USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.22(2001年9月発行)

月刊食品機械装置7月号
年間特集次世代の食品殺菌技術

(2001年7月)

閃光パルス殺菌装置について

ウシオ電機(株) ランプ第1事業部 第2部門営業部 係長 高見 和朋

1. はじめに

近年のO-157による全国的な食中毒発生,PL法の施行等を契機として,食品の製造・加工工場では,衛生管理の徹底が大きな課題になってきた。既に,多くの食品メーカーを中心にHACCPの導入が進んでいるのは周知の事実である。その中で,殺菌装置はCCP(重要管理点)として位 置付けが変わってきている。

更に,消費者ニーズの多様化により,嗜好の変化(低塩化,添加物NOなど)による保存性低下により,賞味期限の延長を目的とした新しい殺菌技術の導入という要望も非常に高まっている。

こういした動きの中で,現在主流になっている加熱殺菌や薬剤を使用した殺菌に変わり,非加熱・非接触で殺菌が可能な次世代殺菌技術に対する要望が高まり,様々な方式の殺菌技術の実用化が進められている。更に,一部では実用化がスタートしている。

これら非加熱/非接触殺菌の中でも,従来の光殺菌には無い特徴を持った閃光パルス殺菌は,非常に高い注目を集めており,各社で実用化を目指した開発が進められている。

2. 光殺菌に関して

現在,殺菌に用いられる光源には大きく分けて次の2種類がある。

(1)低圧水銀ランプ

紫外線殺菌と呼ばれている殺菌システムに使用されている光源は通常このランプを指す。殺菌に有効な253.7nmの波長の光を効率よく発光でき,更に半年から1年間使用可能と言う長寿命を誇るランプである。

しかし,ランプの単位面積あたりの紫外線出力が低く,高出力化を図る場合,ランプの数量が増加し,スペースの拡大を招く。この為,ランプ1本当たりの電力は最高でも1KW程度で,この場合ランプの全長は約2m程度にもなる。また,カビや芽胞形成菌種には効果 が低いと言われてきた。更に,周囲温度が紫外線出力に影響し,低温下や温度変化が激しい環境下での使用の場合,ランプ周辺の温度変化にも気を配る必要があるというデメリットもある。

(2)高圧水銀ランプ

最近の紫外線の高出力化という要求から,導入が進んでいるランプである。これまで,紫外線硬化樹脂の塗装や乾燥用に使用されてきた光源で,単位 面積当たりの紫外線出力を高める事が可能な光源である。このために,芽胞形成菌種には効果 が有るとされている。このランプは10KW~20KW程度まで実用化されており,包装容器や下水道殺菌の用途では実用化が始まっている。

しかし,上記低圧水銀ランプに比べると殺菌紫外線への変換効率が悪く消費電力が増大する。更にランプからの発熱も膨大になるために,冷却構造が複雑になり,ランプやミラーへの冷却が水冷構造になっている物も非常に多い。また,ワークに対し,熱の影響が出るという問題点も含んでいる。

3. 閃光パルス殺菌に関して

(1)開発の歴史

この殺菌システムは,’80年に弊社により開発され,特許化された。しかし,この時期には,現在のような殺菌に対するニーズが高くなく,一部で装置が納入された程度であった。

しかし,その後,アメリカのMaxwell Technologies, Inc.更にその子会社であるPure PulseTechnologies, Inc.において,実用化が進められ,Pure Bright(r)と呼ばれる製品が発売されている。また,このシステムはFDAの認可も取得した事から,次世代の非接触/非加熱殺菌として閃光パルス殺菌に対する注目が高まってきた。

(2)システム構成

図1に閃光パルス殺菌装置のシステム構成を示す。

①電源

高電圧で,高いピークを持つエネルギーをランプに供給するための物で,商用の交流電源を高圧の直流に交換し,大容量 のコンデンサに充電するシステム。

②光源

この蓄積された大容量の電気エネルギーは,スイッチ回路を通すことで非常に短時間の間にランプ(キセノンフラッシュランプ)に送り込まれる。この高電流がランプ内部を通 過することで,ランプ内部のガスが励起され,強力な閃光が発生する。

この際の電圧は数KV程度であり,この為,ランプを保持するランプハウスには,絶縁の対応が要求される。また,使用する光を有効利用するために,反射鏡やランプの冷却システムも重要な要素として光源部分に含まれる。

図1

(3)キセノンフラッシュランプとは?

図2はこのシステムで使用されているキセノンフラッシュランプである。このランプは,一般 的に,カメラのストロボや,ビルや煙突に取り付けられている航空信号,更には看板等に使用されているものと種類は同一である。しかし,このような用途で使用されているランプからは紫外線は全く発光していない。このために,殺菌に必要な紫外線を強力に発光するために,閃光パルス殺菌では,特殊加工を施したキセノンフラッシュランプや電源を使用している。

図2

(4)キセノンフラッシュランプの光出力の特徴

①波長

使用されているキセノンフラッシュランプの波長は,200nm~2000nm付近までの波長分布を持っており,450nm付近の波長域にピークを持っている。太陽光線に非常に近い波長分布を持っているが,太陽光線の紫外線部分はオゾン層により吸収されているのに対し,閃光パルスでは,殺菌に有効な200~300nmの紫外線領域を豊富に含んでいる事大きな特徴となっている。また,可視光線や赤外線部分にも波長分布が広がっている。

②発光時間

閃光パルスシステムの発光時間は数百µs~数msと非常に短い。この際の光強度のピーク値は,太陽光線の数万倍にもなっており,非常に高い出力となっている。通 常の紫外線殺菌システム(水銀灯など)と比較しても瞬間的な光出力は非常に高く,これが殺菌効果 の差を生んでいる要因の一つとなっている。

これに対し,消費電力と言う観点では,発光時の光出力ピークが非常に高いにも関わらず,発光時間が数百µs~数msと非常に短いために,消費電力は通常の紫外線殺菌システムと大差の無いものとなっている。

4. 閃光パルス殺菌の特徴

(1)強力な殺菌効果

通常の紫外線殺菌システムに対し,非常に強力な殺菌効果を示している。閃光パルス殺菌では通 常1秒間に1~10回発光が可能となっている。閃光パルス殺菌では,紫外線殺菌システムに対し,1/10~1/20程度の短時間で同等の殺菌効果 が得られている。食品加工時間の短縮によるコストダウンが求められている現状には非常に適応した殺菌システムと言える。

また,カビや芽胞形成菌種,食品の腐敗をもたらす酵母類に関しても,高い殺菌効果 がある事が確認されている。

紫外線殺菌システムでは,長時間照射しても殺菌できない限界線(テーリング)が見られるが,閃光パルスではこの閾値を超えたエネルギー照射が可能なために,このような現象が見られない事も特徴となっている。

(2)制御が容易(瞬時点灯可能)

ランプ点灯スイッチのON/OFFにより,必要な時にランプ発光が可能なために,制御が非常に容易である。これまで使用されてきた紫外線殺菌システムのように,予備点灯が必要なく,ワークの流れに合わせて点灯制御が可能な事もメリットとなる。

また,周囲温度の影響も無い。通常食品が扱われている範囲の温度であれば,光量 が変化することは無く,安定した殺菌性能が発揮できる。

(3)ゼロエミッション

これは,光殺菌全般に言えるメリットだが,非接触殺菌となるために,残留物は発生しない。環境問題への取り組みが,企業業績に与える影響が非常に高い食品業界では,大きなメリットになっている。

(4)ワークへの影響が少ない

非常に強力な紫外線,可視光線,赤外線が照射されるが,非常に短時間照射で有る事から,食品や包装材料のような紫外線や赤外線での劣化が激しいワークでも殆ど影響が見られない。

(5)省スペース

製造ライン上には,ランプハウスのみ取り付け,電源部分は別置きとする事が可能なために,装置のコンパクト化が可能になる。

5. 他の殺菌システムとの比較

現在使用されている各種殺菌システムとの比較は表1の通り。加熱や薬液というと非常に多くの殺菌システムが展開されており,この比較データはあくまでも代表的なシステムを選択し比較を行った。ここでいう薬液とは次亜塩や過酸化水素を対象としている。閃光パルス殺菌は非常にバランスの取れた殺菌システムである事がわかる。

しかし,これらの殺菌システムに対し,致命的な問題点がある事も記述しておく。この問題点はワーク表面 の,光が照射できる部分のみしか殺菌が出来ない点に有る。加熱殺菌の場合,食品の内部まで殺菌が可能であり,表面 の凹凸が激しい食品でも殺菌が可能である。薬液の場合も,食品表面に凹凸 がある物質に対して,殺菌が可能である。このために,表1の比較表はあくまでもワークの形状はフラットで光の照射が可能なものという事が条件となる。

また,表1では触れていないが,紫外線殺菌システムとの比較では,前述のように,高い殺菌効果 ,瞬時点灯が可能,照射コントロールが容易,周囲温度の影響を受けないというメリットがある。これまでの紫外線殺菌の最大の問題点は殺菌効果 と言われていた。閃光パルス殺菌はこの点を補う事が可能で有り,光殺菌のメリットである非加熱/非接触を十分に生かせる殺菌システムである。

表1

6. 殺菌メカニズム

閃光パルス殺菌のメカニズムは,明確に解明されている訳ではなく,今後の研究が待たれるが,次の2点にあると考えられている。

(1)強力な紫外線効果

紫外線殺菌システムと同様200~300nmの紫外線光により,DNAの損傷を引き起こすという効果 が最も高いことは間違い無い。閃光パルスが発するの瞬間的な大光量により,菌の細胞膜等の紫外線吸収が有る物質が存在する場合でも,奥深くまで光が到達することにより高い殺菌効果 が得られると考えられる。

(2)加熱効果

可視光線や赤外線を照射することにより,ワーク表面に吸収された光が熱に交換され,温度上昇が起きることにより,殺菌効果 が生まれるという効果も生じている。非常に短時間照射で有る為,瞬間的で,かつワークのごく表面のみのでの,急激な温度上昇が発生している。上記の紫外線によるDNAの損傷とこの急激な温度上昇が同時に発生する効果 により,非常に高い殺菌効果が発揮できていると考えられる。

7. 殺菌効果

次に殺菌効果の一例を記述する。これは全てシャーレー上での殺菌効果である。これは凹凸の無いフラットな状態でのテスト効果で有り,実際の食品や包装材料を用いた場合には,食品表面 の凹凸,菌の重ね合せ等により,殺菌効果は低下する。

(1)B-sub

芽胞菌の一種のB-subでの殺菌効果を図3に示す。ランプハウスの前面 ガラスより20mmの照射距離での殺菌効果となっている。

図3 B.Sub 殺菌テスト結果

(2)A-nig

紫外線殺菌では,殆ど効果がないと言われているA-nigでの殺菌効果を図4に示す。3タイプの殺菌効果 を表示しているが,これはランプの発光エネルギーを変更したもの。パターン3の光出力が最も強くなっている。

通常の閃光パルス殺菌で使用されているシステムでは,1~10Hzでの照射が可能であり1~2秒程度でこのような殺菌効果 が得られる。

図4 A.nig. 殺菌テスト ランプエネルギー量変更

8. 問題点

他の殺菌システムとの比較の項でも触れたが,光が到達しない部分の殺菌効果 は,全く無い。このために,食品内部もしくは,表面でも凹凸がある食品の陰になった部分の殺菌は全く不可能である。

9. 今後の課題

(1)実証データの充実

現状,未だ実証データが非常に少なく,具体的な情報提供が非常に少ない。今後の用途拡大を図る場合に,実証データの充実が必要となってくる。弊社でも実証データの充実を図るべく,外部機関でのデータ取得を行っている。

(2)ワークへの影響

ワークの種類によりどのような影響があるのか? という調査も必要になってくる。現在取り組んでいる用途での調査は完了しているが,他のワークに対する影響度合いも評価確認していきたい。

10. 応用分野

閃光パルス殺菌装置の用途例は次の通り。

(1)食肉

図5は食肉分野への応用展開例で,枝肉と呼ばれる加工前の食肉殺菌システムである。このシステムは“食品生産技術研究組合”の“平成9~12年度牛肉処理高度自動化システム開発事業”の開発テーマの一つで,フジチク株式会社が開発を担当され,杏林化工株式会社(名古屋市)より発売されるシステムとなっている。これ以外にも加工肉殺菌システムの検討も実施中で実用化を目指した検討を行っている。

図5

(2)水

図6はアメリカのPurePulse社より発売されている水殺菌システムで,多方面 で販売実績を上げているとの事。

図6

11. 殺菌テストに関して

弊社内に,殺菌テストが可能なデモ装置が有り,殺菌テストにより効果確認を行いたいとの依頼が有る場合には対応可能である。食品の種類や状態により殺菌効果 に大幅な差が生じることが多いので,ご興味がある場合には是非確認テストを行っていただきたい。

12. 終わりに

  1. ① 消費者の嗜好の変化(低塩化,添加物NOなど)による保存性低下
  2. ② HACCP導入による殺菌装置の位置付けの変化
  3. ③ 消費期限切れによる廃棄物の削減(特に日配品など)
  4. ④ 免疫力の低下(近代人,特に子供)
  5. ⑤ 高齢社会への対応(安全性向上)
  6. ⑥ 菌の耐性(菌が強くなってきた)
  7. ⑦ 環境への配慮

これらの背景により,新しい殺菌技術に対する要望は今後ますます高まってくる事が予想される。非加熱/非接触/廃棄物が出ないクリーン技術という特徴を持ちながら,更に高い殺菌技術も併せ持つ閃光パルス殺菌技術は,今後高いニーズが生まれてくると予想している。しかし,万能な技術では無くデメリットも明確になって来た。当社では,この特徴を生かした用途の開拓を図って行き,殺菌技術のレベルアップを図り,食品の安全性向上に何らかのお役に立つ事を願う物である。

Copyright © USHIO INC. All Rights Reserved.