USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.6(1996年5月発行)

宮崎大学工学部研究報告 第41号

無声放電励起真空紫外希ガスエキシマランプの開発
Vacuum Ultraviolet Rare Gas Excimer Lamps Excited by Silent Discharges

本田 雅則*・窪寺 昌一**・河仲 準二***・佐々木 亘****
Masanori HONDA*,
Shoichi KUBODERA**,
Junji KAWANAKA***,
and Wataru SASAKI****

Abstract

Various output properties of vacuum ultraviolet(VUV)rare gas excimers excited by hight-fre quen-cy and pulsed silent discharges are investigated. High-power, high-efficiency rare gas excimer lamps have been developed in high-frequency silent discharges. An average output power of 5.3W was obtained for xenon excimers at 172nm with an efficiency of 20.0%. Similarly, an output power of 3.4W(0.85W) with a 13.1%(3.4%) efficiency was achieved for krypton(argon) excimers at 147nm (130nm).By applying the silent discharge to mixed rare gases , spectral manipulation of rare gas eximer emission has been demonstrated for the first time .Excimer emission bandwidths from mixed rare gases are extended to 30nm, which cover the dominant wavelength region of the vacu-um ltraviolet. A pulsed VUV xenon excimer flash lamp has newly been developed , which pro duced a peak power of 1.5kW with a pulse widh between 200ns and 1 μs.

1.はじめに

希ガス(アルゴン、クリプトン、キセノン)エキシマ[1]は各々の発光中心波長が126nm、147nm、172nmと真空紫外波長域100~200nmに存在し、一光子あたりのエネルギーが7から10eVと非常に高い。その高い光子エネルギーを利用する応用としては、CO2、NOX、フロンガスなどの公害ガスの光分解、シリコン基板などの乾式洗浄のような光化学反応制御が挙げられる。さらに表面改質、光CVDのような材料工学などの分野での応用も期待できる。真空紫外域における既存の光源としては、重水素ランプ、及び低圧水銀ランプ(185nm)があるが、前者は単位波長あたりの放射効率が低く、者は波長選択の自由度がない。真空紫外域における光源は、多くの分野で必要とされているものの、いまだこれらの要求を満たすには至っていない希ガスエキシマ光源はこれらの欠点を補う特性を持つことから、高効率、高出力の光源が開発されることにより、近代工業に重要な役割をはたすことが期待できる。

2.無声放電励起法

無声放電は、誘電体バリア放電ともいい、沿面放電と微小放電から構成され、誘電体を介して放電が生成される特徴を持つ高圧不平衡放電である[2]。誘電体を介した放電ではギャップ間が放電開始電圧に達すると、微小放電が起こり微小放電柱に沿って荷電粒子が運ばれ、誘電体に電荷が蓄積される。これにより放電電極間の実効的な電圧が降下し、電荷の流れは放電展開の十分早い段階で中断される。したがって高圧力下においてもアーク放電に移行せず、安定なグロー放電が持続する。この自己制御性を持ったグロー放電中において、希ガスエキシマは三体衡突反応過程により効率よく生成される[3]

この放電方式においては、誘電体及び放電部の形状を適当に選択することにより、大きな照射面積が得られる面発光光源や、点発光光源として真空紫外光を取り出すことが可能である。さらに、無電極放電であることから、放電電極のスパッタリングなどの影響が少なく、放電ガスの劣化の問題を低減できる。

3.無声放電励起希ガスエキシマランプの開発

3.1 高周波電源を用いた無声放電励起希ガスエキシマランプ

3種類の希ガス(アルゴン、クリプトン、キセノン)を高周波無声放電励起し、真空紫外域での蛍光を観測し、その蛍光の平均出力、効率を測定し、ランプとしての性能を評価した。

本実験で用いた実験装置をFig.1に示す。内径5mm、厚さ1mm、長さ1000mmの円筒石英管を誘電体として使用した。幅10mm、長さ500mmのアルミニウムをくの字形に折り曲げ一対の電極とし、この石英管を挟み込んだ。この電極に最大電圧8kV、周波数20kHzの電圧を印加した。放電部はあらかじめ 10-5Torr以下に排気しており、封入希ガスの圧力はデジタルピラニ圧力計を用いて測定した。放電部での希ガスの温度上昇を低減するために循環ポンプにより閉ループで希ガスを循環した。また循環路中にドライアイスによる冷却トラップ(温度221.5K)を挿入し、不純物を連続的に除去した。この放電部は、MgF2窓により測定部と隔てられている。

Fig.1 Schematic diagram of the experimental setup.

希ガスエキシマスペクトルは、焦点距離20cmの真空紫外分光器及びシンチレーター付き光電子増倍管により検出した。発光スペクトルは、分光器を波長掃引することにより光電子増倍管とプロッターにより測定した。また希ガスエキシマ発光の絶対強度測定は、感度較正されたバンドパスフィルター(Acton社製)及び、感度較正された光電子増倍管により測定した。放電電圧の測定は高圧プローブを用い、放電部への入力電力はV-Qリサージュ図形より求めた[4]

3種類の希ガスにおいて印加電圧、ガス圧を変化させることにより、発光強度の最適化を行った。各々の最適動作条件は、アルゴンでは印加電圧5kV、動作圧力560Torrであり、クリプトン、キセノンでは、それぞれ(4.8kV、460Torr)、(4.8kV、360Torr)であった。これらの条件で発光スペクトルを測定した結果をFig.2に示す。アルゴンエキシマ(Ar2*)、クリプトンエキシマ(Kr2*)、キセノンエキシマ(Xe2*)の発光の中心波長はそれぞれ130、147、172nmであり、スペクトル幅はそれぞれ、9.1nm(0.07)、12.0nm (0.08)、13.1nm (0.08)であった。(括弧内はΔλ/λ0の値。Δλはスペクトル幅、λ0は中心波長)これらのスペクトルの強度は互いに規格化してあるが、相対的な強度比は、1(Ar2*) : 1(Kr2*) :1(Xe2*)=1.0 : 8.1 : 12.6であった。

Fig.2 Observed rare gas excimer spectra in a high-frequency silent discharge. VUV emission from three defferent excimers are shown together for comparison. The relative intensities of these continua are normalized.

これら3種類の発光の波長積分した平均出力を求めたところ、Ar2*では平均出力0.85W、効率3.4%、Kr2*では平均出力3.4W、効率13%、Xe2*では平均出力5.3W、効率20.4%が得られた。真空紫外域での既存の低圧希ガスランプ(希ガス原子の共鳴線を利用)では、その出力、効率は自己吸収により制限され、重水素ランプでは、出力は数μW、効率は0.1%のオーダーである。これらの既存の真空紫外ランプの性能と比較して、今回開発した声放電励起希ガスエキシマランプがはるかに良好な性能を持つことを確認した。

3.2 高周波電源を用いた無声放電励起混合希ガス エキシマランプ[5]

3.1において高出力、高効率の希ガスエキシマランプの開発に成功した。しかしながら、Fig.2のスペクトルからわかるように、蛍光波長域の点では3種類の希ガスを用いた場合でも真空紫外域を完全にカバーすることはできない。既存の真空紫外光源が限定されている現状では、この波長域でより広い波長帯域を持つ高出力、高効率光源は、標準光源として、あるいは真空紫外吸収分光用光源として有用なものとなる。

実験装置はFig.1と同様で、単一の希ガスの代わりに、分圧を制御した混合希ガスを用いた。

印加電圧5kV、アルゴンガス圧560Torrでの無声放電中に、クリプトンガスを2Torr添加した。その時のスペクトルの変化をFig.3に示す。下が単独のAr2*スペクトルであり、上がアルゴン560Torr、クリプトン2Torrの混合ガスを励起したときの発光スペクトルである。上図には参考としてAr2*、Kr2*の発光スペクトルを細線で重ねて表している。クリプトン添加により、発光スペクトルの帯域は29.4nmまで拡張した。このときのΔλ/λ0の値は0.20である。混合ガス中でのアルゴンからクリプトンへの効率よいエネルギー移乗により、低いクリプトン分圧においてもKr2*生成が行われた。

Fig.3 Spectral evolution of extended VUV continua by adding krypton in an argon silent discharge.

観測された広帯域スペクトルの短波長側は、2Torr添加されたクリプトン原子の共鳴吸収(波長125nm)により制限されている。また波長160nmより長波長側でのスペクトル幅の拡がりは下図に見られる3本のアルゴンイオンラインの強度増加により見かけ上拡がっている。発光帯域の中心波長近傍からわかるように、この広帯域スペクトルは、Ar2*、Kr2*スペクトルの線形和では説明がつかない。

この原因として、中心波長135nmにおけるArKr*からの遷移、及び低クリプトン分圧で観測されるKr2*の第一エキシマバンド(波長125~140nm)の影響が考えられる。

同様の実験をクリプトン無声放電中にキセノンを添加することにより行った。その結果をFig.4に示す。このときの印加電圧は5kVであった。キセノン2Torrの添加により、キセノン原子の共鳴吸収のために147nmより短波長側が吸収される。キセノン分圧を上げることにより、波長172nm付近のXe2*強度が増加してくる。クリプトン460Torr、キセノン20Torrの混合ガスを励起したとき広帯域スペクトルが得られ、その半値幅は28.3nm(Δλ/λ0=0.17)であった。最上図には単独のKr2*、Xe2*スペクトルを細線で表している。この場合のスペクトルの拡張も、KrXe*(中心波長154nm)、Xe2*の第一エキシマバンド(波長150~160nm)に原因があると考えられる。

Fig.4 Spectral evolution of extended VUV continua by adding xenon in a krypton silent discharge.

これらの広帯域エキシマ発光の波長積分した平均出力、効率を見積もった。Ar/Krエキシマでは、平均出力0.54W、効率2.2%であり、Kr/Xeエキシマでは平均出力3.4W、効率13.6%であった。これらの値は3.1で述べた単独の希ガスエキシマランプに匹敵する。混合希ガスを無声放電励起することにより、単独の希ガスエキシマランプに匹敵する高出力、高効率動作が可能な、新しい広帯域真空紫外光源の開発に成功した。

3.3 パルス無声放電励起希ガスエキシマフラッシュランプ

前節までに開発したエキシマランプは高平均出力を持つ疑似連続波光源である。ここではパルス動作する希ガスエキシマフラッシュランプを初めて開発した。このような高ピーク出力を持つ光源は、光化学反応素過程の時間分解測定や、近年話題の真空紫外固体レーザー媒質の励起光源となる可能性をもつ。

パルス動作無声放電では、高周波電源の代わりにサイラトロンスイッチを用いたパルス放電回路を用いた。Fig.5にパルス放電回路を示す。放電部は内径15mmもしくは20mmの石英管であり、長さは500mmである。容量0.7μFの充電コンデンサー(Maxwell社)を最大24kVの直流電圧により充電し、サイラトロンを0.2Hz周期でスイッチングすることによりパルス電圧を放電部に印加した。発行測定系はFig.1と同様である。電圧、電流はそれぞれ高圧プローブ、ロゴスキーコイルにより測定した。

Fig.5 Schematic of the pulsed silent discharge circult.

キセノンガス圧160Torr、充電電圧18kVの時に得られた典型的な電流波形をFig.6に示す。サイラトロントリガー後、約100ns後のピークは、沿面放電によるものであり、約150ns後の半値幅25nsのピークは微小放電によるものと考えられる。このピークの後、回路形状により決まるリンギング電流が流れる。

Fig.6 Typical current waveform in a pulsed silent discharge

Fig.7に種々のキセノンガス圧でのXe2*の時間分解波形を示す。各々の波形は10ショット積算したものである。キセノンガス圧160Torrのときのエキシマの発光は放電電流開始後約4μsまで続いており、発光波形の半値幅(FWHM)は1.1μsとなった。圧力を増加させるとともにXe2*の電子による失活が顕著となり、圧力460Torrで半値幅は200nsとなった。この図から求められる発光波形の減衰時定数は、(0.2-0.7)μsなので、Xe2*の三重項からの遷移によりこれらの発光が支配されていることがわかる。

Fig.7 Time-resolved emission histories of Xe2* excited by a pulsed silent discharge at four different operating pressures. Emission decay time decreases with an in crease of Xe pressure.

キセノンガス圧160Torr、充電電圧18kVの最適条件下におけるXe2*発光のピーク出力、効率を見積った。このとき、入力電力はコンデンサの充電電圧と放電電流より求めた。波長172nmにおいてピーク出力は1.5kWで、効率は0.18%となった。パルス放電においては、放電回路と放電部とのインピーダンス整合によりより高い出力、効率が得られると考えられる。今回の実験では、放電部は高周波無声放電励起の場合と同じものを利用したが、絶縁性を考慮した放電部の形状、誘電体の材質等を最適化することにより、より高出力化が達成できるものと考えている。

4.まとめ

本研究では、無声放電励起法を用いて、種々の動作特性を持つ新しい高出力、高効率真空紫外希ガスエキシマランプを開発した。

希ガスを高周波無声放電励起することにより、真空紫外域において3種類の異なる波長を持つエキシマ発光が得られた。その平均出力はワット級で、効率は数十%であり、高出力、高効率動作が確認された。また、混合希ガスを高周波無声放電励起することにより、混合希ガスのキネティクスを制御することが可能となり、発光スペクトルの著しい拡張に初めて成功した。この広帯域発光の平均出力、効率はともに単独の希ガスエキシマランプのそれに準じる値となった。

さらに、パルス無声放電励起法をキセノンに適用し、真空紫外における高ピーク出力、短パルス動作する希ガスエキシマフラッシュランプの開発に成功した。

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