(一社)科学技術と経済の会 機関誌「技術と経済」
(2022/09月号)


抗ウイルス・除菌技術Care222®

 

ウシオ電機株式会社 
事業統括本部光源事業部EH Solutions GBU  (所属は掲載当時)

平尾 哲治

 

1.はじめに

ウシオ電機株式会社(以下「当社」)は1964 年の創業以来「光」の領域で数々の製品を世に送り出してきたが、ありたい企業像として「『光』のソリューションカンパニー」を掲げている。これは、「人々の幸せと社会の発展を支える」というグループ共通の目的を達成するため、大きな社会課題の解決の実現に技術を活用する、すなわち発想の起点を自社の技術でなく社会課題に置く考え方であり。社会課題の解決により経済的価値の拡大をもたらし、結果として持続的な企業価値向上を実現できると考えている。
本稿で紹介する抗ウイルス・除菌用紫外線技術「Care222®」は、まさにこの考え方に基づき、なんとか社会の役に立ちたいと考え、将来に向けてのウイルス対策として開発を進めたものである。光を使うという特性から、物の表面と紫外線が当たったところの空気を同時に除菌できるという特長を持ち、かつ人体に悪影響を及ぼさずに使用することが可能となった。
これまでの「紫外線は人が居る空間では使用できない」という概念を覆し、多くの研究結果を積み重ねた革新的な技術としてJATESよりご評価を頂き、科学技術と経済の会会長賞をいただいた。以降、当社のCare222®について詳しく紹介する。


            図1.ウシオ電機の事業領域とCare222

 

2.安全性の高い波長222nmエキシマランプ光源

class="MsoListParagraph" style="line-height: 115%;">Care222®に使用されているエキシマランプ光源は、1993年に世界で初めて当社が量産・製品化した誘電体バリア放電を活用したランプ光源で、普及とともに広く「エキシマランプ」と呼ばれるようになり、主に液晶ディスプレイ製造工程での光洗浄装置として使用されてきた。
エキシマ(Excimer)とは、一般に励起状態(エネルギーの高い準安定状態)にある多原子分子のことであり、放電プラズマ中の電子により、励起或いは電離された原子が、基底状態にある原子と様々な衝突の繰り返しを経てエキシマを生成し、これらが基底状態に戻る際にエネルギーとして開放される際に、光(エキシマ光)として放射される。
放電用ガスとして希ガス或いは希ガスとハロゲンガスの混合ガスを用いると、ガス種により色々な波長のエキシマ光を発光させることが可能である。これら各エキシマランプの分光スペクトルを図2に示す[1]

 
           図2.代表的なエキシマランプの分光スペクトル

本稿で紹介する波長222nmはKrClのエキシマ発光を利用したもので、図2でも分かるように中心波長は222nmであるが、僅かながらそれ以外の波長にも光を放出している。これらの中で波長230nmから波長300nm付近の紫外線は特に人体に有害であり、有人環境で使用できるようにするためには、これらの波長域の紫外線(有害光)を除去する必要がある。
これを実現するために、コロンビア大学のDavid Brenner教授は、KrClエキシマランプと光学バンドパスフィルタを組み合わせて人体に有害な波長域の紫外線を除去することで人体に影響なく、細菌・ウイルスの不活化効果のみを選択的に活用することに成功した[2](図3)。
それを受け、2015年に弊社は同大学と独占ライセンス契約および研究委託契約を締結し、環境衛生・医療分野で数多く使われることを目標に、有人環境でも使用可能な「Care222®」技術を開発した。
 

 
           図3.光学フィルタによる230nm以上の有害光の除去


 

3.紫外線222nmの安全性について

一般に、UV-B(280-315nm)、UV-C(100-280nm)領域の紫外線はDNAやRNAに損傷を与え、人体に照射すると皮膚がんや角膜炎・白内障などの障害を発症する原因となると考えられてきた。これらに対して、波長222nmの紫外線は、いくつかの動物実験やヒト臨床試験で、従来使用されてきた波長254nmの紫外線と比べて、はるかに高い安全性が報告されている。例えば、神戸大学の黒田教授らのグループの報告では,健常者ボランティア20 名を対象として,波長 222 nm 紫外線照射の安全性と,皮膚殺菌作用を検討する事を目的として試験を行い,50-500 m J/cm2 を照射終了後24 時間での皮膚紅斑の有無を調べたところ,すべての被験者において,波長 222 nm 紫外線照射による紅斑(紫外線による急性障害)を認めなかった[3]。一方,波長 254 nm 紫外線照射による最小紅斑量 (Minimum erythema dose)は,10 m J/cm2 と報告されている(図4)。さらに2021 年,ヒトの皮膚に対してより高いエネルギー量を照射した研究結果が報告された。2 名のヒトの前腕の内側に222nm を6,100 m J/cm2 照 射したところ,最外側の表皮細胞にしかCPD (紫外線によって誘発される DNA 損傷であるシクロブタン型ピリミジンダイマー)が確認されなかった[4]。  
波長222nmの紫外線が整体に殆ど障害を与えなかった大きな理由として、波長222nm紫外線の生体に対する深達度の浅さによるものであることが、神戸大学の錦織教授らのグループの研究によって詳細報告がなされている[5][6]。通常、皮膚においては、従来の紫外線が皮膚の表皮の基底層にまで到達し、細胞やDNAを損傷させるのに対し、波長222nmの紫外線は角質層という極めて表層部分までしか到達しないため、表皮細胞のDNAをほとんど損傷しないことが明らかになった(図4)。一方、眼への波長222nmの安全性に対しても、島根大学の谷戸教授らのグループから論文が報告[7]され、角膜への影響が認められないことが明らかになっている(図4、図5)。

 

           
                図4.波長222nmの生体への安全性

 

 
              
               図5.皮膚及び眼における紫外線の侵入深度(模式図)


 

4.波長222nm紫外線の殺菌、ウイルス不活化効果 

波長254nm紫外線と同様に、波長222nm紫外線は広範囲の病原体を不活化することが、弘前大学の中根教授らの研究グループによって報告されている[8]。 

さらに、波長222nm紫外線は、エアロゾル中のヒトインフルエンザやヒトコロナウイルスに対しても、高い不活化効果を示すことが報告[9][10]されており、最近では新型コロナウイルス(SARS-Cov-2)に関する不活化効果の検証が行われ、広島大学の大毛教授らの研究グループにより、その成果が報告されている[11][12]
この研究では,プラスチック上の環境において,照度0.1 mW/cm2 の222 nm 紫外線を10秒間照射でおよそ,1 log(90 %),30 秒間照射でおよそ,3 log(99.9 %)の新型コロナウイルス不活化を確認している。
このように波長222nm紫外線での細菌・ウイルスの不活化効果が様々な機関で実証されており、今後の感染症リスクの低減の可能性に対する期待が高まってきている。

 
             図6.新型コロナウイルスに対する222nm不活化効果

5.紫外線に対する規制値

波長222nm 紫外線の生体に対する高い安全性と,広範囲な細菌やウイルスに対する高い不活化効果は,波長 222 nm 紫外光源が様々な場面において応用が可能であることを示している。このような科学的知見の蓄積もあり,2021 年にアメリカ合衆国産業衛生専門官会議(ACGIH)において,UVC 波長領域を中心とした曝露勧告値(TLV)の改定提言がなされ,波長222 nm の紫外線では目および皮膚のそれぞれで曝露勧告値の大幅な引き上げることが採択された[13]。今後,器具搭載時の工業会規格などでの議論が進み、波長222nmの紫外線の適用範囲や有用性が更に広まっていくことが期待される。


 
                  図7.紫外線照射量に対する規制値

6.実地効果検証結果

当社では実際にCare222®技術を搭載した器具を施設に取り付け、現地で実地検証を行っている。当社とパートナーシップ契約を締結している株式会社東京タワー様にご協力をいただき、チケットカウンター天井に取り付けた器具を用いて効果検証を実施した。照射前後で専用器具を用いて拭き取りを行い、生菌の採取を行い、その効果を確認したところ、およそ12時間の稼働において多くの生菌が減少していることが観察され、波長222nmの紫外線による除菌効果が実証された(図8)。



 
              図8.東京タワー様での実証実験結果
 

上述にて示される表面の付着菌に対する効果だけでなく、感染経路として疑われるエアロゾル中の新型コロナウイルスに関しても,波長222 nm による不活化効果があると考えられる。そこで,前述の222 nm 紫外光源を使ったコロナウイルスの不活化研究の実験データをもとに,患者が在室時(部屋の大きさ3 × 3 × 3 m)のコロナウイルス(エアロゾル)の不活化効果を数値化した流体シミュレーションモデルによる解析結果が報告されている[14]。このモデルにおいては,部屋の換気(一時間当たり8 回の換気)のみと比較して,ヒトに対する曝露勧告値(ACGIH TLV 22 m J/cm2)の条件で222 nm 紫外光源を使用すると,感染性コロナウイルスの低減効率が約2 倍程度まで上がることが見積もられた。また,換気がほとんど行われない部屋において222 nm 紫外光源を使用する事により,一時間当たり8 回の換気を行った場合と同程度まで,感染性コロナウイルスの量を低下できる事が見積もられており,リスク低減の可能性が報告されている。


 

            図9.感染性コロナウイルス(エアロゾル)への適用


 

7.さいごに

当社は「あかり・エネルギーとしての光の利用を進め、人々の幸せと社会の発展を支える」ことをミッションに、2030年の目指す姿(ビジョン)として「『光』のソリューションカンパニー」の実現へ向けて様々な社会課題の解決に取り組んでいる。
波長222nmの紫外線を殺菌に利用するCare222®が、SDGsの目標3に掲げられている「すべての人に健康と福祉を」を達成する一助となり、今後起こるかもしれない感染症への対処に寄与できることを期待するとともに、当社のこの技術が照明器具を始めとして様々な器具に搭載され、Care222®があるから安心、そういった社会が実現できることを強く願っている。

 


                    図10.当社が目指すゴール
 

参考文献

[1]ウシオ電機 光技術情報誌「ライトエッジ」No.27/特集 放電ランプ(2004年4月発行)
[2]M. Buonanno et al.,‘207-nm UV light - a promising tool for safe low-cost reduction of surgical site infections. I: in vitro studies’, PloS One, vol. 8, no. 10, p. e76968, 2013, doi: 10.1371/journal.pone.0076968.
[3]T. Fukui et al., ‘Exploratory clinical trial on the safety and bactericidal effect of 222-nm ultraviolet C irradiation in healthy humans’, PloS One, vol. 15, no. 8, p. e0235948, 2020, doi: 10.1371/journal.pone.0235948.
[4]R. P. Hickerson et al., ‘Minimal, superficial DNA damage in human skin from filtered far-ultraviolet-C (UV-C)’, Br. J. Dermatol., Jan. 2021, doi: 10.1111/bjd.19816.
[5]N.Yamano et al.,‘Long-term Effects of 222-nm ultraviolet radiation C Sterilizing Lamps on Mice Susceptible to Ultraviolet Radiation’, Photochem. Photobiol., vol. 96, no. 4, pp. 853-862, Jul. 2020, doi: 10.1111/php.13269.
[6]N. Yamano, M. Kunisada, A. Nishiaki-Sawada, H. Ohashi, T. Igarashi, and C.Nishigori, ‘Evaluation of Acute Reactions on Mouse Skin Irradiated with 222 and 235 nm UV-C’, Photochem. Photobiol., Jan. 2021, doi: 10.1111/php.13384.
[7]S. Kaidzu, K. Sugihara, M. Sasaki, A.Nishiaki, T. Igarashi, and M. Tanito,
‘Evaluation of acute corneal damage induced by 222-nm and 254-nm ultraviolet light in Sprague-Dawley rats’, Free Radic. Res., vol. 53, no. 6, pp. 611‒617, Jun. 2019, doi: 10.1080/10715762.2019.1603378.
[8]  K. Narita et al., ‘222-nm UVC inactivates a wide spectrum of microbial pathogens’, J. Hosp.Infect., Mar. 2020, doi: 10.1016/j. jhin.2020.03.030.
[9]  D. Welch et al., ‘Far-UVC light: A new tool to control the spread of airborne-mediated microbial diseases’, Sci. Rep., vol. 8, no. 1, p. 2752, Feb. 2018, doi: 10.1038/s41598-018-21058-w.
[10]  M. Buonanno, D. Welch, I. Shuryak, and D. J. Brenner, ‘Far-UVC light (222 nm) efficiently and safely inactivates airborne human coronaviruses’, Sci. Rep., vol. 10, no. 1, p. 10285,Jun. 2020, doi: 10.1038/s41598-020-67211-2.
[11]  H. Kitagawa et al., ‘Effectiveness of 222-nm ultraviolet light on disinfecting SARS-CoV-2 surface contamination’, Am. J. Infect. Control, Sep. 2020,
doi: 10.1016/j.ajic.2020.08.022.
[12] H. Kitagawa et al., ‘Effect of intermittent irradiation and fluence-response of 222 nm ultraviolet light on SARSCoV-2 contamination’, Photodiagnosis Photodyn. Ther., p. 102184, Jan. 2021, doi: 10.1016/j.pdpdt.2021.102184.
[13] ACGIH. 2021 TLVs® and BEIs®: Threshold limit values for chemical substances and physical agents, and biological exposure indices. American Conference of Governmental Industrial Hygienists. Cincinnati, OH. (2021).
[14]A. G. Buchan, L. Yang, and K. D. Atkinson, ‘Predicting airborne coronavirus inactivation by far-UVC in populated rooms using a high-fidelity coupled radiation-CFD model’, Sci. Rep., vol. 10, no. 1, p. 19659, Nov. 2020, doi: 10.1038/s41598-020-76597-y.



 

 
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