USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.8(1996年9月発行)

レーザーセミナー ’96 テキスト

【第4講】
新しいUVおよびVUVエキシマ光源の開発

松野 博光
(ウシオ電機(株))

1.はじめに

従来の放電ランプは、グロー放電やアーク放電から放出される原子スペクトル、分子スペクトルあるいは再結合放射の何れかを利用している。従って、1本のランプにおいて、紫外から可視光の広い領域にわたって光が放出されている。しかし、光化学反応を利用した光CVD、光エッチング、プラスチックスの改質あるいはUV/O3洗浄などにおいては、それぞれの光化学反応に対応する特定の波長範囲にだけ放射を有すれば良く、余分な波長領域の光は害になる場合も生じる。また、上記の特定の波長範囲は、紫外および真空紫外領域である場合が多い。

エキシマレーザーでは邪魔にされていたエキシマからの自然放出光を利用することによって、紫外および真空紫外領域において、単色光的なスペクトルを発生出来るエキシマランプの開発が行われている。

エキシマ生成の放電としては、(1)誘電バリア放電、1)2)(2)マイクロ波無電極放電、3)4)5)(3)ガスジェット放電6)など検討されている。誘電体バリア放電を励起源としたエキシマランプは、ランプ形状の選択の自由度が大きい、大面積平面光源が実現しやすい等 の特徴を有していると考えられるので、我々は、このランプの実用化を目的にして開発を進めてきた。

本報告では、我々が開発した誘電体バリア放電励起エキシマランプと、このランプを使用したエキシマ光照射装置の特性について述べる。

2.誘電体バリア放電励起エキシマランプの動作原理・概要

誘電体バリア放電を励起原としたエキシマランプの原理を説明するための概略図を、図1に示す。この例においては、放電容器の壁を構成している石英ガラスの外面に金属電極と金属網電極が設けられおり、石英ガラスは誘電体バリア放電の誘電体と光取り出し窓を兼ねており、光出力は金属網を通して取り出される。

電極間に電圧を印加すると、2枚の誘電体を通して放電空間に電圧が印加され、この電圧が放電空間の放電破壊電圧になると放電が発生する。放電路に直列に、かつ放電空間に接して誘電体が挿入されているので、放電プラズマは、放電路に直角方向の空間的な広がりが制限され、かつ、時間的な進展も制限される。従って、放電の持続時間が数十nsで、直径が0.1mm程度の放電プラズマが放電空間に多数発生することになる。

エキシマ光の発生効率(ランプから放出されたエキシマ光のパワーをランプへの入力電力で除したもの)は、放電プラズマ中の電子エネルギーによって大きく影響されるが、誘電体バリア放電においては、放電用ガスの圧力pと放電ギャップd(2枚の誘電体板間の距離)の積pdを適当に選ぶことによって、電子のエネルギーを決定していると考えられる換算電界E/pを自由に選択できるので、容易に、エキシマ光発光効率を最大にする事が出来る。

上記した誘電体バリア放電の特性に基づいて、誘電体バリア放電励起エキシマランプには以下の特長が生じる。

  • ① 放電空間に金属電極が無いので、ハロゲンガスのような腐食性ガスを使用できる。
  • ② 放電空間に金属電極が無いので、点灯と消灯を繰り返しても短寿命にならない。
  • ③ エキシマ光の発生効率が高い。
  • ④ 電極の形と光の取り出し方向の自由度が大きいので、ランプ形状の選択の自由度が大きい。
  • ⑤ 誘電体と電極の面積を大きくするだけで、大面積・高出力の光源が得られる。
  • ⑥ 一つの電源で複数のランプを並列に点灯できるので、照射装置がコンパクトになる。

3.ランプの特性

3.1 ランプの構造

開発した誘電体バリア放電ランプの概略を、図2に示す。7) 管径の大きな外側石英ガラス管の中に内側石英ガラス管を同軸に挿入し、両端を閉じて環状の放電空間を形成し、内側管の内面と外側管の外面に設けた電極の間で、半径方向に放電を行う方式である。外側管の外形は約25mm、放電ギャップ長は約5mmである。

図2-(a)は、内側電極は光反射板を兼ねたアルミニウム箔で構成されており、外側電極は光透過性の金属網で構成されている管形ランプである。すなわち、外側石英ガラスは誘電体バリア放電の誘電体と光取り出し窓を兼ねている。石英ガラス管と電極を長くすることによって、容易に 高出力化を行うことが出来る。

図2-(b)は、内側電極および外側電極を光反射板を兼ねたアルミニウム箔にし、外側管の一端に光り取り出し窓を設けてランプの軸方向に光を取り出す方式の、いわゆるヘッドオン型ランプである。エキシマ光は自己吸収が無いので、本ランプの様に、光取り出し方向のプラズマの厚みを大きくすることによって、高輝度の光源を得ることが出来る。また、160nm以下の波長用の光取り出し窓としては、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウムなどがあるが、これらの材料は比較的小さな板材しか入手できない。ヘッドオン型ランプは、このような材料を使用する場合に有利な構造である。Ar2*およびKr2*エキシマランプにおいては、フッ化マグネシウムの光取り出し窓を設けている。

使用したガスは、Ar、Kr、Xe、Kr/Cl2およびXe/Cl2の5種類である。

3.2 発行スペクトル

図3に、Ar2*、Kr2*およびXe2*ヘッドオン型エキシマランプの分光スペクトルを示す。8)試料ランプは、電極の長さは100mmで、ランプ電力は約20Wである。比較のために、30Wの重水素ランプのスペクトルも示した。真空紫外領域の測光は、測光系の光路を窒素で置換して行った。分光分布の測定には、装置幅0.8nmの真空紫外分光器を使用した。

エキシマ光の中心波長λおよび半値全幅Δλは、Ar2*ではλ=126nm、Δλ=10nm、 Kr2*ランプではλ=146nm、Δλ=13nm、Xe2*ランプではλ=172nm、Δλ=14nmが得られた。上記のエキシマ光は単色光的であ った。すなわち、エキシマ光以外の発光は非常に少なく、たとえばXe2*ランプでは、可視光領域における単位波長当たりの発光強度は、172nmおける強度の千分の一程度であった。9)10)

また、Ar2*、Kr2*およびXe2*ランプの放射強度は、それぞれの波長領域において、重水素ランプの4倍、7倍および13倍であった。

上記したスペクトルの形は、当然、管型ランプにおいても同様であった。

図4、5に、XeCl*およびKrCl*エキシマランプの分光スペクトルを示す。図6には、縦軸を対数目盛にしたXeCl*エキシマランプの分光スペクトルを示す。試料ランプは、電極の長さは100mmで、ランプ電力は約20Wである。分光分布の測定には、置幅0.2nmの分光器を使用した。

主たるエキシマ光の中心波長λおよび半値全幅Δλは、XeCl*ではλ=308nm、Δλ=2nm、KrCl*ランプではλ=222nm、Δλ=2nmが得られた。上記のエキシマ光が単色光的に得られたが、上記のエキシマ光の他に、数十分の一から数百分の一の強度のエキシマ光も観測された。これらの塩素系エキシマランプにおいても、エキシマ光以外の発光は非常に少なく、可視光領域における単位波長当たりの発光強度は、エキシマ光の千分の一程度であった。

図7に、XeCl*ランプにおける管壁負荷(ランプへの入力電力を外側電極の面積で除したもの)とエキシマ光のプロファイルの関係を示す。XeCl*エキシマ光は、そのプロファイル管壁負荷が4倍になっても変化しなかったが、光出力は管壁負荷に比例して増大した。すなわち、誘電体バリア放電励起のエキシマランプにおいては、ランプへの入力電力を変えることによって、スペクトル分布を変えることなく光出力を可変出来る。

3.3 管型ランプにおけるエキシマ光の発生効率

エキシマ光の発生効率は以下のように求めた。

まず、配光分布を測定する。エキシマランプの配光分布は、完全拡散放射面の配光分布よりも、斜め方向の放射強度が大きい分布になった。

次に、ランプの管軸に垂直方向の放射強度の絶対値を測定する。光出力の絶対値の測定は、真空紫外領域にエキシマ光においてはバンドパスフィルターとサーモパイルの組み合わせを使用し、紫外領域のエキシマ光においては分光放射照度の絶対値が値付けられている重水素ランプを基準として測定した。9)

放射強度の絶対測定と前述の配光分布から全放射束を算出した。

ランプへの入力電力は、誘電体バリア放電を使用したオゾン生成機において古くから使用されているV(ランプへの印加電圧)-Q(ランプに流入する電荷)リサジュ図から求めた。9)

このランプ電力で上記のエキシマ光の全放射束を除して、エキシマ光の発生効率を算出した。

電極長は100mm、ランプ電力が約20Wである管型のエキシマランプにおいて、放電用ガスの圧力pと放電ギャップdの積pdを適当に選ぶことによってエキシマ光の発生効率を最大にした。この時のエキシマ光の発生効率は、Xe2*およびXeCl*ランプでは10%、KrCl*ランプでは7%であった。11)

3.4 ランプの寿命

光出力が初期出力の70%まで減衰する時間を寿命と定義する。

管型ランプの寿命は、エキシマの種類によらず約1000hの値が得られた。放電空間に電極を有している通常の放電ランプにおいては、ランプを点滅させると電極が損耗して寿命が短くなるのに対して、誘電体バリア放電励起のエキシマランプにおいては、点滅を繰り返しても寿命は変わらなかった。

ヘッドオン型ランプの寿命は、光取り出し窓における放射束密度が大きいので、光取り出し窓の劣化が大きく、約700hである。8)

4.エキシマ光照射装置の特性

表1に、我々が開発し、実用化したエキシマ光照射装置をまとめた。光の取り出し方式としては、大面積を照射する平面光源型と高輝度・小面積用のヘッドオン型の2種類であり、電力の範囲としては、20Wランプを1本使用した20W型から120Wランプを8本使用した1kW型までの範囲である。波長は、126、146、172、222、308nmの5種類である。

表1 誘電バリア放電励起エキシマランプを使用したエキシマ光照射装置の特性

表中の光出力は、光取り出し窓面における放射発散度(mW/cm2)と、光取り出し窓から放出される全出力を表している。

以下、Xe2*エキシマランプを使用した大面積の真空紫外平面光源と、ヘッドオン型エキシマランプの特性について述べる。

4.1 大面積真空紫外平面光源

通常の放電は、放電電流を増加させると放電維持電力が低下する。いわゆる負荷性を有している。従って、個々の放電ランプに直列に放電安定用のインピーダンスを接続しなければならず、一個のインピーダンスだけで複数本のランプを並列点灯することは出来ない。また、一つの電源で複数本のランプを並列点灯することが出来るので、大面積のコンパクトな照射装置が可能になる。

我々は、窒素で置換したランプハウス内に複数本の誘電体バリア放電ランプを並べ て並列点灯を行う方式で、大面積の真空紫外平面光源の開発を行ってきた。図8に、光 取り出し窓の大きさが230×230mmである真空紫外平面光源の概略図を示す。12)13) 発光長250mm、ランプ電力50Wの管型のXe2*誘電体バリア放電エキシマランプ4本を平行して設置し、合成石英ガラス板からなる光取り出し窓から光を取り出す構成である。酸素による真空紫外線の吸収を防止するために、ランプと光取り出し窓の間を窒素で置換 した。

ランプとランプの間および光取り出し窓に周囲には、アルミニウムからなる光反射板を設けた。光反射板を使用することによって、光取り出し窓中央部における放射発 散度のムラは±14%から±10%に改善され、平均放射発散度は約10%大きくなった。

図8の照射装置の光出力は、全ランプ電力200Wにおいて、平均放射発散度は16mW/cm2、172nmの全出力は9Wである。

図8

図9に、上記の照射装置の光取り出し窓を直径230mmの丸窓にした8“ウエーハ対応の照射装置と、ランプ点灯電源の写真を示す。ランプハウスの寸法は396×333×166mm、重量は16kg、ランプ点灯電源の寸法は350×300×160mm、重量は7kgである。

図9.8"ウェーハ対応真空紫外平面光源

図10に、上記の照射装置の光取り出し窓面における放射発散度の分布を示す。平均放射発散度は16mW/cm2、172nmの全出力は6.6W、有効窓面積である直径200mmの範囲における放射発散度のムラは±10%以下である。

図10.8"ウェーハ対応真空紫外平面光源の窓面における放射発散度分布

図11に、光取り出し窓が580mm×680mmである真空紫外平面光源の写真を示す。これはLCD用ガラス基板のドライ洗浄用として開発されたもので、光取り出し窓面における平均放射発散度は10mW/cm2、172nmの全出力は40W有効窓面積である550×650mmの範囲におけ る放射発散度のムラは±15%以下である。

図11.1kW型真空紫外平面光源

以上のように、真空紫外光の平均出力としては、真空紫外エキシマレーザの出力に相当する出力を比較的に得ることが出来る。

4.2 ヘッドオン型照射装置

図12に、ヘッドオン型Ar2*エキシマランプを使用した照射装置と、ランプ点灯電源の写真を示す。この照射装置ではランプを水冷している。

図12.ヘッドオン型Ar2*エキシマ光照射装置

図13に、ヘッドオン型Ar2*エキシマランプにおけるエキシマ光出力(中心波長126nm、半値全幅10nm)の空間分布を示す。8) 軸方向距離(ランプの光取り出し窓と照射面間の距離)が25mm以下では、環状の放電空間に対応して、放電ランプの中心軸よりも周辺部の放射強度が大きくなる分布になった。しかし、軸方向距離が50mm以上においては、 ランプの中心から半径10mm程度の範囲の放射照度が一定になる分布になった。

上記から判るように、ヘッドオン型エキシマランプは、被照射試料が比較的小さく、かつ、試料を光取り出し窓に近づけられないような場合(真空容器内に置かれた場合など)に有効なランプである。

5.おわりに

誘電体バリア放電を励起源とした紫外および真空紫外エキシマランプと、このランプを使用したエキシマ光照射装置の特性について述べた。

平均光出力としては、エキシマレーザを凌駕する値が得られており、さらに高出装置の開発が進められている。

これらのエキシマ光照射装置の応用例としては、Xe2*エキシマ光を使用したVUV/O3洗浄は液晶基板やSiウエーハの乾式洗浄に既に採用されており、また、光CVDによるSiO2やSi3N4等の成膜、InGaAs/InAlAsやSiCの光エッチング、プラスチックスの表面改質などへの応用研究が進められている。今後、さらに多くの分野に使用されていることを期待する。

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