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光技術情報誌「ライトエッジ」No.33

大学研究室を訪ねて Campus Lab㉑

化学・生物学の実験室・プラントをチップ上に再現

国立大学法人 香川大学 工学部知能機械システム工学科 准教授
鈴木 孝明 先生

四国随一の研究を誇る総合大学 ――香川大学

香川大学は、6つの学部と8つの研究科(2つの専門職大学院を含む)で構成された国立大学である。

その前身の旧香川大学は、1949年、2つの学部から開学した。ひとつは香川師範学校・香川青年師範学校が母体の学芸学部(1966年、教育学部に改称)であり、もうひとつは、戦前、四国唯一の官立高商として多くの政財界人を輩出した高松経済専門学校が母体の経済学部である。その後、農学部(1955年)、法学部(1981年)、工学部(1997年)を新設し、さらに21世紀に入って香川医科大学と統合し医学部(2003年)を増設。現在“、四国随一の研究学府”と呼ぶにふさわしい総合大学に発展している。

地の利を最大限に活かし、産・官・学連携で新事業を創出

香川大学がある高松市は、高等裁判所や財務局、経済産業局など、四国4県を統括する国の主要な出先機関をはじめ、日本を代表する企業の支社や支店が集結する中核地方都市である。それだけに香川大学には、経済や産業など、さまざまな分野の高度な『知』がふんだんに集積されている。

地域社会から、これらの『知』を地域イノベーションに結びつけることが期待され、大学自体も、地域に根ざした社会貢献活動を、教育や学術研究と並ぶ重要な使命と位置づけ、産・官・学連携の多彩な研究を推進している。活動の成果は知的財産として結実させるとともに、知的財産をベースにした新しい地域イノベーションの創出を目指している。

その一環として2008年、地域イノベーションの先導活動を円滑かつ着実に実行していくために、産・官・学連携推進機構である「社会連携・知的財産センター」を設置。研究シーズの発掘、紹介をはじめ、企業等との共同研究・受託研究、研究成果の技術移転の推進、共同研究室の運用などが積極的に行われている。

中でも、産・官・学の共同色をひときわ鮮明に打ち出しているのが工学部である。社会連携・知的財産センターをキャンパス内に有し、官民の研究開発機関やベンチャー企業が多数集まる国内有数の頭脳集積地「香川インテリジェントパーク」の中核的役割を果たしている。

香川大学医学部附属病院

香川インテリジェントパーク

「香川インテリジェントパーク」には、「香川大学工学部」をはじめ、日本最大の研究組織である独立行政法人産業技術総合研究所の四国拠点である「四国センター」、先端技術の研究を実施している「高温高圧流体技術研究所」、さらには産学官共同研究開発の拠点施設である「FROM香川」があり、県内の産・官・学と交流、連携を図りながら、さまざまな研究開発活動を展開している。

香川インテリジェントパーク
旧高松空港の跡地を利用して、東西1,500m、約32ヘクタール(東京ドームの約7個分)の敷地面積を有し、学生を含め約1600名が従事している。

香川大学工学部と香川インテリジェントパーク

香川大学 工学部・香川大学院工学研究科

産業技術総合研究所 四国センター

FROM香川 香川県科学技術研究センター

高温高圧流体技術研究所

impossible を Nothing is impossible へ
香川大学工学部

香川大学工学部の設立は1997年。国立大学としては最後発であるが、教授陣に多くの企業出身者を迎え、実践的な産学協同体制を構築しているのが特長である。

先端産業の研究機関と協調し、「技術開発フェーズ」のみならず、地域におけるニーズ、シーズの動向を見極めて有効な技術開発の方向を研究する「現状評価フェーズ」、開発した技術の事業化のための経営戦略を研究する「事業化フェーズ」という3つの局面から、産・官・学連携による研究開発、新規産業の創出に取り組んでいる。その取り組みのひとつが、微細構造デバイス統合研究センターにおける「高機能微細構造デバイスの創出・実用化」である。

香川大学工学部が創設以来培ってきた微細加工技術(マイクロ・ナノマシン技術)をベースにして、医学、薬学、農学といった工学系以外の学術分野と連携し、ITや光、バイオなど、今後大きな発展が予想される分野で活用できる高機能微細構造デバイスの開発を進めている。

香川大学 工学部
○安全システム建設工学科
○信頼性情報システム工学科
○知能機械システム工学科
○材料創造工学科

微細構造デバイス統合研究センター
2005年、香川大学の研究の有望性や地域への貢献などを
目的に、学内共同研究施設として設立。

香川大学工学部は、次に記すマイクロ・ナノマシン基盤技術を保有している

  • (1)3次元形状形成技術・・・・・・・・・・シリコン基板に対する高アスペクト比による深堀加工
  • (2)ナノマシーニング技術・・・・・・・・シリコンに関する超微細加工
  • (3)マイクロ金型技術 ・・・・・・・・・・・・ 微細電析等の超微細制御

(1)と(2)の技術融合により、バイオチップのような新機能デバイスの創出が考えられている。また、(1)と(3)の技術融合により、超精密マイクロ金型や、これを用いた低コストな精密成型部品の実現が可能となる。具体的には、IT分野では、通信用導波路、マイクロレンズ、高機能フィルターなど、また、バイオ分野では、バイオチップ、DNAをハンドリングするナノピンセット、超微細構造の一括測定用ナノプローブなど、従来にない高機能デバイスの実現を目指している。

地域と、産・官・学連携による「知の再生」を目指して
鈴木研究室

“SyncMEM(S Synchronized MEMS)” で、ヒト・デバイス・分野を融合

香川大学 工学部 知能機械システム工学科にある鈴木研究室では、単一細胞レベルの機能測定から多細胞レベルの組織再構成までを可能とするナノバイオプラットホームの構築方法と、ナノバイオプラットホームのプロトタイプを用いての有効性の検証を行なっている。これらは、細胞診断や細胞再生医療に向けてのもので、これまでに、多数細胞の配列固定アレイ、局所電場集中を用いた物質導入、染色体伸張チップなどへの有効性が実証されている。「シミュレーションから加工、評価まで、アセンブリフリー3次元露光法のベース技術は、ある程度確立できています。現在は、マイクロ・ナノ製造システム技術としての有効性を示す、つまり事業化可能な技術とするために、生産性、再現性、均一性、精度の向上を進めています」と、鈴木准教授は現状を語る。

さらに「、そのためには、産学間の連携が欠かせません。企業側は、大学が創出した差別化技術をベースとした開発を完了し、商品化の目処をつけること。大学側は、新しく創出した新技術を企業に移転させ、その成果を教育、研究の再生産に繋げ、さらに企業に移転する。すなわち、このナノバイオプラットホームの構築法が「アセンブリフリー3次元露光法」である。複数の機能を集積化したマイクロシステムを、単一マスクパターンからアセンブリ(組立工程)フリーで微細複雑構造を作製する。

これまで作製には十分な経験則が必要とされたが、紫外線露光をベース技術とする簡単な操作で可能となり、微細加工技術の柔軟化、ハイスループット化を実現した(。表1参照)“知の再生”です。新技術を展開していく用途や事業分野に対する考え方と“、研究(”シーズ発掘)から“開発(”ある用途向けの製品開発・実用化)“、事業化(”商品としての付加価値化とコスト最適化)“、産業化(”量産・流通・販売)までの各ステージでお互いが果す役割について、大学と企業の相互理解がより深まれば、さらなる技術と産業の発展、よりスピーディーな応用展開が可能になります。」

そして「、この3アセンブリフリー3次元露光法による高効率/高集積マイクロ・ナノシステムの開発、製品化が実現すれば、国民のQOL※向上のためのライフ・イノベーションとして、先端医療(遺伝子診断・再生細胞医療など)や食料問題解決(遺伝子組換え食品、植物病理診断)が可能になるのです(」鈴木准教授)

鈴木准教授

表1. MEMSデバイス製造法比較

アセンブリフリー3次元露光法による造形例

鈴木研究室 研究課題

1.アセンブリフリー3次元露光法とそのバイオ応用

  • ・ 光硬化性樹脂を用いたマイクロ3次元加工に関する研究
  • ・ 生体細胞ハンドリング技術に関する研究 (細胞固定デバイス:ポテンシー計測、細胞間相互作用計測、再生医療)
  • ・ 染色体DNAの形状操作に関する研究(遠心せん断応力を利用した伸張固定と遺伝子診断)

2. 進行波型マイクロポンプの開発と血液検査デバイスへの応用

3. 連続体力学に基づく強磁性体の磁気弾性結合効果のモデル化

鈴木研究室のロゴマーク研究テーマである「マイクロ流路」「露光技術「」生体細胞・分子」を模している。

アセンブリフリー3次元露光法の特長

  • ・ 簡易なプロセス(ボンディングやアライメントが不要)
  • ・ 特殊な設備や材料が不要(i線光源と市販のレジスト)
  • ・ ハイスループット(従来法の10倍の製造速度)
  • ・ アセンブリフリー(3次元マイクロ構造物を、数μmの精度で単一マスクから作製)
  • ・ 一括大面積露光(ウェハレベル(4inch, φ110mm)で一括露光)

「鈴木研究室」がある香川県科学技術研究センター「FROM香川」
3階建て、延床面積3,106m2の館内には、クラス1000のクリーンルームが付設されたメカトロ研究室をはじめ、バイオ研究室、一般研究室、共同機器室、交流サロン、事務室などがある。バイオ・光学実験室では、マイクロデバイスの応用技術に関する研究が進められている。

アセンブリフリー3次元露光法によるリソグラフィ実験の様子

アセンブリフリー3次元露光法の開発・応用事例

①マイクロミキサ・リアクタ

マイクロミキサ・リアクタはマイクロ空間での化学反応を行う装置である。通常のマイクロスケールで行う反応と比較して、エネルギー効率、反応速度、収率、反応の制御性能などが優れている。拡散現象が支配的な環境下での高速混合を実現する複雑3次元構造(多層流接触部を含むシステム全体)を開発した。

②細胞機能計測アレイデバイス

細胞機能計測アレイデバイスは、数mm角のエリア内で数万個の細胞(直径10μm程度)をアレイ状に固定し、薬剤刺激などによる応答を細胞個別認識しながら観察する。生体細胞を自由に配置、個別刺激、応答計測を可能とするバイオマイクロシステムの構築を目的としており、細胞ポテンシー計測、細胞組織の再構成、ES細胞の分化誘導、細胞への遺伝子導入などを高率的に行うことが可能なマイクロシステムへの応用を検討している。

③染色体DNA伸張・固定アレイデバイス

1枚のマイクロチップ上で、染色体DNAの展開、伸張、懸架・固定、観察までを行うサンプルプレパレーション技術を構築し、アレイデバイスの汎用キットを開発した。バイオや医療の研究開発向けで、ヒト病理モデル細胞を用いた遺伝子情報(転座)の検出性能などを評価している。

細胞の継代作業

伸張した染色DNAの観察
工学部の学生自らが、細胞の培養からデバイス実験、評価に至るまで一貫して
行うことで、デバイス開発の一連の流れを理解し、習得することができる。

鈴木研究室のメンバー
博士課程1名、修士課程5名、学部5名の学生たちと、彼らをサポートする3名の常勤研究スタッフの皆さん

取材当日は、鈴木研究室の学生たちによる研究紹介プレゼンテーションが行われていた。
ウシオ電機は、鈴木研究室と共同でアセンブリフリー3次元露光法によるデバイス製造装置の製品化を目指している。
写真手前:弊社技術担当の大河内と三浦

プロフィール

鈴木 孝明(すずき たかあき)
香川大学
工学部 知能機械システム工学科 准教授

■学位
京都大学 エネルギー科学博士(2003年)
学位論文題目「強磁性体の磁気的および力学的挙動に関する研究」
■職歴
2003年 4月 日本学術振興会 特別研究員・PD(京都大学 工学研究科)
2004年 2月 京都大学 工学研究科 助手(2007年4月より助教)
2004年10月 龍谷大学 非常勤講師 兼任
2007年 4月 千里金蘭大学 非常勤講師 兼任
2008年 4月~香川大学 工学部 准教授
2009年 4月 京都大学 非常勤講師 兼任
■受賞学術賞
1997年 日本機械学会 畠山賞
2004年 日本AEM学会 奨励賞
2006年 日本AEM学会 論文賞
2008年 電気学会第25回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム最優秀ポスター賞
2008年 日本AEM学会 優秀講演論文賞
2009年 船井情報科学振興財団 船井情報科学奨励賞
2009年 電気学会第26回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム最優秀ポスター賞
2010年 エレキテル尾崎財団 源内奨励賞
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