日本防菌防黴学会誌 Vol.49 No.4 (2021)


短波長紫外線によるエンドトキシン不活化法の開発




鈴木浩子1 ,福井千恵2 ,藤巻日出夫3 ,菊池裕4 ,蓜島由ニ2
 

1ウシオ電機(株) 開発設計部門 〒6710224兵庫県姫路市別所町佐土1194
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国立医薬品食品衛生研究所 医療機器部 〒2109501神奈川県川崎市川崎区殿町32526
3
一般財団法人民生科学協会 〒1840015東京都小金井市貫井北町3814
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千葉県立保健医療大学 健康科学部栄養学科 〒2610014千葉県千葉市美浜区若葉2101


 

1 . はじめに

 エンドトキシンはグラム陰性細菌の細胞壁外膜に局在する耐熱性の菌体抗原である1)。化学的にはリポ多糖体 (Lipopolysaccharide, LPS)であり,溶菌や細胞分裂に伴って環境中に遊離される。工ンドトキシンが血中に入ると,微量であっても,発熱やショック等の種々の生体反応を引き起こす24)
 インプラントのほか,血液や脳脊髄液等と直接又は間接的に接触する医療機器については,工ンドトキシンを含む発熱性物質を規格値以下に制御する必要がある5)。また,エンドトキシンは,細胞レベルでも様々な生物活性を発現するため6-8),プレートやシャーレ等,細胞培養に使用する器具もエンドトキシンフリーの製品を使用する必要がある。
 工ンドトキシンは, 250
30分以上の乾熱処理により,完全に不活化できる。金属やセラミックスは熱処理による脱パイロジェンが可能であるが,耐熱性に劣る合成高分子や天然由来材料等には適用できない。一方,生菌自体は高圧蒸気滅菌,放射線滅菌,工チレンオキサイドガス滅菌,過酸化水素ガスプラズマ滅菌等により殺滅できるが,これらの既存滅菌法によるエンドトキシン不活化率は72-95 %程度であることが報告されている(1) 9)。そこで我々は,キセノンエキシマランプから放射される172 nmの真空紫外光(Vacuum Ultra Violet Light : VUV)を利用して,工ンドトキシンを簡便且つ短時間に不活化する方法を開発した。


表1. 既存滅菌法によるエンドトキシンの不活化効果

 


 

2. キセノンエキシマランプの概要

1) 開発経緯と特徴

 キセノンエキシマランンプは, 1993年にウシオ電機()が世界で初めて量産化に成功した。発売当初の用途は, 有機物を分解除去するドライ洗浄であり,テレビやスマートホンのフラットパネルディスプレイの製造に使用され,今現在も活用されている10)。現在はドライ洗浄以外にも,合成高分子材料の親水化,酸化改質のほか, フォトレジスト等の有機膜のアッシング等に用途が広がり,建材,自動車,半導体や医療製品等,幅広い分野で利用されている。

 エキシマランプは, 2重管構造を有しており,ランプの外側管の外側と内側管の内側にそれぞれ電極が配置されている。高周波高電圧を電極に印加すると,誘電体バリア放電が発生する。封入するガスの種類により発生する波長が異なり, 172 nmの場合は,キセノン(Xe)ガスを使用している。キセノンエキシマランプの特徴は, 1) 172 nmVUV光を効率良く放射する, 2)単一ピーク波長172 nm14 nm (172 nm)を放射するため,被験物の発熱が少ないと共に, 3)水銀を含ます環境に優しいこと等が挙げられる(1)

 

図1. エキシマランプの構造と波長特性


 照射装置は,ランブハウスと呼ばれる灯具,処理室, ランプ用電源,操作タッチパネル,オゾン処理ボックスから構成される(図2)。ランブハウスと処理室との間には172 nm光を透過する合成石英ガラス窓がある。 172 nm光は酸素による吸収が大きいため,ランブハウス内に窒素ガスを常時供給する。処理室において,酸素存在下で172 nm光を照射するとオゾンが発生するため, 排気とオゾン分解機能フィルタが必要となる。
 


図2. 172 nm光照射装置(型式: SVC232)


 オゾンは自然界にも極微量存在し, 0.1ppm以下が作業環境許容濃度とされる11)。それ以上の濃度のオゾンは,不快な臭気及び人体への有害作用を有するため,正しく排気することが重要である。
 

2)  172 nm光の波長特性

 172 nm光は,波長域10-200 nmのVUV光に分類され,空気中では酸素等に吸収される。空気中における 172 nm光の透過率は,温度25℃ ,湿度40%RHの場合, 距離0.3 cm及び1cmでそれぞれ約35% ,約1%となる。
 短波長の172 nm光は7.2 eV (166.7 kcal/mol)の高いフォトンエネルギーを有する。有機物に172 nm光を照射すると,有機物中のC-CやC-O結合を効率的に切断する。
 172 nm光は,空気中の酸素に吸収され,オゾン, O(1D)等の活性酸素種を発生させる。有機物に172 nm 光を照射すると,上述のとおり,化学結合が切断されると共に,発生した活性酸素種により切断部分が酸化され,最終的にCO2とH2Oまで分解される(図3)。
 

図3. 172 nm光の作用

 

3. 172 nm光によるエンドトキシン不活化

1) 実験方法

 大腸菌O3・K2a, 2b (L) : H2株の精製エンドトキシン溶液,もしくは乾燥死菌体懸濁液を乾熱滅菌したガラス板(0.6 cm角)に塗布し,一晩乾燥した。図2に示したSVC232装置を用いて172 nm光を窓面放射発散度 40mW/cm2,照射距離0.3 cmの条件下で種々の時間照射した。なお,ガラス板の代わりに1 cm角のポリカーボネート(PC) ,ポリプロピレン(PP) ,ポリエチレン (PE) ,ポリ塩化ビニル(PVC)片を用いた試験も実施した。
 被照射物に残存するエンドトキシンは,注射用水を用いて氷冷下で10分間超音波抽出(42 kHz)した。抽出液に存在するエンドトキシンのリムルス活性は,工ンドスペシーES-50M (生化学工業)を用いて測定した。試験に供するガラス類は250 ℃で30分以上乾熱処理した。プラスチック類は,工ンドトキシンフリーの製品を使用した。


 

2) 精製工ンドトキシンの不活化

 5EU及び1,000 EUのエンドトキシンを塗布したガラス板に大気中で172 nm光を照射した結果,塗布量を問わず,リムルス活性は10分間の照射で3桁以上減少した(図4)。また, 1分間の短時間照射でも,リムルス活性が2桁程度減少することが確認された。
 

図4. 172 nm光照射による精製ェンドトキシンの不活化効果


 エンドトキシン不活化に対する酸素の影響について検討するため,酸素濃度0 , 1 , 5及び20.8 %の各条件下で照射実験を行った。その結果,図5に示したとおり, 酸素濃度の相違に拘わらす,リムルス活性の3桁減少に要する処理時間には大きな違いが認められなかった。これらの結果から, 172 nm光照射によるエンドトキシンの不活化は, N2雰囲気下でも達成可能であることか判明した。
 


図5. エンドトキシン不活化に対する酸素濃度の影響


 エンドトキシン不活化に対する温度の影響について検討するため,ホットプレートを用いて,被験物を20 ℃ (室温) , 90 ℃ , 130 ℃に保持して172 nm光を1分間照射した。その結果, 130℃の処理によりエンドトキシン活性が若干減少する傾向が観察された(図6)。熱処理と172 nm光照射併用時は, 130 ℃で処理することによりエンドトキシン不活化率が向上したが,耐熱性に劣る合成高分子材料への適用を考慮した場合,室温照射を行うことが妥当であると考えられる。
 



図6. エンドトキシン不活化に対する温度の効果


 

3) 乾燥死菌体レベルのエンドトキシン不活化

 エンドトキシン汚染はグラム陰性細菌の混入により発生する。エンドトキシン汚染の実態を反映させた評価として,大腸菌乾燥死菌体( 250 ng)をガラス板に塗布して照射実験を行った。その結果,菌体レベルのリムルス活性は10分間及び60分間の照射により,それぞれ2桁, 3桁以上減少した(図7)。

 

図7. 乾燥死菌体レベルのエンドトキシン不活化


 菌体レベルのエンドトキシンも172 nm光を照射することにより顕著に不活化されたが,精製エンドトキシンと比較して, 3桁減少に到達するまで,より多くの時間を要した。これは,乾燥死菌体に存在するタンパク質や核酸等,エンドトキシン以外の菌体成分の分解にも, 172 nm光が消費されたことに起因すると考えられる。
 

4) 合成高分子材料上でのエンドトキシン不活化

 実製品への適用を想定した評価として,種々の合成高分子材料上にエンドトキシン(100 EU)を塗布して照射実験を行った。基材としては, 1 cm角のPC, PP, PE, PVCを用いた。各試験片はエタノール及び注射用水中で順次超音波洗浄した後に試験に供した。その結果,ガラス板上に塗布した場合と同様,精製エンドトキシンのリムルス活性は基材の種類を問わす, 10分間の照射処理により3桁以上低下することが確認された(図8)。

 

図8. 合成高分子材料上でのエンドトキシン不活化

 

5) エンドトキシンの不活化原理

 エンドトキシンの生物活性部位はリピドAと呼ばれ, 図9に示すようにβ1-6結合のグルコサミン二量体に脂肪酸とリン酸が結合した構造を有している12)。大腸菌型合成リピドA (506)に172 nm光を大気下で照射し, 照射前後のリピドA分子とその分解物をABI4800 MALDI-TOF/TOF質量分析計を用いて測定した。図4b上段に示したとおり,未照射のリピドAでは分子イオンに相当するm/z 1,796 [M-H]-が観察された。一方, 172 nm光を60秒照射すると,分子イオンピークが顕著に減少し,m/z 1,083 (A), 1,388 (B), 1 ,612 (C)のフラグメントピークが新たに確認された(図9b下段)。これらのピークは,図9aに示したリピドA分子中の A, B, Cの各結合が切断された分解物に相当すると考えられる。また,これらの質量数以下の小さなフラグメントイオンも増加しており,全体的にリピドAの構造崩壊が起こっていることが示唆された。このように  172 nm光の照射に伴うエンドトキシン活性の低下は, リピドAの分解に起因するものと考えられる。

 

図9. リピドAの化学構造と172 nm光による分解挙動
a)リピドAの分子構造と光照射による切断箇所, b)照射前後のMALDI-MSスペクトル。横軸:m/z, 縦軸:相対イオン強度。

 

4. 172 nm光照射による材料への影響

 172 nm光を合成高分子材料に照射した場合,酸化反応等により,新たな毒性物質が生成される可能性がある。実用上の問題の有無について検討するため,照射前後の細胞毒性の変化を指標として評価した。基材としては, ライフサイエンス分野で汎用されているシクロオレフィンポリマー(COP) , PC,ポリスチレン(PS) ,アクリロニトリル・プタジエン・スチレン共重合合成樹脂 (ABS) ,ポリアミド(PA6) ,ポリメタクリル酸メチル (PMMA)及びシリコーンを選択した(表2)。172 nm光の照射時間は菌体レベルのエンドトキシン不活化を想定して片面60分とし,両面処理した。細胞毒性試験は ISO 10993-5に準拠し,抽出法/コロニー形成法により行った13)
 表2に示したとおり,未照射の各基材のIC50は,いずれも100 %以上であり,細胞毒性が観察されなかった。 PMMAは172 nm光を照射することにより,弱い細胞毒性(IC50 = 81,5%)が認められたが,その他の基材の IC50は100%以上であり,照射による影響を受けないことが確認された。

 

表2. 172 nm光を照射した合成高分子材料の細胞毒性試験結果

COP (シクロオレフィンポリマー) , PC (ポリカーボネート) , PS (ポリスチレン) ,アクリロニトリル・プタジェン・スチレン共重合合成樹脂 (ABS) , PA6 (ポリアミド). PMMA (ポリメタクリル酸メチル) ,シリコーン


 合成高分子材料に存在する菌体レベルのエンドトキシン汚染は172nm光を照射することにより除去できるが,材料毎に細胞毒性の発現挙動が異なるため、事前評価が必要である。
 

5. おわりに

 172nmを中心とするエキシマ照射装置は,大気条件下,室温における10分間の照射で,精製エンドトキシンを3桁以上不活化できる。菌体レベルのエンドトキシン活性を3桁以上低下させるためには60分間の照射が必要であるが,10分間照射でも2桁以上の減少が得られる。本技術は,材料自体の特性にも大きな影響を与えないことから,高度な清浄性が要求される器具類の製造工程等の脱パイロジェン法として活用されることが期待される。

 

謝辞

 本研究は,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED課題番号:JP19ak0101074)の支援を受けて行われた。

 

文献

1) Snell ES. Gram-negative bacterial endotoxin and the pathogenesis of fever. Prog Drug Res 1975 ; 19 : 402— 411
2) Klir JJ, Roth J, Szelenyi Z, McClellan JL, Kluger MJ. Role of hypothalamic interleukin-6 and tumor necrosis factor-alpha in LPS fever in rat. Am J Physiol 1993 , 265(3 Pt 2) : R512-517.
3) Romanovsky AA, Shido O, Sakurada S, Sugimoto N, Nagasaka T. Endotoxin shock : thermoregulatory mechanisms. Am J Physiol 1996 ; 270 (4 Pt 2) : R693—703.
4) Lu YC, Yeh WC, Ohashi PS. LPS/TLR4 signal transduction pathway. Cytokine 2008 ; 42 (2) : 145—151.
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6) Nagata Y, Shirakawa K. Setting standards for the levels of endotoxin in the embryo culture media of human in vitro fertilization and embryo transfer. Fertil Steril 1996 ; 65 (3) : 614-619.
7) Nomura Y, Fukui C, Morishita Y, Haishima Y. A biological study establishing the endotoxin limit for in vitro proliferation of human mesenchymal stem cells. Regen Ther 2017 ; 7 : 45-51.
8) Nomura Y, Fukui C, Morishita Y, Haishima Y. A biological study establishing the endotoxin limit for osteoblast and adipocyte differentiation of human mesenchymal stem cells. Regen Ther 2018 ; 8 : 46 — 57
9) 細渕和成,棚元憲一:各滅菌法による乾燥エンドトキシンの不活化,東京都立産業技術研究所研究報告,第2号:126-129 (1999).
10) 森田金市:エキシマ光を用いた精密ドライ洗浄技術,ライトエッジ No.33 (2010.8).
11) 許容濃度等の勧告. 日本産業衛生学会誌, 61(5):170-202.
12) Rietschel ET BL, Schade U, Seydel U, Zähringer U, Lindner B, Morgan AP, Kulshin VA, Haishima Y, Holst
O, Rohrscheide-Andrzeweski E, Ulmer AJ, Flad HD, Brade H. Chemical structure and biological activity of lipopolysaccharides. In : Baumgartner JD, Calandra T, Carlet J, editors. Endotoxin from pathophysiology to therapeutic approaches. Paris : Flammarion MedecineSciences ; 1990 : 5-18.
13) 令和2年1月6日付け薬生機審発0106第1号:厚生労働省医薬・生活衛生局医療機器審査管理課長通知「医療機器の製造販売承認申請等に必要な生物学的安全性評価の基本的考え方についての改正について」,別添「医療機器の生物学的安全性試験法ガイダンス」,第1部「細胞毒性試験」
 

 
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