USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.20(2000年12月発行)

電気学会部門誌12年7月号

(2000年7月)

非線形光学結晶CsB3O5の育成と評価
Crystal Growth and Charactertion of Nonlinear Optical Crystal CsB3O5

非正員 影林由郎(ウシオ電機) 正員 森勇介(阪大) 正員 佐々木孝友(阪大)
Non-member Yosio Kagebayashi (Ushio Inc., Kagebayas@mail.ushio.co.jp)
Member Yusuke Mori (Osaka University, mori@pwr.eng.osaka-u.ac.jp)
Member Takatomo Sasaki (Osaka University, sasaki@pwr.eng.osaka-u.ac.jp)

Single crystal of nonlinear optical crystal CsB3O5 (CBO) which has good properties for deep ultra-violet (UV) generation was investigated, and some optical properties were measured for the first time. In this report, the growth conditions were experimentally established. Single crystals with good optical homogeneity were obtained when the rotation rate of crystal was faster than 30 rpm. This phenomenon was explained by considering growth phenomena of segregation effect. Large single crystals were growth by a top seeded solution growth with the established conditions. The size of one of these was axbxc = 45x41x44 mm3. Optical absorption edges at UV and IR regions were measured quantitatively to be 168 nm and 3400 nm.

キーワード: 非線形光学結晶、セシウムボレート、結晶育成

1. まえがき

半導体微細加工における進展は急速であり、さらなる微細化を求め、より短波長の光源が要求され、開発されている。現在フォトリソグラフィ用光源として用いられようとしている波長193nmのArFエキシマレーザはメンテナンスコストが高く、活性ガスを用いているため、安全性に問題があり、より安価で安全な波長193nm付近の全固体レーザが望まれている[1]。この波長を発生させる全固体レーザ構成は、例えば、Nd;YAGレーザの第5高調波(波長: 213nm)と、光パラメトリック発振で得られた波長2.1µmの光を和周波混合させ、波193nmの光を発生させる[1]。波長193nm光を発生させる際、非線形光学結晶に要求させる条件は、波長193nmから2.1µmまでの幅広い透過領域を有することで特に193nm でも十分な透過特性を示すこと、実効非線形光学定数が大きいこと、角度・温度許容幅が広いことなどがあげられる。現在までに報告されているβ-BaB2O4(BBO)、LiB3O5(LBO)、CsB3O5(CBO)、CsLiB6O10(CLBO)等のボレート系単結晶は深紫外域まで透明なものが多く、比較的、非線形光学定数も大きい。これらボレート系単結晶の中で、LBOは透過特性、許容幅の点で優れ、CBOは実効非線形光学定数、透過特性の点で優れている。今回我々はCBOについて着眼することにした。

このCBOは、1958年にKorgh-MoeによってCs2O・3B2O3の化合物が存在することが示され[2]、空間群P212121に属する斜方晶系結晶であり、格子定数a=6.231(1)、b=8.521(1)、c=9.170(1)、Z=4であることが報告された[3]。1966年にKocherによってCs2O-B2O3系状態図が報告され[4]、その後、Marlorらは、異なる過冷却状態からの微結晶を作り、成長メカニズムについて報告した[5]。非線形光学定数は、1989年Chenらによって計算されd14=1.08pm/Vであることが報告された[6]。透過領域は1993年Wuらによって報告され[7]、屈折率の分光特性はWuら[7]や加藤[8]によって測定されている。以上のようにCBOの光学特性については報告されているものの、バルク単結晶の具体的な育成条件については言及されていない。唯一Wuらによって、化学量論組成融液から育成した報告があるが[6]、その193nm付近の透過特性をみると50%以下であり、193nm発には不十分な品質であるといえる。今回、CBO単結晶の育成を試み、光学品質を有する単結晶育成条件を検討した。

2. 実験手順

<2.1>結晶育成

状態図[3]では、CBOはCs2O: B2O3=1:3(モル比)において一致溶融する。このため、Wuらは化学量論組成の融液からCBO単結晶育成を行っている[6]。しかしながら、Cs2Oは蒸気圧が高く、CBO融点では蒸発が問題になることが予想される。炉内温度勾配が急峻であると坩堝上空の対流が生じやすくなり、それに伴い蒸発しやすくなるので、温度勾配の小さいTop Seeded Solution Growth(TSSG)法を育成法として採用することにした。温度勾配が小さいため、化学量論組成融液からの育成では種子結晶自身が融解する問題が生じる。融液の粘性とCs2Oの蒸発を考慮に入れ、Cs2OリッチのセルフフラックスによるTSSG法とした。これにより、溶液の溶解温度(飽和温度)が低下するので、種子結晶の融解を防ぐことができた。相対的なB2O3の減少は溶液粘性の低下が期待できるが、過剰なCs2Oの添加は、溶解温度低下による粘性の増大を招くので、添加量は種子結晶融解を防ぐ程度でよい。そこで、Cs2O/B2O3モル比が1/3から1/2.5まで焼結体を750°Cで焼製し、それぞれの粉体における溶解温度を示差熱分析(DTA)によって測定した。その結果から、化学量論組成(Cs2O/B2O3モル比: 1/3)の融点より約3°C低いCs2O/B2O3モル比: 1/2.75を出発組成として選んだ。

最初の種子結晶は、化学量論組成に秤量した原料を融解させた後、徐冷法によって凝固させ、得られたグレインの中で比較的大きなものを使用した。グレインの一部を粉末X線回折測定し、JCPDSカードと比較することでCBOと一致することを確認した。出発原料には市販されている純度3NのB2O3、CS2CO3を用いた。TSSG法において種付け温度と温度降下速度は重要な育成条件である。種付け温度は溶液の飽和温度近傍とし、飽和温度は±0.1°Cの精度で測定した。温度降下速度は制御の許す0.1°C/日とした。結晶の回転数を変化させ、結晶品質に及ぼす回転数を検討した。

<2.2>光学特性

得られた結晶の分光透過率測定には、波長100nmから210nmまでの真空紫外領域をActon Research VM502を使用し、210nmから3200nmまでの波長域をShimazuUV100PCを使用し、3200nmから4500nm までの赤外域をBIO-RAD を使用した。

また、得られた結晶内部の屈折率均一性をフィゾー干渉計によって測定した。干渉像は試料研磨における平面度もしくは平行度によって大きく変化するので、屈折率マッチング液を付着させた石英板(平面度: λ/10~λ/20)に試料を挟み込み、試料表面や試料形状の情報を消去した。

3. 実験結果

<3.1>結晶育成

種子結晶の回転数を30rpmとし、3分毎に回転方向を反転させ、溶液の攪拌を行った。育成5日後、約30nmまで成長したところで、種子結晶回転数を30rpmから25rpmに変化させた。30rpmで育成していた領域は透明であったが、25rpm に変更したところを境として結晶は白濁している(図1)。結晶育成後、白濁部を観察すると小さなグレインの集まりであることがわかった。次に、種子回転数を30rpmのまま変更せず、育成を行ったが、10数ミリサイズのグレインの集まった結晶が得られた。この結晶を図2に示す。これらの結晶から方位をもつ種子を切り出し、種子方向をa 軸とし、種子回転数を60rpmで育成を行ったところ、液面部分で成長バンドがみられたが、グレインやインクルージョンのない良好な単結晶が得られた。得られた結晶を図3に示す。育成日数14.5日間において重量118.6g、サイズaxbxc=45x41x44mm3であり、現時点で報告されている最の結晶が得られた。

白濁した領域について粉末X 線回折をおこなったところ、CBOの回折ピーク以外の回折ピークが、存在し、この回折ピークがCs2Oのそれぞれであると同定できた。これからCs2Oの取り込みが生じていたことがわかる。

種子回転数を増加させることによる結晶品質の向上といった一連の育成結果は以下のように考えることができる。Cs2Oリッチの溶液から結晶成長を行っているので、結晶成長界面でCs2Oが排出されて、成長界面近傍でCs2O濃度が上昇する(図4参照)。Cs2O濃度は成長方向に向かって拡散し、徐々にCs2O濃度は減少する。結晶回転により溶液が攪拌されている領域は溶液の初期濃度より高くなり、最終的には溶液の初期濃度と等しくなる。今回の育成では、このようなモデルが当てはまる。

このとき、結晶中に取り込まれずに排出された過剰Cs2O量は(図中面積SC)と溶液中に過剰になったCs2O量(面積Sl)は等しくならなければならない。結晶を回転数ωで回転させたとき、固液界面近傍での溶質の拡散層厚δは以下の式で与えられる[9]

ここで、D は拡散速度、νは溶液の動粘性係数である。これを今回の育成に当てはめると、回転数60rpm の場合には、回転数30rpm に比べ、拡散層厚が30%程度減少する。拡散速度、結晶成長速度を一定とすると、回転数が遅いと拡散層厚が大きく、かつ結晶成長界面の過剰Cs2O量は多くなり、結晶中にCs2Oが取り込まれてしまう。この場合が種子回転数25rpmの場合に相当する。種子結晶の回転速度が十分早くなると、拡散層が薄くなるとともに、攪拌領域が拡がって、結晶成長界面近傍の過剰Cs2Oが十分拡散することによって、界面濃度が低下するので、結晶中にCs2Oが取り込まれなくなる。この場合が種子回転数60rpm の場合に相当する。以上のことから良好な単結晶を育成するためには、種子回転をある境界以上に設定する必要があることがわかる。種子回転数30rpmのとき、透明な結晶とグレインの集まった多結晶の両方が得られているので、30rpm 付近に境界があるといえる。

<3.2>光学特性

a 軸シードから育成されたCBO単結晶をカット研磨し、分光透過率を測定した。測定に用いた試料厚は3.4mmとした。測定結果を図5に示す。

これまで可視域から赤外域の分光透過率は不明であり、長波長側吸収端は3µmと報告されているが[6]、正確には3.4µmであることがわかった。紫外域の吸収端は168nmであり、報告値と一致した。さらに、今回育成した結晶の波長200nmでの透過率は85%であった。フレネル損を考慮すると98%以上の透過率を有し、表面散乱を無視して吸収係数を計算すると、0.046cm-1となった。報告されている同波長の透過率は50~55%であり、吸収係数は、試料厚が記載されていないので10mm厚と仮定して同様に計算すると、0.44~0.54cm-1になる。今回育成した結晶は、報告されている結晶と比べ、約1/10程度まで吸収係数が低減できており、深紫外光発生に有効な光学品質に近づいたことがわかる。

得られた結晶からサイズ7x8x5mm3のサンプルを切り出し、屈折率の均一性をフィゾー干渉計によって観察した。図6は得られた干渉波面を示す。屈折率の均一性は図中の式で表される。ここでSは干渉縞の間隔、Δは干渉縞の歪み、λは光源の波長、tはサンプルの厚みである。図より屈折率変動は10-5程度であることがわかった。

4. むすび

Cs2Oリッチの出発組成からTSSG 法を用いてCsB3O5単結晶の大型育成に成功した。温度降下速度0.1°C/日の条件で種子回転数を変化させ、回転数の増加に伴い、単結晶が得られることがわかった。回転数60rpm で育成したとき、重量118.6g、サイズaxbxc=45x41x44mm3の単結晶が得られた。回転数増加に伴い単結晶が得られる要因について結晶成長の偏析現象から考察を行うと、単結晶を得るためにはある臨界値以上の回転数が必要であると推測される。得られた結晶の分光透過率特性と屈折率均一性を調べ、紫外域と赤外域の吸収端波長がそれぞれ、198nm、3.4µm、そして波長200nmで85%の透過率を有することを示し、屈折率変動は10-5程度であることが得られた。深紫外発生用の結晶として透過率の点で改善の余地があるが、深紫外域波長変換素子に適した光学品質の結晶が実現できた。

謝辞

結晶育成における適切で親切なアドバイスをいただいたウシオ電機(株)の宮澤信太郎氏に深謝いたします。
(平成12年02月21日受付、平成12年04月24日再受付)

筆者紹介

影林由郎(非正員)
1969 年12月12日生まれ。1992 年金沢工業大学工学部電子工学科卒。'94 年同大学大学院工学研究修士課程電機電子工学専攻修了。同年ウシオ電機(株)に入社。'95年大阪大学工学部電機工学科佐々木研究室に派遣。ボレート系酸化物単結晶育成の仕事に携わる。

森 勇介(正員)
1966年4月19日生。1989年大阪大学工学部電気工学科卒。'91年同大学大学院工学研究科博士前期課程電気工学専攻修了。博士(工学)。現在、同大学大学院工学研究科助手。ボレート系酸化物結晶、高機能炭素系材料、窒化物半導体材料、有機非線形光学結晶、エネルギー変換材料の研究に従事。'96年電気学会論文発表賞、レーザー学会進捗賞、日本結晶成長学会論文賞、'97年新技術開発財団市村賞受賞。

佐々木孝友(正員)
1943年9月19日生。1967年大阪大学工学部電気工学科卒。'69 年同大学大学院工学研究科博士前期課程電気工学専攻修了。工学博士。現在、同大学大学院工学研究科教授。ボレート系酸化物結晶、波長変換、紫外レーザー光、レーザーアブレーション、窒化物半導体、炭素系材料、有機非線形光学結晶、エネルギー変換材料の研
究に従事。'72年電気学会進捗賞、'86年新技術開発財団市村賞、'87年レーザー学会奨励賞、'96年レーザー学会進捗賞、日本結晶成長学会論文賞受賞。

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