USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.1(1995年冬発行)

照明学会研究会資料 無電極放電ランプの現状とその動向

(1993年11月)

誘電体バリア放電を利用した
エキシマランプの特性

松野博光 五十嵐龍志 平本立躬 大西安夫 菱沼宣是 竹元史敏 笠木邦雄
ウシオ電機(株)

1.はじめに

光化学反応を利用した乾式洗浄、表面改質、光CVD等の光源として、紫外および真空紫外領域の光源が要求されている。これらの光源は、ある特定の波長範囲にだけ、高効率の放射を有することが望まれる。現在実用化されている主な紫外線ランプは、重水素ランプ、キセノンランプおよび、高圧水銀ランプであるが、これらのランプは真空紫外領域から可視領域にわたって連続スペクトルを有し、かつ、単位波長当たりの放射効率も必ずしも高くはないという問題がある。また、254nmと185nmに線スペクトルを放射する低圧水銀ランプは、254nmに関しては高効率の優れた光源であるが、波長の選択の自由度がない。フッ素系エキシマレーザは、研究用としては、表面改質、光CVD等の光源として使用されてきたが、産業用としては効率や使い勝手の面では十分ではない。

そこで、従来の放電ランプでは発生できない分光分布の、新しい紫外・真空紫外ランプの開発を目的にして、エキシマからの自然放出光を利用したエキシマランプの研究・開発が行われている。

エキシマランプの励起源としは、以下の方式が提案されている1)

  • (1)誘電体バリア放電(別名無声放電あるいはオゾナイザ放電)方式。
  • (2)マイクロ波無電極放電方式2)
  • (3)過渡放電方式3)

誘電体バリア放電を励起源としたエキシマランプは、(1)放電空間に接した金属電極が無いため、プラズマ生成媒体を自由に選択できる、(2)放電管の形状の自由度が大きい、(3)高効率が期待できる等の利点があると考えられる。

われわれは、誘電体バリア放電を励起源としたエキシマランプの実用化を目的にして、種々の検討を32行っている4)5)。今回は、Xeガスを使用した中空円筒形ランプの特性を主にして報告する。

2.誘電体バリア放電を励起源としたエキシマランプの研究経過

希ガス中で誘電体バリア放電を行うと、希ガスエキシマからの放射が得られることは、かなり古くから知られていたし6)7)、また、ランプ(Vacuum-UltravioletLamps with a Barrier Discharge in Insert Gases)としての提案もなされていた8)。近年、ヨーロッパにおいて、誘電体バリア放電を利用した種々のエキシマランプとその応用について、広く研究が行われている。

誘電体バリア放電励起で実験されているエキシマと、エキシマ光の中心波長、半値幅、放射効率を表1にまとめた。エキシマ光の半値幅および放射効率は、放電ガスの組成、圧力、放電電力等の放電条件によって異なると考えられるが、これらの全ての条件を明記してある文献は少ない。また、放射効率の測定方法についても、記されていない場合が多いが、表1には、文献中の代表的な値を示した。エキシマの種類を選択することによって、真空紫外領域から可視光領域にわたって、従来の放電ランプでは得られない波長の、比較的挟帯域のスペクトルが、高効率で得られている。

主に使用されている放電ランプは、形状としては、2枚の板状の誘電体を平行に配置することによって平板状の放電空間を形成した平板形、あるいは同軸中空円筒形(図1参照)であり、光取り出し窓を兼ねた誘電体の外表面に光透過性の電極(金属の網)を設け、放電路に平行に光出力を取り出す構造である9)10)11)。誘電体としては、石英ガラス、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化リチウムなどが使用されている9)10)11)。また、放電チャンバ内に、誘電体で被覆された円筒状電極2本を平行に配置した構造の、放電ランプ装置も提案されている13)14)15)

基礎的な解析としては、キセノン圧力と分光分布の関係14)、混合稀ガスにおけるガス組成、圧力と光出力の関係16)、電源の周波数と発光効率の関係17)などが調べられている。また、キセノンを使用した誘電体バリア放電エキシマランプについては、数値解析も行われており、光の取り出し効率を100%と仮定するとエキシマ光の発光効率は約50%になるとされている9)18)

表1実験されているエキシマ光

3.試料ランプおよび測定方法

使用した試料ランプの概略図を図1に示す。管径の異なる2本の合成石英ガラス管を同軸に配置し、中空円筒の放電空間を形成した。内側管内面には、光反射板を兼ねたアルミニウム蒸着電極を設けた。また、外側管の外部表面には金属網電極を設けた。光は、網電極を通して取り出した。

アルミニウム電極と金属網電極に電圧を印加すると、内側管と外側管の2枚のガラス壁を通して放電空間に電力が印加される。放電空間に印加された電圧が放電破壊電圧を越えると、内側管と外側管の間に放電が発生する。しかし、放電路内にガラスという誘電体が存在するため、放電は持続せずに瞬時に消えてしまい、かつ、放電路は空間的にも広がらない。すなわち、放電空間には、持続時間が短く、かつ非常に細い放電プラズマが多数発生することになる(図1参照)。

実験した範囲は、キセノンの圧力と放電ギャップの積pd:2~60kPa・cm、ランプ電力:10~30Wである。

点灯電源は、電圧は4から9kV、周波数は10から20kVである。

放電ランプの電気的な特性は、ランプに印加されている電圧(記号:V)とランプを流れる電流の積分値(即ち電荷量、記号:Q)のV-Qリサジュ図から求めた。この方法は、古くから使用されている方法である19)。横軸にV、縦軸にQをとったV-Qリサジュ図の一例を、図2に示す。誘電体バリア放電においては、放電が発生していない状態では放電空間という真空コンデンサを通して電流が流れるので、dQ/dVは小さい。一方、放電空間に放電が発生している状態では、dQ/dVは大きくなる。従って、図2の例に示したように、誘電体バリア放電のV-Qリサジュ図は平行四辺形になる。放電維持電圧は、長い方の二本の直線(dQ/dVの大きな直線)間の電圧差(図2の2Vs)の二分の一であり、放電電力は平行四辺形の面積に印加電圧の周波数を乗じた値である。本報告における電界強度(記号E)は、上記した放電維持電圧Vsを放電ギャップ長で除した値である。

光出力は、以下のように測定した。

(1)200nm以下(真空紫外領域)

真空紫外領域における相対分光分布は、ランプを窒素雰囲気中に配置し、フッ化マグネシウムの窓を有する装置幅0.8nmの真空紫外分光器(ACTON社、ホログラフィックグレーティング)を使用して測定した。また、エキシマ光の絶対値は、エキシマ光が狭い波長領域にだけ放出されるので、バンドパスフィルタとサーモパイルを組み合わせて、窒素雰囲気中で測定した。ランプから放出されたエキシマ光の全放射束は、上記の測定と配光分布の測定から求めた。

(2)200nm~800nm

装置幅0.2nmの分光器を使用した。測光系の分光応答度は、200から300nmは重水素ランプで、300から800nmの範囲はハロゲンランプで較正した。

4.中空円筒形誘電体バリア放電エキシマランプの特性

キセノンガスを使用した中空円筒形誘電体バリア放電エキシマランプの分光分布を、図3に示す。172nmに最大値を有し、半値幅が約14nmである単色光的な放射が得られた。

使用した放電容器は合成石英ガラスで、その透過率は160nmでは約26%、165nmでは約68%、170nm以上においては83%であった。従って、図3のスペクトルの170nm以下の形は、合成石英ガラスの透過率に影響されている。また、ランプ内の放電プラズマにおいて160nm以下の波長領域(例えば、キセノン原子の共鳴線147nmなど)に発光が有ったとしても、ランプの外には放出されない。また、上記のエキシマ光の強度は、210nmにおいて172nmにおける強度の千分の一の桁にまで低下した。210nmから800nmの波長領域においては、キセノン原子のスペクトル線などが発生しているが、それらの強度は、全て、172nmにおける強度の千分の一以下であった。

上記した光出力特性は、キセノンの圧力約10kPa上においては、放電条件によってほとんど影響されなかった。一例として、入力電力を変えて測定した、キセノンエキシマ光のスペクトルの形と管壁負荷の関係を、図4に示す。スペクトルの形は、管壁負荷によってほとんど変わらなかった。

以上のように、誘電体バリア放電を励起源としたエキシマランプは、172nmを中心として約160nmから180nmの領域にのみ発光を有する、単色光真空紫外光源であることがわかった。そこで、光出力の相対値の測定には、300nm以下の波長領域にのみ感度を有するCs-Te光電面の光電管を使用した。

図5にエキシマ光の発光効率と、電界強度Eをキセノンの圧力pで除した値E/pとの関係を示す。E/pが約40kV/cm/kPaの中空円筒形誘電体バリア放電エキシマランプにおいて、エキシマ光の全放射束の絶対値を、3章に記した方法で測定した。この値を移したCs-Te光電面の光電管を使用して、図5の縦軸の効率を測定した。E/pが約25から50kV/cm/kPaにおいて、効率が最大になった。比較的広い範囲のE/pにおいて効率約10%が得られた。また、効率の絶対値10%は、文献の値と一致する。

図6に、中空円筒形誘電体バリア放電エキシマランプのエキシマ光の配光分布を示す。資料ランプは、放電ギャップ長:4.5mm、外径:25mm、発光長:100mm、全長:150mmである。完全拡散放射源(図中の真円)からずれて、ランプの軸に垂直な方向の光出力に比較して斜めの方向に放出される光出力が大きくなる分布になった。エキシマ光は放電ガスによる吸収が非常に少ないため、上記の特徴ある分布になったと考えられる。

光取り込み時間(積分時間)が0.1秒である放射照度計を使用して、受光器の大きさと、ランプと受光器間の距離を変えて、エキシマ光の時間的な変動を調べた。測定結果を図7に示す。図7の縦軸の光出力の変動率は、上記の条件で測定した250個の測定値の標準偏差を平均値で除した値である。また、横軸の距離は、ランプの管壁表面と受光面間の距離である。多数のマイクロプラズマが空間的にも、時間的にも変化しているという誘電体バリア放電の放電形態から予想されるように、エキシマ光の時間的な変動率は、受光器の面積が大きいほど、かつ、ランプと受光器間の距離が大きいほど小さくなった。また、当然の事ながら、反射笠による光出力の集光系の設置や、光取り込み時間を長くすることによって、エキシマ光の時間的な変動率は小さくなった。

最後に、われわれが製品化している誘電体バリア放電エキシマランプの仕様と特性を、表2にまとめる。

表2誘電体バリア放電エキシマランプの仕様と特性

5.おわりに

誘電体バリア放電を利用したエキシマランプは、以下の特徴があることがわかった。

  • (1)従来の放電ランプでは発生しにくい波長の光を効率よく発生できる。
  • (2)エキシマ光以外の放出光がほとんど無く、単色光的ランプである。

また、今回は中空円筒形のランプについてだけ検討を行ったが、誘電体バリア放電を利用したエキシマランプは、平板形など、ランプ形状の自由度が大きいなどの特徴があるので、今後の発展が期待される。

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