USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.37〈特集ウシオの新しい取り組み第二回〉 2012年6月発行

光源

データプロジェクタ用NSHランプ

後藤 一浩

1.データプロジェクタの変遷

データプロジェクタの普及に伴い、電子プレゼンテーションの利用頻度も高くなってきた。プレゼンテーションツールとしてのプロジェクタにとって、最も重要特性である「明るさ」は製品競争力を左右し、さらなる高輝度化のために、光源の高出力化や液晶パネルの高透過率化、DMD(Digital Mirror Device)の改良など、プロジェクタの明るさを高める開発が年々繰り返されてきた。また、プロジェクタの明るさを長時間持続させるための光源・光学素子の長寿命化技術も開発が進められてきた。

データプロジェクタ用ランプの本論に入る前に、それらが使われるデータプロジェクタ製品の変遷について触れ、それと同時に、プロジェクタ設計に関する光源技術の変遷についても紹介する。

何を持ってデータプロジェクタの起源とするかには異論もあろうが、パソコンのデータを映し出してプレゼンを行なうという観点でいえば、当初、アメリカなどでは、OHPプロジェクタに液晶パネルを載せてプレゼンを実施していた。これを一体化し、製品化された最初の液晶データプロジェクタでは、解像度はVGA(640x480ドット、当時はパソコンもこの解像度であった)、明るさは数百ルーメン程度のスクリーン光束量を達成するに留まっていた。その後、光源の光利用効率を向上させるインテグレータレンズの開発とパネルの高精細化(SVGA:800×600ドット)によって、高輝度・高精細化の両立を図った商品開発が急速に進み、現在ではXGA(1024x768ドット)表示が主流となっている。さらには16:9のワイドパネル化(WXGA:1280×800ドット)や高精細化(1080P/Full HD)のプロジェクタも開発され、映像を楽しむビデオプロジェクタとの境界も曖昧になってきた。

表示素子としては、上で紹介した透過型液晶以外にも、2000年代には、DMDや反射型液晶表示素子なども開発され、各々の特徴を活かした様々なプロジェクタの製品開発が活発化していった。

これら複数の表示素子が開発される一方で、それらのパネルは各々小型化も進展し、光学系の小型化設計が可能になり、プロジェクタのコンパクト化につながっていった。

 光源としては、OHPプロジェクタの時代までさかのぼると、ハロゲンランプが使われていたが、より小さな液晶パネルに光を集中させるため、初期の液晶データプロジェクタ開発の時点で、より高輝度な光源が求められていた。当社では、最初、150Wのメタルハライドランプを製品化し、その後、光源の長寿命化が実現できる直流点灯方式のメタルハライドランプの量産化を実現し、最大400Wまで製品構成を拡大していった。

プロジェクタの設計変遷と並行して、光源輝点のさらなる小型化(ショートアーク設計)が求められるようになり、従来のメタルハライドランプよりも10倍程度水銀蒸気圧を高めることによって、ショートアークが実現できる超高圧水銀ランプの製品開発が進められ、ショートアーク化・高電力化が推進された。

しかしながら、さらなる高照度化を求めてのランプの高電力化は、ショートアーク化とは逆行する形となり、1灯ではなく、2灯、4灯・・・と複灯合成する光学系設計技術が編み出された。これにより製品設計の組合せ自由度が上がり、最近では超高圧水銀ランプを搭載したプロジェクタでも、複灯合成することで、10,000lmを越える製品化が進んでおり、画質の改善とあわせて、シネマ向けプロジェクタ(eシネマ)領域まで用途が広がってきている。

このように、用途によってはデータプロジェクタという範疇を飛び越えたプロジェクタがあることをお断りしつつ、それらの総称としてのデータプロジェクタ用に開発された超高圧水銀ランプ(当社商品名:NSH)の明るさ向上設計技術と長寿命化技術の動向について紹介する。

図1. データプロジェクタの明るさ変遷

2.超高圧水銀ランプとは ~原理・構造・特性~1)

プロジェクタに用いられる超高圧水銀ランプは、道路照明などで利用される水銀ランプに比べ、はるかに高圧(100気圧以上)で動作し、これは上述したショーアーク化に寄与するとともに、蛍光体などを用いずとも演色性を高められるように、ランプ自身の分光スペクトルを変化させる要因ともなっている。可視域での水銀の発光は、本来、輝線スペクトル(405、436、546、577/579nm)を主とするが、ランプ中の水銀動作圧の上昇に伴い、個々のスペクトル線の広がり、ならびにHg2などの分子発光(420、433、451、464nm)2)などにより、連続スペクトル成分が増加する3)。参考までに超高圧水銀ランプの分光分布特性を示す(図2)。

プロジェクタ用超高圧水銀ランプは、通常、発光管と反射鏡がセットで固着されている。ランプの発光管は石英ガラスから形成され、発光管内部の一対の電極はタングステンから作られる。電極の後端部には薄い金属箔を溶接し、その箔のもう一端部にはリード棒を溶接する。発光管は無機系の接着剤を用いて反射鏡の所定の位置に固定される(図3)。

発光管の内部には水銀が封入される。水銀は元来蒸発しやすい金属ではあるが、本ランプに求められる程度の圧力を得ようとすると、温度の管理が重要となる。ランプ動作中の水銀蒸気圧を、例えば150気圧にするには、発光管内面の最も低い温度(最冷点温度)を約866°C以上、200気圧にするには約921°C以上にする必要がある。しかるに、発光管を形成する石英ガラスは、1150°C近辺になると失透(結晶化)が始まる。失透の開始温度は、アルカリなどの不純物の存在にも大きく影響を受け、1000°Cくらいまで下がる場合もある。ガラスが失透すると、白濁して照度低下の原因となったり、破損の原因ともなる。そのため、所望の水銀蒸気圧を確保しつつ、失透の発生しない温度に維持することは、非常に困難かつ重要である。

発光管内部には微量のハロゲンも封入され、管壁に付着したタングステンと化合物を形成して蒸発する、いわゆるハロゲンサイクルで発光管の黒化を防止している。本ランプがコンパクトな割に長寿命であることの一因となっている。

反射鏡にはホウ珪酸ガラス、結晶化ガラスなど、それぞれの熱的な耐性に合わせて材質が選択される。形状としては、ライトトンネルを用いるDLP系には短焦点型の楕円形状が用いられ、インテグレータ光学系が主流の液晶系には放物面形状が利用されることが普通であった。しかし、最近の液晶系では、コンパクト化のために、長楕円鏡と凹レンズの組み合わせが採用されることが一般的になってきた。また、反射膜として誘電体多層膜が形成され、プロジェクタにとって不要な紫外光や赤外光を透過させ、可視光のみを反射させるようになっている。

ランプの点灯方式にはAC方式とDC方式があるが、ショートアーク化、長寿命化の流れの中でAC方式が採用されることが多くなっている。AC方式では、上述のハロゲンサイクルと駆動方式の工夫により、電極先端にタングステンを帰還させて、突起形状を形成することができ、光学的にも長時間の安定点灯が可能である。駆動方式の工夫の仕方には、当社では、基本の高周波駆動に適宜低周波を挿入する組み合わせ方式“U-drive”4)を開発しているが、点灯時の高周波波形の一部分に、電流パルスを重畳するパルス重畳方式が使用されている例もあり、各社から様々な方式が提案されている。

図2. 水銀動作圧と分光分布特性

図3.超高圧水銀ランプ(交流点灯型)の外観図

3.超高圧水銀ランプの明るさ向上設計技術の動向

プロジェクタ用光源としての明るさ向上には、ランプ自身の高照度化に加えて、ランプから出る光束の光学系での利用率を高めるため、ランプのショートアーク化を進めることが有用である。当社では、1998年に直流点灯方式の超高圧水銀ランプを電力設計150W・極間設計1.3mmで量産化して以来、ショートアーク化設計と高電力化を両立させる取り組みを推進し、現在では、交流点灯方式の超高圧水銀ランプにおいて、低電力設計のランプで電力設計180W・極間設計0.7mmを、高電力設計のランプでは、電力設計450W・極間設計1.1mmの製品化を実現している。

一方で、光学系設計技術の進展により、光学部品(リフレクタ・レンズ)の工夫・改良によって、従来では有効利用できていない光線成分を照明系に取り込めるような技術検討も進んでいる。

図4(a)はランプと楕円反射鏡を組み合わせた例であるが、理論的には、楕円反射鏡は第1焦点から出た光は第2焦点に結像される。しかしながら、ランプの発光管の影響により、第2焦点位置で結像せず、光線の方向も不均一になっていることが見て取れる。

そこで図4(b)のように、発光管の影響分を補正することによって、第2焦点位置で結像されるように改良された反射鏡が開発されている。さらには図4(c)のように、レンズと組み合わせることによって、光線の角度成分(NA)をより小さくし、この後に続く光学系で利用しやすいように工夫された反射鏡とレンズの組合せも開発された。

これらは光学系の設計条件にも因るが、(b)の反射面形状の最適化によって10%程度の明るさ向上が、(c)のリフレクタとレンズ設計の最適化によって、さらに10%程度の明るさ向上が実現できる。これらは、搭載される光学系の設計情報と共にランプ形状情報を考慮して、リフレクタ・レンズ設計を最適化する必要があり、プロジェクタの設計着手段階から、光源メーカとプロジェクタメーカーとの技術協業がますます重要となっている。

図4. 光束利用率を高めるためのリフレクタおよびレンズの改良

4.超高圧水銀ランプの長寿命化技術の動向5)

超高圧水銀ランプの点灯寿命中に生じる現象には、発光管の内壁に電極材料(タングステン)が付着して起きる黒化や、発光管材料の石英ガラスが結晶化して起きる失透(白濁)がある。これらの現象は発光管を通過する光を遮り、光線透過率が低下してしまう。また、電極の損耗が進むために、電極間隔が拡大してしまう。これは輝点の拡大をもたらし、光学系の光束利用率を低下させる。

いずれの現象もプロジェクタの照度低下の要因となり、プロジェクタの寿命時間を延長するためには、これらの現象を解決することが必要となる。

 超高圧水銀ランプは、上述したとおり、発光管内部には微量のハロゲンが封入され、管壁に付着したタングステンと化合物を形成し蒸気圧が高くなるため、適正な動作温度条件下において、いわゆるハロゲンサイクルが機能して発光管の黒化を防止している。このハロゲンサイクルが機能的に働くように、適正なランプ温度分布ならびに発光管に応じた封入設計を見極めることが重要である。

発光管材料の石英ガラスの超高純度化に加え、ランプ製造工程での発光管内への不純物の持込を最小化することで石英ガラスの結晶化は抑制され、失透を防止している。また、黒化による温度上昇も失透の大きな要因であり、上述の黒化防止技術は失透の防止にも貢献している。

これらのランプ設計・製造工程の改良により光線透過率の維持が図られてきたが、もう一方の光束利用率については、ランプ駆動方式の改良により長寿命化の取り組みが進んできている。

超高圧水銀ランプでは交流点灯タイプが主流となっているが、極性反転して陰極動作に移る際の熱電子放出を安定させることと、アークジャンプを抑制させるためには、電極先端温度のコントロールが重要であり、それには電極先端突起の形状維持が必要である。

当社では、基本の高周波駆動に適宜低周波を挿入することにより、電 極 先 端 突 起 の 形 状 を 維 持 する“U-drive”方式を開発・適用してきた(図5)。

しかしながら、従来駆動方式“U-drive”においても、寿命末期では、電極間隔の拡大、電極先端突起の位置ズレによる照度低下が生じており、さらなる寿命延長を実現するには、これら寿命末期の現象も抑制する必要があった。

着目する点は、電極先端の突起の大きさはランプ電流の変化によって影響を受けるが、点灯初期に最適化されたドライブでは、寿命中の電極損耗とともに突起の溶融と固化のバランスが崩れてきて、大きな電極変を生じたり、突起の位置ズレ・電極間隔の拡大が生じることであった。

これらには、ランプ電流に応じて、電極の先端突起における所定部分の温度を一定に維持するような挿入低周波の周波数をフレキシブルに選択することが効果的な手段として検討が進められた。実際のランプ電極設計をモデルとして、動作中の電極先端付近の温度特性を、高周波動作時と低周波動作時の各々で見積もった(図6)。

従来駆動方式の場合は、ランプ電流特性に応じて電極先端温度が変化するために、電極先端部の突起部の大きさへ影響が生じ、寿命中の電極形状を一定に保つことが難しくなる。しかし、ランプ電流特性に応じて適切な挿入低周波の周波数選択がなされると、ランプ電流に応じて電極先端の動作温度に与える影響を抑制できることが、シミュレーションの結果から想定された(図7)。

この見積もり結果を実際のランプ寿命評価により効果確認を行った。短期的なランプ電圧変動が抑制されると共に、経時的な電圧上昇も抑制されることが実証された(図8(a)(b))。また、光学系を通した投影面での照度維持特性も、従来の約2倍程度に延長されることが確認された(図9)。

これら複雑な駆動仕様が可能になった背景には、点灯電源のデジタル化によって、ランプ挙動を随時確認しながら、それに合わせて、都度、細かい精度の制御が可能になってきたことが貢献している。

ランプ内部の物理現象の理解の進展と、光学設計技術ならびに電気回路技術の向上により、明るさ向上や長寿命化に大きな進展が見られた。今後も、引き続き様々な工夫・検討によって、高効率・長寿命の光源を開発していく所存である。

図5. 従来駆動方式 (U-drive)の波形

図6. 周波数を変えたときの電極動作温度シミュレーション

図7. 各周波数による電極先端温度のシミュレーション結果

図8.各駆動方式でのランプ電圧挙動の経時変化

図9.新駆動方式(ADC)と従来駆動方式 (U-drive)の照度寿命特性比較

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