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光技術情報誌「ライトエッジ」No.18(2000年3月発行)

大学研究室を訪ねて Campus Lab⑩

光が変える、有機の世界を探る

三重大学 工学部 分子素材工学科 分子設計化学講座
有機機能化学研究室 富岡秀雄教授

三重県は津市上浜町の伊勢湾に面した三重 大学。日本で一番短い地名の市「つ」にある、恵まれた自然環境と全国でも有数の広さを誇るキャンパスは、東海地方と関西地方の接点に位置します。ここに、「海の見える研究室」、工学部分子素材工学科分子設計化学講座有機機能化学研究室の富岡教授を訪問しました。

三重大学は三重県唯一の国立大学で、今後特に重要な位置づけとなる、産・官・学の共同研究と国際交流に対して総合大学としての強みを発揮しています。その一端として地域共同研究センター、遺伝子実験施設、機器分析センター、電子顕微鏡センター、情報処理センター、環境保全センターなど、基礎となる施設も整っています。

三重大学、特に工学部へは全国各地から、さらには世界各地から人が集まり、幅広い交友関係と国際感覚を築くことができます。アジアはもちろん、ヨーロッパやアフリカからも留学生が集まっています。ここには、外国人留学生や海外留学を希望する学生に、必要な教育や助言を行うための「留学生センター」もあり、その国際性がうかがわれます。また、同学部では最新の設備が充実し、それゆえ研究のアクティビティが高く、国内外の色々な専門分野の学会や雑誌において、教官や学生による研究発表が積極的になされ、国際的にも高い評価を受けています。

また目の前の海岸ではウインドサーフィンやヨットなどマリンスポーツが楽しめ、又、車で30分程のところにF1レースやオートバイのモトクロスなどで有名な鈴鹿サーキットがあります。三重大学工学部は、キャンパスの中では最も海の近くに位置していて、建物は伊勢湾に面して建っているので、研究室の窓からは神島や知多半島を望むことができます。

「学びたい人に積極的に学ぶ機会を与える」をモットーに、教育面における地域社会への貢献として、正規授業に加えて、「リフレッシュ教育」、「公開講座」、「高校生への出前授業」、「高校生のための化学実験」等、多くの特徴あるプログラムを実施しています。

社会から期待される新機能物質

工学部は昭和44年の創設と、歴史は比較的新しいのですが、それだけに、先見性や柔軟な思考力による創造性と新しい研究設備から生まれる研究のアクティビティは非常に高いものです。平成2年にそれまでの工業化学科と資源化学科を統合・改組して、分子素材工学科が誕生しました。現在、社会では高性能・高機能という、うたい文句をよく耳にします。しかし、本当に高性能・高機能なものを作ろうとするならば、今の技術から一歩踏みださなければなりません。そのためには新しい機能を持った物質や素材の開発が欠かせません。エネルギー問題や環境問題を解決するためにも、分子素材工学は重要な役割を担っているといえるでしょう。新たな化学エネルギー変換技術や省エネルギー技術、科学を基礎とした制御システム、計測法、通信法の開発のために、なくてはならない学問です。

工学部最大の世帯である分子素材工学科は、専門分野ごとに3つの講座に分かれています。素材化学講座では、高分子物性に関する研究を行う「有機素材化学」、免疫複合体病の病因物質を扱う「生体材料化学」、ガラスやセラミックスを扱う「無機素材化学」を中心に研究を行っています。生物機能工学講座には、電池や超伝導材料、電子材料等無機化学や無機機能材料を扱う「エネルギー変換工学」、レーザー光の光化学反応で新しい物質作りに挑戦する「レーザー光化学」、環境汚染物質の分析除去技術に取り組む「分析環境化学」、バイオテクノロジーを駆使して生物特有のシステム開発をめざす「分子生物工学」があります。そして分子設計化学講座には、新規モノマーや新規ポリマーの合成と高性能高分子材料の開発を行う「高分子設計化学」、ファインケミカルズを指向する新しい高選択的有機合成プロセスの開発とその応用を探る「有機精密化学」、化学反応の理論的研究を行う「計算化学」、有機光化学反応、不安定中間体、有機磁性体、感光材料の開発を行う「有機機能化学」があります。

富岡先生を囲んで(研究室の学生の皆さん)

一瞬を永久に変えるために

富岡教授の有機機能化学研究室では、この不安定中間体と呼ばれる、有機分子に光が当たって生成物へ変化していく一瞬の過程でのみ存在し得る、非常に不安定な物質を、観測・解明することによって、新機能材料を開発しようとしています。つまり、感光性有機材料に関する基礎研究として、光を照射することによって不安定中間体を発生させ、その構造と反応性の関連を解明し、それぞれの用途に適合した分子を設計し合成を行っています。この不安定中間体という物質は、常温では10-9秒位しか存在しないのですが、実はこれが重要な役割を持っているのです。

不安定中間体にはラジカル、ナイトレン、ラジカルイオン、カルベン等があり、それぞれ、UV硬化樹脂の開始剤、光レジスト剤、新規有機反応の開発、そして磁性材料という用途があります。このうちカルベンを利用した素材として、磁性材料があげられます。現在、物性と材料の関係を見てみると、表1(岩村、基礎化学研究所講演会要旨、1993)のように、有機化合物での磁性材料だけがまだ実現されていないことがわかります。

このカルベンというのはメタン(CH4)の水素原子2個を失ったもので、電子スピンを持っていて、有機磁石の基本材料として大変有望です。しかし構造的に極めて不安定なため、常温では10-9秒位しか存在しないのです。「これを研究するためにはまずこの時間を少しでも長くしなければ」ということから、反応系を希ガスで極低温(10K位)にしたり、レーザ光と、コンピュータを組み合わせた速い観測系を用いての直接観測を試みています。また、分子修飾によって安定化し、単離したり、コンピュータを用いた論理計算で予測したりという方法もあり、さまざまな面からアプローチしています。

究極的には、このカルベンを完全に安定し、有機磁石にしたいそうです。通常、有機物から磁石はできません。磁石の元は、スピンという電子が持っている電子の向きのようなものです。金属ではスピンが安定しているので、磁石になりやすいのですが、有機物ではスピンを持つもの自体が不安定な上、温度が高いとランダムになってしまいます。そこでカルベンを安定化させて沢山並べ、スピンの向きをそろえてやればいいわけです。最近では磁石に吸い寄せられる有機分子もでてきているそうです。また、ポリマーの中に入れ、光を当てるとそこだけ磁性を帯びるようにして、磁気的に読み出せるようにすれば、記録材料としての用途が期待できます。

表1 材料による物性の実現

図1 有機機能化学研究の方法

談笑しながら学生にアドバイスする富岡教授。

結果オーライではだめ、解析することが大事

分光学的観測や理論計算等の物理化学の手法はコンピュータの進歩のおかげで、非常に使い易くなったそうです。出発物から生成物ができるとき、それを証明するためには、構造と反応性の相関を考えねばなりません。「結果オーライではだめでなぜそうなのか解析することが大事」と富岡教授。「我々は理論計算もするし、実際に原料を合成する知識を生かして実験する。両方行うのは非常に大変なこと。しかし、ここはあくまで工学部の化学なので、きちんと物を作れなければいけない。そういう人を社会に送り出す。だから、物理化学的手法だけでなく、合成関係のテクニックもしっかりと身につけさせています。」しかし最近は、ハロゲン化溶媒が使えない等、環境問題もあり、物作りも難しくなってきているそうです。

富岡教授の研究室では、学生一人一人が独自の研究テーマを持ち、研究を完成できるようにして、未知の問題解決のために必要な考え方や様々な手法を身につけさせています。さらに、表現力や英語力等、今後の技術者に必要なことを身につけられるよう、日頃から英語での発表や質疑応答を行っています。最初はうまくできなくても、毎日の訓練で、半年もすれば、見違えるようになるとのこと。

コンピュータや実験・分析装置など、操作が非常に複雑な設備も多数ありますが、これも一通り操作できるようにしているそうです。

また、社会人のドクターという制度があり、民間企業からの研究生を指導して、尿素を原料として合成したコポリマーによる染色排水の脱色という技術を確立するなど、地域産業へも貢献しています。

このような実践派研究室から飛び立つ人材の活躍が期待されるところです。

海から見た三重大学工学部校舎(空撮)

プロフィール

プロフィール画像

富岡 秀雄(とみおか ひでお)
三重大学工学部分子素材工学科
分子設計化学講座有機機能化学研究室
教授工学博士

<略歴>
1941年 三重県生まれ
1964年 名古屋工業大学 工業化学科卒業
1969年 名古屋大学大学院 工学研究科博士課程応用化学専攻修了
1969年 名古屋工業大学材料開発研究施設助手
1970年 工学博士取得
1971年 三重大学工学部工業化学科助教授
1974年~1975年 カリフォルニア大学ロスアンジェルス校化学科研究員
1981年 フロリダ大学化学科研究員
1983年 ラトガーズ大学化学科研究員
1985年 三重大学工学部工業化学科教授(1989年に工学部分子素材工学科に改組)
日本光化学協会賞、日本化学会学術賞などを受賞
工学博士
日本化学会欧文誌編集委員(1997~)
第49回有機反応化学討論会世話人(1999)
International Advisory Committee of IUPAC Symposium on Photochemistry (2000), Steering Committee of Chemistry and Physics of Matrix Isolated Species (1999~), Organizing Committee of International Conference on Reactive Intermediates (1997~), Symposium Organizer in the 2000 International Chemical Congress of Pacific Basin Societies, Organizing Committee of International Symposium on Organic Reactions (1998, 2000), Organizing Committee of Radiation Curing Conference, Radtech Asia (1991, 1993).
《お問い合わせ先》
三重大学工学部分子素材工学科
分子設計化学講座 有機機能化学研究室
富岡秀雄研究室
〒514-8507 三重県津市上浜町1515
TEL: 059-231-9416
FAX: 059-231-9418
E-mail:tomioka@chem.mie-u.ac.jp
URL:http://photon.chem.mie-u.ac.jp

分子設計化学講座 有機機能化学研究室 富岡秀雄研究室
の99年度のメンバー
教授1名 大学院生13名 (社会人3名を含む)
助教授1名 学部学生8名
助手1名

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