かしていくこと”がより現実性を帯び、各方面から多大な期待が寄せられています。

プロフィール

西久保 忠臣
(にしくぼ ただとみ)
神奈川大学 工学部 応用化学科
高分子化学 西久保研究室 教授
工学博士

<略歴>
1944年 三重県生まれ
1967年 神奈川大学 工学部 応用化学科 卒業
1967年~1978年 NOK(株)
1978年 神奈川大学工学部応用化学科専任講師
1980年 神奈川大学工学部応用化学科助教授
1981年~1982年 神奈川大学在外研究員(University of Massachusetts 客員教授)
1986年 神奈川大学工学部応用化学科教授、現在に至る
工学博士
文部省学術審議会専門委員(1998年~1999年)、高分子学会・接着と塗装研究会運営委員(1998年~)、高分子学会・企画委員会・学術交流政策提言小委員会委員(1998年~)、The 7th International Conference on Radiation Curing(RadTech Asia ‘99)(Malaysia),International Advisory Board(1998年~)、高分子学会・第8回ポリマー材料フォーラム副運営委員長( 1998年~)、 7th SPSJ International Polymer Conference(IPC99)(Japan),実行委員(1999年~)
《お問い合わせ先》
神奈川大学 工学部 応用化学科 高分子化学
西久保研究室
〒221-8686 神奈川県横浜市神奈川区六角橋3-27-1
TEL 045-481-5661(ext.3205)
FAX 045-491-7915
E-mail:nishikbo@cc.kanagawa-u.ac.jp
◆応用化学科高分子化学西久保研究室の99年度のメンバー
教授 1名
助手 1名
秘書 1名
一般企業からの派遣研究員 1名
大学院生 12名(社会人入学1名を含む)
学部学生 12名
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