USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.1

「光技術コンタクト」Vol.32,(1994年)NO.2 別刷

(1995年冬発行)

特 集 「新光源技術」
誘電体バリア放電を利用したエキシマランプ

松野博光,五十嵐龍志

1.はじめに

光化学反応を利用した乾式洗浄,表面改質,光CVD等は,一部については既に実用化されており,さらに研究開発が盛んに行われている。これらの光化学反応用の光源には,紫外領域あるいは真空紫外領域のある特定の波長範囲にだけ,高効率の放射を有することが望まれる。しかし,現在実用化されている主な紫外線ランプてある重水素ランプ,キセノンランプなどは,真空紫外領域から,可視領域にわたって連続的にスペクトルを有し,かつ,単位波長当たりの放射効率も必ずしも高くはないという問題がある。

また,254nmと185nmに線スペクトルをもつ低圧水銀ランプは,254nmに関しては高効率の優れた光源であるが,波長の選択の自由度がない。フッ素系エキシマレーザは,研究用としては,表面改質,光CVD等の光源として使用されてきたが,産業用としては効率や使い勝手の面では十分ではない。

そこで,従来の放電ランプでは発生できない分光分布を有する。新しい紫外・真空紫外ランプの開発を目的にして,エキシマからの自然放出光を利用したエキシマランプの研究・開発が行われている。

放電を利用したエキシマランプの励起源としては,以下の方式が提案されている1)

  • (l)誘電体バリア放電(別名無声放電あるいはオゾナイザ放電)方式。
  • (2)マイクロ波無電極放電方式 2)
  • (3)過渡放電方式 3)

誘電体バリア放電を励起源としたエキシマランプは,(1)放電用ガスに接した状態の金属電極が無いため,ハロゲンなどの腐食性ガスも使用できる,(2)放電管の形伏の自由度が大きい,(3)高効率が期持できるなどの利点があると考えられる。

われわれは,誘電体バリア放電を励起源としたエキシマランプの実用化を目的にして,種々の検討を行っているが4)5)6)本報告では,放電用ガスとしてキセノン,クリプトン/塩素およびキセノン/塩素を使用した中空円筒形誘電体バリア放電エキシマランプの特性および応用について報告する。

2.誘電体バリア放電を励起源としたエキシマランプの研究経過

まず,図1を使用して,誘電体バリア放電について簡単に説明する。放電ランプの構造は2枚の誘電体,例えば石英ガラス板によって放電空間を形成し,石英ガラス板の外側に放電用の電極を設けた構成である。ランプとして使用する場合には,光を取り出すために,一つの電極を網状など光透過性にする。電極間に電圧を印加すると,2枚の誘電体を通して放電空間に電圧が印加され,この電圧が放電空間の放電破壊電圧以上になると放電空間で放電が発生する。しかし,放電路に直列に誘電体が存在するので,誘電体表面に電荷が蓄積されると放電は終止してしまう。すなわち,放電の寿命は数十ns程度である。さらに,誘電体は,放電プラズマが放電路と直角方向に広がる事を阻止するので,一つの放電プラズマの直径は0.1mm程度になる。すなわち,直径は0.1mm程度,寿命は数十ns程度の放電プラズマが放電空間に多数本発生することになる。

図1.誘電体バリア放電の原理図

希ガス中で上記した誘電体バリア放電を行うと,希ガスエキシマが形成され,エキシマ光が放出されることは,かなり古くから知られていた7)。近年,主に,ヨーロッパにおいて,誘電体バリア放電を利用した種々のエキシマランプとその応用について,広く研究が行われている。誘電体バリア放電励起で実験されているエキシマと,エキシマ光の中心波長,半値全幅,放射効率を,波長順に表1にまとめた。エキシマの種類を選択することによって,真空紫外領域から可視光領域にわたって,従来の放電ランプでは得られない波長の,比較的挟帯域のスペクトルが,高効率で得られている。放電ランプの形状としては,2枚の円板状の誘電体を平行に配置することによって円板状の放電空間を形成した円板形,あるいは同軸中空円筒形(図2参照)が主に使用されている。また,光透過性の電極としては,専ら,金属の網が使用されている8)9)。誘電体としては,石英ガラス,フッ化マグネシウム,フッ化カルシウム,フッ化リチウムなどが使用されている8)9)。また,誘電体で被覆された円筒状電極2本を平行にして,放電チャンバ内に被照射試料と一緒に配置した構造の,すなわち,光り取り出し用の窓部材を有さない構造の放電ランプ装置も提案されている11)12)13)

図2. 中空円筒形誘電体バリア放電エキシマランプの概略図

表1 実験されているエキシマ光 エキシマ 中心波長

また,キセノンを使用した誘電体バリア放電エキシマランプについては,基礎的な数値解析も行われており,光の取り出し効率を100%と仮定するとエキシマ光の発光効率は約50%になるとされている11)

3.試料ランプおよび測定方法

実験に使用した試料ランプの概略図を図2に示す。管径の異なる2本の石英ガラス管を同軸に配置し,中空円筒の放電空間を形成した。内側管内面には,光反射板を兼ねたアルミニウム蒸着電極を設けた。また,外側管の外部表面には金属網電極を設けた。光は,網電極を通して取り出した。

点灯電源は,電圧は4kVから9kV,周波数は10kHzから20kHzである。また,実験したランプ電力の範囲は,10Wから30Wの範囲である。

放電ランプの放電維持電圧,電力などの電気的な特性の測定は,古くから使用されている方法である,印加電圧とランプを流れる電流の積分値(即ち電荷量)のリサジュ図から求めた14)。また,本報告における電界強度は,上記の方法で測定した放電維持電圧を放電ギャップ長で除した値である。

光出力は,以下のように測定した。

(1)200nm以下(真空紫外領域)

真空紫外領域における相対分光分布は,ランプを窒素雰囲気中に配置し,フッ化マグネシウムの窓を有する装置幅0.8nmの真空紫外分光器(ACTON社,ホログラフィックグレーティング)を使用して測定した。また,エキシマ光の絶対値は,エキシマ光が狭い波長領域にだけ放出されるので,バンドパスフィルタとサーモパイルを組み合わせて,窒素雰囲気中で測定した。ランプから放出されたエキシマ光の全放射束は,上記の測定と配光分布の測定から求めた。

(2)200nm~800nm

装置幅0.2nmの分光器を使用した。測光系の分光応答度は,200から300nmは重水素ランプで,300から800nmの範囲はハロゲンランプで較正した。

4.中空円筒形誘電体バリア放電エキシマランプの特性

放電用ガスとしてキセノン,クリプトン/塩素およびキセノン/塩素を使用した中空円筒形誘電体バリア放電エキシマランプの発光スペクトルを,図3に示す。それぞれ,波長172nm,222nmおよび308nmに最大値を有し,半値幅がそれぞれ約14nm,2nmおよび2nmである単色光的な発光スペクトルが得られた。

以下,キセノンガスを使用したランプの特性について,詳しく説明する。放電容器は合成石英ガラスで,その透過率は160nmでは約26%,165nmでは約68%,170nm以上においては83%であった。従って,図3のスペクトルの170nm以下の形は,合成石英ガラスの透過率に影響されており,ランプ内の放電プラズマにおいて160nm以下の波長領域(例えば,キセノン原子の共鳴線147nmなど)に発光が有ったとしても,ランプの外には放出されない。また,上記のエキシマ光の強度は,210nmにおいて172nmにおける強度の千分の一の桁にまで低下した。210nmから800nmの波長領域においては,キセノン原子のスペクトル線などが発生しているが,それらの強度は,全て,172nmにおける強度の千分の一以下であった。

上記した光出力特性は,キセノンの圧力約10kPa以上においては,放電条件によってほとんど影響されなかった。一例として,入力電力を変えて測定した,キセノンエキシマ光のスペクトルの形と管壁負荷(ランプへの入力電力をランプの表面積で除した値)の関係を,図4に示す。スペクトルの形は,管壁負荷によってほとんど変わらなかった。

図5に,放電ギャップ長:4.5mm,外形:25mm,発光長:100mm,全長:150mmであるキセノン誘電体バリア放電エキシマランプの配光分布を示す。配光分布は,ランプの軸に斜めの方向の光出力がランプの軸に垂直な方向の光出力に比較して大きい分布になり,完全拡散放射源(図中の真円)からずれた分布になった。エキシマ光は自己吸収が非常に少ないため,上記の特徴ある分布になったと考えられる。

放電ギャップの大きさとキセノンガスの圧力を変えて,エキシマ光の発光効率(エキシマ光の全放射束の絶対値をランプへの入力電力で除した値)を調べた。電界強度Eをキセノンの圧力pで除した値E/pは,放電プラズマ中の電子のエネルギー,従って発光効率に関係すると考えられる。得られた結果をE/pで整理した結果,発光効率はE/pが約25から50V/cm/kPaにおいて最大になり,効率の絶対値は約10%であった。この10%は,文献の値と一致した。

以上のように,誘電体バリア放電を励起源としたキセノンエキシマランプは,172nmを中心として約160nmから180nmの領域にのみ発光を有する,高効率の単色光真空紫外光源であることがわかった。

放電用ガスとしてクリプトン/塩素およびキセノン/塩素を使用した中空円筒形誘電体バリア放電エキシマランプの諸特性も,上記したキセノンエキシマランプの特性と類似であり,発光効率としては,クリプトン/塩素で7%,キセノン/塩素で約10%が得られた。

5.エキシマ光照射装置の特性

20ワット型エキシマ光照射装置の外観を図6に,光出力特性を表2に示す。照射装置は電源と照射ユニットに分かれている。照射ユニットにはランプ1本と反射鏡を収納しており,照射口の大きさは100×100mmで,照射ユニット内を窒素パージする構成である。また,真空中や特殊なガス中における試料に照射を行う場合には,上記照射ユニットに別の処理ユニットを接統出来る構造になっている。

図6 エキシマ光照射装置の外観図

表2 エキシマ光照射装置の特性

放射照度は,照射口出口直下において,172nmおよび308nmを放射するランプにおいては10mW/cm2,222nmランプにおいては7mW/cm2である。

図7に,一例として,308nmランプを使用した照射ユニットにおける放射照度分布を示す。約90×90mmの照射面積において,放射照度の空間的な均一度は±10%以下である。

6.応用

6.1 光洗浄(UV/O3洗浄)

精密洗浄法の1つとして紫外線とオゾンを使用する光洗浄がある。従来は185nmと254nm光を放射する低圧水銀灯が用いられてきた。原理を下記に示す。185nmは空気中の酸素に吸収されオゾンを発生し,254nm光はオゾンに吸収され,活性な原子状酸素に分解する。一方185nmのような短波長紫外線は有機物の結合を切断し,原子状酸素の酸化作用と切断の作用により,有機物は酸化分解揮発される15)

キセノンエキシマランプの放射紫外線の波長は中心波長172nmで半値幅は14nmである。やはり大気中の酸素に吸収される。175nmより短波長は直接原子状の酸素に分解すると報告されている16)17)。172nmはまた185nm光と同様に03を生成し,原子状の酸素を生成する経路も有する。

172nmでの酸素の吸収係数は185nmでの1桁以上高く18),空気中で強度が1/eになるのがわずか3mmである。この間でオゾン,原子状酸素を生成するので,いままで光源から数十mmの距離で吸収され,オゾン,原子状の酸素を生成していた,低圧水銀ランプに比較し,管壁数ミリの距離では,本ランプのそれら生成濃度は10倍以上であると考えられる。

この効果と172nm光が185nm光より光子のエネルギーが大きいため,有機物の切断力が高いことと相まって,従来の低銀水銀ランプより,洗浄効果が高いと予想される。

図8に本装置,およびウシオ電機製高出力低圧水銀ランプ(450W,254nm:120mW/cm2,185nm:約20mW/cm2)を使用し,石英ガラスの光洗浄を行った結果を示す。

照射前に試料はエチルアルコールで超音波洗浄を行なった。縦軸に純水の接触角,横軸に照射時間を示した。本ランプは60秒で3度になったのに対し,低圧水銀ランプは13-14度であった。10度で汚れが約単分子程度,4度で約0.1分子程度の厚さとの報告があり19),この実験より,本ランプの洗浄速度が高いことが確認された。

用途としてはレンズ,液晶基板,レチクルなどのガラス部品,半導体素子等の電子部品や磁気へッド,塗装前の金属板などの洗浄などが考えられる。

6.2 プラスチックの表面改質

プラスチックを大気中または減圧状態での酸素雰囲気で照射し,172nmという短波長でプラスチックスの表面の結合を切断し,前章で説明したメカニズムで生成した,O3および原子状酸素の強力な酸化作用により.カルボニル基,カルボキシル基,OH基など極性基をプラスチック表面に導人し,塗装のぬれをよくし,接着強度を上げる手法である。

図9にポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムの表面改質結果を示す。縦軸に水の接触角,ESCAで測定した表面酸素濃度(O/C)を示す。水の接触角は照射時問とともに減少し15秒で42度となり,30秒で39度となった。表面の酸素濃度(O/C)は時間と共に増大しl5秒で0.55,30秒で0.66となった。図10に照射前後のXPSスペクトルを示したが,照射時間とともにOH基,COOH基が増大していることがわかる。表面は電子顕微鏡で50000倍で観察したが変化はなかった。以上から本ランプの表面改質は表面のエッチング効果ではなく,親水基の導入によるものであることが確認出来た。

津田らは20),フッ素樹脂の親水化を本ランプと水を用いて行っている。H.Esromら21)は,PMMAとPI(ポリイミド)のエッチングを誘電体バリア放電エキシマランプにより試みている。波長172nm,222nm,308nmを使用,酸素圧力約100Paで行った。エッチングは3波長とも可能だが,172nmの速度が最も早くPMMA,PIそれぞれで紫外線強度が25mWの場合,0.08µm/min.,0.09µm/min.程度であった。

本ランプを用いる表面改質は,その他多くのプラスチックの応用に期待できる。

6.3 光CVD

光CVDは光照射によって原料ガスにラジカルを生成し,低温で膜形成を行う方法である。用いる光によりレーザー光照射,紫外線ランプによる照射に分類される15)

ランプでは低圧水銀ランプ,重水素ランプなどが使用されてきた。

光CVDは低温プロセス,プラズマのようなイオンによるダメージが少ないなどの特徴があるが短波長,大出力のランプがなく,研究段階である。

誘電体バリアランプの応用例ではP.BergonnzoのSi3N422)とSiO211)の応用例がある。

Si3N422)の実験装置を図11に示す。172nmランプ(出力40mW/cm2を真空チェンバーに入れ,反応チェンバーとはMgF2窓で分離している。F.Kesslerら23)は,Xe(7.3eV),Kr(8.6eV),エキシマ光を用いてa-Si:H,a-Ge:H,a-SiGe:Hの光 C V Dを試みている。従来用いられている低圧水銀ランプ(185nm)よりXeエキシマは短波長(172nm)であり使用ガス(例えばジシラン)の吸収係数が高い。またKr,Arエキシマランプが実現されればさらに短波長(Kr:149,Ar:126nm)ランプとなる。

出力も現在,低圧水銀ランプでは185nmでは20mW/cm2以上期待が出来ない。原理的に本ランプは100mW/cm2以上も可能である。

6.4 その他

下記のような応用が考えられる。

  • ● UVキュア
  • ● 公害物質の分解(フロン,NOx他)
  • ● 有機物の分解,合成
  • ● フォトルミネッセンスの光源

7.まとめ

誘電体バリア放電を利用したエキシマランプの特性および応用について報告した。本ランプは現在,開発段階である。キセノンエキシマにより中心波長172nm,20W入力,出力2W,効率10%のランプが商品化されている。同様にクリプトン/塩素,キセノン/塩素により,222nm,308nmランプも商品化されている。将来さらに大出力ランプが開発されるであろう。応用についても,光洗浄,表面改質,光CVDなどの用途が考えられるが,本格的な応用はこれからである。多くの用途に使用されることを期待する。

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