USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.18(2000年3月発行)

月刊電子材料 新年号

(2000年1月)

微細加工用全固体
紫外線レーザ装置とその応用

*横田利夫
**出来恭一
***佐久間純

携帯電話に代表される電子機器の近年の小型化,高機能化に伴ない,使用される半導体,電子デバイス,および光デバイスは,小型,高密度化の一途をたどっている。その流れの中で,従来技術では困難な材料加工,微細加工を可能とするツールとして,紫外域発振レーザの役割が拡大しつつある。光の波長が400nm以下になると,ほとんどの物質の光吸収率が従来から加工に使用されているCO2レーザ,Nd:YAGレーザなどの赤外領域の波長に比して急激に大きくなる。このため,特に短パルス高ピークパワー密度の紫外線レーザ光を照射された物質は,極薄い表面層が瞬時に蒸発分解する。この現象を利用した加工方法はレーザアブレーション1)と呼ばれ,熱影響の少ない切れの良い加工が特徴である。

材料としては,赤外レーザでは加工が困難な金属を始めとして,半導体,ガラスなどの絶縁体や誘電体プラスチックに至るほとんどすべての物が対象となりうる。現在,産業用として実際に使われている主な紫外レーザの種類,特徴などを表1に示す。

紫外光を直接発振するエキシマレーザは,比較的高出力であり,半導体露光,微細加工などで最も広く用いられている。しかし,低繰り返しで集光性が悪く,もっぱら大面積の一括処理的加工に用いられる。また,ガス処理などの付帯設備を含めた装置の大きさ,取り扱い性など経済的デメリットがある。一方,それ以外の光源は可視ないし赤外域発振のレーザ光を非線形光学素子により波長変換する方式で,比較的低出力ではあるが,高繰り返しないし連続発振で集光性も良く,直接描画的応用に向いている。また狭帯域発振も容易で,その可干渉性を生かしたさまざまな応用が可能である。本方式の共通の課題としては,非線形光学素子の寿命が有限で,何らかのメンテナンスが必要なことがある。アルゴンイオンレーザの第2高調波は連続発振光であるが,効率が非常に低い上小出力なため,電子光産業分野用としてはファイバグレーティング製造,半導体ウェハの検査用などに用途が限られている。また銅蒸気レーザの第2高調波(SHG;Second Harmonic Generation)は研突段階である。Nd:YAG(YLF)レーザの高調波発生方式は,レーザダイオード励起による全固体化技術により,高効率かつ高品質光の装置が実現可能であり,脚光を浴びている。

出力の点でもエキシマレーザに迫る勢いで向上しており,その応用分野を拡大しつつある。現在,出力3~5W級の波長349~355nmの第3高調波(THG;Third Harmonic Generation)が高密度実装墓板に対応した穴径50µm未満のビアホール加工用などで市場に入り始めている。第3 高調波については,その信頼性向上と,より高速な加工に適した高出力化(5~20W級)に課題が残る。

また,さらなる高効率,フレキシブルな加工装置ヘの展開を考慮すると,第3 高調波より短波長の第4 高調波(FHG;Fourth Harmonic Generation)ないし第5 高調波(Fifth Harmonic Generation),および最適波長に同調可能な和周波発生装置(1~3W級)の実用化が急務と考えられる。

本稿では,このような動向を踏まえた電子・光デバイス製造用に期待される次世代全固体紫外レーザ装置とその応用について概説する。

§波長変捜による紫外光発生方式§

実用化されている固体レーザのほとんどは,その発振波長が赤色から近赤外領域に存在するため,固体レーザを用いて紫外光を発生させるには,通常非線形光学結晶を用いた波長変換によらねばならない。たとえば,355nmレーザ光源の場合には,図1に示すように,基本波レーザとして半導体レーザ励起Nd:YAG レーザ(1,064nm)が用いられ,LiB3O5,KTiOPO4結晶などによってその第2高調波である532nm 光が発生され,引き続き配置された第2の非線形光学結晶に第2高調波と第1段目の結晶で波長変換せずに残った1,064nmとが入力され,その和周波である第3 高調波(355nm)が発生される。また,次世代の全固体紫外線レーザとして実用化が期待されている266nm光源では,通常第2高調波の532nm光をさらに周波数逓倍する非線形光学結晶の配置,すなわち第2高調波の第2高調波発生として構成される。紫外光発生に適するとされている非線形光学結晶としては,β-BaB2O4(BBO),LiB3O5(LBO),およびCsLiB6O10(CLBO)などがある。また基本波発生のレーザ光源としては,Nd:YAGレーザ(1,064nm),Nd:YLF レーザ(1,047nm)が従来良く用いられてきたが,繰り返し周波数がせいぜい20kHz 程度までしか使用できなかった。最近は,Nd:YVO4レーザ(1,064nm)が開発されつつあり,40~50kHzまで使用できるようになった。ただし出力は最大のもので現状10W程度と低いのが課題である。

一般に,紫外レーザ光源の特性は,発生光のパワ一,効率,繰り返し数,パルス幅,ビーム品質(M2値:理想ビームの集光径,広がり角の何倍かを示す数値),出力安定度(パルス毎,長時間),空間安定度(ビームのふらつき)などで示される。しかし,加工用光源の観点からは,このようなカタログ的仕様値として明記されないポイントがある。その主なものは,発生する紫外光出力の立ち上がり特性と紫外光発生用結晶の寿命である。以下では,全固体紫外レーザ光発生技術に関して,加工用光源の観点と今後の方向性を踏まえて述べる。

§非線形光学結晶の特性§

表2に第3高調波発生用,表3に第4高調波発生用非線形結晶の主なパラメータをまとめた。まず,表中項目の意味を簡単に説明する。波長変換を効率的に行うには位相整合が必要で,n33=n11+n22を満たすように結晶のカット角度が決められる。ここで,λ1,λ2は入射光の波長,n1n2はそれら波長に対応する屈折率,また,λ3n3は出カ光に対する波長と屈折率である。上記位相整合条件を満たすために結晶の持つ複屈折性が利用される。この式が満たされた場合の波長変換効率は,結晶材料と位相整合角できまる実効非線形光学係数,結晶長,入射光強度の積の2乗に依存して増大する。励起用1µmレーザからの変換効率は,非線形光学結晶の設計寿命などに依存するので一概には言えないが,通常第3 高調波で20~30%,第4高調波で10~20%程度である。

角度許容幅とは,入射光の位相整合角からのずれの許容度を結晶の単位長さあたりで表わしたものである。入射光のパワー密度を増加させるため,通常入射光はレンズなどで集光されて結晶に入力されるが,集光に伴なう入射光の角度が角度許容幅を大きく越えると,入射光の全エネルギーが有効に利用されなくなり,変換効率が飽和する。また,温度許容幅とは,結晶の屈折率の温度依存性に起因して位相整合条件が崩れ,変換効率が低下する現象の許容度を表わす。温度変化の原因としては,環境温度の変化の他に,結晶中で発生する紫外光の吸収に伴なう自己加熱が重要である。さらにウォークオフ角とは,結晶が有する複屈折性のため,結晶中で入射光と発生する高調波エネルギ一の進行方向(ポインティングベクトル)がなす角度を表わす。これが大きいと,結晶内における入射光と発生光が非線形相互作用する領域,すなわち結晶の有効長が制限されることとなる。

以上のように結晶の選択は決して単純ではないが,紫外光発生用結晶で特に重要なのは,多光子過程も含めた紫外光の吸収の程度および紫外光によって誘発される結晶の損傷耐力である。これらに関しては,現在でもなお,公表文献中ではあまり明らかになっていない。第3高調波発生装置で主にLBOが用いられるのは,BBOに比べこれらの点で優れているためと考えられる。CLBOに関しては,吸湿性が高く通常高温状態で使用されねばならず,取り扱いが複雑となるが,CLBOの優位性が発揮できる第4 高調波および第5 高調波発生に用いると効果的と考えられる。

§出力の立ち上がり特性§

ビアホールなどの加工応用の分野では,バーストモード動作時の速い出力立ち上がりが要求される場合がある。通常,1W末満の低出力動作では間題とはならないが,数W~数十W級の紫外光発生においては,非線形光学結晶における,わずかな紫外光吸収によっても温度許容幅を超えるほどの温度変化の原因となり加工に悪影響を及ぼすことがある。図2は,通常用いられるLBOを用いた第3高調波装置において,ある結晶温度で位相整合角を調整した後,1分間の休止後の再始動においての出カ変化を測定した例である。この時の平均出力は5W,繰り返し周波数は5kHz時のもので,出カが安定になるまでに25秒程度以上必要であった。この原因は,発生する355nm光の吸収によるLBOの自己加熱により屈折率分布がビーム通過領域に発生し,位相整合条件からの逸脱が生じるからであると考えられる。この自己加熱現象のために高出力にするほどバーストモード動作の出力不安定を引き起こす。

このような不具合を改善する方法としては,低吸収の結晶ないし温度許容幅の広い結晶の適用,結晶温度の安定化制御などが考えられる。図3は,改良を実施した装置における実験結果例を示す。第3高調波特性は,図2と同様の平均出力5W,繰り返し周波数5kHzであるが,出力は速やかな立ち上がりを示している。

§紫外光発生用結晶の寿命§

加工用レーザとして実用上重要な点の1つは,装置のメンテナンス性であるが,全固体レーザの場合は高価かつ交換調整に手間のかかる非線形光学結晶の寿命がポイントである。結晶寿命は,主に結晶出射面に発生する光損傷により決定されるが,光損傷に最も強い結晶とされるLBOでも5W級第3高調波発生における寿命は数百時間とされており,課題の1つである。

そのため,光損傷が発生すると自動的に結晶の位置を移動する機構を備える場合もある。損傷に至るまでの時間は,紫外光のパフー密度だけでなく,表面状態,周囲の環境,反射防止用誘電体多層膜の質,さらにはビームの強度分布,波形などにも依存する。逆に言うと,これらの改善,最適化によって長寿命化を図ることが可能である。

図4に,長寿命動作を主眼とした最適化を行った装置において,LBOにより第3高調波を5W発生させた場合の長時間勤作特性を示す。約1,000時間の動作で出力の滅衰はほとんどなく,さらに結晶位置を移動させて使用することで,実用上十分といえる寿命を得ている。また第4高調波発生に適したCLBOは,LBOについで損傷に強い結晶とされる。当社では,4倍波の1W出力においても約1,000時間の動作を確認しており,さらに結晶位置を移動させて使用することで,このレベルでの実用化の目処が立っている。

§第3高調波(THG,3倍波)発生装置の高出力化§

最近ビアホール用として,平均出力3~5W程度の第3高調波発生による紫外レーザ装置が各社から市場に投入されているが,処理能力の向上などを考慮すると,今後はより高出力化が望まれる。すでに学会報告などでは20W前後の発生報告がなされており,10~20W級の高出力化装置の製品化も遠くないと予想される。図5は,当社が報告したLBOにより最大平均出力16.2Wを得た際の入出力特性の例である。この場合のビーム品質としても,集光できる度合いを示すパラメータであるM2値として1.5以下という理想的な値を得ている。結晶寿命などにおいて課題は残っているが,近い将来に10W級以上の第3高調波装置が実現されると考えられる。

§第4高調波(FHG, 4倍波)発生装置§

現状,波長355nmの第3高調波発生装置より加工効率の点で有利と考えられる第4高調波(波長266nm)でW級出力の装置の実用化が強く望まれている。第4高調波発生装置は,これまでもBBOにより製品化などもされているが,加工用として実用的な性能を有するものはほとんど実績がない。以下,筆者らが取り組んでいる高出力第4高調波発生装置に関して述べる。

表3に,第4高調波発生が可能な結晶とその主なパラメータを示した。BBOとCLBOは図6に示した第2高調波のさらなる第2高調波発生用として第4 高調波発生できる。LBOは基本波と第3高調波との和周波発生により第4高調波発生ができるが,このため図7に示すように装置構成が複雑となり,結晶の個数もBBO,CLBO適用の場合に比べ1個増え,総合の変換効率は前者に比べ低下する。したがって,LBOは第4高調波発生装置ではほとんど用いられない。

一方,表3のType l BBOは1W程度以下の出力レベルでは現在よく用いられているが,これ以上の出力レベルでの実用で実績がない。図8は筆者らが同一の第2高調波をBBOとCLBOに入射させ,その第4高調波波長変換特性を調べたものである2)。出力が20mJ程度まで,したがって平均出力で2W程度までは,BBOが優っているが,それ以上の出力レベルではBBOで効率が急激に低下し,出力が飽和している。

一方,CLBOではこのような出力の飽和が6Wレベルでも認められない。このことはCLBOにおける第4高調波の吸収による自己加熱がBBOよりも小さいことを示唆している。このことから,高出カの第4高調波を得るためにはCLBOが有利であるといえる。

加工に適した高繰り返し動作としては30W級のNd:YLFレーザを基本波として,5kHzにおいて平均出力6W以上が得られている3)。また,前述したように1W出力での結晶寿命1,000時間も確認されている。また100W級の2倍波により20Wを超える発生報告もある4)。現状,CLBO結晶を利用した第4高調波装置の製品としては出力1W未満のものに止まっているが,2~3W級は実用化の域に達していると考えられる。

§和周波発生§

第3 高調波発生も第4高調波発生も広い意味で和周波発生であるが,ここでは2つの独立したレーザからの光を混合する場合について述べる。このような装置では,一方の光源として波長可変型のレーザ装置を適用することにより任意の波長を発生させることができる。ただし,その出力特性などは結晶に依存する。筆者らは,波長349nmのNd:YLFレーザ第3高調波にチタンサファイアレーザ光をCLBO結晶により和周波発生させることにより,波長237~242nmの光を発生させた装置を開発した5)。出力特性としては,繰り返し数5kHzにおいて3.4Wの平均出力とエキシマレーザでは達成困難な狭帯域発振を得ており,エキシマレーザやアルゴンイオンレーザ第2高調波に代わる新たな紫外光源への可能性を広げている。しかし,装置構成は第3高調波,第4高調波に比較すると複雑であり,出力安定化などの点において加工用装置としての実用化への課題は少なくない。

§全固体紫外レーザの加工への応用§

1. 第3高調波,第4高調波によるプリント基板のビアホール加工

プリント基板のビアホール加工は,従来のCO2レーザから今後は,ガラスクロス基材入りの加工が可能で,微細穴加工ができる紫外線レーザに移行しつつある。EIAJ の今後の実装技術ロ一ドマップを表4,またこれらに使用される各種レーザ加工機の特徴を表5に,加工例を写真1に示す。

2. 難加工材料の加工

集光性の良い紫外光の特徴を生かし,高ポリイミドフィルムや金属など,従来のレーザでは加工できなかった材料の加エヘの適用例が増加している。第4高調波によるTAB テープの切断加工例を写真2に示す。また,これらの加工特性を生かして,各種材料のトリミング加工にも使用される。

3. ガラス基板へのマーキング

第4高調波によるガラス基板への2次元バーコード印字例を写真3に示す。CO2レーザに比ベクラックが少なく視認性の良い加工が示されている。

4. 和周波の応用例

ファイバブラッググレーティング(FBG)は,現状アルゴンレーザの第2高調波,またはKrFエキシマレーザを光源として製作されているが,それぞれ低出カ,干渉性が悪いなどの課題がある。前者よりは高出力で,後者よりは干渉性,繰り返し性の良好な固体レーザ和周波の応用として.FBG製作への展開が期待される。発生波長242nmの和周波より石英ファイバにFBG書き込みを行って得られた透過特性例を図9に示す。課題はあるが,固体レーザがこのような応用に適用可能であることが示された。また,和周波の応用としては193nmまでの半導体検査光源などが期待されている。

非線形結晶を用いた加工用全固体紫外レーザの現状と今後の課題,および応用について述べた。今後ますます,全固体紫外レーザが各種分野に応用され,活躍の場が拡大するものと期待される。

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