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光技術情報誌「ライトエッジ」No. 5(1996年3月発行)

写真工業 Vol.50 No.7

(1992年7月号)

ホログラムの世界と光源

石井勢津子さん(ホログラフィックアートデザイナー)

7~8月は国際カンファレンスやシンポジウムの格好の季節である。どこの国でも日ごろハードなスケジュールをこなしている人々にとって、ヴァカンスの時期なら1~2週間の海外渡航は比較的実現しやすいということなのだろう。そんなわけで、私の海外行きも夏が多い。

5~6年前のことだが、シカゴから飛行機で1時間ほどのインディアナ州のある大学でアートホログラフィのシンポジウムがあった。ダウンタウンから車で40~50分のところに位置するキャンパス内には、協会や美術館、図書館、食堂、売店、プール等々、生活に必要なものや文化施設がすべてそろい、まるでひとつの小さな町のようである。しかし、その敷地内には木々の緑はもちろん、大小さまざまな天然と思われる池が点在し、鴨の一種と思われる野生の美しい鳥の群れが優雅に水面を泳いでいる。さながら自然公園の観がある。聞くところによれば、こういう状況はアメリカの大学環境のひとつの典型なのだそうだ。とても日本では想像がつかない。

会期中のある夕刻、といっても夜8時ごろ(緯度がかなり高いことと、サマータイムを運用しているため屋外は薄暮というより、まだかなりの明るさが残っていた)、ちょうど広い敷地内を移動のため歩いていたときである。芝生や大木の垂れた枝一面、いたるところ小さな光がフワフワ浮遊しているではないか。一瞬わが目を疑い、何が起きたのか理解するのに数秒を要した。蛍の発光シーンに出くわしたのだ。大きな蛍であった。まだ日が残る周辺の草や木を、さらに明るく照らし出している。

実は、私はそれまで蛍の光を見たことがなかった。まして群舞する発光シーンなど初体験である。しばらくぼう然と見とれているうちに、フッとその光の群れが小さな昆虫によるものであることを忘れ、枝や芝生に埋め込まれた、たくさんの光りファイバーによって演出された光のページェントではないかという錯覚に囚われてしまった。悲しいかな、人工空間に住む都会人の私は、五色沼を見て“バスクリンの色みたい”と言ってのけてしまう感性の持ち主とさしたる違いのない自分を発見することとなった。

しかし一見本末転倒と思える、これらの錯覚や形容も見方を変えれば、さほど驚くには当たらない。なぜなら、私たちが人工的に造り出したいと願ったほとんどのものは、すでに自然の中にその手本があるのだから。人間は原始時代から今に至るまで、実に多くのものやことを発明し、発見してきた。そして、たくさんの人工的なものたちに囲まれて生活している現代の私たちは、それらの原型が自然の中に存在していたことなど、とうの昔に忘れてしまっている。人類が文明を持ちはじめた第一歩は火の発見と言われるが、これこそ一番最初の人工の太陽と言えよう。そして太陽により近い人工光への願望はこのときから延々、現代の私たちに至るまで引き継がれているのだ。言葉を変えれば、人類はいまだに理想的な人工の太陽光を手中に入れることができていないということでもある。かつては夜の闇を照らすためだけの人工光は、現代の都市空間では昼夜を問わず必要不可欠の存在である。そして理想的な人工の太陽光の代わりとして、用途に応じた種々の光が造り出されている。私が関わるホログラフィ枝術は、最も人工的な光であるレーザ光によって可能となった三次元画像技術である。

ここでホログラフィの原理について簡単に触れてみよう。ホログラフィを撮影するとき、まずレーザ光が必要であるが、その特徴は位相と波長が完全にそろっていることである。まずレーザ発振器からの1本の光を2本に分け、レンズで拡げて一方を被写体に照射し、もう一方は記録するためのフィルム(感光材である写真乾板やフィルムが使われる)上に照射する。前者の被写体からの散乱光を物体光とよぶ。物体に当たって位相の乱れた物体光が、フィルム面上で再び参照光に出会うと、干渉縞(細いピッチの明暗のパターン)ができる。つまりこの干渉光のパターンは種々の位相のずれを含む物体光によって特徴ずけられる。干渉縞を記録したものをホログラムという。

ホログラムからの元の像を再生するためには、撮影時の参照光と同一条件の光を照射する。照射された光はホログラムの干渉縞によって回折されるが、この回折光は記録時の物体光の条件を再現している。そのため、この回折光を見ると、記録時に物体のあった通りの位置に物体の虚像が見えるのである。ホログラムをディスプレイする場合、上記のものは基本的なレーザ再生タイプというが、さらに白色で再生可能に工夫された応用型のホログラムがある。いずれも画像の再生光源に必要な物理条件は撮影時の参照光に準じる光源として点光源であることが不可欠である。さらに実用面を考えると携帯や設置が簡便であり安価であることも、大切な条件として忘れてはならない。ホログラムを展示する場合、頭の痛い問題がこの再生光源についてである。

レーザ再生タイプの場合、レーザ光によって良質の再生像を得ることができる。しかし問題はレーザの発振器である。大変高価であること、また、大きな光量を得るのが困難であり、パワーの大きなものは移動や設置が極めて困難であるという点で、一般のディスプレイとして使用することはほとんど不可能である。このため、ホログラファーやアーティストたちは、このレーザ再生タイプを使った発表を現在のところ諦めているのが実情だ。しかし、ホログラムの基本である完全な三次元画像の醍醐味を最も良く伝えてくれるのは、このレーザ再生タイプなのである。そこで記録メディアとしてもっと一般に普及するためには、画像再生用としてレーザ光に取って代わる光源が望まれる。

5年ほど前、ある総合住宅メーカーの研究所のショールームに大型のレーザ再生タイプホログラムを常設設置したとき、初めてレーザ光でない特殊ランプで画像を再生した。水銀ランプとフィルター、レンズ等の光学系を駆使してウシオさんにオリジナルに製作(次の文献参照のこと)していただいたものであるが、奥行2.5メートルの再生像もレーザ光に比べて遜色なく、光量も明るいものが得られ、メンテナンスもはるかに実用的なものを得ることができた。現在も常設されているはずである。ところで、このランプを製作したとき、ホログラフィの枝術者や研究者にアンケートを採られたように記憶している。レーザに比べればはるかに使いやすいものであるが、それでも一般の実用化にはまだ越えなければならないいくつかのハードルがあるようである。さらにコンパクトなタイプとして、通常のスポットライトと同等の簡便さや価格が求められていたようだ。実用化に向けて、ぜひ、もうひと踏ん張りしていただきたい。

さて、白色光再生タイプの場合は、スペクトル分布が太陽に近く、発光本体ができるだけ小さいランプが望ましい。スポットライトとしてデザインされている従来のものは、光量を有効に利用するため反射鏡が取り付けられ、前面にレンズ等がはめ込まれている。このため、画像再生に働く光源の大きさは、反射鏡やレンズの大きさとなってしまう。再生光源が面光源になればなるほど、ホログラム像のボケは大きくなる。光源の大きさがどのように画像のボケに影響するか、大変良い例を紹介しよう。

2年半前、ある私学の地下セミナー宝の壁にインテリアとしてホログラムを設置したときのことである。この建物には、屋外に太陽集光装置が設置され、光ファイバーで地下の各部屋に太陽光を導いている。ホログラムもこの光で再生するように設計された。ただし、悪天候や夜間のためにハロゲンのスポットライトが一緒に取り付けられた。ホログラムは直径1.2メートルの円型をなし、天然の檜葉の枝のシルエットを写している。画像の奥行は約40センチメートル、ホログラムから光源までの距離はおよそ2.5メートルである。さて、通常のハロゲンランプで照射すると非常にシャープな画像はホログラム面から5センチメートル程度のところまでで、奥の30センチメートルから40センチメートルの枝のシルエットはボケて黒い固まりとなり、細かい葉のディティールはほとんど判読できない。ところが、光りファィバーからの太陽光によると、一番おくの枝の葉のディティールまで鮮明に再現された。この光ケーブルの先端に取り付けられたレンズの口径は、およそ15ミリメートル前後。先のスポットライトのレンズの口径と比べると10分の1以下である。このとき太陽光はまさにホログラムにとって理想の光源であった。

このようにホログラムの再生の条件を滴たす人工光はできないものだろうか。ぜひ、光の専門家たちに知恵を絞っていただきたいものである。そしてもっと将来、蛍の光のような熱を持たない光源が実現することを願っている。最良の手本は常に自然の中に存在しているということを忘れず、あたらしいことにチャレンジしていただきたい。

石井勢津子プロフィール

1970年 東京工業大学応用物理学科卒業
1974年 創形美術学校造形科卒業1974~1975年 渡仏 パリ国立美術学校に学ぶ
1978年~81年 東工大像情報工学研究施設にて研究生としてホログラフィを学ぶ
1980,82,85年  渡米 アーティスト・イン・レジデンスとしてホログラフィ美術館(ニューヨーク)にて作品制作
1981年~82年 文化庁芸術家在外研修員として派遣され、米国マサチューセッツ工科大学高等視覚研究所にフェロー(客員研究員)として在籍
1987年 創形美術学校パリ・シテデザール第1回派遣員
1988年 シェアウォータ基金(アメリカ)から、ホログラフィの芸術分野のための助成金を授与される
1993年 ユーロピアンホログラフィアウォード'93(プロハイム)を授与される
大型アートホログラフィの世界的第一人者として国内・国外で個展・グループ展などで活躍。常設展示は、パリ(ホログラフィミュージアム)エゾンヌ(仏)ハンブルグ(独)オタワ(加)ニューヨーク、フロリダ(米)フィレンツェ(伊)東芝科学館(川崎)美ケ原光源美術館(長野)富山近代美術館(富山)箱根彫刻の森美術館(箱根)蚕糸会館、コクヨ、工学院(東京)積水化学住宅総合研究所(つくば)山陽印刷(横浜)平田産業、関西電力、大阪府(大阪)Next-21アトリウム(新潟)など。
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