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光技術情報誌「ライトエッジ」No.17

大学研究室を訪ねて CampusLab ⑨

光物性物理学の基礎研究から創造力溢れる
人材を育てる

明治大学 理工学部 物理学科
光物性研究室 松本節子教授

新宿より電車で約40分、緑豊かで静謐な環境の生田丘陵にある明治大学生田キャンパス。今回は、西に富士山を、東に新宿副都心の高層ビルが望める同キャンパスに、理工学部物理学科光物性研究室の松本節子教授を訪ねました。

多種多様なことが複雑化し、また非常に捉えにくい問題が山積している現代社会では、急激なテクノロジーの発達への対処とともに、環境やエネルギー問題にまで幅広くかつ深く対処していかなければなりません。明治大学理工学部は、これらのことに対応するため、基礎に深く踏み込んだ工学的研究開発、応用が提起する様々な課題がきっかけとなって得られる理学の成果、さらには理学や工学の区分を越えた総合的な分野の確立を目指しています。それは自ずと、確立された専門分野だけのスペシャリストよりも、人間としての魅力に富み、広い教養に包まれ、高くて幅の広い見識と良心が備わり、かつ理学から工学にわたる確実で高度な基礎学力と、柔軟で強靱な思考力を備えた人材の育成に取り組んでいることにほかなりません。

“理学と工学の融合から未来技術の創造へ”をモットーに、大学院との一貫教育により、豊かな明日の社会をつくる科学技術の発展に貢献できる、教育と研究に取り組んでいる明治大学理工学部。その本拠地とも言える、明治大学駿河台キャンパスに、最近、創立120周年記念館として「リバティ・タワー」が誕生しました。このリバティ・タワーは明治大学の新しい拠点として、また都市型の学園として、各方面から大変な注目を集めています。

人間の好奇心から始まった無限の学問・物理学

物理学は、自然の背後にひそむ法則性を見いだそうとする、人間の好奇心に基づいた学問と言えます。またその一方で、他の科学技術と密接な関係を保ちながら発展してきた、という歴史的背景も併せ持っています。そのために、現代の物理学の対象は、宇宙から生物までと多岐多様にわたっており、またその研究の方向性も基礎から応用まで多彩を極めています。

明治大学理工学部物理学科では、未来に大きな可能性を秘めた生物物理学と、現在の高度技術社会の大きな柱である物性物理学に分けることができます。物理学を通して世の中に積極的に貢献できる人材を養成することを目標に、物理的なものの見方や考え方ができるように、きめの細かいカリキュラムで徹底した教育を行っているそうです。

120年もの長い歴史のある明治大学で、工学部から理工学部への改組が行われたのが1989年のこと。そのときに情報科学科、数学科とともに、それまで工学部の基礎研究を担当していたグループが主体となって、物理学科が理工学部に設立されました。その時点で、“どういう学科にするのか”が活発に議論され、理学部系とはひと味違った、物性を主体とした学科としてスタートしたそうです。

研究室の学生の皆さんと。(前列中央右が松本教授。その左が週に一度講師として教鞭に立つ電子技術総合研究所の小貫秀雄博士)。

物性物理学の基礎の基礎「真空紫外光領域の光物性」

松本教授の光物性研究室では、真空紫外光を用いた光学測定から、物質の電子構造を解明する研究を行っています。扱っている物質は、強誘電体であり、電気光学効果を示すKDP族結晶ですが、最近では、水晶にも興味を持っているとのことです。

「光の領域には、赤外・可視・紫外などがありますが、ここでは、それらより波長の短い真空紫外光を使っている点が、この研究室の特徴ですね」とおっしゃる松本教授ですが、真空紫外領域では、なかなか光源に恵まれないので苦労が絶えないとのことです。近年では、強度が強く、偏光していて、かつ連続、波長範囲が広い光であるシンクロトロン放射光を使うと、相当な実験ができるそうですが、そのためには、どうしても大学を出て、共同利用を行うしか方法がないそうです。

「研究室で学生が実験をするためには、いままでは、真空紫外光というのは水素放電管を使っていたんですね。しかしラインスペクトルがたくさんあって、光源としては非常にやりづらい。実験室で使える真空紫外光で、連続的かつ強度のある光源がほしいんですが、そういうものがなかなかなかったんです。最近は、ウシオ製の光源用“エキシマランプ”があるので、それで実験を行っていますが、その真空紫外の波長を網羅するためには、何種類もの光源を買い揃える必要があって……、それになかなか高価なものですし(笑)」

松本教授は、大学を卒業後、東京教育大学光学研究所に10年あまり通いながら、研究を続けて、そのときの恩師の関係でこの真空紫外光の世界に入ったそうです。

「可視領域だと実験は簡単なんですが、私が研究している光の領域というのは、空気の吸収があるので、分光器や試料チェンバー等を、すべて真空にしていないと実験ができないなどの難しさがあります。実験は難しいし、基礎の基礎の研究ですから、あまり面白味がないのかもしれませんね(笑)」

基礎研究を土台として実社会に貢献できる人材の育成

松本教授の主たる研究は、「真空紫外光によるKDP族結晶の光学的性質の解析」です。広く一般に知られていることですが、光と電子の相互作用により、電子のもつ固有振動数と光の振動数が一致したときに共鳴が起き、光の吸収が起こります。光の吸収・反射スペクトルなどから、物質の電子状態を知ることができ、これを「基礎吸収」と言います。そしてその光の吸収の波長依存性を調べれば、電子のエネルギー状態を知ることができます。そこで松本教授が眼を付けた物質がKDPです。

「真空紫外光で仕事をするためには、どんな物質が良いだろうかと、当初から透明な物質を探していました。透明でないと可視領域に吸収がありますからね。そこで水や氷など、さまざまな候補があったんですが、結局私が選んだのはKDPという物質です。これは強誘電体で、ある温度以下になると相転移するという物質です。それに相転移点以下では、結晶系が変化し、自発分極がでてきます。そこで私は、光の吸収(電子構造)と自発分極が起こるメカニズムとの間に、何か関係があるんじゃないのか、説明できたらいいんじゃないかと思い、この物質を選びました」

KDP族結晶は、同族結晶がいくつかあり、KH2PO4 (KDP)、RbH2PO4 (RDP)、CsH2PO4 、KH2AsO4 (KDA)、RbH2AsO4(RDA)、KD2PO4(DKDP)、NH4H2PO4(ADP)……等です(図1参照)。これらのスペクトルを系統別に測ることによって、これらのピークが、どういう電子のエネルギー準位間の遷移に対応するのかを解析し、最終的に、相転移によって自発分極が生じる原因が、電子構造と関係があるのかどうか、それらを知るために松本教授は日夜努力しています。

この研究は、いわば光物性の基礎の基礎の研究で、数多くの光製品の土台となるものです。この光物性の土台をなす地道な研究姿勢が松本教授の教育者としての顔にもよくあらわれています。

本来の研究の他に松本教授は、1~2年生用に、物理実験のテキストを作成し、基礎学力の強化に深く携わっています。ただし、昨今の学生に対して、“受け身になったのでは?”とやや否定的な感想も洩らしています。知識の吸収能力には長けていても、自発的なところが少なくなってきた、と。

「些細なことですが、私の研究室に入った学生には、まず最初に自分のプロフィールを作ってもらっています。ただし、フォーマットは与えない。その形式を自分なりに見つけて表現して欲しいと思っているからです。これは実験や授業についても同じで、模型は与えないで、できるだけ個人のやり方や発想法を生み出す教育をしているつもりです」

基礎研究の重要性とともに創造力を養える教育法で、これからも実社会に貢献できる人材が、この松本研究室から輩出されることがたいへん楽しみです。

笑いが絶えない明るい松本研究室。

図1:KDP族結晶の反射スペクトル
RDP(RbH2PO4) RDA(RbH2AsO4)
KDP(KH2PO4) KDA(KH2AsO4)

■プロフィール

松本 節子
(まつもと せつこ)
明治大学 理工学部 物理学科
光物性研究室 教授
理学博士

<略歴>
長野県生まれ
1965年 信州大学文理学部自然科学科(物理学専攻)卒業
1972年~1978年 明治大学工学部助手
1977年 東京教育大学にて理学博士を取得
1978年~1983年 明治大学工学部専任講師
1983年~1989年 明治大学工学部助教授
1989年~1996年 明治大学理工学部助教授
1996年 明治大学理工学部教授、現在に至る
理学博士
《お問い合わせ先》
明治大学理工学部物理学科
光物性研究室
〒214-8571 神奈川県川崎市多摩区東三田1-1-1
TEL 044-934-7264(直通)
FAX 044-934-7264(直通)
E-mail:smatumo@isc.meiji.ac.jp
◆明治大学理工学部物理学科光物性研究室の99年度のメンバー
教授 1名
研究生  1名
学部学生 4名
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