USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.6(1996年5月発行)

月刊ポリファイル Vol.3, No.385

(1996年)

有機非線形光学材料の新展開
波長のマニピュレーション

エキシマ光によるプラスチック表面への
官能基置換と非線形性発現の可能性

村原正隆(東海大学工学部)

1.はじめに

有機非線形材料は、概して耐久性に乏しく、加工性が悪い。そこでこの材料の表面のみを選択的に改質すれば、材料内部の特性は保持したまま、表面だけに機能性を付与することができる。筆者は、これまでにテフロン表面に、B、AlあるいはH原子存在下でArFエキシマレーザーやエキシマランプ光を照射して、テフロン中のF原子を引き抜き、そこにCH3やOH基などの官能基を置換し、親油性や親水性を発現したり、あるいは接着性の向上を計ってきた1)~5)。これら光化学的改質を、有機非線形材料に適用し、ホログラフィク露光法に応用すれば、2方向からプラスチック表面に到達した光が互いに干 渉し、強め合った部分のみで光分解を起こさせ、かつ、そこに所望の原子団を置換することによって、従来線刻によって構成されていた回折格子を、屈折率、吸収率あるいは反射率の異なる格子(グレーティング)を構成させることができる。これを導波路として用いれば、エバネセント波による波長変換SHGを作ることが 可能である。そこで本稿ではエキシマレーザーやエキシマランプを用いて、光化学的にPMMA(ポリメチルメタクリレート)やポリイミドなど高分子材料表面に官能基の微細パターンを置換させる方法について解説する。

2.エキシマレーザーおよびエキシマランプ光によるポリイミド表面への官能基置換

PMMAやポリイミドなどC-H結合を有するプラスチック表面の末端基(-H)に所望の官能基を置換するためには、まず、H原子を引き抜かねばならない。一般にC-Hの結合エネルギーは、図1に示すように80.6kcal/molである。したがってこのエネルギー以上の光子エネルギーを有する紫外光を照射し、かつ、この光が被照射材料で吸収されれば、その分子結合を切断することができる。

図1 各原子のH原子との結合エネルギーとレーザー光子エネルギーの比較

この条件を満たす光源として波長248nm、光子エネルギー114kcalのKrFエキシマレーザー光、ArFエキシマレーザー光(193nm、147kcal)お よびXe2エキシマランプ光(172nm、162kcal)などがある。これらの光源から照射された光子をプラスチック表面およびその界面に存在する化合物水溶液に照射し、相互に誘起される光化学反応によって、まずプラスチック表面ではC-H結合が切断される。一方その界面では化合物水溶 液の光分解によって生成した反応性の高い原子によって、先にプラスチック表面で解離したC-H結合が再結合する前に別の原子とH原子を結合させる必要がある。このためには反応系に、C-Hの結合エネルギーよりも高い原子の存在が必要である。その原子は図.1に示すように、B、P、S、Pt、Br、O、Cl、H、Fなどがあるが、その中でもHと結合エネルギーの高い、O、Cl、H、Fが最も適している。一方プラスチック表面を回析格子として作用させるためには、母材と異なる分子屈折率を有する官能基を格子状に置換しなければならない。一般にテフロンの屈折率は1.36、PMMAは1.49と低く、ポリイミドは1.78と高い。また官能基の分子屈折率はCF2は1.24と低く、SO2は1.61、CONHは1.69と高い。そこで屈折率が比較的低く、光学的に透明な材料として有名なPMMAにArFエキシマレーザーを用いてNH2基あるいはONH2基を置換すること、および電気材料としての用途が広く、しかも屈折率の比較的高いポリイミドにXe2エキシマランプを用いてOH基を置換することを試みた。

3.ArFエキシマレーザーを用いたPMMA表面へのNH2基の置換

図2に示すようにPMMAと合成石英ガラス窓の間には毛細管現象を利用してアンモニア水を密着させ、この石英ガラスから、エキシマレーザー光を入射する。またPMMA板と合成石英ガラス窓の間には約50μmのアンモニア水(濃度28%)の薄液層を形成させ、入射されるエキシマレーザー光でアンモニア水とPMMA表面を同時に光励起して、以下の式のごとく光反応を進行させた。

図2 エキシマレーザー光によるPMMA表面へのNH2基置換原理図

この光処理によって改質した試料表面をATR-FTIR分光した結果から3,300cm-1にN-Hの伸縮振動が、またXPSのNls(339eV)ピークからNの結合が、Ols(535eV)のピークからOの結合が存在することが明らかになった。またこのNとOの存在量とKrFおよびArFを用いた場合の照射エネルギー密度依存性を調べてみると図3に示すようにKrFレーザー照射の場合はOHのみが置換され、ArFレーザー照射の場合はNH2とOHが置換されることが明らかになった。この事実は図1からわかるようにPMMAのC-H結合はKrFレーザー(249nm、114kcal)でもArFレーザー(193nm、147kcal)でも切断できる。一方アンモニア水はArFレーザー光ではNH3およびH2Oの両方を光分解できるが、KrFレーザー光ではNH3は分解できず、その結果としてArFレーザー照射のみNH2基が置換されるものと考える。

図3 PMMA表面に置換されたNおよびOのXPS測定による置換基のレーザーエネルギー密度依存性と励起光源による比較

またNH2基およびOH基ともに親水性であるので、KrFレーザー及びArFレーザーで処理した試料表面の水との接触角を測定したところ、9,000ショットのレーザー照射では35ºであったが、ArFレーザー照射では5ºと著しく小さくなることがわかる。

4.Xe*2エキシマランプを用いたポリイミド表面へのOH基の置換7)

ポリイミドは耐熱性があり、機械的強度、耐薬品性、耐放射線性、耐電気絶縁性など非常に優れた特性を有する材料で、航空宇宙材料やフレキシブルプリント基板、また最近では液晶ディスプレイのフロントパネルとして使われている。しかしこの優れた性質が材料表面の改質を困難なものと信じられ、“力ずくの加工”すなわち、高エネルギーのエキシマレーザー光を照射して、露光部分のみに穴をあける“レーザーアブレーション”の格好の材料となっている。しかし、この材料の改質にエキシマランプを用いれば、前項のPMMA同様に表面に所望の官能基を置換することができる。図4に示すようにポリイミドフィルム上に水またはメチルアルコールを滴下し、合成石英窓を被せ、試料と窓との間に毛細管現象により薄液層を形成する。この窓面にヘッドオン型エキシマランプを密着させ、172nmの真空紫外光を照射すると、図5に示すように反応液として水(H2O)を用いた場合12分の照射で、また、メチルアルコール(CH3OH)の場合は3分で、水との接触角が未処理の63ºから20ºに改質されることがわかる。またいずれの場合とも、処理面のATR-FTIR分光で3,300cm-1にOHの吸収が確認されている。同様な実験をArFレーザー(14mJ/cm2、500ショット)でも行ったが、水との接触角は33ºとエキシマランプの方が改質効果が高い。

図4 エキシマランプによるポリイミド表面へのOH基置換原理図

図5 被処理ポリイミド表面の水と接触角とエキシマランプ照射時間依存性

5.まとめ

C-H結合を有するプラスチック表面と合成石英窓との間に化合物水溶液薄層を形成させ、この窓側からエキシマ光を照射することによって、露光部分に所望の化学種を置換することができる。これにより材料特有の性質は維持したまま、大気中で、材料の表面のみに所望の性質を発現させることができることについ て述べた。今後この技術を加工の難しい非線形効果に適用すれば、さらに非線形効果 を助長させることができるものと考える。

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