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光技術情報誌「ライトエッジ」No.20(2000年12月発行)

大学研究室を訪ねて Campus Lab⑪

常識を破った放射光利用で未来を照らす

立命館大学 理工学部 光工学科 岩崎研究室
SRセンター長 岩崎 博教授

滋賀県は草津市、琵琶湖にほど近い立命館大学キャンパス。すぐ前には名神高速道路が通り、第二名神道路との接続ポイント、草津JCT(仮称)の工事が進められています。このキャンパスは、滋賀県が整備を進める「びわこ文化公園都市」の一角にあり、立命館大学の新しい教育・研究の拠点として、1994年に開設されました。甲子園球場の約16倍ものキャンパスで現在、理系と文系を合わせて約15,000名の学生が学んでいます。

立命館大学を中核とした立命館学園は創始130年、創立100年という、歴史と伝統をもつ学園です。近代日本の代表的な政治家、西園寺公望が1869年、京都御所の邸内に私塾「立命館」を開設したことに始まります。翌年には命令により閉校となりましたが、西園寺の秘書を務めたこともある、中川小十郎がその精神を受け継ぎ、勤労者のための夜学校「京都法政学校」を設立しました。これが1900年のことで、学園としての「立命館」の始まりです。

理工学部も1949年設立から半世紀という、関西の総合大学の中で最も長い歴史をもっています。1994年、この「びわこ・くさつキャンパス」の開設とともに理工学部は衣笠キャンパスから移転し、その2年後の1996年、新たに理工学部の中に光工学科が誕生しました。

この光工学科は電子技術と光技術を融合して、21世紀の高度情報化社会を切り開く光情報システム、電子光システム、電子光デバイスの3分野を柱とした研究を展開しています。電子工学と光工学に精通した人材の育成を目指して、光に関連した学際分野を体系化して教育と研究を行っています。

新しい光の活躍

ここでは近年、めざましい研究のレベルアップと成果がありました。これは、光工学科と同じく1996年に設立されたSRセンターにある私大では初めてというシンクロトロン放射光(SR)装置によるものです。シンクロトロン放射光とは、光速レベルで円軌道を周回する電子から放射される新しい光のことで、

  • ①遠赤外線からX線にわたる広い波長(エネルギー)範囲を持つこと
  • ②細い束となって直進するため指向性が高いこと
  • ③波の振動方向が一平面内に揃って偏光していること

などの特徴があります。

これらの特徴から、構造解析、機能解析(電子状態)、微細加工、組成分析、物質変換、X線顕微法など幅広い応用が可能となります。また、レベルアップだけでなく、産学共同の研究拠点としても活躍しており、現在3大学1企業がこの装置を利用しての研究を進めています。

立命館大学のシンクロトロン放射光(SR装置)

常識を破った発想で、新たなる放射光利用理論誕生

岩崎教授の主な研究テーマは「放射光、X線による固体の構造相転移と乱れの研究」で、固体が温度、圧力によって原子配列を変える現象をX線及び放射光回折・散乱を利用して研究し、現象の基礎となる物理を解明する研究です。相転移とは、温度や圧力を変えたとき、ある条件下で原子の並び方が変わることで、それを追跡するのはX線を用いることが常識でした。以前は物質の中の原子の並び方は決まった波長のX線を使って研究していたそうです。このX線の発生装置は銅のX線、モリブデンのX線というように決まっていました(例えばタンパク質の構造解析を行うのはモリブデンのX線を使う)。これは70年以上もの間、常識とされていました。

しかし放射光の出現によって、この常識は破られました。なぜなら放射光は白色光であるので、色々な波長が含まれています。放射光は光が発生するときのメカニズムが違うので放射光と呼ぶだけで、使う立場になればこれはX線なのです。しかも連続した波長ですから、どんな波長のX線をも含んでいることになります。これまでは、X線の波長に合わせた実験装置を作り、それに合わせた実験方法を行っていましたが、放射光を使えば好きな波長のX線を選ぶことができます。また、効率も大きく向上しました。市販のX線の発生装置は銅やモリブデンの金属に電子を加速して衝突させ、そこから発生するX線を利用しています。このとき電子の持っているエネルギーは、99.95%は熱に変わってしまいます。これを冷却するための装置や冷却水は大変なものです。しかし、放射光は発生メカニズムが全く違うため、非常に効率がよく、熱が出ないうえに非常に強い光(X線)を発生させることができるのです。

構造解析を行う場合、結晶からの多数のブラッグ反射を測定し、そこから原子の並び方を導き出します。結晶にX線が当たって跳ね返ってくる波が回折・干渉を経て出てくるのです。いままで、この波の強度(波の振幅)は測定できましたが、位相を計ることはできませんでした。しかし岩崎教授は、放射光で波長が自由に選択可能なことから、位相の情報を測定でき、そしてそれから結晶構造に関わる情報を得ることができるのではないかと考えたわけです。そして強度の波長変化の中に位相情報が隠されているという理論をあみ出しました。さらに波長を実験中に変動させるという方法で、世界で初めてこの理論を実証しました。岩崎教授はこの自由に選択できる波長を単に次々選ぶというのではなく、1回の実験中に波長をスキャニングする実験方法を開発したのです(波長変調回折法)。この実験方法はいろいろな所に幅広く応用でき、この方法によるさまざまな実験成果が期待されています。

XAFSで解析したカルシウムボーレートガラスの原子構造(BL-4)

岩崎教授と大学院生の皆さん

産官学連携にも一役、SRセンター

立命館大学では、シンクロトン放射光装置が研究のレベルアップに大きく貢献していることは前述しましたが、その特長は「光源点から3mの距離で光の利用が可能なため(小型SR装置の利点)、試料位置で高い光子密度を得ることができる」、「波長が1.5nmで光子密度が最大になるため、特に軟X線領域での利用が効果的」、「電子ビームの高い安定性」です。SR光源の主な仕様は表1の通りです。

また、ビームライン装置は、X線回折・散乱、超軟X線分光、反射率測定、XAFS(X線吸収分光)、LIGAⅠ(X線露光)、LIGAⅡ(X線露光)、角度分解光電子分光、SORIS(光電子分光/イオン散乱分光)、軟X線XAFS、軟X線顕微鏡、蛍光X線分析、白色放射光照射、2多層膜分光器など。これらの設備は産官学連携強化の方針のもと、学外に開放されていて、表2のような利用方法があります。これも、産業界との共同研究がやり易い仕組みがあるからこそ。産業界との交流は、先生や学生のレベルアップにもなっているようです。

また、この施設にはNHKをはじめ、新聞社や企業、他大学からの取材や見学も多いそうです。学内の利用も光工学科だけでなく、物理や化学、機械といったいろいろな学科から100名以上の学生が集まって、研究を行っています。この、高性能でありながら小さなSR装置はコンパクトであるが故に、誰がどこでどのような実験をしているかもわかり、性格の違ういろいろな研究グループが情報を交換し合い、互いに啓発し、アイデアを出し合うことが可能なのです。利用研究テーマについては、センター長である岩崎教授の責任において、研究者の自主性を尊重して選び、ひらめきを即実行に移せる体制になっているのです(思いついたらすぐ実験できるということ)。このひらめきから、21世紀の偉大な研究成果が生まれるに違いありません。

ワフルモーター用Ni構造体

拡大図
立命館大学SR光源の放射光スペクトルとLIGAプロセスによる超微細構造体加工

表1 SR光源の主要パラメータ

表2 オープン利用形態

SR装置の前で語る岩崎教授

■プロフィール

岩崎 博
( いわさき   ひろし)
立命館大学 理工学部 光工学科 教授
SRセンター長
理学博士

<略歴>
島根県生まれ
島根県生まれ
1956年 東京教育大学理学部物理学科卒業
1958年 東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了
1958年 東北大学助手、金属材料研究所勤務
1964年 東北大学助教授
1975年 東北大学教授
1986年 高エネルギー物理学研究所教授
1991年 高エネルギー物理学研究所放射光実験施設長併任
1994年 立命館大学理工学部教授
1996年 立命館大学SRセンター長併任
理学博士
日本物理学会、日本結晶学会、日本放射光学会、日本金属学会
《お問い合わせ先》
立命館大学 理工学部 光工学科 放射光科学研究室
岩崎研究室
〒525-8577 滋賀県草津市野路東1-1-1
TEL 077-566-1111(代表) 内線8190
FAX 077-561-2663
E-mail:iwasakih@se.ritsumei.ac.jp
SRセンター
TEL 077-561-2858
FAX 077-561-2859
立命館大学理工学部光工学科放射光科学研究室の2000年度メンバー
教授 1名   大学院生 7名
助手 1名   学部学生 8名
オーバードクター 1名
SRセンター職員
事務系 7名
技術系 4名
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