USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.9(1997年2月発行)

レーザー学会誌「レーザー研究5 Volume24,Number 11(November 1996) 91-97」
Applied Phisics letter 68(19) (1996/5) 2648-2650  

レーザーオリジナル

誘電体バリア放電Xeエキシマランプを用いた
ポリマーのフォトエッチング
Photo-Etching of Polymers
Using a Dielectric Barrire Discharge Xe Excimer Lamp

竹添 法隆*・横谷 篤至*・黒澤 宏*・佐々木 亘*
五十嵐龍志**・松野 博光**・吉田国雄***・佐々木孝友****
(1996年5月23日受理)

Noritaka TAKEZOE*, Atsushi YOKOTANI*, Kou KUROSAWA*
Wataru SASAKI*, Tatsushi IGARASHI**, Hiromitsu MATSUNO***
Kunio YOSHIDA*** and Takatomo SASAKI****
(Received May 23, 1996)

We newly adopted xenon excimer lamp as a light source of material processing such as photo-etching of polymers.Sheet shaped polymethylmetacrylate(PMMA)and polymide(PI)resin have been used as samples.The samples were irradiated at a intensity of 12mW/cm2. After irradiation,both kinds of polymers were confirmed to be etched by means of scanning electron microscopy,surface roughnessmetry and so on.The etchrates were found to be varied by changing the species and pressures of circumstance gases. The maximum etchrate was 10nm/min.

Key Words:Excimer lamps,Vacuum ultra violet light,Material processing,Photo-etching Polymer

1.はじめに

レーザーによる有機材料の加工は,半導体集積回路製造プロセスにおけるリソグラフィ,プリント基板の回路のトリミングなどをはじめとして,各方面で盛んに行われている。現在のところ,デバイスの超高密度化が要求されている中で,この有機材料の加工(エッチング,成膜,表面改質などを含む)を低温・低損傷で制御性良く行えるプロセスとして,エキシマレーザーなどの真空紫外パルスレーザーによる光プロセスが注目を浴びている1-3)。エキシマレーエキシマレーザーは,短波長レーザーを直接発振でき,最近技術的改良も多くなされ,広く研究用をはじめ産業応用にも使用され始めている4)。しかしながら,いまだ,効率,光学部品の耐久性などを考慮するとフォトンコストは高く,産業用としては,改良すべき点が多い。特にこのような光プロセスでは,真空紫外領域でもさらに短波長の光源を用いた方が,熱的効果が減少し,量子的な効果で加工が行われるのでダメージレスの加工ができるようになると言われており,より短波長の光源が求められている5)。産業用に放電励起で発振するエキシマレーザを考えた場合,波長192nmのArFレーザーあたりが利用可能で,より短波長のフッ素レーザー(波長157nm),電子ビーム励起アルゴンエキシマレーザー(波長126nm)が発振されているが,いずれも産業応用に使える装置となるには,まだ時間がかかるものと思われる。

このような状況下で,最近,放電による希ガスのエキシマ発光を利用した新しい真空紫外光源として,エキシマランプが開発された6-10)。なかでも封じきりの石英間内の誘電体バリア放電を利用したXeエキシマランプは,非常にコンパクトで,従来の重水素ランプ,低圧水銀ランプ,高圧キセノンランプ等よりも効率よく真空紫外光を発生でき,レーザーのように時間的,空間的にエネルギー集中を行って使用される用途への応用は期待できないが,短波長であることが特に重要となる用途では,(1)発振させる必要がないので,現在実用になるレーザーよりも短波長な光源として利用できる可能性がある。むしろ(2)大面積均一照射には適する可能性がある。また,(3)20kHz程度の疑似連続光なので,ナノ秒,数十Hzのエキシマレーザーとくらべ,照射時間当たりの放射エネルギーは十分大きい。さらに,(4)局所的に短時間にエネルギーが集中しないがゆえに照射された部位に温度上昇は無視でき,熱の効果が除外された有効な量子効果の観察が期待できる。など興味深い利点も多く,レーザー開発に先行して手軽に利用できる126nm~172nmの短波長光(ハードフォトン)源として,様々な物質との相互作用を研究するのには適していると考えられる。本研究では,このエキシマランプを有機材料のフォトエッチング光源とする事を目的とし,種々条件下でのエッチング特性を評価した。

2.実験装置

誘電体バリア放電型Xe エキシマランプの構造および発光特性についてはすでに五十嵐9)によって詳細に報告されているのでそちらを参照されたい。我々はFig.1に示されるようなヘッドオンタイプのエキシマランプを用いた(ウシオ電機製キセノンエキシマランプ)。外径は40mm,長さは18cm,発光の中心波長は172nmである。投入電力は20W,端面近辺の照度は約12mW/cm2 である。

エッチングを行った実験装置図をFig.2に示す。真空チャンバーの上部に直径40mm,厚さ2mmのMGF2の窓を設け,それを通してエキシマランプからの真空紫外光をチャンバー内へ導入した。サンプルは,窓から25mmのところに設置した。サンプルには,厚さ約1mm のシート状の無着色透明アクリル樹脂(Polymethylmetacrylate:PMAA)およびポリイミド樹脂(Polyimide:PI)を用いた。ともにプラスチック光学部品,電子デバイスの構成物質として重要なポリマーである。ロータリーポンプを用い,チャンバー内の圧力をピラニーゲージでモニターしながら,流し込むガス(空気,アルゴン,窒素)の流量を調整する事で,照射中のチャンバー内圧力を調節した。また,必要に応じて幅100µmスリットを持つ,ステンレス製のマスクを用いた。

エッチング速度測定は,電子天秤を使った照射前後の重量差測定により行い,表面状態の評価を,光学顕微鏡,走査型電子顕微鏡(SEM),フーリエ変換赤外分光器(FT-IR),ノマルスキー型微分干渉顕微鏡,表面粗さ計および原子間力顕微鏡(AFM)を用いて行った。

3.実験結果および考察

3.1 エッチング速度の測定

チャンバー内を各種雰囲気ガス(空気,アルゴン,窒素)で満たし,圧力を0.75~100Torrまで変化させて照射を行った。Fig.3に照射前後のサンプル重量の差から得られた,典型的な測定結果の模式図を示す。照射開始から約10分までの間に,表面クリーニングと思われる急激な重量変化が見られた。その後は,照射時間にほぼ比例した変化となっている。照射なしの状態においても変化が見られたのは,ポリマー内部からしみだす水分や残留モノマーの蒸発が原因であると思われる。そこで,10分~60分以降のそれぞれのデータの差を,エッチングによる分解量とした。この値は,マスクを用いて同様の実験を行ったサンプルの溝の深さを触針式表面粗さ計を使って測定した値とほぼ一致した。得られたエッチング速度の雰囲気ガス圧力依存性をFig.4に示す。最大エッチング速度はPMAAで約6nm/min,PIで約10nm/min程度であった。雰囲気ガスが空気および窒素の場合,グラフは山形になり,圧力が高すぎても低すぎてもエッチング速度は低くなっていることがわかる。一方,不活性ガスであるアルゴン中では,エッチング速度は,雰囲気圧を変化させても,約1nm/minと低い値を示した。これらのことから,エッチングのメカニズムとしては雰囲気ガスのラジカルが大きく関与している可能性がある。すなわち,空気,窒素雰囲気中では,圧力が低いときにはガス分子の絶対量が少ないために,そして圧力が高いときには光の吸収によってサンプル表面まで光が有効に達しないため,エッチング速度が低くなると考えられる。通常,より低いフォトンエネルギーの光源を用いてフォトエッチングを行う場合,チャンバー内にフッ素(F)や塩素(Cl)原子を含む反応性ガスを導入し,これらを光で励起して,励起された原子が試料を化学的に攻撃することを利用する11)が,今回の結果では雰囲気ガスが空気や窒素などの特に反応性の高いガスを使わずに十分エッチングされることがわかった。窒素雰囲気中の場合は,長谷川ら12)によって報告されているような窒素ラジカル(N*)が生成されると考えられる。

また,空気や窒素雰囲気中でも1Torr以下の低圧力や,不活性ガスであるアルゴン雰囲気中においても約1nm/minの速度でエッチングされており,エッチング速度が0にならないことから,これらの条件下では,エキシマランプのフォトンエネルギーが,直接ポリマーの結合手を切断する事によってエッチングが行われていると考えられる。

3.2 エッチングされたポリマーの表面形態

サンプル表面に幅100µmのスリットが放射状に刻まれたマスクを置き,空気中7.5Torrで照射したサンプルの,外観写真をFig.5に示す。写真はPIであるが,PMAAでも同様である。刻まれた溝が表面反射を観察することにより,はっきり肉眼でも確認できる。また,ノマルスキー微分干渉顕微写真,及び蝕針式表面粗さ計で測定した結果を,FIg.6(a)~(d)に示す。照射後のサンプルは,Fig.4に示されるように,エッチングされたことがはっきりと肉眼で確認できる。またFig.5に示されるように,PMAAでは,エッチングされた形状が比較的はっきりとしており,ほぼスリット幅に対応した100µm 幅の溝が掘られれている。PIでは原材料の表面凸凹が大きいために複雑な形状が記録されたが,確実にスリットに対応した溝が形成されているのがわかる。

Fig.7(a)~(d)は,ArFエキシマレーザーアブレーションを用いたフォトエッチングを行ったポリマーの表面とエキシマランプで行ったものの表面の比較を行うために撮影したSEM写真を示す。サンプルにはマスクをかけ,エキシマレーザーのフルエンスを約270mJ/cm2とし,大気中で100ショットしたサンプルと,エキシマランプによって空気中7.5Torrで照射されたサンプルの表面を観察した。ともにマスクのスリットのエッジ部分を撮影したものである。Fig.7(a)(b)に示されるように,レーザーを用いた場合は,干渉縞やアブレーションによって飛び出したデブリスが再付着したと思われる微粒子が多く観察される。また,PIに比べ融点の低いPMAAは,急激な温度上昇により,部分的に融解,沸騰したような痕跡を呈している。一方,Fig.7(c)(d)に示したように,エキシマランプを用いた場合はPMAA,PIともにエッチングされた表面は,非常に滑らかであることがわかる。インコヒーレント光なので干渉縞も観察されない。照射した光の照度が12mW/cm2ときわめて低いために,部分的な融解も起きた形跡はない。ちなみに,12mW/cm2の均一連続光がすべて 1mm の厚さのPI,PMMA に吸収されたと仮定した場合の温度上を計算すると両方とも約0.6°Cとなった。また,削られた部分の底面が,多少ざらついて観測されている。この部分を詳しく調べるため,AFMでの観察を行った。FIG.8(a)(b)は,PMAAのエッチング前後の表面のAFM像を示す。非常に凸凹が多い成形体表面が,なめらかになっているのがわかる。SEMではざらついて観察されていた底面が,AFMで強調すると結晶化度に対応したエッチピットであったことがわかる。エッチピットの直径は,約25nm,深さは約10nmであった。PIに関しては,原材料の凸凹が大きいため良好なAFM像は得られなかった。

3.3 面内分解の評価

Fig.9に,幅5µm のスリットマスクを置いて,エッチングを行ったサンプルのSEM写真を示す。エッチングを行った雰囲気は空気7.5Torr照射時間は3時間である。PMAAは約50µm,PIでは約10µmの幅でエッチングされている。これはエキシマランプの光がインコヒーレント光で,指向性が悪いため,マスクで覆われている部分にも光が回り込んだ結果,マスクより広い溝が形成されたものと思われる。PIではスリットの倍程度の幅の溝が刻まれたのに対し,PMAA ではスリットの両側に20µm以上も広がった溝が刻まれた。エッチング速度の点から言えば,Fig.4で示したように特にPMAAが分解されやすく崩れていきやすい訳ではなさそうである。この原因を究明するために照射前後の試料を反射型FT-IR で調べた。

Fig.10に,PMAAとPIのエキシマランプ照射前後の反射FT-IRスペクトルを示す。PIは照射前後で,FT-IRで検出できるほどの構造変化の差は生じていないが,PMAAは多少変化しているのがわかる。これはPIの方が172nmの光照射によって構造変化を起こされた部分が,ほとんど蒸発して無くなってしまったか,存在していても検知不可能なほど薄いためと考えられる。逆にPMAAでは,結合が切断されて変質をしている部分が,まだサンプル内部に多く残っていることが示されている。上述のラジカルが化学的に材料を攻撃するのはPI,PMMAともに表面でのことであるから,このFT-IRでみられた内部構造変化の差は,おそらく172nmの真空紫外光の材料への侵入長の差と考えることができる。FIg.11にPMAAとPIの化学構造式を示す。PMAAでは3eV程度の結合エネルギーを持つ単結合が全体の約94%を占めているのに対して,PIでは6~7eV程度の2重結合が全体の35%を占めている。これに対し,キセノンエキシマランプの波長172nmは約7.2eVに相当する。これが,確実に吸収されればPMAAの分子はバラバラに切断されるであろうが,光が吸収される領域はPMAAの方が厚い。つまり,ある程度の体積を有する領域で,あちらこちらの結合手が切断されて行き,切断された結合手の密度がある程度の値に達したところから,蒸発によって除去されていくと考えられる。この過程を模式的にFig.12(a)にまとめた。また,Fig.12(b)に模式的に示したように,PIでは吸収係数が大きいため,ごく表面にエキシマランプ光が吸収される。2重結合は結合エネルギーが8eV程度と高いため,切断されずに,表面の単結合が選択的に確実に切断される。おそらくベンゼン核やカルボニル結合(一酸化炭素)はそのまま分解されないであろうが,雰囲気が1~100Torrとなっているので,そのままの形で十分蒸発してゆくものと思われる。

4.まとめ

誘電体バリア放電によって励起された希ガスのエキシマ発光を利用したエキシマランプを光源として,有機高分子材料および有機非線形光学結晶のフォトエッチングを行った。太陽光線に長時間さらされたプラスチック製品や,低圧水銀ランプを長時間PMAAなどの樹脂に照射すると,白濁するように変質するのは周知の事実だが,波長172nmの真空紫外光を用いると,なめらかなエッチング面を得ることが可能であることが確認できた。ポリマーにおけるエッチング特性としては,雰囲気圧10Torr付近では,エキシマランプの光によって励起された雰囲気ガスのラジカルが,ポリマー表面で化学反応に関与しているため,エッチング速度が速いと思われる。また,不活性ガスであるアルゴン雰囲気中におけるエッチングが確認されたことから,フォトンエネルギーが直接結合を切断してエッチングを行っている可能性も示唆された。さらに,エキシマレーザーと比較した結果,干渉縞や熱の効果のすくないきれいな加工面が得られるということが確認できた。このプロセスは,熱に弱く機械的にも脆い有機非線形光学結晶の室温エッチングなどへ応用が可能であると考えられ,真空紫外インコヒーレント光源の有用性を示すことができた。現在のところ,インコヒーレント光応用の弱点である面内分解能については,ミクロンオーダーどまりではあるが,照射方式,マスクの構造,被加工物の選択などにより,さらに高精度の加工が可能であると考えられる。

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