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光技術情報誌「ライトエッジ」No.37〈特集ウシオの新しい取り組み第二回〉 2012年6月発行

シネマ/特殊映像/デジタルサイネージ・メディアファサード

日本における特殊映像
「3D・VR・シミュレーション」の動向

半澤 衛 (CDS日本支社)

1. はじめに

ウシオ電機と映像産業との関わりは、54年前の1958年、牛尾工業(ウシオ電機の前身)が日本で初めて商品化したシネマ映写機用のキセノンランプから始まる。その後、ウシオ電機はこのシネマ用ランプで世界のトップメーカーとなるが、1992年、ランプの大口納入先であり、シネマ映写機メーカーであった米国のChristie(クリスティ、現Christie Digital Systems)を買収。これによってウシオ電機は、シネマ映写システムをトータルに製造・販売する集団となった。

ウシオグループに仲間入りしたChristieは、90年代以降、シネマコンプレックスやマルチコンプレックスシアターの世界的広がりとともに業績を拡大し、シネマ映写機で世界のトップメーカーに成長した。そして1999年、未来型デジタルプロジェクターの開発パートナーとして、優れたデジタル映像技術をもち、監視制御システムや高性能デジタルプロジェクターなどを製造・販売するカナダのELECTROHOME 映像事業部門を傘下にし、社名を現在のChristie Digital Systems(以下CDS)に改称した。

翌2000年、CDSは、テキサス・インスツルメンツが開発したデジタル映像光学素子「DLP®」の独占販売契約を同社と締結し、世界に先駆けてフィルムの不要なデジタルシネマプロジェクターを開発。並行してノンシネマ分野における大型デジタル映像システム、特殊映像システムなどの開発にも注力し、デジタル映像のハードやソフトを基盤に、映像プロバイダーとしてのソリューションビジネスを展開している。

本稿では、日本のノンシネマ分野における「特殊映像」の動向について、立体映像(3D)、バーチャルリアリティ映像(VR)、シミュレーション映像を取り上げて説明する。

2. 立体映像(3D)市場

立体映像(3D)の定義は「プロジェクターを使用した立体映像表示」である。その代表的な方法として、「偏光立体方式」「時分割立体方式」「色分光立体方式」などがある。

ここでは「偏光立体方式」と「時分割立体方式」を中心に述べる。

(1) 偏光立体方式

「偏光立体方式」は、視差を変えた左右の映像を各々個別に映像信号として、コンピュータ等の映像ソースから2台のプロジェクターに送出する方式であり、「パッシブステレオ」とも言う。

この方式は、2台のプロジェクターがスクリーン上で互いの映像にズレがないよう、画角などを合わせる必要がある。

1台のプロジェクターからは「右目の映像」を、もう1台のプロジェクターからは「左目の映像」を同時にスクリーン上に投影する。しかし、この時点では、肉眼で見ると、左右の映像がスクリーン上でズレた映像として視認されるだけで、3Dには見えない。そこで2台のプロジェクターのレンズの前に特殊な偏光フィルター(円偏光、縦横偏光など)を取付け、さらに右目と左目に同じ偏光フィルターを取付けた3Dメガネを装着する。これによって、3Dメガネをかけた被験者は、右目には右目だけの映像を、左目には左目だけの映像を見ることとなり、立体視が可能となる。

偏光立体方式は、3Dメガネが比較的低価格であることから、不特定多数の被験者に3D映像を提供する映画館やアミューズメント施設などで利用される場合が多い。ただし、偏光立体方式はスクリーンの反射効率を高くしなければ、偏光が解けて正しい立体表示ができない。このことから、スクリーンをシルバースクリーンにするなど、高ゲイン型を用意する必要がある。

この方式において、CDSはデジタルシネマプロジェクターのSolariaシリーズ、また立体視対応プロジェクターのMirageシリーズモデルをリリースした。3D映画ブームに伴い、大手シネマコンプレックスでは、立体視対応のデジタルシネマ機の普及が進んでいる。また、大学や研究機関、製造業などでも3D映像のニーズが増え、Mirageシリーズは数多く採用されている。

図1. Passive stereoscopic viewing‐single projector

(2) 時分割立体方式

「時分割立体方式」は、1台の特殊な3D専用プロジェクターを使う方式であり、「アクティブステレオ」とも言う。

この方式は、まず、コンピュータなどで、映像ソース側から左右の視差を変えた「左目用」と「右目用」の映像を1秒間に96~120回の速度で、交互に3Dプロジェクターに送出し、3Dプロジェクター側も同じ速度で左右の映像をスクリーンに投影する。次に、プロジェクターから同期信号を受けた赤外線発光装置※1が特定の空間に赤外線を出し、この赤外線信号受信器を内蔵した3Dメガネ※2が、左右の映像が投影されるタイミングに同期を合わせて、メガネの左右の液晶を「ON/OFF(開閉)」にする。これにより、右目には右目だけの映像が、左目には左目だけの映像が見える仕組みとなる。

この方式において、CDSはデジタルシネマプロジェクターのSolariaシリーズ、また立体視対応プロジェクターのMirageシリーズモデルをリリースした(SolariaシリーズもMirageシリーズも、偏光立体、時分割立体の両方式に対応している)。特に時分割立体方式が使われているのはバーチャルリアリティ用装置で、大学や研究機関はもとより、製造業の設計・デザインレビュー用に普及が進んでいる。最近は、Mirageシリーズでも、WUXGA解像度など、高解像度のモデルの採用が多い。

  • ※1.通常「エミッター」という。
  • ※2.通常「液晶シャッターメガネ」という。

図2.Active stereoscopic viewing‐single projector

図3.Active stereoscopic viewing‐multiple projectors

3. バーチャルリアリティ(VR)市場

「時分割立体方式」の3Dプロジェクターは、1980年中頃、前述のELECTROHOMEが製品化し、主に大学・研究機関において、大型スクリーンにコンピュータデータを3D表示する用途で利用されはじめたが、3Dプロジェクターの本格的活用のきっかけは、VRの登場であった。

「VR」の定義は、「実際に存在する物体、現象が、あたかも目の前に存在するかのごとく仮想空間の中で視認できること」である。

(1) 没入型表示システム「CAVE」

1994年、米イリノイ大学がELECTROHOME製の3Dプロジェクター4台と1辺3mの正方形スクリーン4面(正面、左・右面、床面)で構成した没入型表示システム「CAVE(ケイブ)」を開発。日本においては、このCAVEまたはCAVEライクが、東京大学や東京工業大学などの各大学で導入が加速した。

VRの導入目的は、当初は「VRの研究」が主流であったが、2000年以降、大学・研究機関では、分子構造、気象現象、流体解析など、「VRの実践的な活用」にシフトし、コンピュータ側の高性能化や低価格化もあって、VRの導入が積極化した。また、自動車会社をはじめとした製造業界においても、「ものづくり」の場面でVRを活用する機運が急増した。

(2) CDSジャパンが開発した「HoloStage®」

これらの市場ニーズに応えるため、CDS日本支社は、2005年に没入型表示システム「HoloStage®(ホロステージ)」を開発、製品化した。

HoloStage®は、従来型のCAVEに比べてスクリーン面積が大きく、3Dプロジェクターも自社の最新型3D対応DLP®プロジェクターを採用した。ヘッドトラッキング装置も、精度の高い最新型製品を組み合わせることで、自動車や建物などの大型製品においても、多面空間の中に高精細で実寸表示ができるようにした。

HoloStage®の用途を以下に記す。

  • ・ 大気や海流、温暖化などの地球現象の可視化シミュレーションや分析
  • ・ 地震・津波・台風など、災害発生時の防災シミュレーション
  • ・ 磁場・ゲノムなど肉眼では見えない事象の数値化の可視化
  • ・ 医療分野におけるCTスキャンデータの可視化
  • ・ 建築物の実寸大表示のよる建築シミュレーション
  • ・ 自動車や船、航空機などのデザイン検討
  • ・ 人間工学、設計・解析などの分野での活用

神戸大学は、2011年春にHoloStage®を導入し、理科学研究所のスーパーコンピュータ「京」で計算した数値データをHoloStage®で可視化し、各種の研究用途で活用している。ちなみに神戸大学ではHoloStage®を「π(パイ)-CAVE」と呼称している。

写真1. 顧客のニーズをフルカスタム設計して構築する没入型表示システム「HoloStage®」
プロジェクターはMirageシリーズを使用し、その他PCクラスター、VR用ソフトウェア、ヘッドトラッキングシステムを組み合わせる。自動車や建築物の設計・デザインレビューや、科学計算データのビジュアライゼーション(可視化)などで使われている。

写真2.Chrisie Mirage Mシリーズ
Mirageシリーズは、1台で立体視を可能とするプロジェクター。しかも偏光立体、時分割立体の両方に対応している。クセノンランプ搭載モデルとNSHランプ搭載モデルのMirage Mシリーズの2タイプがあり、バーチャルリアリティ用映像表示システムで使われることが多い。

写真3.神戸大学の統合研究拠点に設置された「π-CAVE」
科学計算データの可視化で活用できるように設計されており、医学、薬学、流体力学、土木工学、地球物理学、天文学など様々な研究分野の研究者たちがこの設備を利用し、2次元データでは見つけにくい現象を3D表示システムの中で発見しようと、この設備を利用している。

最新型HoloStage®は東海村の原子力研究所でも採用されている。さらに製造業市場においても、自動車会社や重機メーカーなどを中心にVRの導入が加速している。

主な導入の狙いは、

  • 1 ) コスト削減
  • 2 ) 開発期間の短縮
  • 3 ) 各部門間のコミュニケーション強化

などである。

自動車会社を例にすると、新車開発の工程で必ず実寸大のクレーモデル(フィジカルモックアップ)※3を数台製作する。しかし、クレーモデルの製作コストは膨大であり、製作時間も甚大である。

HoloStage®のようなVRシステムを導入すれば、デザインCGや設計CADデータを、そのままリアルタイムに眼の前の空間に実寸表示ができる。これにより、早い段階で問題部分を的確に把握でき、改善点をその場でフィードバックできる。

特に自動車の内装や人間工学等でのVRの導入効果は大きい。例えば自動車のAピラーの形状や太さによっては、交差点で右左折する際に歩行者が見えにくいなどの問題が生じる。従来は実寸のクレーモデルを製作してみて初めて発見できるこれらの問題事象を、VRでは早い段階で確認することができる。このため、開発工程の効率化および不要なクレーモデルの製作コストの削減が促進できる。コマツではHoloStage®を導入し、重機のアーム部分の可動検査や運転席からの視認性、安全性など、設計開発で活用している。

このように、HoloStage®は、日本国内の自動車会社、重機メーカー、造船会社などを中心に、デザイン部門、設計・生産技術部門、解析シミュレーション部門などでの導入が促進されている。

※3.クレーモデルであるフィジカルモックアップに対して、HoloStage®に代表されるVRで表示するモデルを「デジタルモックアップ」と呼ぶ。

4. シミュレーション市場

最後に、シミュレーション市場について述べる。同市場は、大きく以下の2つの分野に分けられる。

1) 3D表示が主流の分野――VRによる可視化

  • ・ 自動車の内燃機関の解析シミュレーションや衝突解析シミュレーション
  • ・ 大学・研究機関における流体解析、土木建築シミュレーション

2) 2D表示が主流の分野――航空機、船、自動車などの操縦、操船、運転訓練

これらは実機に乗る前、あるいは完熟訓練の一環としてプロジェクターを利用した訓練装置である。

2) の場合、実際の現場とそん色のない「リアル感」が最重要視されるため、プロジェクターには「解像度」「色再現性」などが要求される。また、ドームスクリーンなど変形スクリーンに対して、複数台のプロジェクターで「シームレス」映像を投影することが要求される。

CDSでは、当市場向けに、シミュレーター専用プロジェクター「Matrix(マトリックス)シリーズ」を商品化しており、米国では、陸軍のヘリコプター操縦訓練、戦闘訓練用シミュレーターで多用されている。

日本市場においては、Matrixシリーズをはじめ、CDSの各種のDLPプロジェクターが、自衛隊の航空機操縦練シミュレーターや操船シミュレーター、民間操船シミュレーター、自動車のドライビングシミュレーターなどで利用されている。

写真4.シミュレーション用に特化して設計されたChristie Matrix StIM
LED光源を使いNVG(ナイトビジョンゴーグル)に対応する。戦闘訓練用シミュレーション装置など、特にミリタリー市場で普及している。

写真5. US Air Force, Air Education and Training Command (AETC)の操縦シミュレーション用設備
Christie Matrixシリーズ製品が使用されている。

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