真空紫外光照射によるポリカーボネート上シリコーンハードコートの表面改質における加熱温度の影響
清水 昭宏1), 2) 飯田 廉2) 神原 信志2)
1) ウシオ電機株式会社
2) 岐阜大学
In this study, we investigated reducing the VUV irradiation dose required for modification of a silicone hard coat in plastic glazing for automobile windows by utilizing xenon excimer lamps. We assessed the effects of heating temperature on the surface composition and surface hardness in the modification of the hard coat using Fourier transform infrared spectroscopy and nanoindentation, respectively. We revealed that the higher the heating temperature during VUV irradiation, the greater the degree of modification and hardness of the surface layer at the same VUV irradiation dose, indicating that heating accelerates the modification and reduces the necessary VUV irradiation dose.
1.緒言
2015年に採択された気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定以降,先進国を中心にカーボンニュートラル社会の実現に向けた取り込みが急速に推進されている.特に,自動車業界では,欧州各国や中国を中心に電気自動車の普及が急激に進んでおり,2022年時点での世界の新車販売台数に占める電気自動車の割合は14%に達している(1).しかし,電気自動車には依然として航続距離が短いという課題があり,バッテリーの性能向上や車両の軽量化が求められている.車両を構成する部品で,窓材の無機ガラスの占める重量の割合は大きく,これをポリカーボネート(PC)などの透明樹脂に置き換える“樹脂グレージング”が検討されている(2).例えば,PCの比重は無機ガラスの約1/2であるため,無機ガラス比で約50 %の軽量化を実現できる.一方,PCは無機ガラスに比べて,耐摩耗性,耐薬品性,耐候性などが劣るため,PC表面にシリコーンハードコート(以下,ハードコート)がコーティングされる(2).しかし,ハードコートだけでは,自動車用安全ガラス認証におけるフロントガラスの耐摩耗性の基準を満足できないため,ハードコート表面にプラズマCVD法によりSiO2膜を形成する方法(3)~(5)や,F2レーザーやキセノンエキシマランプ(以下,エキシマランプ)からの真空紫外光(VUV; Vacuum ultraviolet)照射で,ハードコート表面をSiO2に改質する方法が検討されてきた(6)(7).野尻らは,モメンティブ社製ハードコートに,エキシマランプから酸素濃度1000 ppm下で積算光量3 J/cm2でVUV照射することで,無機ガラスと同等の耐摩耗性が得られたことを報告している(7).また,野尻らは,ランプ面照度200 mW/cm2のエキシマランプで,ハードコート付きPC板(100 cm×100 cm)の全面を積算光量3 J/cm2で改質するために必要な時間は,ランプ4灯で約120 s,8灯で約60 sと試算している(7).自動車の窓材の量産化に適用するためには生産性の向上が求められ,それには改質に必要な積算光量を低減する必要がある.
筆者らは,積算光量の低減に寄与し得る照射条件として加熱温度に着目し,VUV照射時の加熱温度がハードコートの改質に与える影響を調べている(8).モメンティブ社製ハードコートに加熱温度を変えてVUV照射し,ハードコート表面の改質層の厚みをX線光電子分光(XPS)深さ分析で評価した結果,加熱温度50 ℃以上では積算光量2.5 J/cm2以下で,25 ℃,3 J/cm2と同等の改質層の膜厚(SiO2のスパッタレートによる換算)が得られることを示した(8).しかし,XPS深さ分析から,ハードコートの改質層は最表面の無機ガラス(SiO2)からハードコート(SiO1.7)まで組成が変化する傾斜構造であることが示されたため,SiO2換算による改質層の膜厚を正確に評価できていない可能性がある.そこで,本研究では,フーリエ変換赤外分光法(FTIR)の全反射減衰(ATR)法でVUV照射後のハードコートの改質層の膜厚を含む改質度を評価した.さらに,ナノインデンテーション試験でハードコート表層の硬度を測定し,表面組成や表層硬度の観点から,VUV照射時の加熱が積算光量の低減に有効であるかを検証した.
2.実験方法
野尻らの先行研究(7)を参考に,PC板(100 mm×100 mm×t3 mm)に,プライマー(モメンティブ社,SHP470FT-2050),ハードコート(モメンティブ社,AS4700F)の順に,図1に示す仕様で,コーディングと熱硬化処理を行った.本研究では,それを小片(25 mm×25 mm×t3 mm)にカットしたサンプルに,図2に示すエキシマ照射装置(ウシオ電機,SVC232シリーズ)でVUV照射を行った.本装置は,窓面放射発散度50 mW/cm2以上で,最大250℃まで加熱可能なステージを搭載しており,プロセスガス(クリーンドライエア,窒素)を導入することで処理室内の酸素濃度を制御できる.サンプルをステージに載せて,プロセスガスの流量を調整して酸素濃度1000 ppm程度に設定し,照射距離5 mmでVUV照射を行った.VUV照射の積算光量は1 J/cm2,2 J/cm2,3 J/cm2の3水準とし,所定の積算光量になるようにVUV照射時間を調整した.ステージ(加熱)温度は25℃,50℃,75℃,100℃,120℃の5水準とし,ハードコートの熱硬化温度を上限とした.VUV照射後のサンプルの表面組成は,フーリエ変換赤外分光光度計(日本分光, FT/IR 4600)を用いて,Ge結晶,入射角45°の条件で測定した.また,VUV照射後のサンプルの表層硬度は,ナノインデンテーション試験機(エリオニクス,ENT-2100)で,バーコビッチ圧子を用いて,押し込み荷重を変えながら複数回測定した平均値とした.

Fig. 1 Coating conditions

Fig.2 Excimer light irradiation device: Ushio SVC232 Series. The VUV irradiation part of photograph (a) is enlarged in (b).
3.実験結果及び考察
3.1 FTIR-ATR測定
図3は,積算光量3 J/cm2で,加熱温度を25℃~120 ℃に変えたときのFTIR-ATRスペクトルを1020 cm-1付近のSi-O伸縮振動に由来するピークで正規化した結果である.図3(a)で,1100 cm-1付近と1270 cm-1付近は,それぞれ,Si-O伸縮振動とSi-CH3変角振動に由来するピークである.ただし,これらのピークは全てVUV照射で変化するため,規格化するピークとして適さないが,FTIR-ATRスペクトルの変化を見易くするために,敢えて1020 cm-1付近のピークで規格化している.加熱温度が高くなると,1270 cm-1付近のピークは低下しながらやや高波数側にシフトし(図3(b)),1100 cm-1付近のピークは低下しながら1020 cm-1付近のピークに収れんされ(図3(c)),無機ガラスのFTIR-ATRスペクトルに近づくことが確認された.
(a) FTIR-ATR spectral from 900 cm-1 to 1300 cm-1

(b) Enlarged view of FTIR-ATR in (a) around 1270 cm-1

(c) Enlarged view of FTIR-ATR in (a) around 1020 cm-1 and 1100 cm-1

Fig.3 FTIR-ATR spectral at VUV irradiation of 3 J/cm2
ハードコートと無機ガラスの屈折率をそれぞれ1.43,1.46とすると,本測定条件におけるFTIR-ATR測定の分析深さは,それぞれ,波数900 cm-1では約720 nm,約730 nm,1300 cm-1では約500 nm,約500 nmと推定される.ハードコート表面の改質層は無機ガラスまたは無機ガラスとハードコートの中間の組成であるため,分析深さは全てのサンプルでほぼ同じと考えられる.したがって,図3のFTIR-ATRスペクトルには,改質層の膜厚に応じて,改質層とハードコート層が所定の比率で含まれている.改質層の膜厚が増加するほど,1270 cm-1付近のSi-CH3伸縮振動のピークは低下するため,1020 cm-1付近のSi-O伸縮振動と1270 cm-1付近のSi-CH3変角振動のピークの比(Si-O伸縮振動/Si-CH3変角振動)は,改質層の膜厚を含む改質度の指標に適すると考えられる.
図4に,各加熱温度,各積算光量でハードコートの改質度を算出した結果を示す.図4は,同一積算光量では加熱温度が高いほど, また同一加熱温度では積算光量が大きいほど,改質度は大きくなることを示している.ハードコートの改質は,VUV光によって照射雰囲気の酸素分子が解離した励起酸素原子がハードコート内部を拡散し,シリコーンが光開裂して生成したシロキサン組成物と再結合することで起こる(7).加熱温度が高くなると,ハードコート内部の励起酸素原子の拡散速度が上昇するため,改質層の膜厚が大きくなり,改質度が大きくなったと考えられる.また,図4に,1. 緒言で述べた無機ガラスと同等の耐摩耗性が得られる加熱温度25℃,積算光量3 J/cm2 (7)における改質度の基準線を引いている.図4から,加熱温度25℃,積算光量3 J/cm2のときの改質度は,50℃では2.5 J/cm2程度,75℃~120℃では約2 J/cm2で得られることが分かる.

Fig.4 Relationship between heating temperature and degree of modification for various VUV irradiation doses
3.2 ナノインデンテーション試験
図5は,各積算光量で加熱温度を変えたときの表面から深さ方向の硬度変化を示したものである.表層付近の硬度は,いずれの積算光量でも加熱温度が高くなるほど上昇した.また,表面からの深さが大きくなるほど硬度は低下し,予め測定したハードコートの硬度の0.35 GPaに近づいた.ナノインデンテーション試験では下地の影響を受けるため,経験的に圧子の押し込み深さは膜厚の1/10 以下とすること推奨されている(9).押し込み深さ20 nm以上で硬度が急激に低下していることは,改質層が傾斜構造であり,表層付近のみが硬度が非常に高いことを示唆している.今回は,表面から深さ方向の硬度変化を近似曲線で表し,表層50 nmにおける硬度を算出し,比較することにした.
(a) 1 J/cm2

(b) 2 J/cm2

(c) 3 J/cm2

Fig.5 Hardness profile from surface to depth direction measured by nanoindentation method for various heating temperatures and VUV irradiation doses
図6は,各積算光量,各加熱温度で表層50 nmにおける硬度を算出した結果である.図6から,同一積算光量では加熱温度が高いほど, 同一加熱温度では積算光量が大きいほど,硬度は高くなることが分かる.また,図6に,先ほどと同様に,無機ガラスと同等の耐摩耗性が得られる加熱温度25℃,積算光量3 J/cm2 (7)における表層50 nmの硬度の基準線を引いているが,基準の硬度は50℃~75℃では2 J/cm2程度,100℃~120℃では約1.5 J/cm2で得られることが分かる.

Fig.6 Hardness at 50 nm from surface as parameters of heating temperature and VUV irradiation dose
4.まとめ
エキシマランプのVUV照射で改質したハードコートで無機ガラスと同等の耐摩耗性を実現するために必要な積算光量は25℃で3 J/cm2と報告されている(7).本研究では,加熱温度を変えてVUV照射したハードコートの表面状態をFTIR-ATR測定やナノインデンテーション試験で評価することで,表面組成だけでなく表層硬度の観点からも加熱温度50℃以上で積算光量2.5 J/cm2以下に低減できる可能性が示された.
謝辞
本研究のFTIR-ATR測定は,株式会社クオルテックの伊藤美沙氏と亀田剛史氏にご協力いただきました.深く感謝申し上げます.
参考文献
(1) International Energy Agency:Global EV Outlook 2023
(2) 福井博之:ポリカーボネート樹脂自動車窓ガラス 欧州の現状と開発動向, NEW GLASS, Vol.25, No.1, pp.24-27, 2010
(3) T. Schmauder, K. -D. Nauenburg. K. Kruse and G. Iches: Hard coatings by plasma CVD on polycarbonate for automotive and optical applications, Thin Solid Films 502, pp.270-274, 2006
(4) 小島洋治:プラズマCVD 法を利用した車窓用透明樹脂板の開発, 成形加工第25巻第8号, pp.372-375, 2013
(5) N. D. Vietro, L. Belforte, V. G. Lambertini and F. Fracassi:Low pressure plasma modified polycarbonate: A transparent, low reflective and scratch resistant material for automotive applications, Applied Surface Science 307, pp.698-703, 2014
(6) Y. Nojima, M. Okoshi, H. Nojiri and N. Inoue:Formation of transparent SiO2 protective layer on polycarbonate by 157 nm F2 laser for lightweight automobile window, Jpn. J. Appl. Phys.49, pp.072703/1-072703/4, 2010
(7) 野尻秀智,岩井和史, 中村先男, 井上成美, 大越昌幸, 萩原健司, 植田博臣, 新中新二:光化学表面改質法によるポリカーボネート上ハードコート膜の超硬質化, 成形加工第30巻第1 号, pp.30-36, 2018
(8) 清水昭宏:真空紫外光によるシリコーンハードコートの表面改質における加熱温度の影響, プラスチック成形加工学会第31回秋季大会予稿集, D208, 2023
(9) 田中幸美:ナノインデンテーション法を用いた微小領域の機械特性評価技術に関する調査研究, 計測と制御第58巻第4号, pp.298-305, 2019