USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.25(2002年10月発行)

ASET活動報告書 報告 3

F2 レーザ用波長基準光源の開発

技術本部
吉岡 正樹 北川 鉄也 有本 智良* 竹村 哲
(*現、第二事業部門)

F2レーザの発振波長は真空紫外域の157nmであるため、分光技術が確立していず、ASETのプロジェクトがスタートする時点では、正確な発振線の数、絶対波長、スペクトル線幅が測定されていなかった。それは、高分解分光器の入手は困難なためで、また、製品化される真空紫外域光源も波長基準光源としては使い難いためであった。そこで、ASET「F2レーザーリソ技術の開発」プロジェクトにおいては、分光器(報告2参照)と波長基準光源を自前で開発することにした。波長基準光源としての臭素ランプとその励起(放電)電源を、臭素の輝線スペクトルがF2レーザの発振波長に最も近いことなどに着目し、検討、試作した。その結果、実用可能な臭素ランプの開発に成功した。本報告において、ランプの構造、励起(電源)方式、試作結果とともに臭素の輝線スペクトルの特性について得た知見および実用化への展望につき述べる。

1. はじめに

スペクトル線幅の狭帯域化が求められる露光用光源においては、波長安定化のための波長の基準となる光源が必要である。例えば、KrFレーザ(248nm)、ArFレーザ(193nm)においては、He-Neレーザや低圧水銀ランプからの輝線スペクトルが波長基準として利用されている。

波長157nmのF2レーザの場合、これまでの基準光源は波長が離れすぎているので用いることが難しく、新しい基準光源としてのランプの開発が望まれていた。基準光源には、次に箇条書きする特性が求められ、開発において検証しなければならない。

  • ①輝線スペクトルの帰属が明確であること
  • ②スペクトルプロフィルの構造が明確であること
  • ③さまざまな擾乱によってスペクトルプロフィルの形状が影響をうけにくいこと

また、F2レーザの発振波長157nmは200nm以下のいわゆる真空紫外(VUV)領域にあり、酸素の影響を極力抑えた雰囲気での評価が要求される。このことを考慮した上での開発が必要である。

本開発では、上記波長基準光源に求められる特性を鑑みながら、まず基準光源ランプとしての輝線スペクトル線の選択と検討を行い、候補となった輝線スペクトルのランプの構造、発光(放電)手段、評価方法の確立を行った。

2. 基準光源用臭素ランプ

157nm近傍に強い発光強度を示すスペクトルの候補を文献1)により検討した。この結果より、波長基準光源としての候補として、臭素(Br)、白金(Pt)、重水素分子(D2)の3種類に絞った。白金、重水素分子については、Pt/Neのホローカソードランプ、重水素ランプとして、現在も商品の入手が可能であり、特に、Pt/Neホローカソードランプは200nm以下の事実上の絶対波長基準として、NISTで精力的に調査がなされ、そのデータも公開されている2)

臭素については過去、13.5MHzの高周波点灯による無電極放電タイプが商品化されたことがある3)。しかし、現状での入手は困難である。表1に臭素原子からの157nm近傍のスペクトル線をまとめる。表1から、臭素の2本のスペクトル線157.4841nmと157.6387nmが公表されているF2レーザの発振波長157.6299nmに非常に近いことに注目した。と同時に、米国、ドイツのF2レーザの開発においては、白金(Pt)、重水素分子(D2)を基準光源にする動きがあること、またPtのスペクトルはF2レーザの発振波長から遠いこと、D2については振動回転励起の分子スペクトルが複雑で同定が困難であることの理由により、これまで未検討であった臭素のスペクトル線の特性を実験的に調査することから、波長基準光源の開発に着手した。

臭素は臭素分子あるいは臭素化合物から得る。しかし、臭素分子、化合物は基本的に腐食性であるため、これらを含んだ放電プラズマ空間内に金属等の電極を設けると、短時間で反応し、金属化合物を形成する。その結果、臭素が減少し、発光量が減少する。そこで、放電空間内に電極を設けないで、放電容器外部から磁気結合か電界結合で無電極放電させることが一般的である。また、臭素分子あるいはその化合物はガラス材料とも反応し酸化物を形成する。従って、臭素ランプの長寿命化には、臭素の減少対策が重要である。

図1に検討した臭素ランプの構造、図2に点灯している様子を示す。図1において、ガラス材料には石英ガラス管を採用し、光取り出し窓には、合成石英ガラスを直接溶着するか、または、MgF2窓をウシオ電機が有する独自のシール技術により石英ガラス管まで段継ぎして製作した。石英ガラス管の外径はΦ20mmで、ガラスの厚みは1.0mmである。電極は、初期実験では、石英ガラス管の表面に銅テープを巻きつけ、最終段階では、ガラス管をΦ13mm程度とし、銀ペースを焼き付けて形成した。これらの電極の形状等は、等価回路とガラス材料の電気特性から、計算で見積もり、設計を行った。臭素原子を得るためHBrを用いることにして、アルゴンガスをバッファにHBrガスを添加することによりランプに導入した。HBrは、放電で容易に分解し、その後、未点灯状態では、Br2分子としてランプ中存在することが発光スペクトルの観測から確認された。H(水素)は、最終的には、石英ガラスを透過して外部に抜けるものと予想される。バッファガスとしてアルゴンを選択した理由については後述する。

図3は開発した臭素ランプからの発光スペクトルである。157nm近傍に目的とする臭素原子からの輝線スペクトルが観測されるとともに、280nm付近にも臭素分子からの強い発光を確認できた。

一般に、発光スペクトルは、さまざまな要因により、スペクトル線幅が広がったり、ピーク位置がシフトしたりする。157nm近傍における輝線スペクトル157.638nmについて検討した結果、波長シフトの要因はなく、拡がりの最大要因は、ドップラー拡がりであることが予想された。今回の157.638nmの発光には、バッファガスであるアルゴンが大きな役割を果たしている。このアルゴンガスは放電励起され、準安定状態で臭素原子と励起分子(エキシマ)を形成し、このエキシマが分解する際に結合エネルギーを励起臭素原子に運動エネルギーの形で開放する。このため、励起臭素原子が157.638nmの発光の際には、放電プラズマのガス温度から予想されるドップラー拡がりよりはるかに大きな拡がりを示すことが明らかになった。また放電条件、臭素濃度等をパラメータに157.638nmのスペクトル形状を実測したが拡がりのプロフィルは変化せず安定であることも明らかになった4)

これらの結果から、157.638nmがF2レーザの波長基準としての要求を満足すると判断し、臭素原子からの発光による波長基準光源の開発にテーマを絞った。

表1 臭素(Br)の157nm近傍発光スペクトル2)

図1 開発した臭素ランプの構造

図2 臭素ランプの点灯の様子

図3 臭素ランプの発光スペクトル

3. ランプ励起電源の検討とその電源を使用したランプ特性の評価

臭素ランプは、放電容器内部に電極を設けることが困難であることから、RF点灯させることが一般的であることは先述した通りである。放電容器内部のガスを放電容器外部から放電励起するには、マイクロ波による手段、放電容器の外表面に電極を設けて高周波高電圧を印加する手段、RFコイルによる手段、などが考えられる。マイクロ波の場合、ランプ構造が簡素になる反面、点灯電源が大掛かりとなり実用面で難点がある。放電容器の外表面に電極を設けて高周波高電圧を印加する場合では、ランプはやや複雑になるものの、点灯電源が簡素化できる。RFコイルによる場合は、ランプ構造が簡素であるが、点灯電源がやはり複雑となる。本プロジェクトでは、まず放電容器の外表面に電極を設けて高周波高電圧を印加する場合のランプ励起電源を検討し、あわせてRFコイル用RF電源の検討も進めた。

3.1 外表面電極設置用高周波ランプ励起電源の検討

放電容器の外表面に電極を設けて高周波高電圧を印加する場合、負荷のインピーダンスを想定してランプ励起電源を設計する必要があるが、最終的に必要とされる基準光源の光強度がこの時点で明確でないため、ランプ入力が十分取れるようにし、また、印加電圧、点灯周波数がある程度可変であることとした。

図4はランプの特性を確認するため初期実験に使用したウシオ電機製のランプ励起電源(UBB-0001)の概観である。大きさは、375Wx325Dx170H重さは約9kgで、最大ランプ入力は200Wである。この電源を5台用意し、ランプの評価試験、ランプの寿命試験に用いた。複数台数用意したことにより、短期間のうちにその構造、ガラス材料、電極構造、ランプ入力の見積りの決定を行なうことができた。

図5にこのランプ励起電源による点灯波形の一例を示す。ランプ電圧波形は、急峻な立ち上がり、立ち下がりを示す矩形波である。点灯周波数はこの例では約70kHzである。矩形波を採用した理由は、ウシオ電機での実績から、効率よく放電プラズマに電力を供給するにはこの波形が良いことがあらかじめ判っていたためである。さらに、ランプ等価回路を図6のように想定し、この等価回路をもとに行った解析を行った結果を図7に示す。放電電流と計算に良い一致が得られた。ランプ入力については、V―qリサージュ法によりその見積りを行った。これら結果から、プラズマのインピーダンスを設計段階から推定することがある程度可能となった。

図4 ランプ励起電源(UBB-0001)の概観

図5 ランプ励起電源による臭素ランプの電圧・電流波形の例

図6 開発したランプの等価回路
C0:浮遊容量,C1:放電ギャップの容量,
C2:ガラスの静電容量, Zp:プラズマのインピーダンス

図7 ランプ放電電流の実測と計算値の比較

つぎに、このランプ励起電源を使用してランプの寿命特性を評価した。図8は、開発初期段階での臭素ランプの寿命特性の一例である。この例では、290nm近傍の臭素分子からのエキシマ発光をモニターして寿命の確認を行っている。この290nm近傍の発光と、目的とする157nm近傍の臭素原子の発光とはほぼ同じ挙動をすることを確認している。図6で、初期を100%とすると、50時間程度まで光量が増加し、その後、急激に強度が減少し、100時間程度で臭素分子の発光がほぼ消滅してしまっている。初期に増加するのは、臭素濃度が減少し、自己吸収が抑えられるためと予想されるが、その後の急激な減少の原因は、電極を設けてあるガラスのすぐ内表面付近の分析の結果、臭素が放電プラズマにより、石英ガラス中のSiO2と反応し、酸化物の形で取り込まれることがわかった。これより、寿命を改善するためには、石英ガラスと臭素ガスの反応を抑える対策をおこなうか、必要とする寿命に対して十分な濃度の臭素ガスを放電容器内に充填する必要があることが判った。寿命改善の方法については、後述する。

次に、ASET平塚研究センタで所有する高分解能分光器による測定結果の一例を図9に示す。157.48nm付近と157.63nm近傍に自己吸収による窪み(dip)が見られる。自己吸収であることは、臭素濃度を変化させたランプを試作し、臭素濃度を減少させていくと、窪みの深さが浅くなり、例えば、0.003µm ol/L程度の濃度になると窪みがなくなり、シングルピークを呈するようになる。このシングルピークの波長安定性について平塚センターで評価した結果、Pt/Neランプと同等の波長安定性があることがわかった。そこで、自己吸収による窪みを伴う場合に、この窪みの位置がシフトする可能性を検証した。電子密度が高い状態でのシュタクル拡がり等の場合、波長のシフトが観測されるが、本ランプの条件ではシュタルク効果は無視できる。したがって、自己吸収による反転分布の窪みの位置は、波長的にみて安定であるとみなせ、この窪み位置を基準波長に利用できることを確認した。

図8 開発初期臭素ランプの寿命特性の一例

図9 高分解の分光器による157nm近傍の

さらに、ランプ改良の評価もこのランプ励起電源にて行った。寿命が50時間程度しかもたないことから、改善の手段として、石英ガラス内面にコーティングを施す方法と臭素濃度を一定にしつつ、臭素分子の絶対量を増やす手段として、リザーバを設ける方法を検討した。コーティングは、石英ガラスの内面にアルミナ等の臭素との反応が抑制できる材料をコーティングすることにより、放電容器内の臭素濃度の減衰を抑えるものである。この方法により、臭素ガスと石英ガラスとの放電プラズマ中での反応が抑制され、寿命特性が改善されることを確認した。次にリザーバについては、放電部体積に対するリザーバ部体積を3.5倍および7倍としたランプを試作し、ランプ電力を7.1Wに一定として寿命試験を行った。結果を図10に示す。リザーバ3.5倍仕様については、リザーバ部体積分が臭素分子の絶対量の増加に相当する寿命延長効果が見られた。ただ、リザーバ体積が7倍仕様については、途中で放電が曲がる現象が見られた(図中、破線部)。この原因は、ランプ製作段階での不純分の混入によるものと考えている。その後の確認で、リザーバの体積に比例して寿命が延長されることが確認できた。2つの手段でランプの寿命特性が改善できることを確認できたが、石英ガラスの内面へのコーティングは、塗布ばらつき等による寿命への影響の確認が必要であり、開発に時間を要するため、今回は、確実な効果が期待できるリザーバによる寿命改善を行なうこととした。

図11に、リザーバを設けたランプの一例を示す。放電部のガラス管径はΦ13mm、リザーバ部の管径はΦ40mm、全長は200mmである。電極は銀ペーストの焼き付けで、窓は、この例では、合成石英ガラスを溶着している。窓部材については、MgF2を封止することも可能である。しかし、157nm付近では、合成石英ガラスでも、透過率が80%程度あり、十分使用可能であることを確認した。

図10 リザーバ寿命に対する効果

図11 リザーバ搭載ランプの一例

3.2 ランプ励起電源/RFタイプの検討

ランプ励起電源については、先の矩形波点灯方式でほぼ基準光源の要求を満たすランプ特性評価と寿命特性ならびにその改善点を明らかにできた。これとは別にRF点灯による方式についても並行して評価を進めた。その理由は、先述した通り、過去におていは、臭素放電は、RF点灯で行われた実績があるため、RF点灯方式の可能性も検証しておく必要があったためである。図12に今回使用したランプ励起電源/RFタイプの概観を示す。点灯周波数は、27MHzで最大出力は200Wである。このランプ励起電源/RFタイプによるランプの点灯の様子を図13に示す。ランプは、図1に示した構造のものではあるが、電極は設けていない。このランプとのマッチングを取ったRFコイルにランプを貫通させて放電を行った。先のランプ励起電源とは放電の様子が異なり放電管全体にプラズマが広がる様子を確認できた。発光スペクトルについては、ほぼ先述したランプ励起電源と同じスペクトルを確認したが、強度比較にまでは至らなかった。RFタイプの場合は、ランプの個体差でマッチングが取りにくいため、ランプの設計、試作に長時間を要する。そこで、3.1に記したランプ励起電源によるランプ構造並びに点灯方式の確立を優先させた。

図12 ランプ励起電源/RFタイプの概観

図13 RF点灯の様子

4. まとめ

本開発においては、F2レーザの絶対波長を決定するため、高分解能分光器用の基準光源ランプの開発を行った。表2にその成果をまとめる。

本開発においては、臭素原子からの157.638nmが基準波長として用いることができることを確認した。実用的な強度をもち、F2レーザの発振波長157.6299nmと、その差は約Δ8pmと、世界で開発されるランプの中で、最も近い発光スペクトルである。さらに、臭素原子の157.484nmも利用できることから、この2本のラインを利用してF2レーザの波長安定化の手法を考案することができた。

さらに今回の開発においては、点灯方式についても検討することができ、その確立を行なうことができた。本開発の目的は、高分解能分光器用の基準光源ランプの開発であったが、導入したランプ励起電源の活用により、小型化の見通しも立てることができた。その一例を図14に示す。この図において、ランプは、本開発において確立したランプである。点灯電源については、ウシオ電機において、別目的のランプ用に開発中の点灯電源であるが、この点灯電源を活用して、このランプを動作させたところ利用できる可能性があることがわかった。ただし、開発で導入したランプ励起電源に比較して、ランプ始動特性面、信頼性面は未確認でありこの点が課題である。いずれにせよ本開発で導入したランプ励起電源、ランプ評価装置/真空紫外分光器により、必要とされるランプの形状、基本特性、並びにこのランプを動作させるための点灯電源の仕様を明確にできた意義は大きいといえる。

図14 基準光源ランプ点灯電源の小型化の可能性

表2 基準光源ランプ開発の成果まとめ

付. 小型簡易真空紫外分光器

ランプの特性を評価する上で、157nm付近の厳密なスペクトル解析については、ASET平塚研究センタにある高分解能の分光器により、その目的を果たすことができた。しかし、簡易的にそのスペクトル強度をモニターする手段も必要である。図15に示す簡便で、寿命試験中のランプをそのまま分光できる小型真空紫外分光器を導入した。全長は200mm、最大径Φ70程度である。分解能は2nmで、測定に際しては、ランプの出射窓とスリットとの間を窒素パージして行なう。この分光器により、寿命試験中の臭素ランプの分光測定を行った例を図16に示す。分解能は、仕様どおりであり、必要とする157nm近傍の光の強度は十分確認できることがわかった。従って、ランプの初期特性評価、寿命特性評価は、このランプ評価装置を活用して仕様の確立を行なうことができた。

図15 ランプ評価装置/真空紫外分光器

図16 寿命試験中のランプのランプ評価装置/真空紫外分光器による分光測定例

謝辞

臭素原子のスペクトルの理論的裏付けでは、ウシオ電機の平本立躬顧問にご教示を得た。ランプ製作において、MgF2封着技術では田川幸治部長、森和之技師、荘所勝巳技師、松野博光技術本部長のご協力を得た。

また、高分解能分光器によるランプの評価、基準光源として要求に対する技術議論については、ギガフォトン株式会社の若林理氏、中池孝昇氏、鈴木徹氏のご協力をえるとともに有意義な議論ができた。以上の皆様に御礼申し上げます。

本報告の研究は、経済産業省プロジェクト「F2レーザーリソ技術の開発」の一環として、技術研究組合超先端電子技術開発機構(ASET)が新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から委託されて実施した。

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