USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.25(2002年10月発行)

月刊ディスプレイ7月号
特集2 データ対応プロジェクターの最新動向

(2002年7月)

データプロジェクター用ランプと技術

ウシオ電機(株)杉谷晃彦, 成田光男
Akihiko Sugitani Mitsuo Narita

1. はじめに

1980年代に液晶プロジェクターが製品化されてから,光源にはメタルハライドランプが主に採用されてきた。その後90年代に入り,メタルハライドランプは短アーク化と長寿命化が容易なDC点灯方式となって更に超高圧水銀灯が製品化され,その優位性から超高圧水銀灯の占有率はメタルハライドランプを逆転し,現在はデータプロジェクター用光源と言えば,それは主として超高圧水銀灯のことを指すようになった。

本誌ではまず,メタルハライドランプから超高圧水銀灯への変遷の経緯について触れ,その後に当社の超高圧水銀灯(商品名:NSH)の特性や光学シミュレーション技術について述べ,最後に今後の光源展望についても触れる。

2. データプロジェクター用光源の変遷

データプロジェクターに対する市場からの要求は,主に”より明るく,より小さく”であり,この要求は今も基本的には変わっていないが,市場の拡大に伴ってデータプロジェクターへの要求も長寿命化,低コスト,静音化,多機能化等の要求へと多様化しつつある。

メタルハライドランプから超高圧水銀灯への変遷を語るには,90年代の約10年間の液晶パネル,反射型素子,光学技術の目覚ましい進歩を抜きにはできない。液晶パネルの小型化,反射型素子(D-ILAやDMD素子等)の量産化,マイクロレンズ技術,インテグレータレンズ,偏光変換素子の技術進歩がそれである。

これに対して,光源には短アーク化,高輝度化が求められてきた。この結果として,上述のような光源の変遷(メタルハライドランプから超高圧水銀灯へ)があった。

150WクラスのDC点灯のメタルハライドランプに対して,超高圧水銀灯はその光源サイズでバルブの外径は86%,アーク長は40%と大幅にダウンしている(表1)。バルブの外径がより小さくなることでリフレクターサイズも小さくコンパクトとなり,更にアーク長も短くなることで光利用効率も格段に向上した。また,点灯時の動作圧力は約5倍になっており,輝度も格段にアップした。分光分布は,一見メタルハライドランプは連続発光が豊富で演色性にすぐれているように見受けられる(図1)。これは水銀発光に加えてディスプロシウム等の希土類金属の連続発光を利用しているためであるが,これらの金属は水銀に比べて平均励起電圧が低く,アークの周辺部と中心部では発光分光分布も大幅に異なる1)

一方,超高圧水銀灯では,動作圧力を上げることで水銀特有の輝線発光を低減し,連続発光を増強することで実用上問題ないレベルとしている。

発光分布の一例を図2に示す。また,メタルハライドランプと超高圧水銀灯との光利用効率の比較については,フィリップス社のUHP100W・1.3mmとメタルハライドランプ250W・2.5mmを比較して捕捉光束量が2インチ以下の液晶パネルサイズのエテンディユーでは超高圧水銀灯が優位であることを報告している2)

以上のように超高圧水銀灯は光学系や光学素子の進歩に適合した特性を実現し,現在のデータプロジェクター用光源の主流となっている。

表1 150Wの光源サイズ比較

図1 150Wメタルハライドランプの分光分布

図2 150W NSHの分光分布

3. 超高圧水銀灯の特性3)

超高圧水銀灯の研究の歴史はかなり古く,1936年には既に水銀圧力が25気圧から150気圧までの発光特性を報告している4)。その後,実用的には水冷方式のキャピラリーランプや,数十気圧程度の水銀圧力を持つショートアーク超高圧水銀灯が顕微鏡や紡糸照明用,半導体露光用やUV硬化用光源として用いられてきた。

ここで解説する超高圧水銀灯は主に輝線スペクトルを利用する上記の半導体向けの光源とは異なり,より連続発光成分が多く,光源サイズの小さい,そして輝度の高いプロジェクター向けの光源に適した特性を備えている。これらの特性はその動作圧により決まっている。半導体向けでは高輝度の単色光(365nm,436nm等)を利用することを目的としているために,その動作圧が数十気圧に留まっているのに対して,プロジェクター用超高圧水銀灯ではその動作圧が100気圧を超えて設定することで,その光源サイズが径方向に収縮し,実用的なランプ電圧で短アーク化でき,そして更にその分光において連続発光成分が増大することにより演色性も改善することができる。

これらの特性はすべてプロジェクターの照明効率を向上するために求められている特性である。動作圧が異なり,その応用分野が異なるため,プロジェクター向け超高圧水銀灯を弊社ではNSHと称して半導体向けのそれと区別している。

3.1 発光スペクトル

水銀灯の発光は低圧では輝線スペクトルが支配的であるが,動作圧が上昇するにつれて輝線幅が広がり,加えて連続発光が増大し,100気圧を超えて200気圧に迫るとプロジェクター用の光源に使えるレベルまで十分な赤成分の発光が得られるようになる。点灯時の水銀蒸気圧と分光分布の関係は古くから測定されているが,図3に水銀蒸気圧と分光分布の一例を示す。この連続発光成分は分子発光によると言われている。

ここでの分子とはHg2であるが5)6),本来結合エネルギーが小さいため,その分圧は圧力に強く依存し,温度が高いプラズマ中でも存在する。その分圧は圧力の二乗に比例すると言われており,この分圧が100気圧以上で急速に増えるために結果として連続発光成分が増えていると考えられる。しかし, 温度の高いプラズマ付近では, バルブに近い温度の低い部分に比べてHg2の分圧は圧倒的に小さくなる。KrやXeなどの希ガスと同様な解離電圧以上にたたき上げられた電子とイオンの再結合や, 電子の制動輻射による連続発光成分が水銀の分圧が高くなったとき,どの程度あるのかを含めて理論的に解明しなければならない課題が残されている。

図3 水銀蒸気圧と分光分布

3.2 輝度分布

輝度分布は,空間的に狭い範囲に限定されるほどプロジェクターの照明光学系にとっては光の利用効率が高くなる。この考え方は,e'tendue(geometorical extend)で説明されている。

輝度分布を空間的に制限する要素は2つある。ひとつはアーク長,2つめはアークの径方向への広がりである。アーク長は動作圧に関わらず設定することが可能であるが,同一アーク長でのランプ電圧が動作圧にほぼ比例することから,実用的な点灯電圧を維持しながらアーク長を短くするためには動作圧を上げる必要がある。更に動作圧を上げると径方向へアークが絞られることから,輝度を高く設定するためには動作圧が高ければ高いほど良いことになる。NSH150Wの輝度分布を図4に示す。

図4 150W NSHの輝度分布

3.3 ランプ構造と動作

データプロジェクター用超高圧水銀灯の構成を図5に示す。発光管は石英ガラスからなり,発光管の両端の電極はタングステンからなる。この電極は厚さ数十µmのモリブデン箔を介して外部リード棒と接続している。石英ガラスに対してモリブデンは線膨張係数が一桁高く,点灯時にナイフエッジの断面形状を持つモリブデン箔が塑性変形することで,発光管内の高い圧力に対して気密性を保持している。発光管内部には水銀とアルゴンガス,更には微量のハロゲンが封入されている。水銀は水銀発光の利用とランプ電圧抵抗負荷として,アルゴンは始動性の確保,ハロゲンはランプ黒化抑制ならびに失透抑制を目的に封入されている。

ランプは消灯時,水銀はわずかな蒸気圧のほかはすべて液体で,実質アルゴンガスのみの状態であり,負荷のため万一破損しても他に影響は与えない。ランプの始動は点灯電源装置によりなされる。まず,パルス高圧(数kV~十数kV)が印加され,絶縁破壊したランプは点灯電源装置からの電流制限を受けて除々にランプへの投入電力が増し,結果的に通常1分以内には定格電力での安定点灯状態となる。液体の水銀を蒸発させるためには1W/mm2以上の高い管壁負荷が必要で,そのために発光管はコンパクトに設計されているが,点灯時の発光管の表面温度は800~1050°C程度に達する。

また,この状態で発光管内の圧力は100気圧を超え,電極間にかかる電界強度は1mmあたり60V程度となる。このため,ランプには高い信頼性が求められる。材料が高温,高圧力,高電界にさらされるため,電極の素材であるタングステンや発光管の素材である石英ガラスに対してppmオーダーでの高純度化や製造プロセスからの不純物の持ち込みの低減が重要である。

図5 NSHのランプ構造

3.4 点灯方式と調光技術

超高圧水銀灯には,AC点灯方式とDC点灯方式とがあり,弊社ではDC点灯を採用している。AC点灯の場合,フリッカーが発生して点灯電源装置に工夫することでこれを改善しているが7),DC点灯ではこのような点灯電源装置の工夫なしでもフリッカーが少ないこと,また電極が陰極と陽極とにその役割を分けているため,フリッカーが抑制できる安定した陰極の動作温度範囲がAC点灯より比較的広くとることができ,約20%の電力調整(調光)が可能となった。プロジェクターが使用される周囲環境でプロジェクターの照度を自由に増減できること(調光機能)は大きなメリットである。電力をダウンすることで,ランプ電流も低下し,電極への熱的負荷が減るため電極からのタングステンの蒸発が抑制され,ランプ寿命は約1.2~1.5倍に伸びることで長寿命モードを実現した。

また,ランプ電力の低減はプロジェクター内の熱処理にも有利となり,冷却ファンの電圧を下げられることでプロジェクターの静音化を特徴としたプロジェクターも商品化されている。点灯電源装置にAC駆動のためのスイッチング素子が必要ない分,小型化しやすいこともDC方式の特徴である。更にAC点灯方式ではDMD素子の駆動周波数との同期が必要だが,DC方式ではその必要がないことも特徴と言える。

ただし,DC方式には陽極のボリュームが大きい分,AC点灯に比べて発光管の熱バランスや光学的な配光バランスが取りにくい部分はあるが,これは次に述べる冷却技術や光学シミュレーション技術で十分に解決できる。

3.5 ランプ冷却技術

ランプの性能を最大限に引き出すには動作圧力を高く維持するために発光管の最冷部の温度を高くする必要があり,その一方で発光管の最高温度は長時間の動作を満足するためにある温度以下に抑える必要がある。発光管を最適な温度で,しかも電力の増減に対して適正に冷却がなされる必要があるが,弊社ではその答えとしてクーリングリフレクター(図6)を開発した。

図のようにリフレクターの開口側周辺部より指向性のある冷却風を吹き込み,発光管やシール部を適正に冷やした空気はその後,リフレクターホール部を通過して後方へと抜けていく。リフレクターへの吹き込みと後方への吹き抜け部の間の差圧はプロジェクター内に従来設置されている冷却ファンの能力で十分であり,圧力0.2~0.7mmaq.,風量2~7L/min程度で,ランプの各部は適正に冷やされる。また,電力の増減時には冷却ファンの能力を調整することによりランプは適正な温度となる。ランプ破損時の外部へのガラスの飛散防止のため金網を空気の吹き込み,吹き抜け部に付加するケースが最近の主流と言える。

図6 クーリングリフレクター

3.6 リフレクター

プロジェクターの明るさ性能を決める因子として,ランプとともにリフレクターの果たす役割は大きい。形状は「楕円鏡」と「放物鏡」とに大きく分けることができ,その設計値はスクリーン照度に大きく影響を与えるため,光学シミュレーションにより最適値を求めている。

リフレクターはガラス成型体であり,溶融したガラスを金属金型で成型するが,面精度が崩れて理想曲面からかい離すると集光効率が低下し,スクリーン輝度が低下するため反射面は高い成型精度が求められる。リフレクターの材質は,結晶化ガラスや硬質ガラスが用いられるが,熱衝撃性,耐熱性,機械的強度等において特に結晶化ガラスが優れた特性(表2)を持っているため,リフレクターへの熱的負荷が高い場合には特に結晶化ガラスが重用される。結晶化ガラスは,ガラスとして成形した後に熱処理を行い,ガラスバルクの中に結晶を析出させた複合材料で,析出する結晶はマイナスの膨張係数をもっているため複合材料の膨張係数は小さくなる。

リフレクターの内面には,酸化ケイ素と酸化チタンの数十層からなる多層膜が蒸着されており,ランプから放射するの可視光の95%以上を反射する。また,リフレクターには開口外周部に前面ガラスが固定されているが,これは両面に数層の無反射コーティングが施されており,可視光の97%以上が透過する。

表2 リフレクター用ガラスの特性比較8)

4. 光学シミュレーション技術9)

図7にモンテカルロ法による光線追跡から得たアーク依存の光学シミュレーションモデルを示す。このモデルは,0.9インチ型のインテグレータレンズ(PBS,液晶パネル,偏光板等はない)光学系で,外径65×70mm,F7放物リフレクター,NSH150Wのランプを使用した。なお,光源モデルは輝度分布のアーベル交換から算出した500以上のトロイド光源で作成し,発光管および電極モデルは一般的に知られる透過・反射特性を反映させ,レンズ等の透過率は80%とした。

シミュレーション結果は,スクリーン光束の実測結果と比較し,アーク依存の比率誤差が5~13%程度という結果が得られた(図8)。ランプメーカーとしては,このようなシミュレーション結果をランプ開発に応用し,より明るいランプの開発に役立てている。

図7 光線追跡シミュレーションのモデル

図8 NSH150Wにおける光線追跡シミュレーションによる計算値と実測値

5. 今後の光源展望

弊社では1998年に提案した150W,NSHをベースに,その後,上述のような新たな技術を展開し,2002年現在では130~275Wまでの商品展開を行っている。

更なるスクリーン輝度アップに向けて,大電力化,短アーク化の動きは今後も継続すると思われる。275W以上の電力アップ,近い将来には300~400W程度まで光源開発は続くようだ。このような高い電力では,Large Venue領域での現在の光源であるキセノンランプとの競合,または棲み分け(キセノンランプは演色性重視,超高圧水銀灯は効率重視)の可能性もあるだろう。

アーク長が1mm以下の光源の開発も進むと思われる。また,ランプ寿命については,10,000時間が当面の目標となろう。環境側面からは水銀レス化や水銀リサイクルに向けた動きも今後活発になると予想できる。高信頼性ランプの開発や200W以上の完全密閉化(既に200W以下では完全密閉化が進んでいる)が進むと思われる。

今後の更なるリフレクターの小型化に対して,石英ガラス製のリフレクターが期待されるであろう10)

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