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光技術情報誌「ライトエッジ」No.38〈特集号第三回〉 2012年10月発行

MEMSの光

真空紫外光を用いた接合技術と
μTASへの応用

加藤 晃、森田 金市

1. はじめに

MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)デバイスは、既に、位置・角度、圧力、加速度など、数多くのセンサに利用され、さまざまな分野で活用されている。中でも、MEMS技術を利用したμTAS(micro totalanalysis)デバイスは、医療・バイオ分野において、免疫センサ、酵素センサに利用され、これらの実用化によって、用途の拡大が期待されている。

μTASデバイスは、数mmから数cm角の一つのチップ上に、さまざまな流体デバイスが微細加工技術を用いて集積化されたデバイスである。一連の電気化学操作を、高速かつ高精度に行うことが可能であり、さらに、コンパクトで自動化されたシステムを実現することが可能である。その潜在市場は2,000億円(*1:当社調べ)と想定されており、今後、さらに用途の拡大が期待されている。

μTASは、主にガラスやシリコン、プラスチックを基板材料とし、一般に、一対の基板が対向して接合された構造をしており、一つの基板の表面には微細な流路が形成されている。他方、高いフォトンエネルギーを有する真空紫外光は、精密ドライ洗浄、表面改質技術の要として、FPD製造や半導体製造で利用されている。中でも、波長172nmのXeエキシマ光(以下172nm エキシマ光、48ページ参照)は、前述の情報技術分野にとどまらず、昨今では、さまざまな分野で利用されるようになってきた。医療・バイオ分野においても、マイクロチップの高信頼性、高性能化を実現するための製造ツールとして期待されている。

ここでは、172nm エキシマ光を用いたμTAS分野の接合技術とその応用事例について紹介する。

2. 172nmエキシマ光を用いた表面活性化による常温接合

一般に、2つの基板の接合には接着剤が用いられているが、μTASでは、構成する2つの基板の接合に接着剤を用いた場合、接着剤が分析すべき反応系に悪影響を与えるという問題がある。他の接合手段として、例えばSi(シリコン)基板とガラス基板の接合には、温度300~500°Cに加熱した状態で基板間に電圧を印加する陽極接合法がある。また、PDMS(ポリジメチルシロキサン)基板とガラス基板の接合には、PDMS基板の自己溶着性を利用した手法がある。しかし、前者は、基板を加熱しながら電圧を印加するため、大掛かりな装置が必要であり、後者は、接合された基板の接着強度が弱いため、密閉状態を保持できなくなるなど、それぞれに問題が挙げられている。このような問題の解決手段として、172nm エキシマ光を用いた接合技術が期待されている。

172nmエキシマ光による精密洗浄・表面改質の原理は、高いフォトンエネルギーを持つ172nmエキシマ光が基板表面の有機コンタミネーションを分解し、同時に、酸素に吸収されて活性酸素を発生させ、基板表面から不純物を除去するというものである。一般に、不純物が除去された基板表面には親水性官能基(-OH基、-COOH基)が形成され、この基板同士を重ね合わせると、接合界面では水素結合が生じ、さらに、共有結合よって接合が可能になると考えられている(図1)。また、熱を加えることで、さらに強固な接合が得られることがわかっている。

図1.172nm Xeエキシマ光を利用した接合原理

3. PMMAを用いたセンサチップの低温直接接合

PMMA(ポリメチルメタクリレート)は、光学特性や機械的強度の良さと、ガラスに比べて軽量で安価であることから、マイクロチップに用いられている。

早稲田大学庄子研究室では、PMMA基板(一方にエンボス加工によってマイクロチャネルを形成)同士の接合において、いくつかの表面活性手法の違いよる接合強度比較の研究発表(*2:APCOT2006)をしている(図2)。比較に用いた表面活性手法は、Atmospher icPlasma(大気圧プラズマ)、Vacuum Plasma(真空プラズマ)、UV/O3( 低圧水銀ランプ)、VUV/O3( 172nmエキシマランプ)である。

これによると、加熱および加圧を行うことで、大気圧プラズマによる表面活性手法の場合、接合強度は増加するが、172nmエキシマランプによる表面処理では、20、50、70°Cの各温度において、大気圧プラズマより安定した接合強度が得られることが報告されている。この結果から、172nmエキシマ光は、比較した手法の中では、接合界面を劣化させず、結合反応に必要なラジカルを効率よく生成できる手法であることがわかる。

図2.表面活性手法の違いによる接合強度比較

4.血液チップの親水化処理

生体分子をマイクロチャネルに流す場合、生体分子が流路壁面に吸着して、収量低下の問題を引き起こす。このような問題に対して、緩衝液への界面活性剤の添加やシリコンコートされたチューブの使用などの対策がとられている。

早稲田大学庄子研究室では、MDA(ジアミノジフェニルメタン)とMDI( ジアミノメタンジイソシアネート)を単量体として蒸着重合させたポリ尿素膜を、172nmエキシマ光を用いて親水化処理したPMMA製血液チップの開発を報告している。開発実験に用いた表面処理装置の構成を図3に示す。ポリ尿素膜を成膜した基板をチャンバー内に入れ、真空引きした後、酸素を所定の圧力値まで導入する。UVランプ(172nmエキシマランプ)を点灯させることで、高密度のオゾンが発生する。親水化の効果を確認した純水接触角の経時変化を図4に示す。また、毛細血管と等価の幅6μm、深さ5μmの微細チャネルを有するPMMA製血液チップの表面に、成膜したポリ尿素膜をこの方法で親水化した後、実際にヒトの全血を流し、抗血小板および白血球粘着性の評価を実施している(図5)。

172nmエキシマ光の処理によって、処理後の接触角は15°以下を示し、約2ヶ月経過後も20°以下を維持している。この親水化方法をPMMA製血液チップに応用したところ、微細チャネル通過前における血小板や白血球の粘着は見られなかったと報告されている。

図3.表面処理装置の構成

図4.接触角の経時変化

図5.血液流動試験結果

5.おわりに

低温接合、親水化処理のμTASへの応用について事例を紹介した。紹介した技術は、μTASのみならず、他の分野・用途への応用が可能である。我々は、今後もさまざまなニーズにお応えできるよう、光技術の可能性を追求し、さらなる応用開発を進めていく所存である。

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