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光技術情報誌「ライトエッジ」No.38〈特集号第三回〉 2012年10月発行

医療の光

キセノン光線治療器

木村 誠

1.はじめに

炭素弧光灯治療器は、およそ100年前、Niesls Finsenがカーボンアーク灯(フィンゼン灯)の光線を用いて常性狼瘡を治療し、ノーベル生理学・医学賞(1903年)を受けたことから、世界的に広まった。

当時、欧州では、日常生活に必要な紫外線の不足から、不治の難病であったくる病に悩まされていた。カーボンアーク灯は公園などの広域照明に用いられており、夜な夜な、暖を求めてカーボンアーク灯に集まる浮浪者たちのくる病が、薬も使わず治癒したことをきっかけにして、カーボンアーク灯に含まれる紫外光の治療効果が発見された。

「キセノン光線治療器」は、このカーボンアーク灯の短所を改善し、使い勝手をよくしたキセノンフラッシュランプやキセノンランプ(キセノンショートアークランプ)1)を光源に用いた治療器である。

カーボンアーク灯

2本のカーボン(「+」 極と 「-」 極)を接触させて電流を流し、カーボンを離すと電極間にアークが発生する。このアークによって電極は高温になり、「+」 極の先端には 「-」 極からの電子の働きでくぼみ(クレータ)ができ、ここから強烈な光が放射される。この光を利用したものがカーボンアーク灯である。しかし、光色は青白く低効率であり、安定器、電極の送り装置など操作上の複雑さのほか、光の不安定さ、騒音、カーボンの蒸発にともなって起こる空気の汚れなど、短所が多い。

キセノンフラッシュランプ

フラッシュランプは放電ランプの一種で、閃光ランプとも呼ばれている。通常の連続発光をする蛍光ランプや水銀ランプに比べ、瞬間的には1万倍以上の高い強度の光を放射する。フラッシュランプは、目的に応じて特定のガスが封入されるが、発光効率が高いこと、発光電圧が低いこと、不活性ガスのため構成材料の選択が容易なことなどから、キセノン(Xe)ガスが主に用いられ製品化されている。キセノンガスの封入圧力は1-0.1気圧程度、あるいはそれ以下で、発光時の温度は数千度から一万度程度になる。その結果、キセノン全体のガス分子の数ないしは数十%が電離し、Xe+と電子に分離される。放電中の電子は電場によって加速され、エネルギーを得る。この高エネルギー電子は封入ガス分子に衝突し、それを励起または電離する。

このようなエネルギー転移過程において、光は次のような過程で放出される。

  • (1) 励起分子がより低い励起状態へ転移するときの、初めと終わりの状態間のエネルギー差の波長の光が線スペクトルで発光。
  • (2) 自由電子がイオンに捕獲(再結合)されるとき、自由電子の運動エネルギーが光に変わり、連続スペクトルとして発光。
  • (3) 自由電子がイオンまたは他の電子近くを通過するとき、両粒子間は静電場のため、自由電子は減速し、連続スペクトルを放出。

上記の(1)から(3)の光が同時に放出されるため、フラッシュランプの場合は(1)の輝線スペクトルは(2)(3)に対し弱くなり、はっきり認められないこともある。図1に、代表的なキセノンフラッシュランプ(殺菌用)の分光分布図を示す。

フラッシュランプは当初、1960年にMaimanによってルビーレーザ励起用に使用され、その後、固体レーザ(ガラス、YAG等)励起用として、キセノンガスを封入したフラッシュランプが多用された。現在では、小型なものでは、カメラやゲーム機などの写真撮影用、タイミングライトやディスプレイなどの照射用、旅客機や超高層ビルの高所などの信号用に、大型なものでは、半導体の加熱用2,3)、OA機器や製版機の画像用、殺菌、前述のレーザ励起などに用いられている(図2、3参照)。ランプ設計範囲は広く、1ショットのパルスエネルギーは1mJ~105J、パルス幅は1μs程度~100ms程度、発光の繰返しはシングルショット~数十KHz程度まで可変可能である。

図1.代表的なキセノンフラッシュランプの分光分布図(殺菌用)

図2.さまざまなタイプのキセノンフラッシュランプ(ウシオ電機製)

図3.直管型キセノンフラッシュランプの構造(ウシオ電機HP「光技術用語解説 」より)

キセノンランプ

図4に代表的なキセノンランプ(キセノンショートアークランプ,図5,6参照)の分光分布を示す。キセノンランプは、1957年に牛尾工業(ウシオ電機の前身)がシネマ映写用として開発し、その後の1964年には、世界で初の水平点灯型がウシオ電機で開発されている。

キセノンランプの光は出力波長そのものがブロードで、IR域に強い輝線を持っている。このため冷却が十分必要であり、フィルタ等でカットしても、発熱を伴う放射光の一部が直接患部に照射され、患者に熱感を与えるといった問題がある。このことから、熱傷を与えず治療効果をあげることが最大の課題である。しかしながらキセノンフラッシュランプと同様に、紫外線から赤外線にかけてブロードな波長を有していることから、炭素弧光灯治療器と同じく、いろいろな疾患の治療の効果が期待できる。

図4.代表的なキセノンランプの分光分布図(700wシネマ映写用)

図5.キセノンランプ(ウシオ電機製)

図6.キセノンランプの構造(ウシオ電機HP「光技術用語解説」より)

2.キセノン光線治療器

キセノン光線治療器の薬事上の定義は「、紫外線光、可視光、赤外光を用いて、皮膚の血流改善により創傷治療や火傷による傷の再生促進を行う装置」となっている。

低エネルギー長時間型と高エネルギー単発型

本装置は、次のように、大きく(A)と(B)の2種類に分類することができる。

(A)連続光のキセノンランプや単発光のキセノンフラッシュランプを用いて、血流改善を行い、創傷治療や火傷による傷の再生促進に用いられるもの。

(B)別名IPL(Intense Pulsed Light/インテンスパルスライト)と呼ばれ、異常な色素細胞(しみの原因)や血管が皮膚の一部に集中してできた赤アザや、メラニンの増加によって生ずる茶アザなどの治療、また美容分野(脱毛、しわの改善)に対するもの。

(A)と(B)は主に照射エネルギーが異なる。(A)では、少ないエネルギーで長時間照射するのに対し、(B)では、高いエネルギーを単発で照射することが多い。

装置の構成の違い

次に(A)と(B)の装置構成の違いについて述べる。

(A)の装置では、キセノンランプを用いた場合、ランプに簡単なリフレクタを付け、熱線カットフィルタを介して距離をとって照射するものが多い。キセノンフラッシュランプを用いた場合では、ランプ、リフレクタ、フィルタが入ったランプハウスそのものを、患部に接触させて照射するものが多い。これは、キセノンランプの場合の輝点(ランプの光っている点)は点状に近く、光のコントロールが容易にできることに対し、キセノンフラッシュランプの場合は輝点が線状になっているため、ランプから照射した光のコントロールが難しいことから、直接患部に照射する構造になっている。

(B)の装置では、フィルタを用いて患部のみが吸収する光を照射する。正常な皮膚には吸収されず通り抜け、標的となる異常な色素細胞にのみ吸収され、そこで熱を発し、異常細胞を消滅する。周囲組織と変わりない正常な皮膚が治療部分に再生され、その色素細胞のみを選択的に治療するものである4)

治療のメカニズム

(A)の装置は、現在では、尋常性ざ瘡(ニキビ)、褥瘡(床ずれ)の治療に用いられている。尋常性ざ瘡の治療メカニズムとして、毛包や皮脂腺内のP.Acnes( ニキビ菌)が産出するポルフィリンに対し、ポルフィリンの励起波長である400~700nm付近の光を照射し、ポルフィリンが光吸収され活性酸素を発生し、P.Acnes自体や皮脂腺を破壊する。さらに660nm付近の光が血管やニキビの赤みに吸収され、炎症性のニキビやニキビ跡の赤みを抑え、赤外線の温熱効果が局部の血行を促進し、ニキビ菌自体を熱殺菌する5)。また、褥瘡の治療は、近赤外線や可視光により照射部位を加熱し、細胞を活性化させ、皮膚の再生を促進し、褥瘡の治療を行う。

(B)の装置を用いた肝斑(しみ)やあざの治療の作用機所は、肝斑のある色素細胞周辺に、色素異常細胞のみに吸収される光を照射し、そこで熱を発し、異常細胞を消滅する。周囲組織と変わりない正常な皮膚が治療部分に再生されるものである。高いエネルギーを短い時間照射することから、皮膚表面の温度上昇を抑えるために、装置にクーリング機構を設けたり、光透過型のゲルを装着したりして光照射を行うなど、温度対策が施されている。

図7. キセノンフラッシュランプを用いた治療機器の一例
(日本医広社HPより)

図8. キセノンフラッシュランプが入ったランプハウス
(日本医広社HPより)

3.キセノン光線治療器の可能性

現在、日本で薬事認可を受けている疾患は、褥瘡(床ずれ)や火傷の皮膚の再生に限られているが、最近の使用例では、自由診療として「肝斑(しみ)の改善、にきび改善、アンチエイジング(しわの改善)」に、美容分野においては「脱毛、脂肪取り、豊胸」などに用いられている。特に医療行為として、医師指導のもとで行われる行為であれば、光過敏症やスキンタイプの敏感な患者には照射しないという対応をとった上で、薬剤の投与もできる。

しかし、美容分野で医師以外の作業者が取り扱うことに関しては、これらの対処ができない上に、やけどの問題もあり、認められていない。

しかしながら、海外では「美容皮膚科」が盛んに行われ、美容サロンに医師がいる例も多く、美容に近い行為を医師が行うこともある。日本では、エステサロンでこれらの機器を用いた事故があり、医師不在のもとでは十分な注意が必要である。同時に、作用や効果の解明、細胞に与える単長期的な副作用を学術的に明確にし、医学的な観点から十分な議論が必要と考える。

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