反転学習と一人1台の機器で、学生実習での「学び」の未来を拓く

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記事前半は、大学での学生実習事例を(『研究応援』vol.23(2021年、リバネス出版)より転載)、記事後半では実際の実習の流れや使用教材、manabaの活用アイデアの他、実習で用いた吸光度計「ピコエクスプローラー」についてより詳細に紹介します。

徳島大学大学院社会産業理工学研究部

理工学部 理工学科 応用化学システムコース 准教授


水口 仁志 氏


大学の初年次から実施される学生実習。基礎的な知識を養い、実験手法を身につけ、結果から考察したものをレポートという形でアウトプットする。理系の学部生にとって、実感を伴って学べ、研究の考え方の基礎の形成につながる重要な時間である。しかし、そこには器具や実験時間の制約といった課題も存在する。水口氏は、こうした課題に向き合い、学生実習における学びを最大化することに挑んでいる。

機器共用が一般的な学生実習

 学生実習ではグループで実験を行うことが多い。全体の実験時間の50%がグループで行う実験であり、その理由としては「器具や設備・施設の制約」が90.6%(化学と教育68巻3号(2020年))と、多くの場面で器具や装置を複数人あるいは複数グループで共用していることが伺える。順番に機器を使用するため、一人一人が使用できる時間は少なくなってしまう。さらに化学実験では危険な試薬、器具を使用することも多く、装置や器具の周りに混雑ができたり、室内を動きまわったりすることは事故が起こるリスクともなる。 機器の共用に伴う課題以外にも、実験前後の説明に時間がかかることによる実験の実動時間の圧迫という課題を感じていた水口氏は、当大学で既に導入されていたクラウド型の教育支援サービスであるmanabaと個人のスマホにアプリをインストールして使える手のひらサイズの吸光度計(ピコエクスプローラー)を組み合わせることにより、これらの課題の解決を試みた。


 

オンライン教材で予習を促す

 水口氏がこの試みを実行したのは、理工学科応用化学システムコースの学部2~3年生対象の分析化学実験のうち「吸光光度法による定量分析」をテーマとした実習だ。この実習では、標準溶液の測定から検量線を作成し、未知試料の中の微量鉄イオン濃度を測定する。水口氏は、反転学習の形式で実習時間の充実を図るため、予習のための動画教材をmanaba上に準備した。準備した動画は4本だ。うち2本は実習で行う測定の原理など基礎知識を学んでもらう動画で、講義スライドに自身の声で解説を加えた。学生に飽きさせないため、動画の時間は1本あたり15分程度で収まるようエッセンスだけに絞ることを心がけた。あとの2本は今回使用する吸光度計を用いた測定の操作手順を示した動画と、レポートのまとめ方や課題についての説明だ。学生に、予め自分のスマホにアプリのダウンロードをしておいてもらうようにもした。アプリを使用するという物珍しさも手伝ってか受講生全員が事前にインストールと動作確認を行ってから実習にのぞむことができた。

manabahttps://manaba.jp/上の今回紹介した実習向けのページ画面。
動画へのリンクがまとめられており、学生は自身の見たいタイミングで何度でもアクセスできる。

一人1台で学びを深める

 予習をしてもらうことにより、実習当日の導入の説明時間は、30分だったものを15分まで減らすことができた。一方
で、歴史や背景、発展的な話を新たに加え、学生の興味を引き出した。吸光度計については、これまで使用していたも
のは装置自体が高価であることに加えて他の実習での使用が重なる場合もあり、同じ時間帯に6グループ(最大20名)に対して3台の装置でやりくりしていた時期もあった。しかし、一人1台ずつ自席で使用できる吸光度計の導入により、分析化学の実習で必要な測定機能はもちろんのこと、実習で学ぶべき内容を十分維持したまま、実験時の混雑や移動、機器の使用の順番待ちをなくすことができた。さらに、特定の学生だけが操作することもなくなり、一人一人が自分の手で測定を経験できるようになった。実習内では測定結果をCSVファイルとして出力して提出するところまでを行った。学生がレポート作成に結果を利用しやすくなるとともに、出席替わりにもなるのだ。実習後の学生や協力スタフのアンケートからは、動画教材が予習だけでなく復習やレポート作成にも役立つことや教員やTAなどの間での指導内容の統一や共有ができるというメリットも分かってきた。



実習の様子。吸光度計を一人ずつ手元に置き、測定をしている。

分析化学は実験室の外へ

 この学生実習での試みは2017年度から開始し、現在も継続して行っている。予習の有無による学生の理解度のばらつき、予習の習慣づけが難しいといった課題にも取組みつつ、「ポータブルな分析機器をより活かした課題設定についても考えていきたい」と言う水口氏。分析化学では通常、試料を研究室に持ち帰り、手法・機器に応じて調製する。しかし、即時性が求められる分析、時間の経過で試料の変質が予想される分析、現地で継続的なデータを取る必要がある分析、試料を持ち帰るのが困難な分析などは、現地で分析できることが望ましい。それを実現するためのポータブルな機器、簡便で精度の高い手法の開発が進んできた。さらに、manabaのようなクラウドシステムを組み合わせて活用すれば、各地点で測定したデータを集約、共有することも可能だ。水口氏は「この学生実習が、これからの分析化学のあり方として、実験室ではなく現場で分析するという視点や手法を知るきっかけになると良いと思うんです」と期待を滲ませる。機器の進歩とともに研究のあり方も変化している。研究の世界の入り口に立つ学生がその変化を知ることは、これからの研究を加速する弾み車となるに違いない。

『研究応援』vol. 23,リバネス出版,2021,p.20-21



 

実習の流れ

 実習は主に、導入、実験準備、実験、片付け、まとめ、の流れで行われる。       
従来は導入の講義において当日行う実験内容の目的、背景、原理、操作方法、注意点といった説明に時間を要することが多かった。オンライン教材を使用した反転学習を実施することにより、導入時間や実験終了後のレポートの説明で話す内容を絞り従来の半分の時間まで短縮することを可能にし、学生が実際に自分で手を動かして学びを深める時間を充実させることができた。

学生実習の流れの一例

                                                

反転学習に使用したオンライン教材

 教員がアップした教材用の動画を学生は各々見たい時に何度も視聴でき、実習前に事前に実験の目的や操作方法を学習できる。水口氏は、1つの実習テーマにつき4本の動画を準備している(1本あたり15分程度)。4本のうち2本は実習で行う測定の原理などの基礎知識を学ぶための動画であり、残り2本は実習中に使用する吸光度計を用いた測定の操作手順やレポートのまとめ方、課題についての動画である。実際に学生に公開している測定原理の簡単な説明と溶液調製の手順のスライドを以下に紹介する。

水口氏が授業で使用する測定原理の簡単な説明と溶液調製の手順のスライド(一部抜粋)>>



 

 

 

クラウド型教育支援サービスの活用

 クラウド型教育支援サービスは、現在、日本の多くの教育機関に採用されており、manabahttps://manaba.jp/はそのひとつである。予習、授業、復習・レポート作成、提出といった学生実習の一連の流れの中で、それぞれmanabaの活用が可能だ。実際に水口氏が行っている活用方法の他、活用アイデアを以下に紹介する。


学生実習におけるmanabaの活用方法および活用アイデア

学生の声〜アンケート結果〜

 学生実験を受講した応用化学システムコースの学生87名を対象に、反転学習についてアンケートを実施し、どのような変化があったのかを見てみた。なお、このアンケートは、ピコエクスプローラーを用いた定量分析の他に、原子吸光光度法、高速液体クロマトグラフィー、キレート滴定、重量分析のテーマで取り入れたオンデマンドでの動画配信による反転学習全体を対象として実施したものである。  アンケートの結果は、過半数を超える多くの学生が予習・復習で動画を閲覧し、内容の理解にもつながっていることを示している。見逃しや聞き逃しをしても、オンデマンドでの動画配信であれば理解するまで繰り返し視聴できる。さらに、見たい時に見たい場所で何度もアクセス可能であることが、予習・復習のしやすさに貢献している。また、事前に実験の操作や手順をイメージでき、当日の理解度の向上やスムーズな操作につながった。教員、TAからは、指導内容を統一し、共有できることが利点として感じられるなどの声があった。

※ 5段階評定は、1:否定的 〜 5:肯定的から選択回答 


   過半数の学生が、内容が理解しやすく、予習・復習で使用したと回答した。

予習・復習の習慣化まではいかない学生が多かったが、
学習時間は確保しやすく、満足度は高かった。


事前に実験をイメージしやすく、また自由に好きな時間に視聴可能なため、
何度でも確認でき、復習にも役立っていた。

 

教員やTAなどの間での指導内容の統一や共有にもつながっていることが分かった。

手のひらサイズ、一人一人がその場で測定可能に 〜ピコエクスプローラー〜

 ピコエクスプローラーは手のひらに簡単にのるサイズで、重さ200 gと持ち運びに大変便利な吸光度計である。側面にある穴にストラップをつけることで、首からかけて持ち歩くことも可能である。測定時間はわずか1秒で、測定後にその場でデータをスマホに掲示可能な上、データをパソコンに出力加工することができる。そのため、各地点で測定したデータをすぐに共有でき、特に、現場でのデータ測定が重要な分析化学の分野で活躍する。また、PCRチューブに入っている状態のままで測定可能なため、サンプルをチューブ内で作成したまま測定でき、サンプル量も少量で良いため節約できる。さらに、そのまま廃棄もできるため、廃棄処理が容易だ。
 

関連製品

吸光度計 PiCOEXPLORER<ピコエクスプローラー>


<特徴>                         
● 手のひらサイズ(重量200 g)
● スマホ・タブレット(Android・iOS)で操作
● 測定時間はわずか1秒
● PCRチューブで測定が可能
● 少量サンプル(30 μL)

<用途>
可視光域(400~660 nm)対応の小型吸光度計で、主に以下の測定が可能である。
・細菌の濁度測定
・タンパク質の定量(BCA法、Bradford法)
・抗酸化活性測定
・アミノ酸の測定(ニンヒドリン法)
・グルコースの定量
・環境水分析
・重金属の分析
・教育機関での授業・実習(吸光度測定)

<使用方法>
以下リンク内の動画より、サンプル調整から測定までの詳細な一連操作の流れを視聴できる。
https://www.yamato-net.co.jp/product/show/picoexplorer/
 

 

開発・製造元:ウシオ電機株式会社

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