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光技術情報誌「ライトエッジ」No.22(2001年9月発行)

大学研究室を訪ねて Campus Lab⑬

生命・環境と光のかかわりをひもとく

東海大学 総合科学技術研究所
光科学研究部門 佐々木政子教授

東海大学は1936年に松前重義氏が東京・武蔵野に望星学塾を開設したことに始まります。デンマークの国民高等学校の教育を範としながら、対話を重視し、ものの見方・考え方を養い、身体を鍛え、人生に情熱と生き甲斐を与える教育を行いました。1942年に学園を創設、1946年に東海大学が開設されたのです。今では学校法人東海大学として幼稚園から大学まで、多数の教育研究機関を擁しています。その中核である東海大学は5カ所のキャンパスに、31,249名もの学生が学んでおり、専任教員数も1,720名と大所帯です。

東海大学の「東海」とは、アジアの東にある世界最大の海洋である太平洋を表しており、太平洋のように大きく豊かな心、広い視野を育みたい、という願いがこめられているそうです。

これからの社会では、科学・技術と政治・経済のどちらにも関心を持たなければ、社会の変化に対応できず取り残されていってしまいます。そこで東海大学では文理融合を図り、現代文明に対しての広い視野、人生基盤となる世界観、歴史観を持ち、その上に立って専門を深めていくべきであるという考えに基づき、独特の教育システムを導入しています。例えば従来の通年授業とは異なり、半期で授業が完結することで選択の自由度が高くなる「セメスター制度」。また、自分の専攻以外に別の学科やテーマの科目群を履修できる「副専攻制度」などもあり、総合大学であるメリットを活かした教育といえるのではないでしょうか。

今回は、その中で大学の研究成果の社会還元を目的とした、「総合科学技術研究所」の光科学研究部門をご担当されている、佐々木教授の研究室を訪問しました。

総合科学技術研究所は、1948年に設立された産業科学研究所、1978年設立の開発技術研究所を引き継ぎ、学校法人直轄の形で1997年に発足した研究所です。学園の研究開発の中核的な存在として、科学技術の総合的・学際的な研究開発を行うとともに、国内外の諸大学、産業界、国立・公立の研究機関などとの研究技術交流を進め、学術を進展させると同時に研究・開発の成果を社会に還元していくことを目的とした研究所です。対象の研究分野は素材から地球環境までの幅広い範囲をカバーしています。

この総合科学技術研究所の光科学研究部門は、神奈川県の平塚市にある、東海大学最大の湘南校舎で研究を行っています。この地には24,212名もの学生が、687,353.28m2の緑豊かなキャンパスで学んでいます。南北に貫く中央通りの両側には欅並木が並び、さわやかな木陰を提供してくれています。現在の研究内容は大きく分けて、光生命化学、光情報科学、光環境科学の3つ。生命化学、生物学、医学、工学、環境科学など幅広い分野にわたっており、佐々木教授のバイタリティの一端を垣間見たようです。学生さんたちも、細胞班、光機能班、UV班に別れ、各グループごとにディスカッションを展開しているそうです。ここではUV-A(400~320nm)、UV-B(320~290nm)、UV-C(290nm以下)という用語がよく使われます。これは現在の国際照明委員会(CIE)の第2回大会(1932年)で紫外線(放射)の人体作用に関する研究成果を研究者が共有できるための方策として定義された波長区分なのです。

中央通り欅並木

佐々木教授と研究室の皆さん

◆医療で期待される光生命化学

光生命化学の研究は、東海大学に赴任したときから始まったそうです。新しい環境で研究に挑むことになったとき、設置されて間もない医学部で開催された、光化学療法の研究会に出席し、人間の皮膚も感光性物質の一つではと、考えたことがきっかけとなりました。光と光感受性物質との相乗作用で、病変細胞に光毒性反応を起こさせ、この反応で病気を治す療法を光化学療法といいます。その中に皮膚癌発生の危険がないUV-Aと光毒性反応だけを起こす物質ソラレン誘導体を用いた療法で、PUVA光化学療法というクリーンな療法があります。しかし、その当時この療法の細胞・分子レベルでの作用は、完全には解明されていませんでした。佐々木教授はソラレン分子が細胞核内DNAにインターカレートすることを実証し、細胞の増殖異常が核DNAの光損傷によって制御されるということを解明したのです。

佐々木教授はこの研究から発展して、現在、光アンチセンス法の研究を進めています。遺伝子発現を制御する代表的な手法としては、標的DNAあるいはmRNAに対して相補的配列を持つオリゴヌクレオチドの結合を利用したアンチジーン、アンチセンス法が知られています。ここで、光応答性色素を修飾したアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いることによって、アンチセンス法における標的への相補鎖間の水素結合を、光共有結合によってさらに増強し遺伝子発現仰制効果を高める方法が光アンチセンス法です。ただ、アンチセンスヌクレオチドを細胞に取り込ませようとしても、細胞膜があり簡単にはそれを越えられません。一般的にはウイルスなどを使うのですが、副作用の心配があります。そこで佐々木教授はリポソームという石鹸のようなもので包んで、細胞に入れるようにしました。しかも、通常使われるカチオン性の毒性のあるリポソームではなく、ノニオン性の中性のものを使うなど、安全性にも配慮しています。この方法が実用化すれば、子供が産まれたときDNAシーケンスチェックを受け、このとき疾患DNAが見つかったならば、光アンチセンス法によって病気を起こさせなくするという画期的な予防医療が実現することになります。

しかし研究室のほとんどの学生は、光工学が専門なので、化学は不得意ということが多いそうです。そこで学生達が興味をもち易くするため、蛍光顕微鏡など光学応用機器を研究に多く取り入れているそうです。また、細胞培養なども行っているため、ここでは幅広い範囲の知識が身につくのです。

◆発想の転換がもたらした生体外視覚の進展

佐々木教授は以前に在籍された、東京大学産技術研究所時代に、重クロム酸ゼラチンの研究を行っており、重クロム酸塩位相ホログラム用感光材料の赤色域までの分光増感を行い、カラーホログラムを日本で初めて実現させました。そしてホログラムを含む高機能性非銀塩感光材料と新しいフォトクロミック材料開発の過程では、レチナールの高速かつ可逆な光応答性に着目していました。

人の目は紫から赤までの幅広い波長(380~780nm)の色を感じることができます。これは、視覚を発現する初期過程で、光センサーとして働く視物資ロドプシン類の発色団レチナール分子が、タンパク質であるオプシンという反応場を得て、はじめて発現されます。この反応を生体外で再現できれば、生体外視覚が実現できるのです。

佐々木教授は、この光応答を実現できる生体外反応場を長年にわたって探してきました。そして、従来生体タンパク質中でのみ可能と考えられてきたレチナールの可視吸収発現-波長調節を、タンパク質とは全く異なる無機粘土鉱物を反応場として実現させたのです。これは世界でも初めてのことであると同時に、タンパク質反応場とは大きく異なる条件下で確認されていた430~480nmという吸収極大と比較してさらに長波長の530nmに吸収極大を持ち、しかも400~680nmにおよぶ幅広い可視吸収発現を達成したのです。ほとんどの研究者は反応場ではなく、レチナール分子に注目していましたが、佐々木教授は発想を転換して、レチナールの反応場に着目したのです。そして、この発想の転換が素晴らしい成果を生みだしたと言えます。ここで使用している溶媒が有害物質に指定されたベンゼンであり、今後使用することができないため、これに代わるポリマーを見つけることができればと、頭を悩ましておられます。

将来、生体外でこのレチナールの吸収波長調節が再現できれば、色を識別する仕組みの解明につながるばかりでなく、新しい光機能性分子素子の開発に飛躍的な進歩をもたらすと期待されています。

◆地球環境の変化を光で診る

光を扱っていると、どうしても光量を測定しなければなりません。光量の計り方として、ケミカルアクチノメトリーという方法があります。この方法は、例えば反応溶液に光照射したとき、吸収光量と反応量から反応効率を算出する方法で、その都度分析が必要になり、リアルタイム測定ではありません。そこでリアルタイムに測定できる物理計測法を新しく開発することになりました。

とくに、紫外光量の物理計測は難しいのです。何か良い方法はないかと検討したところ、真空紫外光の測定をしている人たちがサリチル酸の蛍光を利用していることと、蛍光灯の原理にヒントを得て、蛍光体で太陽からの紫外光量を測定する方法を開発することになりました。太陽からの紫外光が蛍光体を通過するとき可視光に変換され、それをシリコンフォトダイオードで測定する方法です。この蛍光体とシリコンフォトダイオードを組み合わせたこの放射計は、日本初のUV-B放射計測器として気象庁にも採用されました。

DNAの損傷は、主として細胞の遺伝子を構成するDNAがUV-B、UV-C領域の光を吸収することに起因しています。しかし、UV-Cは成層圏オゾンに吸収され、地表へは到達しません。成層圏オゾンの減少が危惧されている昨今、UV-Bの測定が重要となります。UV-Bは成層圏オゾン量によって地上到達量が変化するので、オゾン量の観測にも応用できるのです。もちろん、UV-B量は地域、季節、時刻によっても変化するし、大部分が散乱成分なので、観測方法には色々な工夫を施さなければなりません。

佐々木教授は、これらの課題を克服した図1のような太陽放射観測システムを構築し、太陽光中の紫外線放射データの収集解析を常時行っています。佐々木先生の居室棟の屋上に設置されたセンサー群で、20秒ごとにデータを蓄積しているのです。ここからは、富士山や相模湾を望むことができ、昨年からは稚内、熊本、西表などにも同様の観測体制を布くことにより、日本列島を縦断する太陽放射観測を実施しています。このデータは、各種研究に利用できるよう公開もされています。
(http://www.tric.u-tokai.ac.jp/research2/sunj.html )

この観測で現在判明していることは、成層圏オゾンの減少に伴って、毎年少しずつUV-Bが増加しているということです。この20年間で、全球平均オゾン全量は10%も減少しているのです。UV-B増加は、植物や人間にとって、非常に危険なことです。現在のオゾン量の平均レベル(0.32cmN.T.P.)での紫外線生物損傷効果と、オゾン量が25%減少した場合の生物損傷効果を比較したものが図2 です。生物損傷効果量は各山の大きさで表されています。ですからオゾン全量が25%減少すると生物のこうむる傷害は2倍に増加すると推測されます。近年のオゾン層破壊の状況を勘案すると、25%というのは決して非現実的な値ではありません。

さらに、センサーの開発も一歩進め、UV-B天空輝度計や人体に装着できる小型UV-B計を開発しました。これによって太陽UV-Bの天空輝度分布の日射との違いが明らかにされ、太陽UV-Bの人体防御法も工夫されるようになりました。また、DNA修復に関連した欠損のある色素性乾皮症患者などのための個人用モニターも実用化が視野に入ってきました。

図2 太陽放射光UV-Bの生物損傷効果

◆新しい発想は自由な環境から

東京大学生産技術研究所時代、恩師の指導方針は「自由におやりなさい」。研究テーマが決まった後は、一切が自分の責任で、測定や解析のやり方は、見よう見まねだったそうです。実験も既存の測定器では不足で、常に試行錯誤と工夫によって乗り越えてこられました。

この時の経験が、その後の柔軟な発想と工夫による、画期的な研究成果へとつながっていったのです。そこで、佐々木教授の研究室でも自由な環境のもと、「自分の頭で考えて手足を使って研究する」がモットーになっています。光工学や航空宇宙工学を学んできた学生が、医学や生物学の世界に足を踏み入れるわけですから、当然わからないことは多いでしょう。しかし3年生の配属が決まると4年生が1、2週間の引継実験を行い、そこから先は自分で考えてやってみるということを実践して、乗り越えています。佐々木教授が「うちの研究室の学生はメッチャたいへん」というほど。それは研究室を見回せばあちこちに工夫の後が見られ、学生さんたちが、苦労した後に生まれる笑顔で満ちていることからもわかります。

自由な環境がもたらす、新しい発想と工夫、そして幅広い分野にわたる知識から、さらなる画期的な研究成果が生まれるものと期待されます。

佐々木政子
(ささき まさこ)
東海大学
総合科学技術研究所
光科学研究部門教授
工学博士

<略歴>
東京都生まれ

  • 1961年 東京理科大学理学部化学科卒業
  • 1961年 東京大学生産技術研究所文部技官
  • 1975年 東京大学生産技術研究所文部教官助手
  • 1975年 東海大学情報技術センター専任講師
  • 1976年 工学博士(東京大学)の学位取得
  • 1978年 東海大学開発技術研究所助教授、同学情報技術センター助教授、同学工学部光学工学科助教授兼担
  • 1987年 東海大学開発技術研究所教授、同学大学院工学研究科兼担
  • 1990年 お茶の水女子大学理学部講師
  • 1997年 東海大学総合科学技術研究所教授(所長付)、同学大学院工学研究科兼担(現職)
  • 2001年 広島大学大学院理学研究科講師(現職)

学会活動
日本光生物学協会会長、日本照明委員会第6部会光化学・光生物学国内委員、放射の応用・関連計測部会副会長、日本光医学光生物学会常任理事、日本女性科学者の会常任理事、日本化学会、米国光生物学会、照明学会、国際照明委員会、光化学協会、日本写真学会、電気化学協会、日本研究皮膚科学会等正会員、第22回日本光医学光生物学会会頭(2000)

研究業績
受賞2件、著書11冊、学術論文123報、総説・報告書50報、学会報告200件、招待講演50件、特許4件、文部省科研費補助11件、研究奨励・助成8件など

《お問い合わせ先》
東海大学 総合科学技術研究所 光科学研究部門
〒259-1292 神奈川県平塚市北金目1117
TEL:0463-58-1211(内線5300-3 )
FAX:0463-58-1203
E-mail:ssm@rist.u-tokai.ac.jp

東海大学 総合科学技術研究所 光科学研究部門 2001年度メンバー

教授1名  研究員2名   研修生1名
研究生1名  大学院生3名  4年生5名

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