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光技術情報誌「ライトエッジ」No.43(2016年04月発行)

大学研究室を訪ねて Campus Lab㉘

マイクロ・ナノテクノロジーを
利用した生体成分の分析デバイスの開発

日本女子大学 理学部物質生物科学科
佐藤 香枝 先生

理想の生き方を見いだして、輝き続ける女性になる。
―日本女子大学

日本女子大学は1901年(明治34年)に日本で最初の総合的な女子高等教育機関として成瀬仁蔵により創立されました。創立以来、女子を「人として」「婦人(女性)として」「国民として」教育するという建学の精神をしっかり受け継いできており、創立者の残した‘信念徹底’‘自発創生’‘共同奉仕’の三綱領は日本女子大学に学ぶ者の大きな羅針盤となっている。

日本女子大学は「自ら判断し、自ら決定し、自ら実行する力を身につけ、社会に貢献できる人物を養成する」という自学自動主義のもとで、社会に貢献する数多くの卒業生を輩出している。大学教育とは既に完成した人物を世に送り出すことではなくて、自ら成長し完成させていく力をもち、その方法を知っている人材を世に送り出すことであり、単なる知識や技能の習得、資格の取得にとどまらず、まさに生きるための基礎となる力をつけるのが日本女子大学の教育として、女性が社会で力を発揮できる思考力と実践力を育んでいる。

特に近年、社会における女性の活躍は目覚ましいものがあり、そのフィールドは日本のみならず、世界中に広がっており、すべての女性は、あらゆる可能性を秘めており、日本女子大学では、一人ひとりの未知なる可能性を引き出しながら、知性と個性に磨きをかけ、自分らしく生きるための一歩を踏み出す力を養っている。

▲ 日本女子大学 目白キャンパス:目白キャンパスは有楽町線「護国寺駅」から徒歩10分、副都心線「雑司ヶ谷駅」から徒歩8分の立地に恵まれているキャンパスで、敷地面積は、64,837m2(東京ドーム 約1.4個分)。現在、家政学部・文学部・理学部の学部生そして大学院生が学んでいる。

日本女子大学 理学部物質生物科学科 分析化学研究室

私立の女子大学で唯一の理学部であり、数物科学(数学と物理をを学ぶ学科)と物質生物科学(化学と生物学を学ぶ学科)の2学科からなる。物質生物科学科は、「化学」と「生物学」、および両者の境界領域である「分子生命科学」の3分野から成り立ち、今注目されている環境問題やバイオテクノロジー領域などについても学ぶことができる。分析化学研究室は2009年度に設置された研究室であり、マイクロ・ナノテクノロジーを利用して、細胞、タンパク質、DNAなどの生体分子の新しい分析法を開発している。

▲研究室の皆さん(佐藤先生を囲んで)

▲佐藤研究室のある80年館

▲ 成瀬記念館:創立80周年記念事業の一環として、1984(昭和59)年に竣工。正門入って左手に建つ赤煉瓦のロマネスク調の建物です。本学の創立者 成瀬仁蔵の教学の理念と学園の歴史を明らかにし、広く女子教育の進展に寄与することを願って設立された。アーチ型の鉄の扉を押してロビーに入ると、そこにはステンドグラスを通した光が柔らかに満ちています。大きな節目のある厚みをもった木材と、白い壁で構成された館内は、学園内で最も静謐な空間でもある。

マイクロデバイスを用いた生体分子の分析化学

マイクロデバイスとは、髪の毛ほどの細い流路を持つガラスやプラスチック、シリコーンゴムの板です。この流路を実験室で使う試験管に見立てて実験をすることができます。たとえば、化学反応をこの流路の中で行うと、試薬はたった一滴しか必要ありません。図1はマイクロデバイスを反応容器にして細胞内のミトコンドリアDNAを分析した例です。一方、マイクロデバイスを使って、小さい組織モデルを作ることもできます。図2に示すように、流路の中に血管内皮細胞を培養して、ポンプで培養液を流すと、毛細血管のモデルができます。

▲ ①HeLa細胞の培養の様子を観察 ②③マイクロチャネル内で光硬化性樹脂を硬化

▲ ④がん遺伝子の検出に用いるマイクロ送液システム ⑤培養細胞の継代を行っている様子 ⑥培地をCO2インキュベーター内にあるマイクロデバイスに供給しながら細胞を培養 ⑦女子学生ならではのユニークで分かりやすい手順書 ⑧日本女子大学のロゴの形に露光することで、ロゴマークの入ったマイクロチップを作成

「血管・リンパ管細胞共培養」「マイクロサイズ」「流れ刺激の負荷」「物質透過」を実現するデバイス開発

がんや高血圧、感染症からむくみまで、難治性と呼ばれる疾患の中には血管が関与しているものが多くある。例えば抗がん剤が効かないがんの場合、血管壁およびその周辺が特徴的で、血管に投与した薬剤のがん組織への供給が阻害されている可能性も示唆されている。現在、血管の研究方法は、動物実験および体内から取り出した血管の細胞を用いた実験の2種類である。動物のモデルはヒトと異なった応答をする場合もあり、また培養細胞は体内と異なる環境で培養されたものであり、これもまた生体内の応答を再現していないことも考えられる。病気の仕組みが明らかになっていないものは、現在の研究方法では適切なモデルが出来ていない。そこで培養細胞をマイクロ流体デバイス内で培養し理想的なモデルを作ることを着想した。透明な素材で作製したマイクロチャネル内に数十から百μmの微小な血管やリンパ管を再現し、顕微鏡などで観察しながら、血管の透過性試験の実証を行い、病態解明の糸口を見つけ出すべく研究を進めている。


佐藤先生に聞く
マイクロ・ナノテクノロジーを利用した生体成分の分析デバイスの開発

難治性の病を治す基礎技術を

Q.先生は「マイクロ・ナノテクノロジーを利用した生体成分の分析デバイスの開発」という研究をされておられますが、なぜこのような研究をするにいたったのでしょうか?

A.以前、東京大学でマイクロ流体デバイスの研究室にいた時に始めました。当時、こういったバイオとµTAS(Micro-Total Analysis Systems, ガラスなどの基板上に作製された微小な流路内で化学・生化学反応や分析を行う方法)の融合研究というのはそんなに行われているものではありませんでした。
デバイスに溶液を流すことから、血管はµTASの研究に向いているのではないか?と考えたことがきっかけと言えるかもしれません。
さらに医学部の先生方と話をする機会に、治らない病気の主な原因として血管が関与しているものが多いということが分かりました。
またDNAの分析に関しては、現在の細胞の形を保ったまま細胞内のDNA分析を行う方法を研究しているのですが、それはスウェーデンのウプサラ大学で開発されたものです。2006年にそのスウェーデンの開発者の方と共同研究を行うこととなりました。この方法は優れた方法で、例えば組織の中でがん細胞を特異的に検出でき、細胞の形を保ったままDNAの配列を読むということまで出来ていました。ただ、多くの反応液を必要とし、手間がかかっていたため、マイクロデバイスを使用し高速・自動で少量の試薬で分析できるようにしたいと思ってこの研究を始めました。

診断技術に役立てたい

Q.また、現在の研究は、将来的にはどのようなことへ展開でき、社会のどのような問題を解決していくのでしょうか?

A.DNAのテーマは診断技術に主に役立つと考えています。例えばがんの診断技術では、現在病理の先生が組織の形状を見るか、分子を見ることで診断を行なっていますが、組織の形態を見ながら、遺伝子の変異も見ることができるようになるため、病理医の方々に新しい診断を提案できる有効な研究になると考えています。

結果は何を言う?

Q.先生が開発するにあたり、気を付けていることなどありますでしょうか?

A.出てきた結果は、何を示しているのかよく考えるようにしています。いくつかの可能性が出てきた時に、次は何を確かめれば、それを確定させることができるのかと常に考えながら、実験をしています。あとは他の人の研究を聞いているときも、自分の研究も、もしかしたらこうなるのかも?とアイデアが浮かんでいることが多いですね。

ケーキから発想が生まれた

Q.研究を行っている際に起きたユニークな出来事などはありますでしょうか?

A.前に中が空洞で外がシリコンゴムという物を作りたくて、それがなかなか作れなくて困っていたのですが、中に芯を付けてそれが後で溶ければよいと考えました。その時に砂糖であれば水に溶けやすいという性質を持っていることから、アラザンと呼ばれるケーキを飾る銀色の砂糖を外側の銀の部分をやすりで削って中に入れたことで解決できました。特に理系には男性が多いので、このような発想ができることが、女子学生だけでやっているからこそ、生まれてくる発想なのではないかと考えたりします。

次の世代へ伝えたい

Q.先生は国立がんセンター研究所でも働いておられましたが、なぜ大学という道へ進むことにされたのでしょうか?

A.大学というのは研究もしていますが、同時に教育機関でもあり、次の世代の人達へ何かを伝えるということができるため、とても重要な仕事であると考えています。特に分析化学で、なおかつ使えるような分析法をやりたいという想いがありましたので、私がやりたいことには大学の方がよいと 考えて大学という道へ進むことにしました。

教育という目線で

Q.ウシオ電機に期待することなどありますでしょうか?

A.今回、「PiCOSCOPE」に関して一緒にお仕事をさせていただきましたが、価格を下げて、一人一台持てるようにというコンセプトで製品作りをおられるのはとても良いことだと思いました。さらに教育用にも使えるようにという話も良いと思いました。高校化学の教科書もこれから新しい項目が増えてくると思います。将来的に高校の化学でも分光光度計などが教科書に登場するようになってくると予想しています。生物における電気泳動装置のように、分光光度計も一人一台という時代が来ると思っています。

プロフィール

佐藤香枝(さとう かえ)
日本女子大学理学部物質生物科学科 准教授

経 歴
1993年 日本女子大学家政学部家政理学科化学系卒業
1996年 東京大学大学院農学生命科学研究科 修士課程 修了
1999年 東京大学大学院農学生命科学研究科 博士課程 修了
1999年 国立がんセンター研究所 細胞増殖因子研究部 リサーチレジデント
2002年 理化学研究所 バイオ工学研究室 基礎科学特別研究員
2004年 東京大学 医療ナノテクノロジー人材養成ユニット 助手
2006年 東京大学 ナノバイオ・インテグレーション研究拠点 助手
2007年 東京大学 ナノバイオ・インテグレーション研究拠点 講師
2009年 日本女子大学理学部物質生物科学科 准教授
現在の専門
生物分析化学、マイクロ・ナノデバイス、具体的には、マイクロ血管デバイスの構築、マイクロデバイスによる細胞内遺伝子定量法について研究
学会役員
2012年〜 化学とナノマイクロシステム研究会 理事

2012〜3年 日本分析化学会 関東支部 幹事
2013年〜 日本分析化学会 分析化学誌 編集委員
賞歴
(1)2015年 第8回資生堂女性研究者サイエンスグラント

(2)2014年 Analytical Sciences Hot Article Award
(3)2012年 Royal Society of Chemistry Tokyo International Conferenc Poster Presentation Award
(4)2012年 Analytical Sciences Hot Article Award
(5)2011年 日本分析化学会関東支部 新世紀賞
連絡先
〒112-8681 東京都文京区目白台2-8-1
日本女子大学理学部物質生物科学科
80年館B棟3F 分析化学研究室
電話・FAX 03-5981-3661
E-mail:satouk@fc.jwu.ac.jp
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