USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.20(2000年12月発行)

レーザ学会レーザエキスポ2000特別セミナー

(2000年4月)

レーザアプレーションプロセスとその応用

ウシオ電機・次世代光源開発室堀田 和明

はじめに

レーザアブレーションは、レーザ発振装置の波長の広がり(紫外線より短い短波長化、波長可変化、など)、超短パルス化、高ピークエネルギー化などの進展を背景にして、産業応用、医学応用、理化学研究で注目されてきているレーザ応用である。

ここでは、レーザアブレーションとその応用について、これまでの研究・開発の進展を含め、概説する。本講演は末尾に記した参考書「レーザアブレーションとその応用」(コロナ社、1999)の序論である。この本は、国内のレーザアブレーションとレーザに係わる第一線の方々の執筆により、入門的なことから、専門的に深く入り込んだ詳細まで、現状で可能な限りを網羅している。

レーザアブレーションと応用

アブレーション(ablation)を辞書で引くと、①除去(removal)、②手術などによる生体の除去、切除、③融解・蒸発などによる氷河の容積の減少、などである。では、レーザにこのアブレーションを付けたレーザアブレーションとはどんなプロセスであろうか。一般的に“レーザ光の照射強度がある大きさ(閾値)以上になると、固体表面で、電子、熱的、光化学的及び力学(機械的)エネルギーに交換され、その結果、中性原子、分子、正負のイオン、クラスター、電子、光(光子)が射出され、発生するプラズマの電子温度は数千度にも上ると推量される非平衡プロセスで、固体の表面がエッチングされる現象”と証明される。しかし、レーザアブレーションのメカニズムは、物質(吸収係数、表面状態、熱伝導率、など)とレーザ光の性質(波長、ピークエネルギー、パルス幅、など)により複雑で、その解明は未だ進展中の場合がある。

詳細メカニズムはともあれ、レーザアブレーションプロセスの応用は次のように大別される。

  • 微細加工:レーザアブレーションによる穴あけ、切断、などの微細加工
  • 薄膜形成(PLD:Pulsed Laser Deposition):レーザアブレーションによるフラグメントの堆積
  • 超微粒子の創成:レーザアブレーションによるのフラグメントからの創成
  • 元素分析:レーザ光をマイクロプローブにしたレーザアブレーションによる元素分析
  • 短波長光発生:レーザアブレーションによるプラズマからの真空紫外光~X線の発生
  • レーザ核融合:レーザアブレーションによる爆縮反応

特に注目される①~⑥のレーザアブレーションプロセスの応用は、①に関しては、QスイッチYAGYAGレーザによる電子部品の加工やエキシマレーザによるプラスチックやセラミクスの微細加工(穴あけ、切断、など)があげられる。レーザプリンターのインクジェットノズルの形成はその代表例である。また、ArFエキシマレーザによる眼の角膜の矯正治療(近眼矯正)は興味深い例である。②のPLDに関しては、高温超伝導膜などの誘電体膜の形成があげられる。PLDによる酸化物薄膜の原子層レベル構造制御プロセス(レーザMBE)の研究が、物性の制御を目的に、行われている。④については、カーボフラーレン、カーボンナノチューブの創生やシリコン超微粒子の生成であり、⑤に関しては、X線レーザの発生である。⑥のレーザ核融合は21Cに向けてのクリーンエネルギーとして期待が非常に大きい。

現状で、レーザアブレーションという単語は広義に使われており、具体的にどんなレーザプロセスがアブレーションプロセスであるかは厳密でないところがあるが、次の3つのプロセスをレーザアブレーションプロセスとして挙げておく。反応性ガスを用いるプロセス(光化学反応)は含まない。

  • ①レーザ光に対し高吸収率を持つ物質あるいは表面が高吸収率を示す物質のプロセス(主として、紫外線レーザの加工、赤外レーザ光であっても吸収線に共鳴する場合も含まれる)
  • ②超短パルスレーザあるいは高ピークパワーレーザを用いる非線形(多光子)吸収によるプロセス
  • ③医用応用などでみられるように、慣習的に“アブレーション”という単語を使ったプロセス

図1にはレーザのエネルギー密度と照射時間(レーザのパルス幅)によるレーザプロセスの分類を示す。アブレーションプロセスとして、一部を除き、図1のQスイッチパルスYAGレーザよりも短いパルス幅のレーザを用いたプロセスのみを考える。パルス幅が長い(µ s から連続出力の)CO2レーザやYAGレーザを用いる溶接、切断など通常のレーザ加工についてはレーザアブレーションに含めない。

レーザアブレーション応用の研究・開発・実用化の進展

レーザアブレーションの歴史をレーザ発振装置の発展の歴史ととも辿ることにより、レーザアブレーションの応用を説明する。

レーザの最初の発振は、1960年6月のメイマン(T.H.Maiman)によるルビーレーザの発振である。ルビーレーザの発振直後から物質へのレーザ光の照射実験が非常に活発に展開された。その代表的なものがルビーレーザによるダイヤモンドの穴あけ実験で、レーザ加工の幕開けである。レーザの医療応用においては、レーザ光による網膜の凝固実験について論文が最初の発表であった。レーザアブレーションに係わる最初の研究発表はルビーレーザの発振から僅か2 年後の1962 年7 月に行われている。この発表は、ルビーレーザを固体表面に集光することによるレーザアブレーションを固体表面の元素分析に用いた発表である。以降、ルビーレーザ光をマイクロプローブにしたアブレーションによるフォトエミッションの研究や発生するプラズマ研究が続いたが、上記する現在でのレーザアブレーションの応用①~⑥の研究開発・実用化につながるトピックスが初期から現れている。

1970 年代に入り、レーザアブレーションのより詳細な考察が進み、多くの物質を対象とした検討がなされている。QスイッチNd:YAGレーザの普及がレーザアブレーションの実験を加速している。’71にはレーザ核融合の基礎コンセプト“爆縮”が公にされ、大規模なレーザ核融合の開発がスタートする。70年度後半には、レーザアブレーションに重用されることになる放電励起希ガスハライドエキシマレーザ(以下、単にエキシマレーザという)の最初の報告がなされた。QスイッチNd:YGAレーザを用いる電子部品加工などのレーザ加工は70 年代の後半から産業界に浸透し始める。

80 年代に入ってからは、エキシマレーザの市販がレーザアブレーションの普及、産業応用を強く推進した。すなわち、エキシマレーザによるプラスチックやセラミクス、ガラスの微細加工(エッチング)は産業応用として普及していく。80年代後半でのエキシマレーザを用いる高温超伝導膜の生成は、その後のPLDの先鞭となるインパクトの大きな発表であり、フラーレンの創成はレーザアブレーションの応用での重用なトピックスである。また、レーザアブレーションによるX線の増幅の観測は、それ以降のX 線レーザの研究を駆動したレーザ研究全体での特記されるトピックスであろう。さらに、フェムト秒レーザが開発され、超短パルス・高ピークパワーレーザとしてのレーザアブレーションへの応用が検討されていく。80年代では、レーザアブレーション言葉が広く使われてきて、研究開発者数や論文数が顕緒に増えてくる。レーザアブレーションの研究・開発は80年代に飛躍期を迎えた。

90年代では、プラスチックやセラミクスの微細加工や高温超伝導膜の成膜が産業応用として定着していく。日本国内においては、レーザアブレーションと明記した微細加工や薄膜形成の特許が出願されだし、レーザアブレーションとは記されてはいないがエキシマレーザを用いたレーザアブレーションによる微細加工の特許が多くなってきている。代表的な特許は、高温超伝導膜に関するもの、インクジェットプリンターのノズルの形成に関するものである。誘電体膜形成では“物性の制御”というチャレンジングな展開がなされる。70nmの加工線幅の超高集積あるいは超高速LSIが2007年頃までには開発されると計画されている。70nmというの微細な加工線幅を実現する露光用の光源として、レーザ生起プラズマ(LPP : Laser Produced Plasma)による波長13nmのEUV(ExtremeUlatra -Violet)光が開発されている。このEUV光源もレーザアブレーション研究の賜である。

現状のようにレーザアブレーションの研究開発・実用化が非常に盛んになったのは、レーザ発振装置の進歩にあることは言うまでもないであろう。中でも、特に、1970年代でのQスイッチNd : YAGレーザの実用化、1980年台に入ってからの放電励起高速繰り返し希ガスハライドエキシマレーザの市販、1990年台での超短パルスレーザ(フェムト秒・高ピークパワー)の普及がレーザアブレーションの研究開発・実用化の隆盛に大きく寄与している。レーザ発振のまもない時期から現在でみられるほとんどのレーザアブレーション応用が検討されているが、レーザ発振装置の進歩により、産業分野、医用応用分野および理化学研究分野などの広範な分野で、レーザアブレーションの研究開発の進展・定着し、実用化につながっている。

おわりに

レーザ加工は産業に既に定着し、レーザ加工を利用した製品、例えば、自動車、携帯電話、衣服などが我々に身の回りに浸透してきている。しかし、レーザアブレーションによりレーザ加工の一層の微細化・高品質化が可能となり、加工対象が拡がる。さららには、レーザアブレーションによるフラーレンや超微粒子の生成、高品質超高温伝導膜の形成などのように新しいレーザ応用が創出されることが確信できる。

参考文献)電気学会レーザアブーションとその産業応用調査専門委員会編:レーザアブレーションとその応用、コロナ社(1999)。

Copyright © USHIO INC. All Rights Reserved.