電子情報通信学会 レーザ・量子エレクトロニクス研究会
オンライン(2021)


Ⅲ族窒化物半導体のレーザ構造における導波路損失の測定
 

 

小笠原健太†   坂井繁太‡   奥村忠嗣‡   難波江宏一‡   山口敦史†  



†金沢工業大学 光電相互変換デバイスシステム研究開発センター 〒921-8501 石川県野々市市扇が丘7-1 

‡ウシオ電機株式会社 〒412-0038 静岡県御殿場市駒門1-90 


 

あらまし

InGaNはInNとGaNの混晶であり,In組成を変化させることで理論上では可視光のあらゆる波長領域で発光可能な半導体材料である.その一方で,InNとGaNが強い非混和性を示すことからInGaN量子井戸は混晶組成揺らぎが大きく,状態密度が裾引き状態になることで知られる.光学利得特性はこれらの影響を強く受けるため,InGaN量子井戸レーザの正確な性能評価には導波路損失の測定が必要となる.そこで本研究では,InGaN量子井戸レーザの導波路損失を測定し,組成揺らぎが小さいと考えられるInGaP量子井戸レーザでの測定結果と比較した.その結果,InGaN量子井戸レーザはInGaP量子井戸レーザよりもストークスシフトが大きく,導波路損失が低エネルギー側に裾を引いており,InGaN量子井戸レ-ザの導波路損失が大きいことを示す結果が得られた.

キーワード:InGaN量子井戸、組成揺らぎ、レーザ、光学特性、導波路損失 

 

Waveguide loss measurements in III-nitride laser structures

 

Kenta OGASAWARA†   Shigeta SAKAI‡   Tadashi OKUMURA‡    Koichi NANIWAE‡    and    Atsushi A. YAMAGUCHI† 

 

†Kanazawa Institute of Technology 7-1 Ohgigaoka, Nonoichi, 921 - 8501 Japan 
‡Ushio Inc., 1-90 Komakado, Gotemba, Shizuoka, 412-0038, Japan 

E-mail:  †c6000730@planet.kanazawa-it.ac.jp 

  

Abstract 

InGaN is a semiconductor alloy material made of a mix of InN and GaN. InGaN can emit entire visible light by changing their alloy composition. On the other hand, it is well known that InGaN quantum well (QW) active layers have very large alloy compositional fluctuation and that density of states (DOS) has a tail with large localization energy due to the immiscibility of InN and GaN. Since optical gain characteristics are largely affected by these effects, it is very important to measure the waveguide loss of such fluctuated InGaN-QW. In this study, we have measured waveguide loss spectrum for an InGaN-QW laser diode (LD) structure. The loss spectrum for a conventional InGaP-QW red-light-emitting LD structure was also measured for comparison. It is observed that PL peak position difference between the surface and edge emissions is very large (~ 200 meV) in the InGaN LD sample while there is almost no difference in the InGaP LD sample. In addition, the absorption coefficient gradually rises from an energy much lower than the PL peak energy of surface emission in the InGaN LD sample while the coefficient sharply rises at nearly PL peak energy in the InGaP LD sample. These results show that the InGaN QW has a large waveguide loss.   

Keywords : InGaN-QWs,Potential fluctuation,Laser,Optical characterization,Waveguide loss 

 

  1. 1.まえがき 

 青や緑,白色発光の光デバイスとして広く使われているのが窒化物半導体のInGaNである. InGaNはInNとGaNの混晶で,In組成を変えることによって理論上では可視光領域全域で発光可能な材料であり,研究が活発に進められている.
 一方で,InGaNにはIn組成揺らぎという側面もある.InGaNはInNとGaNによって構成されるが,この2つの結晶は均一に混ざり合わず,強い非混和性を示す[1].この非混和性が原因でInGaN結晶中ではIn組成が空間的に不均一となる.In組成揺らぎによって結晶内部では局所的にIn組成の高い領域が出来,そこにエネルギーの低い準位が形成される.このIn組成揺らぎは光学特性に影響することが知られている. InGaNには結晶中に多くの欠陥が存在するが,In組成揺らぎによって形成されたポテンシャルの低い領域にキャリアが集中するため,キャリアの拡散が抑えられる.結果として,キャリアの欠陥への捕縛が抑制され,発光効率の向上につながる.また,透明キャリア密度が下がり,レーザが利得を得やすくなるというメリットもある.一方で,レーザの導波路内部で光が往復するとき、バンドギャップエネルギーの低い領域では光吸収が発生し、高いエネルギーをもった光が失われてしまう。これは導波路損失と呼ばれ,発光スペクトルの線幅が広くなったり,光増幅の妨げとなって光学利得が低下したりと,レーザ特性の悪化につながる [2, 3]. このように,In組成揺らぎは光学特性に影響を与えることから,正確なレーザ特性の評価には導波路損失の測定が必要である.しかし,導波路損失に関する報告は少ないのが現状である.
 そこで本研究では,InGaN量子井戸レーザにおける導波路損失を実際に測定した.また,比較のためにInGaP量子井戸レーザの導波路損失も測定した.InGaP量子井戸レーザではInPとGaPの混和性が高いため,InGaN量子井戸レーザと比べ量子井戸層におけるポテンシャルの揺らぎが小さいはずである.両者の結果を比較しInGaN量子井戸レーザにおける導波路損失の大きさについて検証を行なった.


 

  1. 2.導波路損失測定 

 図1に導波路損失測定の模式図を示す[4-6]. 


 

図1  導波路損失測定の模式図

 

 本測定では,まず測定サンプルに対してスポット状の励起光を照射する.サンプルは導波路構造をもっているため,量子井戸からの発光は導波路内に閉じ込められ,サンプル内を進んで端面から出てくる.本測定では,励起光からサンプル端面までの距離を変えながら端面から出てきた光を測定し,導波路損失を求める.この測定の特徴は励起光の形状を加工せず,スポット状のままサンプルに照射する点にある.レーザの光学利得や内部損失を求める測定の1つにVariable Stripe Length(VSL)法があるが,この測定ではサンプル内で反転分布を形成するために励起光をストライプ状に加工する必要がある[7].一方,導波路損失測定では反転分布を形成する必要がないため,サンプル内で光増幅が起こらず,励起光からサンプル端面までの距離に応じて導波路内を進む光が吸収され,減衰される様子をモニターすることができる測定となっている. 

 次に導波路損失測定の原理について説明する.サンプル端面から距離R離れた位置に励起光が照射されると,その位置にキャリアが励起され,そのキャリアの再結合により光が生じる.このときに生じた光が導波路内部を距離Rだけ進んで端面から外部へと出てくる.導波路内を進む際に光は導波路損失により指数関数的に減衰されるため,端面から出てくる光の強度は次の式(1)によって表すことができる. 




 


 式中のRは励起光からサンプル端面までの距離,Iはサンプル端面から出てくる光の強度,αが導波路損失による吸収係数を表す.導波路内を進む光は図1のように2次元の円状となって広がっていくと考えることができる.光の強さは円状に広がることで減衰されるが,式(1)における1/Rはこのことを示している.導波路損失測定においては,励起光からサンプル端面までの距離Rを変化させながら端面から出てくる光の強度Iの測定を行う.そして,その結果に式(1)を適用し,実験によって得られたデータにそれぞれ対応する距離Rを掛け合わせることで球面波による光減衰を補正し,各波長における導波路損失αを求める.  
 図2に示すのが導波路損失測定の実験配置図である.この実験は全て室温で行なわれた.励起光源には375nmで発振する半導体レーザを用いており,この光を対物レンズで集光して測定サンプルに照射している.導波路を伝ってサンプル端面から出てきた光は対物レンズで集め,マクロレンズで絞ってUSB分光器で検出した.CCDはカメラとして用いており,この画面をモニターすることでサンプル端面から出てきた光を集める対物レンズの焦点がサンプル表面に合うよう調整している.サンプルはスライドガラスに固定されており,このスライドガラスとサンプル端面の光を集める対物レンズは同じX軸ステージの上に載っている.このX軸ステージを動かすことで,励起光からサンプル端面までの距離を変えることが可能となっている.本測定では,励起光からサンプル端面までの距離を200~600µmまで10µm間隔で動かしながら光を検出した. 

図2  導波路損失測定の実験配置図


 

3. 実験結果と考察

 InGaP量子井戸レーザとInGaN量子井戸レーザの端面から得られたPL強度に距離Rを掛け合わせたスペクトルをそれぞれ図3,図4に示す.


 


図3  InGaP量子井戸レーザのPL強度に距離Rを掛け合わせたスペクトル
 



図4  InGaN量子井戸レーザのPL強度に距離Rを掛け合わせたスペクトル
 

 2つのグラフより,距離Rが長くなるにつれてPL強度の減少と発光波長の長波長化が確認できる.これは導波路損失の影響で距離Rに応じて光強度が減衰されること,また高エネルギーの光ほど吸収による減衰が大きいことを示唆している.次に図3,図4のPL強度に距離Rを掛け合わせた値に式(1)を適用し,各波長における導波路損失を求めた.InGaP量子井戸レーザとInGaN量子井戸レーザの導波路損失スペクトルに加え,各サンプルの表面および端面から出てきた光のスペクトルをまとめたグラフをそれぞれ図5,図6に示す.


 

図5  InGaP量子井戸レーザの導波路損失およびサンプル表面と端面から出てきた光のスペクトル


図6  InGaN量子井戸レーザの導波路損失およびサンプル表面と端面から出てきた光のスペクトル
 

 どちらのグラフもシンボルが導波路損失を示している.また,緑の実線がサンプル表面から出てきた光のスペクトル,紫の破線がサンプル端面から出てきた光のスペクトルを示している.2つのグラフを見比べると,サンプルによって結果が大きく異なることが分かる.どちらのサンプルも表面から出てきた光より端面から出てきた光の方が低エネルギー側に見られるが,InGaP量子井戸レーザと比べてInGaN量子井戸レーザではこの2つの光のエネルギー差がかなり大きい(~200meV).また,InGaP量子井戸レーザでは導波路損失の立ち上がりが急峻で,かつ表面から出てきた光のピーク付近に見られるが,InGaN量子井戸レーザでは導波路損失の立ち上がりが緩やかで,表面から出てきた光のピークよりずっと低エネルギー側に見られる.これらは、InGaN量子井戸レーザにおいて,量子井戸層のポテンシャル揺らぎが大きいこと,またポテンシャル揺らぎによって状態密度が大きく裾を引いていることを示唆している. 
 サンプル表面とサンプル端面の光のエネルギー差は,両者の導波路内を進む距離に関係している.図7に示すように導波路はサンプルの表面から数百ナノメートルほどの深さにあり,サンプル端面から出てくる光の方が導波路内を進む距離がずっと長い.導波路内を進む間に光は吸収され減衰されるが,サンプル端面から出てきた光はこの影響を強く受けることとなり,表面から出てきた光よりも低エネルギー側に見られるようになったと考えられる.


 

図7  導波路損失測定における導波路内を進む光の模式図


 

4. あとがき

 本研究では,導波路損失測定の光学系を構築し,実際にInGaP量子井戸レーザとInGaN量子井戸レーザの導波路損失の測定に臨んだ.両者の測定結果を比較したところ,InGaN量子井戸レーザではInGaP量子井戸レーザよりもストークスシフトが大きく,導波路損失の立ち上がりが緩やかで低エネルギー側に裾を引いていた.これらは,InGaN量子井戸レーザではポテンシャル揺らぎのために状態密度が裾引き状態にあることを示唆している.


 

文献 

  1. [1] I-hsiu Ho and G. B. Stringfellow, "Solid phase immiscibility in GaInN", Appl. Phys. Lett. 69(1996) 2701. 

  1. [2] A. A. Yamaguchi, M. Kuramoto, A. Kimura, M. Nido and M. Mizuta, " Alloy Semiconductor System with Tailorable Band-Tail: A Band-State Model and Its Verfication Using Laser Characteristics of InGaN Material System", Jpn. J. Appl. Phys. 40 (2001) L548. 

  1. [3] A. A. Yamaguchi, M. Kuramoto, M. Nido and M. Mizuta, " An alloy semiconductor system with a tailorable band-tail and its application to high-performance laser operation: I. A band-states model for an alloy-fluctuated InGaN-material system designed for quantum well laser operation", Semicond. Sci. Technol. 16 (2001) 763. 

  1. [4] Seigo Tarucha, Yoshiji Horikoshi and Hiroshi Okamoto, "Optical Absorption Characteristics of GaAs-AlGaAs Multi-Quantum-Well Heterostructure Waveguides", Jpn. J. Appl. Phys. 22 (1983) L482. 

  1. [5] P. C. Mogensen, P. M. Smowton, and P. Blood, "Measurement of optical mode loss in visible emitting lasers", Appl. Phys. Lett. 71, (1997) 1975. 

  1. [6]Dmitry S. Sizov, Rajaram Bhat, Albert Heberle, Kechang Song, and Chung-en Zah, "Internal Optical Waveguide Loss and p-Type Absorption in Blue and Green InGaN Quantum Well Laser Diodes", Appl. Phys. Express 3 (2010) 122104. 

  1. [7]Joachim Ciers, Gwénolé Jacopin, Gordon Callsen, Catherine Bougerol, Jean-François Carlin, Raphaël Butté, and Nicolas Grandjean, "Near-UV narrow bandwidth optical gain in lattice-matched III–nitride waveguides", Jpn. J. Appl. Phys. 57 (2018) 090305 


 

Copyright © USHIO INC. All Rights Reserved