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光技術情報誌「ライトエッジ」No.7(1996年7月発行)

大学研究室を訪ねて Campus Lab②

新結晶の発明がレーザの流れを変える

大阪大学大学院工学研究科・電気工学専攻
電機材料・物性工学講座(佐々木孝友教授)

合成結晶で全固体紫外レーザが実用化へ

大型結晶成長分野の第一人者の大阪大学大学院工学研究科 佐々木孝友教授は、最近、新紫外光発生用結晶“CLBO(=CsLiB6O10:セシウム・リチーム・ボレート)”を発明・開発されたことでも有名ですが、この“CLBO”の開発により、一躍全固体紫外化レーザの実用化に、極めて高い期待が寄せられ始めています。そこで、今回は佐々木先生の研究室を訪問しました。

大学院工学研究科のある吹田キャンパスは、北大阪のベッドタウンである千里ニュータウンの東はずれにあり、約100万m2(甲子園球場の25倍)の敷地に加え、北に箕面の山々を臨み、南東側は万博公園に接する緑豊かなところです。96年度から、これまでの工学部を大学院に重点を置いた新しい教育体制に転換し、システム・電力講座、電機材料・物性工学講座、電気光学講座(レーザ核融合研究センター)の3つに大別された講座で、高度な専門的能力を持ち、国際的に活躍できる研究者や技術者の養成を目指しています。

佐々木先生は電気材料・物性工学講座の電気材料・物性工学領域が主担当。この領域は、「将来の社会や産業の基盤となる新しい物質・材料の開発についての研究、特に新非線形光学結晶、ロイドギャップ半導体薄膜やエネルギー変換材料などの先端高機能性材料の開発」を主眼にしています。96年度は佐々木先生のもとで、41名(表1)が合成結晶による光波長変換、レーザ発振、新材料開発と光物性の研究を進めています。「学生たちに結晶のテーマを与えると最初は嫌がるんですが、次第に面白くなり、夢中になっていきます」と佐々木先生がおっしゃるとおり、結晶成長の妙味は作ってみた人を確実に虜にするようです。

■活気あふれる研究室にて、学生たちと

表1 電気物性工学領域の96年度メンバーの内訳

農業に似る結晶の育成

佐々木先生は同大学の卒業生。在学中に山中千代衛先生の研究室でNd:Glassレーザの研究を手掛け、その後も同研究室で多忙な研究活動を続けておられました。佐々木先生と結晶との出会いは、山中研究室で助教授をされていた今から約20年前、大手術をして数ヵ月休んだことに端を発します。そのころ完成したレーザ核融合研究センターでは、レーザ核融合にグリーン光、UV光が必要で、Nd:Glassレーザの1.06µmからの波長変換用の大きな非線形結晶が不可欠との話が持ち上がっていました。健康回復に努めていた佐々木先生は、山中先生の勧めもあって、数ヵ月かかる結晶成長に取り組むことになり、KDP結晶が作られることになったのです。

「結晶成長はまるで農業のようだ」とおっしゃる佐々木先生。「結晶は生きているようには見えないが、再び炉に入れると成長を始める点から見れば、まさに生き物。栄養を与え過ぎれば異常成長して育成に失敗するし、栄養が悪ければ成長が遅れて育成に時間がかかり過ぎる。大型結晶を成長させるには、最高の環境を長期間にわたって維持することが基本」と説明してくださいました。手塩にかけて育てなければ大きく成長しないところが、結晶に取り組む学生たちを次第に夢中にさせてしまうのかもしれません。

しかも、条件が整っていても順風満帆とはいかないのが研究の妙味で、立ちはだかる壁を乗り越えるためには並々ならぬ根気と原因解明への努力が必要とか。大型KDP結晶成長に取り組んだときの“壁”は2~3ヶ月経って断面が10cm×10cmくらいになるといつも割れが発生するというもので、数ヵ月という時間の経過とともに溶液中にある種の浮遊物質ができ、これが成長中の結晶に付着する「自然核成長」が割れの原因と解るまでに約1年間が費やされました。こうした地道な研究活動が実を結んで、約10年前に45cm×45cm×60cmの大型KDP結晶の開発に見事成功し、その功績に対して新開発事業団の市村賞が贈られました。

“CLBO”の発明で、拡がる紫外領域応用の可能性

近年、半導体プロセス、超精密加工、光計測や医療などさまざまな分野で紫外レーザ光の需要が増加しています。現在、紫外レーザ光源としてはエキシマレーザなどのガスレーザが一般的ですが、フッ素系ガスを使用するために寿命、経済性、安全性で問題があり、YAGレーザなどの固体レーザと非線形光学結晶を組み合わせた全固体紫外レーザの実現への期待が高まっています。しかし、既存の紫外発生用非線形結晶では、その波長変換特性や結晶の生産性が十分ではないため、優れた波長変換特性を有し、結晶育成が容易な新結晶の開発が望まれていました。

しかし、新結晶は意図的に探して見つかるものではなく、理論的にどのような構造が新結晶として存在するか予測し、かつ、育成が容易か、特性が優れているかを判断することは、新しいDNAを見つけるのと同じくらい困難で、加えて材料開発の難しさは、最終的に生き残れる材料が極めてわずかしかないと言われています。例えば、約30年も前にYAGレーザが開発され、それ以降おそらく100以上に近い種々の固体材料が開発されていますが、YAGを上回る材料はなかなか出てきていないことから見ても明らかなことです。材料が生き残るためには、①目的の機能を備えていること、②硬くて丈夫で安全で長寿命であること、の2つをクリアすることが極めて大きな条件で、材料開発や非線形工学結晶はこの観点から考えることが重要だと言われています。

核融合用KDP結晶の研究を終えた佐々木先生は、レーザの残された応用分野である紫外領域を視野に入れて、波長変換のための無機および有機の非線形結晶の研究に取り組まれ、その過程で、B3O7リングにCsとLiを組み合わせることによって、新非線形光学結晶“CLBO”を発見することに成功されました。

“CLBO”は、紫外光発生用に開発されたボレート系非線形光学結晶で、①超大型結晶の育成が可能(3週間で14×11×11cm3に育成)②Nd:YAGレーザ(波長1.06µm)の4倍、および5倍高調波が高効率で発生できる、③既存の結晶BBOと比べてウォークオフ核が小さく角度、温度許容幅が2倍程度大きい、など大変に優れた特徴を持っています。他のボレート系結晶に比べ、機械的にもろく、切削や研磨が難しいという問題点が残ってはいるものの、KrFエキシマレーザに替わる小型・長寿命の全固体レーザ用波長変換結晶として産業界での実用化に向け、大きく可能性が拡がりました。

佐々木先生はその後も有機結晶・無機結晶の分野での研究を続けており、特に最近は非線形光学効果が大きく、また、理論解析により種々の新結晶を生み出すことができる有機結晶にも興味をお持ちのようです。無機結晶ではKTPやハンタイト系ボレート(Cr3+YAB)の研究を、また、生成した非線形結晶の評価用にデバイス開発もされるなど、精力的に活躍されています。

■CLBO結晶

日本企業にもオリジナルな開発を期待する

佐々木先生は「日本のレーザ関係の企業は大企業でありすぎるためか、このデバイスは何十億円で売れるかで商品開発すべきかどうかを判断していて、何億円では取り組みません。したがって、国内では結晶成長とか儲からない理化学用レーザは、ほとんど研究していません。その点、米国等では姿勢が全く違います。日本ではオリジナルなものが製品にまで育つ環境が非常に少ないのです。私は国内で企業と大学などが協力してオリジナルなものが製品となる可能性が高まるようにしていくべきと思っています」と我が国のレーザ技術の将来を憂え、苦言を呈しています。

冒頭でも触れたように、レーザは全固体化を目指していて、半導体レーザ励起型レーザ材料が開発の中心になってきています。佐々木先生は今後、ニーズの高い波長変換による紫外光源開発が先行すると考えておられ、数年内には波長200nmまでの領域では波長変換を組み合わせた固体レーザが実用化される可能性を示唆しておられれます。同時に可視域波長を直接発振する新固体レーザ材料の開発も盛んになっていくと予想されていて、その場合にもっとも重要になるのは励起光源だとみておられ、半導体レーザが赤からさらに短い波長で発振でき、励起源に使われるようになる必要性を強調されています。

今後、レーザ関係のいろいろな活動がどんどん盛んになっていくために必要な協力は惜しまないとおっしゃる佐々木先生。当面はNd:YAGレーザの高調波光を励起光源とする方式で材料開発を行っていかれる予定だそうです。

■弊社社員に気さくにチョコラルスキー結晶育成炉、CLBO結晶育成炉の説明をされる佐々木先生

●プロフィール

佐々木 孝友 (ささき たかとも)
大阪大学 大学院 工学研究科・電気工学専攻 教授
工学博士

<略歴>
1996年 3月   大阪大学 大学院 工学研究科修士課程終了
          4月   同院 博士過程入学
1970年 4月~  同大学 助手
1978年 6月~  同大学 助教授
1992年12月~    同大学 教授
<お問い合わせ先>
大阪大学 大学院
工学研究科・電気工学専攻
電気材料・物性講座(電気物性工学領域)
〒565 大阪府吹田市山田丘2-1
Tel.06-879-7706(直)Fax.06-879-7708
E-mail:sasaki@pwr.eng.osaka-u.ac.jp
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