光技術情報誌「ライトエッジ」No.2/特集 液晶バックライト光源(1995年春発行)
信学技報 TECHNICAL REPORT OF IEICE EID93-100
(1994年1月)
社団法人 電子情報通信学会
THE INSTITUTE OF ELECTRONICS,
INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS
液晶バックライト用小型希ガス平面蛍光ランプ
A Compact rare-gas flat fluorescent lamp for color LCDs
吉岡正樹、高谷泉、藤原邦彦、大嶋啓史、数永健二、友行昭夫
ウシオ電機株式会社 ランプ開発部
〒671-02 兵庫県姫路市別所町佐土1194
Yoshioka Masaki, Takaya Izumi, Fujiwara Kunihiko, Ohshima Hirofumi,
Kazunaga Kenji, Tomoyuki Akio,
USHIO Inc. Lamp Development Division
1194 Sazuchi,Bessho-cho,Himeji-shi,Hyogo 671-02Japan
あらまし
Ar/Hgを主とする従来の小型蛍光ランプは低温での輝度低下、色ずれなどの問題があった。新しく開発した希ガス平面蛍光ランプは、Ar/Xeガスを主に、電極スパッタ防止のためにHgを加えており、低温での輝度、輝度立ち上がり特性及び色ずれが改善された。さらに高温では、水銀からの紫外線の寄与により輝度が増加する効果も得られた。
Abstract
A flat fluorescent lamp is getting popular as a backlight for a color LCD in an electric view finder(EVF) because of its suitable shape and compact size. Ar/Hg system is mainly applied to this lamp. However, there are some weak points of the system; for example, low luminance and luminous color changing at low ambient temperatures because of decrease of mercury vapor pressure. Ar/Xe/Hg system eventually has given a solution to the above mentioned problems. A rare-gas flat fluorescent lamp by adapting the system has been developed. Some new characteristics of the rare-gas flat fluorescent lamp are intoroduced.
和文キーワード
蛍光ランプ、希ガス、キセノン、アルゴン、水銀、統計的時間遅れ
英文 key words
fluorescent lamp, rare gas, xenon, argon, mercury, statistical time-lag
1 はじめに
小型蛍光ランプは、現在カラー液晶のバックライトの主流となっている。目的に応じて、直管タイプ、異形管タイプ(L型、U型、W型等)、平面タイプなど種々の形状がある。カラー液晶として最も小型用途であるカメラ一体型ビデオのカラー液晶ビューファインダ(EVF)のバックライトとして検討された段階では、主に直管タイプの小型蛍光ランプが注目され、EVF用バックライトに要求される特性が明らかにされた1)。
EVF用バックライトには、その用途から一般的なバックライトに要求される以外にも次のような性能が求められている。 すなわち(a)極力ランプ消費電力を抑制してしかも高輝度高効率を実現する、(b)周囲温度の影響が小さく安定した輝度特性を有する、(c)著しい始動遅れを起こさない、などである。 特にバッテリー駆動が強いられるバックライトでは、ランプ自体の輝度効率が高いだけでなく光の利用効率が高いことが重要な要求性能である。このような観点から各種の形状の小型蛍光ランプの性能比較が示されている2)。
現在、EVF用バックライトとして、直管タイプ、平面タイプ、偏平タイプの3種類の小型蛍光ランプが商品化されている3)4)5)6)。それぞれ長所や短所があるが、平面タイプ及び偏平タイプが主流になってきている。その大きな理由の一つはバックライトとしての光学系がシンプルになって最近のダウンサイジングの要求と一致したことが上げられる。
しかしながら、現在商品化されている平面タイプ及び偏平タイプとも上記の要求に問題が残されている。すなわち、平面蛍光ランプは面光源のバックライトであるので、光の利用面では合理的であるが、蛍光体の励起発光は水銀の紫外線を利用しているので、低温での輝度低下や色ずれなどを考慮すると、直管など細管(φ2.6~4.1mm)型蛍光ランプに比べて輝度や輝度効率の点で問題が残されていた。また水銀の紫外線発光を利用する点で特性が周囲温度に影響されやすく、特に低温での輝度の低下、色ずれは避けられない。ここで述べる小型希ガス平面蛍光ランプは、上記の要求を前提において従来の水銀の紫外線発光の利用と異なりキセノンの紫外線発光の利用に代えたことで、従来タイプでは解決できなかった低温での輝度低下や、色ずれを改善するまでに至った。またキセノンの紫外線発光を利用することによって今までにない特徴が得られたことについても述べる。
2 ランプ構成の概要
2-1外観
今回開発した0.7インチサイズのEVF用小型希ガス平面蛍光ランプの構造をFig.1に示す。aは、内部にスクリーン印刷で塗布した蛍光体面を有する板ガラスである。bは、ランプの真空容器7)であるセラミックス基板で、この基板内部にも蛍光体が塗布してある。蛍光体は、真空紫外領域の光に対しても変換効率の高い三波長蛍光体を採用している。
c1及びc2の電極はフリットシールを通して導入されるリード片と同じ材質で、一体化することで構成の簡略化を図っている。dは排気管の封止部であり、この排気管を通して排気、キセノン混合ガスおよび水銀の導入を行う。本来、水銀は必要ないが、陰極のスパッター防止と高温時の輝度アップを目的に封入している。
この水銀は、ディスペンサで供給されるが、市販のものは形状の点で制約が多く、独自に開発した水銀ディスペンサ8)を使用して限られたスペース内に必要量の水銀を導入している。eは、始動性を改善するために設けた外部電極で、近傍の陰極c2に負高圧パルスを印加したとき、外部電極をグラウンド接地することで始動遅れの改善を図っている。
2-2 封入ガスの検討
希ガス蛍光ランプの研究は盛んに行われており、パルス点灯した場合、主放電以外にafter-glowによる発光が知られている9)。また最近の研究によれば希ガス蛍光ランプの真空紫外域の発光は147nm共鳴線以外に僅かながらキセノン分子のエキシマーによる172nmを中心としたブロードな発光が寄与していることが明らかにされている10)。通常Ar/Hg系の平面蛍光ランプは、周波数10数kHzで1~2µsec程度のパルス幅の高電圧を印加することによるパルス放電で均一な面放電を実現している。上記のパルス放電で均一な面放電を得るキセノン混合ガス仕様を確立することが希ガス平面蛍光ランプの重要ポイントと言える。
面放電の均一性を優先しかつ発光効率に着目してガスの種類及び封入圧力を調査した。 この結果、Ar/Xe/Hg系でキセノンのみの場合に比べ高い発光効率が得られると共に、均一な面放電が実現できることがわかった11)。
3 ランプの諸特性
3-1 入力と輝度の関係
Ar/Hg系およびAr/Xe/Hg系のガス封入平面蛍光ランプのランプ入力と輝度の関係を調べた。ここでランプ入力は、ランプ及び駆動回路で消費される電力と定義する。 結果をFig.2に示す。
ランプ入力が0.3~0.6Wの範囲内では、Ar/Xe/Hg系及びAr/Hg系で輝度効率に大きな変化は見られなかった。しかしながら、輝度効率に関してはAr/Xe/Hg系がAr/Hg系より高い輝度効率を有する。
3-2 輝度立ち上がり特性
Ar/Xe/Hg系希ガス平面蛍光ランプの特徴の一つは早い輝度立ち上がり特性である。Fig.3は、周囲温度23°C、ランプ入力0.5W時のAr/Xe/Hg系希ガス平面蛍光ランプにおける輝度の立ち上がり特性の一例である。点灯10分後の輝度を100%とすれば、点灯直後に90%以上の輝度が得られ、5分後には95%以上に達している。点灯直後は希ガスの特性が顕著に現われるが、点灯直後からの輝度の増加は、ランプの温度上昇により水銀蒸気圧が上昇し、水銀の紫外線発光の寄与によるものと考えられる。これは0°C以下の低温での輝度立ち上がり特性を測定した場合、点灯直後と10分後における輝度がほとんど変化しないことからも説明できる。
3-3 周囲温度と輝度の関係
周囲温度を-10°Cから60°Cまで変化させた時のAr/Xe/Hg系希ガス平面蛍光ランプの輝度特性をFig.4に示す。図には比較のためAr/Hg系のそれを付記した。Ar/Hg系に比較しAr/Xe/Hg系では25°C以下の領域でほとんど輝度の減少は見られない。
40°Cを超える領域では、水銀の蒸気圧の寄与でAr/Hg系の輝度が上昇しつづけ60°Cまでの範囲でピークは見られなかった。
従来の希ガス蛍光ランプでは温度依存性が少ないことが特徴であるが40°Cを超える領域ではAr/Xe/Hg系もAr/Hg系と同様に輝度が増加して60°Cまで増加の傾向を示した。この現象は温度上昇により見掛け上のガス圧が増加したためではなく、電極のスパッター防止のために封入している水銀の紫外線発光が高い温度領域で寄与するためである。Fig.5は-10~60°CでのAr/Xe/Hg系希ガス平面蛍光ランプの発光スペクトル分布を測定した一例である。-10°C~25°C付近まで可視領域には、蛍光体の発光以外は見られない。40°Cを超えると436nm付近に水銀からの発光が蛍光体の発光スペクトルに重なって現われる。つまり、水銀蒸気圧の上昇とともに水銀の紫外線発光が寄与するため40°Cを超える領域でも輝度の増加を示すものと考えられる。
3-4 ランプの発熱特性
近年、LCDの耐熱特性が向上してきているが、基本的にはランプからの発熱は極力少ないことが望まれている。Fig.6(a)は、サーモビュアーで測定したAr/Xe/Hg系希ガス平面蛍光ランプの表面温度分布である。参考までに(b)は同じ構造のランプについてAr/Hg系の平面蛍光ランプの表面温度分布を付記したものである。Ar/Xe/Hg系ではランプ中央よりやや陰極寄りに最高温度領域があるのに対して、Ar/Hg系では陰極付近が最高温度となっているのがわかる。
Fig.7は、Ar/Xe/Hg系希ガス平面蛍光ランプについて中央付近の表面温度の時間的推移をランプ入力をパラメータにしてプロットしたものである。入力の増加につれて発熱が増加する傾向を示している。
3-5 輝度均斉度
輝度均斉度は、実用上は有効発光面を9等分して各マス目の中央の輝度を測定し、最高輝度部に対する最低輝度部との比率を求めることで評価している。輝度均斉度は高いほど優れた面光源と言えるが、60%以上が実用レベルと言われている。
Fig.8にAr/Xe/Hg系希ガス平面蛍光ランプの測定結果の一例を示す。輝度均斉度の向上に有効発光面のガラス表面部をフロストする提案であるが、このフロストは、有効発光面の黒点欠陥対策としても有効である12)13)。
3-6 始動性
EVF用バックライトは、その用途から使用環境によらず著しい始動遅れが生じないことが要求されている。
通常は一切外部光のない状況下で使用されることがほとんどである。 ランプを点灯せずに長期間放置した場合、ランプ内部の残留電子が著しく減少し皆無に近い状態である。 このため、外部光の無い状態で始動しようとしても放電に至るきっかけとなる電子がないため、結果として著しい始動遅れが生じてしまう14)。
平面蛍光ランプに限らず一般にTownsend放電様式が支配的な放電ランプの統計的時間遅れτsは、ランプ内部の初期電子数Qとその電子が放電に至る確率Pとの間に
なる関係が成立することはよく知られている15)。パルス点灯の場合も(1)式を基本とし、厳密に蛍光ランプの放電形成時間τfも考慮した関係式が与えられている16)。しかしながら、実用上問題となるのは統計的時間遅れτsでありP、Qの値が大きくできれば始動遅れは短くできる。Ar/Xe/Hg系希ガス平面蛍光ランプにおいてもP、Qを如何に大きくするかが始動性改善のポイントである。P,Qは、ランプの始動時間を実測し、Laueプロットなどで評価できる。2―1で述べた外部電極の効果もこの方法で確認した。
4 まとめ
従来のAr/Hg系では解決できなかった低温での輝度低下及び色ずれをAr/Xe/Hg系の混合ガスを見い出すことで改善できた。この場合Ar/Xe/Hg系の混合ガスは、低温ではXeからの紫外線発光で輝度及び色ずれが改善され、高温ではHgからの紫外線発光で輝度及効率が向上して、キセノンと水銀の長所を兼ね備えているものと言える。また輝度効率がAr/Hg系ガス封入時に比べて高いことから、カメラ一体型ビデオのようにバッテリー駆動で使用される商品のように低消費電力化の要求とも合致している。また用途上から始動性遅れに対する厳しい要求に対しても独自の外部電極を設けることによって解決されたものと言えよう。
おわりに、この希ガス平面蛍光ランプの開発から商品化に至るまで多大のご協力とアドバイスを頂いたウシオ電機株式会社大西安夫主席技師、平本立躬技術研究所長並びに亀ヶ谷武夫常任顧問に厚くお礼申し上げる。