第59回 日本接着学会年次大会

オンライン(2021)


光化学反応によるフッ素樹脂の表面改質と接着強度の向上

Photochemical surface modification of fluoropolymers for improvement of adhesion strength


(ウシオ電機)島本章弘, 水川洋一, 加藤啓子, 福田忠司


 

Akihiro SHIMAMOTO, Yoichi MIZUKAWA, Keiko KATO and Tadashi FUKUDA

Ushio Inc.

 

1. 緒言

 フッ素樹脂は耐熱性・耐薬品性・低誘電率などの優れた性質をもち,医療・電気電子・機械部品といった様々な分野での活用が期待される一方で,接着性が低いという課題がある。接着性を改善するためには親水化などの表面処理が必要である。フッ素を含まない樹脂の表面処理ではしばしば乾式処理(大気圧プラズマ処理やUV/O3処理など)が用いられ,酸素原子やOHラジカルといった活性酸素種による酸化により,表面に親水性官能基が生成する。しかし,フッ素樹脂は,C-F結合の結合解離エネルギーが大きいことや,Fの電気陰性度が高いことから,これらの活性酸素種による表面親水化が困難である。

 筆者らは,エタノール蒸気中で波長172 nmの紫外光(VUV光)を照射する(以下,VUV+EtOH処理)ことで,フッ素樹脂表面にヒドロキシ基やカルボニル基といった官能基が生成し,水接触角が低下する(親水化する)ことを報告している1)。VUV+EtOH処理は,貴ガスを用いずに大気圧下でフッ素樹脂表面を親水化することができる簡便な方法であるという特長を有している。本報告では,VUV+EtOH処理を行ったフッ素樹脂について,表面状態の分析および引張せん断接着強さ試験を行った結果を報告する。


 

2. 実験方法

 フッ素樹脂サンプルとして,ポリテトラフルオロエチレン(淀川ヒューテック,ヨドフロン,以下PTFE板)を用いた。分析には20 mm×20 mm×1 mm,引張せん断接着強さ試験には25 mm×100 mm×3 mmのPTFE板を使用した。

 PTFE板を2-プロパノールおよび純水により洗浄後,窒素ブローにより乾燥したのち,処理室内に置いた。窒素(純度99.9995 %以上)を流量2 L/minでエタノール(富士フイルム和光純薬)15 mLに通してバブリングし,処理室内をパージした。パージを続けながら,小型エキシマ照射装置HPV-ST(ウシオ電機)によって図1のように波長172 nmの紫外光を所定の時間だけ照射したのち,PTFE板を取り出した。

 得られたPTFE板の表面について,接触角計(協和界面科学,DMs-401)による水接触角測定と,X線光電子分光装置(ULVAC-PHI,PHI Quantera II)による表面化学状態分析を行った。また,VUV+EtOH処理を施した面に接着剤(セメダインスーパー)を塗布し,JIS K 6850に従い引張りせん断接着強さ試験を行った。
 



図1 VUV+EtOH処理の概要。真空紫外エキシマ光モニタ(ウシオ電機,VUV-S172)により測定した,★部における紫外線放射照度は1.5×102mW/cm2


 

3. 結果と考察

 未処理のPTFE板と,VUV+EtOH処理を30秒間,120秒間行ったPTFE板について,水接触角測定とX線光電子分光(XPS)の結果を図2に示す。XPSでは表層数nmの化学状態が取得される2)。VUV+EtOH処理を120秒行ったことで,少なくとも表層数nmのF原子濃度が大きく減少し,O原子濃度が増加する。これはPTFE分子中のF原子の脱離および親水性官能基の形成によるもので,これらの変化にともなって水接触角も減少したと考えられる。


 

図2 PTFE板の水接触角と,XPSにより得られた原子濃度比。( a)  F/C,( b)  O/C。

 

 図3に,XPSにより得られたC1sスペクトルを示す。ピーク分離の結果から,VUV+EtOH処理後のPTFE表面にはC-H結合,C-O結合,C=O結合が生成していることが示唆される。

 次に,引張りせん断接着強さ試験の結果を図4に示す。未処理のPTFE板では引張せん断接着強さが87±13 Nであったのに対し, VUV+EtOH処理を120秒行ったPTFE板では349±66 Nとなった。接着強度の大幅な向上の理由の一つとして親水性官能基の生成が考えられる。表面の物理的な形状も接着強度に影響するので,今後VUV+EtOH処理を行ったPTFE板についてSEMまたはAFMによる観察を行う予定である。

 

図3 XPSにより得られたC1sスペクトル



図4 引張りせん断接着強さ試験の結果

 

参考文献

1) 島本章弘ほか,第142回講演大会講演要旨集,p. 105(表面技術協会,2020).

2) 日本表面科学会,X線光電子分光法,p.2(丸善,1998).



 

Copyright © USHIO INC. All Rights Reserved