月刊クリーンテクノロジー
特集:空気環境① (2020/7)


オゾン発生方式の違いによる喫煙室脱臭処理後の臭気成分



ウシオ電機㈱ 内藤 敬祐・佐畠 健一・谷口 智昭

 

はじめに

    オゾンは古くから環境、衛生、医療などの分野において利用されてきた物質であるが、オゾンを発生させる方法は低圧水銀ランプから放射される紫外線を用いる方式か、大気圧放電が主流であった。低圧水銀ランプによるオゾン生成は、185 nm光による酸素の光化学反応により行われる。しかし、この反応により生成したオゾンがランプからの254 nm光により光分解するため、入力電力あたりのオゾン発生効率が下がる。かつ環境保全の観点から水銀を含む水銀ランプそのものが課題となる。一方、大気圧放電を用いた方式ではオゾンの発生効率は高い。しかし、乾燥空気や酸素発生器または酸素ボンベなどを用いずに放電すると、大気水分中のカルシウムなどにより放電電極が劣化し短寿命となること、純酸素を用いない限りは副生成物として大気中の窒素分子から窒素酸化物や硝酸が発生する(1)(2)。そこで、これらの課題の解消を狙った誘電体バリア放電エキシマランプ(以下、エキシマランプと称す)を用いたオゾン発生器が市販されている。
    オゾン利用の一つに脱臭がある。室内をオゾンガスで満たして燻蒸するオゾン脱臭器はホテルやスポーツジム、食品工場、家庭など多くの場所で使用されている。本稿では、様々な場所の臭気除去を目的として使用されている室内燻蒸型のオゾン脱臭器において、特に喫煙室の脱臭処理後の臭気についてオゾン発生方式による違いが顕著にみられたことから、臭気成分を分析、その要因を解析した結果を報告する。
 

エキシマランプによるオゾン発生

    本稿の主題である脱臭処理後の臭気成分の差異は、紫外線式と放電式のオゾン発生原理の違いによる。そこで初めにエキシマランプとそのオゾン発生原理について解説する。
    希ガスエキシマランプの動作原理は、石英管に封止した希ガスを誘電体バリア放電によって励起、エキシマと呼ばれる分子状態を作り出し、そこから短波長の光を得るものである。エキシマランプは基板表面の光洗浄プロセスにおいて長年使用され、信頼性が高い(3)。このプロセスは、半導体や液晶ディスプレイの製造時に基板の有機物汚れを光によって分解除去するものである。それを基礎技術としてキセノンガス(Xe)を封入したエキシマランプからの真空紫外線(波長172 nm、半値全幅14 mm)を利用したオゾン発生の技術開発を進めてきた。
    図1に誘電体バリア放電エキシマランプの動作原理を示す。誘電体バリア放電とは、誘電体を挟んだ二つの電極の間で、数十Hz~数MHzの高周波高電圧を印加することで放電させる技術である。ランプの構造の一例は図1(左)に示すように石英ガラス製の2重管の両端を閉じて中空円筒状の放電空間を形成し、内外に設けた電極を用いて管内だけに放電を行う方式である。大気中への放電は行っていない。石英ガラス管は誘電体バリア放電の誘電体と光を取り出すための窓を兼ねている(3)
このランプにXeガスを封止した場合、放電によりXe原子からキセノンエキシマ(Xe2)が生成されるが、このエキシマは不安定な状態のため直ちにXe原子に解離し安定な状態に戻る。この時に放射される光がエキシマ光であり、Xeの場合172 nmに中心波長を持ち、半値全幅14 nmのインコヒーレント光(位相の揃っていない光)が得られる(3)

 

   


  次に真空紫外線による酸素からのオゾンの発生機構について記載する。従来からオゾン発生用ランプとして使用されてきた低圧水銀ランプでは図2に示すように185 nmと254 nmの2波長の輝線発光がある。大気中の酸素分子O2はその吸収スペクトルが185 nmにおいて十分に大きく、光を吸収して基底状態の酸素原子O(3P)を生成する。それが原料となってオゾンが生成する。

同時にランプから発光している254nm光は酸素に吸収されず、オゾン生成に寄与しない。むしろ生成したオゾンを光分解して、励起状態の酸素原子O(1D)を生成する(1)
 

O2+hν(185 nm) → 2O(3P)
O(3P)+O2 → O3
O3+hν(185 nm/254 nm) → O(1D)+O2
 

 Xeエキシマランプの紫外線スペクトルは、図2に示すように中心波長172nmで半値全幅は14 nmである。この光による酸素の光化学反応は以下の化学式で表される。


O2+hν(172 nm) → O(1D)+O(3P)/ 2O(3P)
O(1D)+O2/N2 → O(3P)+O2/N2
O(3P)+O2 → O3
O3+hν(172 nm) → O(1D)+O2

 図2に示すエキシマランプと低圧水銀ランプの発光スペクトル、ならびに酸素、オゾン、窒素の吸収スペクトルを比較すると、172 nmにおける酸素分子の吸収断面積は185 nmに比べ56倍程度高いので、酸素原子生成効率は高い。一方、172 nmにおけるオゾンの吸収断面積は254 nmに比べ12倍程度低いので、オゾン分解効率が低い。このため入力電力あたりのオゾン発生効率は、エキシマランプが低圧水銀ランプと比較して50倍以上高くなる。
 上記の化学式が示すように、ランプ方式の特徴は窒素酸化物(NOx)が発生しないことである。大気中の窒素分子は172 nmや185 nmを吸収しないため、窒素を含む化学反応は起こらず、汚染物質であるNOxは発生しない。
 次に大気中の放電によるオゾン発生方法を解説する。この方式はオゾン発生効率が高いため、家庭用小型から産業用大型まで広く用いられ、数mg/h~数100 g/hのオゾン発生量である。放電により生成されるプラズマには、窒素の解離エネルギー(9.7 eV)と比べて高いエネルギーの電子が含まれ、オゾン生成に必要な酸素分子だけでなく大気に含まれる窒素分子も解離する。そのため、副生成物としてオゾン発生量の1/100程度のNOxが発生し、これが大気中において以下の連続した化学反応を起こし硝酸も生成する(1)(2)。なお、ここでは大気中の水分が関係する反応も含まれる。また、イオン反応は示していない。

 

O2+e → 2O+e
O+O2 → O3
N2+e → 2N+e
N+O2/O3 → NO+O/O2
NO+O3 → NO2+O2
H2O+e → OH+H
NO2+OH → HNO3

 

 

実験方法

 実験場所は当社播磨工場の喫煙室(45.7 m3)を使用した。工場終業後に喫煙室を無人とし、1時間換気した後にエキシマランプ式オゾン発生器(XEFIRIA、O3発生量1,000 mg/h、ウシオ電機㈱)、放電式オゾン発生器(GWD-1000FR、O3発生量1000 mg/h、オーニット㈱)を設置した。換気扇を停止させた後にそれぞれオゾン発生を30 min行い、その後30 min放置することで室内のオゾンを自然分解し脱臭処理を行った。なお、室内のオゾンは残留せず、自然分解した。処理前後の室内空気を吸着管(Tenax TA60/80 150 mg)にサンプリングポンプ(GSP-400FT、ガステック㈱)を用いて流速0.5 L/minで10分間捕集を行い、加熱脱着装置(TD)付GC/MSにて分析を行った。


 


結果

 図4に各オゾン発生方式における脱臭処理後のGC/MSクロマトグラムを示す。両者ともに芳香族化合物とそれらの酸化物質が見られる。双方の特徴を挙げると、エキシマランプ式オゾン発生器による処理後には安息香酸のピークが強く現れた。一方、放電式オゾン発生器では窒素化合物であるピリジンのピークが強い。この結果から、オゾン燻蒸作業により喫煙室空気中に含まれていた臭気物質が一部除去された際に、オゾン発生方式の違いにより別々の物質に変化したことがわかった。
 




 表2にパネラー6名による官能評価結果を示す。パネラーは20~50代男性、非喫煙者である。エキシマランプ式オゾン発生器の使用前後で、臭気強度指数が-1.6ポイント、快不快指数が+3.3ポイント変化した。一方、放電式オゾン発生器の使用前後で、臭気強度指数と快不快指数がそれぞれ-0.2ポイント変化した。パネラーには臭気強度、快不快度指数の記載とともに臭気変化に対するコメントも記載頂いた。それによるとエキシマランプ式では「ニオイは若干するが不快ではない」という生器はタバコのにおいが取れていないというわけではなく、6名のパネラー全員が「ニオイの強さは変わらない又は強さの変化はそれほどわからないがニオイの質が変わった」、という回答であった。GC/MS分析、官能評価ともにオゾン発生方式による違いがあった。


 

考察

 オゾン発生方式の違いによる臭気強度と快不快度の違いについて考察する。オゾン発生器を用いた処理後の室内臭気物質に現れた大きな違いは、放電式においてピリジンが検出されたことである。ピリジンは悪臭物質であり、嗅覚閾値が0.17ppmと微量でも臭う物質である(5)。臭気成分中にはppbで低濃度でもヒトに強く臭う物質もあるため、今回のGC/MS捕集方法だけで原因を断定することはできないが、脱臭処理後に快不快度評価で「不快のままである」という回答が出た原因の一つはピリジン生成と推測される。
 ピリジン生成の由来は図5に示すように窒素分子を含む大気の放電によって生成されるNOが芳香族化合物と反応して最終的にピリジンとなることが報告されている(6)。紙巻タバコの煙には942 μg/本程度のベンゼン、トルエンなど芳香族化合物が含まれている(7)。実際に今回の脱臭処理前後の分析結果ではトルエン、ベンゼン、p-キシレンといった芳香族化合物が検出されている。今回実験で使用した喫煙室で実験前にタバコが何本吸われたか、また内壁面にいったん付着した物質が再揮発した程度は不明であるので、今後はさらなる定量的な計測が必要である。
 室内燻蒸型のオゾン発生器はファンで室内空気を本体内に取り込み、オゾン発生部に導入し、その空気に含まれる酸素を原料にオゾンを生成、発生器外に放出している。ベンゼン環を持つ化合物は常温においてオゾンとの反応速度定数は約10-20 cm3/s以下と遅く、その気中濃度はppmオーダーである(8)。そして、その反応相手であるオゾンも脱臭処理中の室内濃度はppmオーダー(今回の実験では室内中央で2ppm程度)であることから、1時間程度の処理時間ではオゾンと反応することなく、芳香族化合物はオゾン発生器内部に取り込まれてしまう。このとき、放電式オゾン発生器内部の大気が通過する放電部では窒素と酸素が解離しNOが生成されているため、それらの化学反応により最終的にピリジンを生成する。一方、紫外線式オゾン発生器では直接に大気を放電しないので窒素分子を解離できず、窒素を含む化学反応は起こらない。芳香族化合物は紫外線発光部では紫外線による分解、または酸素と大気水分から生成される活性酸素種による酸化反応が起こる。処理後に検出された安息香酸やアセトフェノンなどは芳香族化合物が酸化された物質である。

おわりに:まとめ

 喫煙室の空気の脱臭処理において、オゾン発生方式の違い、放電式とエキシマランプ式では処理後に生成される物質が異なり、官能評価に差が現れた。処理後の特徴的な生成物は、それぞれピリジンと安息香酸であった。

 放電式オゾン発生器で喫煙室を脱臭処理した際、タバコ中に含まれる芳香族化合物と窒素化合物が反応してピリジンが生成した。それを異臭/悪臭としてパネラーが感知したため、放電式で脱臭処理しても臭気強度、快不快度ともに変化がなかった。
 今回の結果から、処理対象となる現場によっては放電式脱臭と紫外線式脱臭によって生成される物質が異なり、官能評価にも如実に差が現れるケースがあることが確認できた。
 


参考文献

(1) 津野洋:オゾンハンドブック、サンユー書房、(2016.10)
(2) 八木重典:バリア放電、朝倉書店(2012.7)
(3) 菅原寛・竹元史敏:誘電体バリア放電エキシマランプの原理と用途例、表面技術、Vol.53、No.8、pp.497-501(2002)
(4) D. L. Baulch, et al.:J. Phys. Chem. Ref. Data11(1982)
(5) 厚生労働省:有害性評価書ピリジンhttps://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000172587.pdf
(6) Zhiping Zhang他9名:Observation of replacementof carbon in benzene with nitrogen ina Low-temperature plasma, Scientific Reports,3, 3481 (2013)
(7) 厚生労働省:平成11~12年度たばこ煙の成分分析について(概要)https://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/houkoku/seibun.html
(8) 大貫文・ら:喫煙室及び非喫煙場所における室内空気中たばこ煙由来化学物質濃度の実態調査、室内環境、Vol.14、No.1、pp.43-50(2011)

 


筆者紹介

 

内藤敬祐・佐畠健一

    ウシオ電機㈱ 事業統括本部
    光源事業部 第一技術部XEFLグループ

谷口智昭
ウシオ電機㈱ マーケティング担当



 
Copyright © USHIO INC. All Rights Reserved