USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.18(2000年3月発行)

表面処理技術ハンドブック

(2000年1月)

第2編 応用編/第1章 処理方法より
エキシマUV

菱沼宣是

第2編 応用編

2.2 エキシマUV

エキシマ光の代表的な特徴は実用的には単一波長と見なせる点である。発光波長のスペクトルは固有の中心波長に対して半値全幅十数nmである。一方, エキシマ光にはコヒーレントな光(位相のそろった光)とインコヒーレントな光がある。コヒーレントなエキシマ光はエキシマレーザであり,半導体製造工程の回路パターン露光用光源で知られている。代表的なレーザに,中心波長が248nmのフッ化クリプトンレーザ,193nmのフッ化アルゴンレーザがある。

インコヒーレントなエキシマ光としては,ウシオ機(株)ヘラウス社等が最近販売を始めたエキシマランプをその代表として挙げることができる。エキシマランプには誘電体バリア放電1)2)を利用したもの,ホローカソード放電3)を利用したもの,マイクロ渡放電1)を利用したものなどがあるが現在市販されているものは誘電体バリア放電を利用したものが主流である。発光する波長はランプに封入される放電ガスの種類によって決まる4)。現在市販されているものはアルゴンを放電ガスに使った発光中心波長126nm,クリプトンを放電ガスに使った発光中心波長146nm,キセノンを放電ガスに使った発光中心波長172nm,塩化クリプトンを放電ガスに使った発光中心波長222nm,塩化キセノンを放電ガスに使った発光中心波長308nm の5 種類のエキシマランプがある。各エキシマランプの発光スペクトルを図1に示す。

エキシマランプはエキシマレーザに比べて光のエネルギー密度は低く,せいぜい10~100mW/cm2程度である。しかし,大面積対応可能,低コスト,メンテナンス性に優れる,小型などの多くの利点を持っている。本項では172nmに発光中心波長を持つキセノンエキシマランプ(便宣上以降キセノンエキシマ光172nmを単にエキシマUVと呼ぶ)を使った表面改質について記述する。

2.2.1 紫外線処理とエキシマUV処理

紫外線処理とエキシマUV 処理の基本原理は全く同じものである。どちらも高エネルギーの紫外線で雰囲気ガスのラジカル(大気中の場合は酸素ラジカ ル)を生成し,同時に紫外線の光子エネルギーで物質表面の(または被処理物表面に付着した物質の)分子間の結合を切断し,親水化処理,あるいは酸化揮 発するものである5)6)

前項の紫外線処理は光源に低圧水銀ランプを使用し,本項のエキシマUV処理は光源にエキシマランプを使用したものである。両者の違いは処理に寄与 する紫外線の波長の長さにある。

両処理が全く同じ改質原理に基づくものであり,前項との記述の重複を避けるため,原理に触れることを避け,ここではエキシマUVの特徴を説明し,両者の能刀比較を中心に記述する。

2.2.2 フォトンエネルギーと酸素によるVUVの吸収

光の持つエネルギーE(フォトンエネルギー)は次式で表される。

E=hν(h:プランク定数,ν=光速/波長)

式より,波長の短い光ほどフォトンエネルギーが大きいことが理解でさる。表面改質するためには分子結合を切断しなければならないが,その切断能力は フォトンエネルギーが大きいほど高い7)8)。すなわち,波長が短い光ほど分子結合を切断する能力が高く,表面処理能力に優れていることを示している。

一方,200nm以下の波長の光は真空紫外線VUV(vacuum ultra violet)と呼ばれ,大気中を透過していくに従って大気中の酸素に吸収され減衰する。透過距離と減衰率は酸素に対する紫外線の吸収係数の大きさによって決まる。酸素に対する光の波長と吸収係数の関係を図29)に示す。

大気中における,Iοの放射強度を持っ光源からLcmの距離におけるVUV の放射強度I は次式で表すことができる10)11)

  • Iο:放射強度 mW/cm2
  • α:吸収係数 atm-1 ・cm-1
  • p:大気中の酸素分圧 atm
  • L:透過距離 cm

大気中における172nmと185nm(低圧水銀ランブの発光紫外線の一つ。図3参照。)の透過距離と光量減衰のグラフを図4に示す。図より分かるように, 172nmの光は8mm程度で約10%の強度に減衰してしまう。一方,185nmは50mmでも65%の強度を維持している。

キセノンエキシマUV は酸素による吸収が大きいため,大気中でランプ単体を使用するアプリケーションは構成しにくい。概略構造図5のような窓を持った構成にする必要がある。ランプを収納する客器(ランプハウス)内部は光が吸収されにくい気体(実用的には窒素)で置換され,エキシマUV は窓より放射される。実用上は窓開口の大ささの、平面光源として扱うことになる。

窓開口460×530のエキシマUV簡易実験機を図6に示す

エキシマUV のその他の特徴として,①瞬時点灯,点滅点灯が可能,②並列点灯できる,③低温処理が可能,④設置方位が自由,といった点を挙げることができる12)

図6 エキシマUV簡易実験機

2.2.3 低圧水銀ランプとエキシマUVの比較

(1)光源と被処理物形状

低圧水銀ランプの表面改質に寄与する主な波長は185nn、と254nmの紫外線であり,エキシマU∨の場合は172nmである。前述のように,キセノンエキシ マUV は大気中における減哀が大きく,表面処理に際しては,光源と被処理物表面までの距離を数mmに近づけるか,または,距離を放す必要がある場合 は,真空,窒素等の特殊な雰囲気にする必要がある。大気中での処理は,平面と見なせる処理物に限定され,凹凸がある場合でも1~2mm程度までのものに 制限される。一方,低圧水銀ランプの場合,数十mmの凹凸があっても大気中の処理が可能である。

(2)VUVとオゾン

大気中における光の透過距離が短いという特徴は,使いにくい特性ではあるが,半面,処理能力が高いということを意味している。

VUVは酸素に吸収されてオゾンを作るが,酸素に対する吸収が大きいという特性は,オゾンを生成する能力が高いことを示している。われわれの測定で は,大気中の被処理物表面のオゾン濃度は,低圧水銀ランプの場合が数十~数百ppm であるのに対し,エキシマUVでは10,000ppmのオーダであった。

ところで,表面処理に寄与するのは活性酸素O(1D)である。したがって,表面処理能力を考えるとき,オゾン濃度以上に活性酸素の濃度の方がより重要である。

活性酸素の生成メカニズムを低圧水銀ランプとキセノンエキシマUVの場合で比較してみよう。

(a)Xe エキシマUVの場合

175nm以下のVUVは直接酸素を分解し,活性酸素O(1D)を作る能力があり,活性酸素の生成過程は下記の二つの経路と考えられている13)

(b)低圧水銀ランプの場合

VUVである185nmの光がオゾンを生成し,254nmの光でオゾンを分解して活性酸素を作る。

上記活性酸素の生成過程を考えるとエキシマUVの方が活性酸素の生成能力が高いことが理解できる。

2.2.4 表面洗浄

紫外線を利用した洗浄は,表面に付着した油分などの有機物汚染を紫外線のフォトンエネルギーで分解し,活性酸素で酸化揮発するものである。有機物 汚染を除去した結果,披処理物表面の親水性は向上する。物質表面の物理特性を変えることを表面改質と理解するが,親水性という物理特性を変えるという観点から,洗浄も表面改質の一種ということができる。

半導体や液晶製造工程では,低圧水銀ランプを使ったUV/O3洗浄が有機物の除去に対する有用な洗浄手段として使用されている。装置のスループット向上,洗浄性の向上,歩留り向上などの要求から,洗浄性能に優れたキセノンエキシマUVを使う方向に変わりつつある。半導体ウエハ,液晶基板ガラス共に平面形状をしており,キセノンエキシマUVには最適な被処理物である。以下,キセノンエキシマUVの優れた点について解説する。

(1)高速洗浄性

タクトタイムが60秒以下の枚葉搬送のケースでは,搬送時間を除いたUV 処理時間が40秒程度となり,低圧水銀ランプでは十分な洗浄ができない(図7 参照)。

(2)装置の小型化(コロ搬送のケース)

低圧水銀ランプではランプ灯数を多く使用しなければならず,装置が大型になる。また,電源がランプ本数に応じて複数台必要で,このことも装置大型 化の要因となっている(エキシマランブは並列点灯のため一照射ユニットに対し一電源である)。

また,洗浄速度を速めるために,被処理物を加温するゾーンを設ける場合にはさらに大型な装置になる。

(3)低温処理が可能

低圧水銀ランプの場合,被処理物の温度が上がり,そのためクーリングプレートなどの冷却手段が必要となる(装置大型化の要因でもある)。エキシマUV ではほとんど温度上昇しない。

(4)長寿命,省エネルギー

エキシマランプは点滅点灯が可能なため,必要なときにのみ点灯すればよく,実質的に長寿命,省エネルギーになる。

(5)安全上の問題

人の目の角膜および皮膚に傷害を与える可能性のある有害紫外線は180~320nmである。ACGIH(American Conference of Governmental lndustrial Hygieists)では,波長毎に1日の被爆許容量が定められている。キセノンエキシマUVは中心波長172nmで半値全幅14nmの真空紫外光で,前述のように大気中で急激に減衰する。したがって,窓面によほど近づかない限り安全である。

ただし,180nm以上の紫外線も約1mW/cm2程度出ている。この波長域の光は大気中でほとんど吸収されず,100mm程度離れた位置で約0.05mW/cm2である。この照度はACGIHによれば1日1時間以上直視しなければ問題ないレベルである。

一方,低圧水銀灯の254nmは酸素の吸収がほとんどなく,安全上被爆に留意しなければならず,光漏れ防止などの対策が必要である。

(6)環境問題

エキシマUVは水銀を使用していないため,環境汚染することがない。

(7)その他

詳細は不明であるが,液晶製造工程でエキシマUVを採用して%オーダで製品歩留りが向上したとの情報がある。洗浄速度が速いのみならず,エキシマUVはTFTへの紫外線ダメージを及ぼしにくく,このことが功を奏しているのかもしれない

2.2.5 表面改質

接着力向上を目的として表面の改質を行うケースが多い。そして,表面改質の程度を評価する方法として,試薬を用いてぬれ指数で評価(JISK6768)した り,改質面に純水を滴下して水滴の接触角で評価する方法がある。いずれも表面張力の変化を観るものである。エキシマUVを照射することによって,物質表面の分子結合を切断し,側鎖にCOOHやOH等の親水基を結台させることによって表面は親水化される。

紫外線を使った表面改質に,ラワン材の表面改質14)といった特殊な例もあるが,一般にはプラスチックに対する要求が多い。代表的なプラスチックをエキシマUVで表面改質したときの,照射時間と接触角の変化を図8に示す。

特別な例として,アクリルの表面改質について紹介する。

アクリルは透明樹脂として広く使われているが,低圧水銀ランプによる表面改質後に,その特質である透明性に変化が現れた。低圧水銀ランプとエキシマUV によるアクリルの表面処理後の分光透過率データを図9に示す。

低圧水銀ランプの処理後に,波長域390~480nmで光の透過率が数%滅少し,黄変現象を起こした。エキシマUVの場合は変化がなかった。エキシマUVの場合,アクリル表面でほとんどの光が吸収されてしまうのに対し,低圧水銀ランプの場合,波長の長い光(254nm)がアクリル内部にまで透過してしまい,その結果,カラーセンターが生じ,分光透過率特性に変化を及ぼしたものと推測する。

また,接着性の悪いプラスチックの代表にテフロン(PTFE)が挙げられる。テフロンは化学的に最も安定したプラスチック材料であるが,接着性が悪く 用途拡大のネックとなっている。東海大学の村原等はエキシマUV を使ってテフロンの表面改質に成功している。初期の水の接触角110°がエキシマUVの 処理によって5゜に低下したというものである15)。今後の産業用途が期待される。

プラスチックなどの改質では,被処理物の形状が多様であり,大気中の減衰が少ない低圧水銀ランプが有利である。

2.2.6 おわりに

安価で手軽に使えるエキシマUVが世に出てからまだ日が浅い。現在産業用途の主流は172nmのエキシマ光であるが,今後他の波長のエキシマランプも エキシマ光特有の特徴を生かした新しい用途が開拓されるものと期待される。

本記述が,読者の興味を引き,新たな用途に対するチャレンジのきっかけになることを期待する。

<菱沼宣是>

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