USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No. 4(1996年2月発行)

第23巻 第6号 レーザー研究

(1995年6月)

レーザオリジナル
ガスジェット放電励起真空紫外
キセノンエキシマ光源

二神英治*・高田敏明*・河仲準二*・窪寺昌一*
佐々木亘*・黒澤宏*・三橋健一**・五十嵐龍志**
(1995年3月13日 受理)
Vacuum Ultraviolet Xenon Excimer Light Source
Excited by a Pulsed Jet Discharge
Eiji FUTAGAMI*,Toshiaki TAKADA*,Junji KAWANAKA*,Shoichi KUBODERA*,
Wataru SASAKI*,Kou KUROSAWA*,Kenichi MITSUHASHI** and Tatsushi IGARASHI**
(Received March 13,1995)

We have developed a new xenon excimer light source in vacuum ultraviolet(VUV). The use of a pulsed gas jet discharge realized efficient cluster excitation and spatially localized emission in VUV with an extremely long pulse duration.An output power of 1.5W was obtained with a pulse width of 5 ms at 176nm,corresponding to an efficiency of 3.0%.

Key Words:Rare gas excimers,Vacuum ultraviolet,Excimer lamp,Pulsed gas jet, discharge

1.はじめに

近年,材料科学,物質工学から光化学,分光といった多岐にわたる応用分野において短波長光源の要請が増加している。特に,リソグラフィーに代表される極微細加工,低温・低損傷処理,高エネルギー光子による直接プロセス等のマテリアルプロセッシングの分野においては,従来とは全く異なる機構によりこれらを実現するものとして,真空紫外域(波長100nm~200nm)での高出力光源の開発が期待されている1)。希ガスエキシマ(アルゴン,クリプトン,キセノン)はこの真空紫外域において効率よく光を放出する数少ない媒質のひとつであり,これまで高出力レーザー発振についての研究が行われてきている2)。しかしながら,希ガスエキシマレーザーの発振には高圧力動作が不可欠であり,それに伴い大規模な電子ビーム励起が必要となる。このことは,将来における種々の応用に対する真空紫外域の光子のコストを考える場合には大きな制限要因になると考えられる。このため,電子ビーム励起法を用いずに希ガスエキシマを生成するための新しい励起方法として,パルスガスジェットを用いた放電励起法が近年注目されている3~5)

我々は,パルスジェットを用いて希ガスクラスタを生成し,これを電子衝突励起することにより希ガスエキシマを生成する方法を提案している6)。ジェットノズルを通して真空中に希ガスを超音速で噴出することで,断熱膨張により希ガスクラスタが生成される。この希ガスクラスタを放電励起することにより,希ガスエキシマが高効率で生成される。この方法では,エキシマの生成機構においてクラスタの直接電子衝突励起が支配的であるので,従来の三体衝突を介した励起生成機構と比べて低気圧下で効率のよいエキシマ生成が可能となる。従って,低圧動作による装置の小型化,また放電励起に伴う高繰り返し動作が可能となり,高出力動作が可能な大型の電子ビーム励起法と相補的な励起方法として重要である。加えて,パルスガスジェットの使用により,希ガス媒質を空間的,時間的ともに局在した状態で励起することができることから,従来にない任意の発光形状を持つ真空紫外希ガスエキシマ光源の実現が可能となる。特に放電回路,電極形状などを適当に選択することにより,真空紫外域において高効率動作する疑似点光源が実現可能となり,リソグラフィー用光源として注目される。

本論文では,パルスガスジェット放電により励起された真空紫外キセノンエキシマ(Xe2*),光源(中心波長172nm)の高出力,高効率動作について述べている。超音速パルスガスジェットによるキセノンクラスタの生成及びその定量的な生成量の測定,ならびに異なる放電励起条件における真空紫外発光の高性能化についての結果を述べている。

2.希ガスクラスタの生成

希ガスクラスタは超音速ジェット法により比較的容易に生成される7)。数気圧の高気圧ガスを直径数百µmのオリフィスから真空中に噴射すると,断熱膨張により1K以下に冷却される。これは希ガスクラスタの解離エネルギー(Xe2では281K)より遥かに小さいため,多体衝突により生成されたクラスタは解離されない。

エキシマの発光強度とクラスタ生成数との関係を調べるために,多光子イオン化飛行時間分析法により超音速ジェット中のクラスタ密度を測定した。希ガスクラスタをレーザー光でイオン化し,電界による加速後,一定距離はなれたイオン検出器で測定する。イオン化領域からイオン検出器までの飛行時間は質量数の1/2乗に比例するため,質量数別のイオン数を検出器の信号強度として測定することができる。

Fig.1に実験装置を示す。実験装置は希ガスクラスタを生成する超音速ジェット用とクラスタの質量数別スペクトルを測定する飛行時間分析用の2つの真空チャンバから成る。超音速ジェット用真空チャンバ内にはステンレス製コニカルノズル(口径0.3mm,半値閉口角45度)と自動車用燃料噴射装置を組み合わせた超音速ジェット装置を取り付けている。希ガスは4msの噴射時間のパルスジェットにより供給した。この噴射時間は真空ポンプの容量により制限されている。希ガスはキセノンガスを用いた。ノズルから噴射されたキセノンガスジェットは10mm下流のスキマー(口径1mm)を通して真空度10 -7Torrの飛行時間分析用真空チャンバ内(ジェット噴出時圧力10-5Torr)に導入した。この真空チャンバの中心に設置してある電極間において,キセノン原子及びクラスタはYAGレーザーの4倍高調波(波長266nm,エネルギー2mJ)によって3光子電離し,イオン信号を飛行管上部に設置したマイクロチャネルプレート(MCP)によって検出した。Fig.2はMCPからの信号強度の時間依存性である。横軸は飛行時間で質量数に対応し,縦軸はイオン信号強度に比例する。Fig.2よりn=8までのクラスタが生成し,その大部分はXe2であることが確認された。

キセノンガス背圧を変化させたときのノズル下流1mmにおけるクラスタ密度をFig.3に示す。既知の密度のキセノンをYAGレーザーにより電離したときにMCPに到達するイオン量と,そのときのMCPの出力信号とを比較較正することにより,クラスタ密度の絶村値を求めた。またノズル下流1mmの地点での絶村密度の換算には,超音速ジェットガス流の空間分布を考慮した8)。クラスタの生成量は,キセノン原子とともにキセノンガス背圧に比例して増加していることがわかる。背圧10atmにおいて,Xeの絶対密度は4.6×10 19cm-3となり,ガスだめ内の数密度3.0×10 20cm-3(常温)の数分の一となった。またXe2の絶対密度は約10 18cm-3のオーダーとなり,10%程度の効率でXe2が生成していることがわかった。

3.パルスガスジェット放電励起希ガスエキシマ発光

2.で述べた超音速パルスジェットを用いて生成したキセノンクラスタを放電励起し,キセノンエキシマからの発光を観測した。このときの実験装置図をFig.4に示す。装置は,超音速パルスガスジェット,それを内蔵する真空チャンバ,放電回路,及び発光の測定装置から成っている。真空チャンバ内部には,既述の希ガス噴射用のインジェクター及び超音速ガスジェット生成のためのステンレス製コニカルノズルを設置し,このノズルをアノード電極として用いた。

2.で述べたように,起音速ジェットノズルを用いた場合,様々なサイズのクラスタが生成される。また生成されるクラスタは,分子線中においてモノマーと異なる空間分布を持っており,より大きなサイズのクラスタほど分子線の中心軸近傍に分布することがわかっている9)。この点に着目すると,ガス流の中心軸ほどクラスタの励起が効率よく行なわれることが推測される。そこで,カソード電極にはガス流を乱さないタングステン製の直径0.5mmの針状電極を使用した。

キセノンガス噴出はインジェクタを0.5Hzの繰り返しで動作させることにより行った。この繰り返し速度は排気ポンプの容量により制限されている。真空チャンバは,油拡散ポンプによりあらかじめ10-5 Torr程度に排気し,ガス噴射中においても10-2 Torr程度の真空度に保たれている。

最大出力電圧15kVのネオントランスからの出力を整流し,コンデンサC(容量0.53µF)に充電し電極間に印加した。パルス回路によりインジェクターの開閉を制御し,希ガスを噴出することによって電極間のインピーダンスが低下し放電が開始する。電極間電圧は高電圧プローブにより,また,放電電流は回路中に挿入した微小抵抗Rm(300Ω)によって測定した。放電電流の制御は,安定化抵抗Rsと充電電圧とを変化させることによって行った。

放電部からの発光スペクトルは,真空紫外分光器を波長掃引することにより,シンチレータ付きの光電子増倍管を用いて検出した。また,キセノンエキシマ発光の絶対出力測定には,波長較正されたバンドパスフィルタ(Acton社,中心波長171.4nm,半値幅11.5nm)ならびに波長感度較正された真空紫外用光電子増倍管(浜松ホトニクス社,R972)を用いた。立体角の見積もりの際,発光体は点光源として取り扱った。

Fig.5に背圧10atmのときに測定したスペクトルを示す。ここではスペクトル強度の相対的な感度較正はされていない。波長135nmから235nmの間で観測されたピークは,中心波長176nmのキセノンエキシマ及びキセノン原子の共鳴線(波長147nm)のみであった。

電極間隔3mmの場合の電極間電圧(a),放電電流(b),キセノンエキシマの発光強度(c)の典型的な時間波形をFig.6に示す。電極間電圧は放電開始と同時に降下し,それと同時に放電電流が流れ始め約6ms持続する。この時間は本実験で用いたパルスガスジェットのガス噴出時間とほぼ一致している。放電部への入力はこの電圧降下値及び電流値より求めた。キセノンエキシマの発光は放電電流に準じており,パルス幅約5msの非常に長い発光が観測された。

電極間距離の違いによる発光強度の背圧依存性をFig.7に示す。電流値は各電極間隔における最適値である。どちらの電極間隔においても発光強度はノズルの背圧に比例して増加した。電極間隔が3mmの場合は最適電流値が約3倍に増加した。これは,電極間隔6mmの場合と比べて,高圧力下においても電極間以外での放電が抑制され,安定な放電が得られたことによる。電極間隔の減少に伴い励起密度も増加し,発光強度も増加した。電極間隔3mmの場合,背圧10atmにおいて出力1.5Wが得られた。このときの効率は3.0%に相当する。

4.検討

Fig.6のスペクトルから求めた中心波長176nmのキセノンエキシマ光のバンド幅は8.3nm(半値)であった。この値は電子ビーム励起の場合の値(12nm 10))と比べて著しく小さく,キセノンエキシマの低い振動温度(約250K 11))が反映されている。この放電においては,ピーク電流値mA程度が5ms持続することから安定なグロー放電が得られていると考えられる。このときの電流密度は最も大きい場合でも数十Acm-2程度であり,電極材料に起因するスペクトルあるいはキセノンイオンのスペクトルは観測されなかったことから電極材料の放電によるスパッタリングの影響はなく,また電子温度も平均数eV程度であると推測される。

Fig.7の結果をFig.3の結果と比較すると,キセノンエキシマの発光はキセノンクラスタ生成数に比例していることがわかる。他の形状のノズル(ラバルノズル)を用いた場合でもクラスタ量の背圧依存性とエキシマ光強度の背圧依存性との間に強い相関があることが実験的に確認されている12)。これらの結果はクラスタの直接励起によるエキシマの生成機構を強く支持しているものと考えられる。

観測されたスペクトル(Fig.5)よりエキシマの生成には,準安定状態のキセノン原子が強く関与していることがわかる。準直流グロー放電中での電子温度を数eVとすると,電子によるクラスタの直接励起に比して,キセノン原子の準安定状態を介したエキシマの生成機構が優勢であると考えられる。そこでエキシマ生成機構として,準安定状態のキセノン原子による通常の三体衝突生成反応とこれによるクラスタへのエネルギー移乗反応とを考えると,キセノンエキシマとキセノン共鳴線との強度比は定常状態では次のように表される。(Xe*6S[3/2]01)と6S[3/2]02(準安定状態)の数密度は等しいと仮定している。またジェットによる媒質の供給により共鳴線の再吸収は無いと仮定している。)

ここで,I(Xe2*)/I(Xe*)は,実験より求めたエキシマと共鳴線との強度比であり,k1k2はそれぞれエキシマ生成の三体反応速度定数,クラスタと準安定状態原子との反応速度定数である。Fig.8は縦軸にこの強度比を,横軸に背圧をプロットしたものである。強度比は背圧に比例して増加していることがわかる。横軸の背圧は[Xe]に比例しており,さらにFig.3より,[Xe2]に比例していることがわかる。この結果から,エキシマ生成には,準安定状態によるクラスタの直接励起が支配的で,三体衝突を介したエキシマ励起への寄与は無視できることがわかる。

パルスジェットではノズル噴射後のガス密度は,背圧から見積られるガス密度と同じではないことがFig.3よりわかった。本実験における三体衝突によるキセノンエキシマの生成率は,k1=10-32cm6 s-1 13)を用いると背圧10atmにおいて約106s-1 である。一方,キセノン準安定状態からのクラスタの生成率は同じ圧力で108s-1 程度(k2=10-10cm3s-1を用いた14))とより高い生成率となっていることがわかる。

放電電極間距離を減少させた場合のエキシマ発光強度の増加は,励起密度の増加に加えて,超音速流がターミナルマッハ数に達する位置,すなわちクラスタの成長が完了しその密度が最も高い位置に電極を配置したことの影響も考えられる。Fig.7に示しているように,ノズルの背圧10atmにおいて絶対出力を見積ったところ,波長172nmにおいて最高出力1.5Wとなり,そのときの効率は3.0%であった。またこの値から見積られるキセノンエキシマ密度は約1015~1016cm-3であった。(放電体積の見積もりにより1オーダー程度不確定である)生成されているクラスタの密度が電極の位置において約1018cm-3のオーダーであることを考えると,非常に効率のよいエキシマ生成が実現していることがわかった。

本実験で用いた準直流放電においては,放電開始時よりグロー放電が実現でき,効率よいエキシマ生成が可能となったと考えられる。パルスガスジェット放電中では,クラスタの直接励起電子によるクラスタの直接励起に加えて,長寿命のキセノン原子の準安定状態とクラスタとの衝突によるエキシマの生成機構が共存していると考えられる。また予想どおり通常のエキシマ生成反応である三体衝突反応は無視できることがわかった。さらに,グロー放電中では生成したクラスタのフラグメンテーションも抑制される。発光のパルス幅はガスジェットの噴出時間に準じていることから,排気容量の改善により,ガス噴出時間を増加させることが可能となり,より長パルス化も可能である。

5.まとめ

コニカルノズルを用いたパルスガスジェット放電により,高出力,高効率の真空紫外キセノンエキシマ光源を開発した。中心波長176nmにおいて,最高出力は1.5W,効率3.0%であり,種々の応用に適用できる優れた特性を有している。このときのパルス幅は5msであり,その放電形状は電極間隔できまる疑似点光源である。これらのパルス幅及び発光形状は放電条件などの改善により可変とすることが期待できる。ここではキセノンエキシマ発光特性についてのみ述べたが,この方法は他の2種類の希ガスエキシマにも適用可能であることから,真空紫外域において3種類の波長の異なる実用的な高性能光源が実現する可能性がある。

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