USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.24(2002年4月発行)

大学研究室を訪ねて Campus Lab⑭

未来を担う新機能材料

九州大学大学院 工学研究院
材料工学部門 本岡輝昭教授

福岡空港や博多駅といった九州の玄関からほど近いところに九州大学の4拠点があります。筑紫地区、六本松地区、病院地区、そして箱崎地区。いずれの拠点も地域に密着し、発展してきました。九州帝国大学工科大学・医科大学として設立されてから1世紀近い歴史を経ています。この間、西日本における基幹大学として多くの学問分野で優れた研究業績を挙げてきました。また、博多が大陸文化との交流拠点としても発展してきたことから、九州大学も近隣アジア地域との関係は深く、中国・韓国を中心としたアジア地域からの留学生が多く在籍しています。現在、九州大学全体では10学部、14学府、15研究院、3附属置研究所、3附属病院などを擁し、学部学生約11,000名、大学院学生約5,700名が学んでいます。

九州大学では2000年4月に、教育組織と研究組織を分離した「研究院・学府制度」が導入されました。これは全国でも初めての試みで、大学院の教育研究組織である「研究科」を、大学院の教育組織としての「学府」と、教官の所属する研究組織である「研究院」とに分離し、相互の柔軟な連携を図るものです。部局や分野を越えた学際的な教育・研究に柔軟に対応するためのシステムなのです。例えば工学部の教育は工学とシステム情報科学の研究院とともに、総合理工学、人間環境学、数理学の各研究院の一部の教官が行います。これにより、全学の教官の参加による「自由学部」や、複数の関係研究院の協力による「生命科学府」の創設などの構想を進めることが可能となりました。

さらに新世紀が始まる2001年度からスタートした、他に類を見ない全く新しい学部横断型の教育プログラムとして「21世紀プログラム」というものがあります。これは、入学から卒業まで学部を決めずに、文系理系にこだわらず幅広く学ぶことによって、新世紀にリーダーシップが取れる新しい知識人である「専門性の高いゼネラリスト」の養成を目的としています。

現在4つに分散している拠点の統合を目指して、福岡市西部の元岡・桑原地区の丘陵に広大な新キャンパスを建設中で、2005年の移転開始と工学系の一部開校をめざしています。このキャンパスは、学生が楽しみを感じながら学び、住むことができて、広く社会に開かれた、新しいキャンパス像を提示するものとなるでしょう。

今回は、箱崎地区にある工学研究院材料工学部門に所属されている本岡先生の研究室を訪問しました。材料工学部門では、環境との調和をキーワードとして豊かな社会創りを可能とする、ハード技術とソフト技術の実現に不可欠な新素材・新材料とその製造プロセスを開発することを目的としています。この材料工学部門には材料反応工学、材料加工工学、材料機能工学という3つの大講座があり、各講座間の連携のもとにそれぞれ特色ある研究を行っています。この内、材料機能工学講座では原子・分子操作、表面反応制御、結晶欠陥制御による高機能半導体、金属、セラミックス材料及び先端的薄膜材料等の作製と物性の評価、さらに、環境に調和した新機能材料の設計と評価に関する教育と研究を行っています。

工学府材料物性工学専攻と工学部物質科学工学科の材料科学工学コースの研究室でもある本岡先生の研究室では、機能材料の性能向上および新機能材料の開発を目指して、種々の測定とコンピュータによる解析を組み合わせた材料の原子・分子レベルでの特性の解明、および光エネルギー・電子・イオンビーム等を利用した新しい材料形成技術の開発を行っています。主な研究テーマとしてSi-based quantum devices, Si-based optoelectronics等のSi系先端デバイスの作製プロセスとその機能について実験と理論の両面から、次のような研究をされています。

卒業式に盛り上がってる
本岡研究室の皆さん

1. Computational Materials Science

計算機の高速化・大容量化により従来は困難であった大規模計算が可能になりつつあります。そこで本岡研究室では10台の高速ワークステーションを用いて以下の様な計算を行っています。

  • (1)シリコン結晶成長の分子動力学シミュレーション
  • (2)ダイヤモンド固相成長とドーピング効果
  • (3)欠陥ミクロ構造の第一原理計算による解析
  • (4)気相成長の分子動力学シミュレーション
  • (5)ナノ構造の電子状態

シリコンウエハの製造は、直径が6インチ、8インチ、12インチと大型化し16インチも実験室レベルではできています。こうなってくると、一回の引き上げコストが膨大なものになり、引き上げた後で失敗が判明した場合、大きな損失になってしまいます。また、大型化すればするほど自重で欠陥が入ったり、その他色々な問題も生じます。そこでまずシミュレーションで最適な引き上げ条件を出せることが望ましいわけです。ナノスケールの引き上げ装置をコンピュータの中に作り、シミュレーションします。その結果を電子顕微鏡による観察結果と比較すると、シミュレーションの結果と良く似ていることがわかります。

2. Thin Films

超音速フリージェット CVD(Chemical Vapor Deposition、化学気相堆積法)により、ヘテロエピタキシャル成長や種々の薄膜を作製しています。また、シリコンベースの量子デバイスやフォトニクスデバイスを作るための薄膜を形成し、特性評価を行っています。

  • (1)Si/SiC/Si resonant tunneling devices --- Si-based quantum devices
  • (2)light-emitting Si(Pr, Nd doped Si)--- Si-based optoelectronics
  • (3)nitride film growth by supersonic free jets technique

3. Silicon On Insulator

絶縁体上の単結晶シリコン(Silicon-on-insulator, SOI)は、次世代シリコン集積回路基板として期待されており、SOI形成基礎プロセス、構造解析、SOI構造を利用したデバイスの開発等を行っています。SOIの形成法としては、最初1970年くらいに提案されたSIMOX法が注目されましたが、一度すたれて最近復活してきました。この方法では、酸素をイオン注入し、その後高温アニールすることによりSiO2が埋め込まれた基板ができるのですが、ドーズ(どの位酸素を注入するか)ウィンドウという現象があり、ドーズがある量でなければいけないのです。多くても少なくてもいけません。しかも約4×1017/cm2(Low Dose, LD)と4×1018/cm2(High Dose, HD)の2つのウィンドウが見つかっています。昔はHD(ハイドーズ)ウィンドウでしかSOIができませんでしたが、これは大量のイオン注入をするのでコストもかかるし、欠陥が沢山入って表面層が悪いのです。しかし、最近になって、ドーズを1桁下げてもSOIを作ることができるとわかり、製品化されたのです。しかし、なぜドーズウィンドウが存在するのかということについて、まだそのメカニズムは解明されていません。かつてはサファイア(Al2O3)、フッ化カルシウム(CaF2)なども検討されていましたが、結局SiO2が主流になりました。また、もう一つの代表的な方法として貼り合わせがあり、シリコンの板とSiO2が載ったシリコンの板を圧着(Bond)して、剥離により片側と分断後、表面を研磨します。

  • (1)separation by implanted oxygen(SIMOX)プロセスの解析
  • (2)SOI界面の歪み解析(SIMOX vs UNIBOND)
  • (3)SOI上のデバイス形成

4. Semiconductor Nanostructures

ナノメートルサイズの半導体構造は、量子デバイスやフォトニクスへの応用が期待されます。ナノ構造の原子スケールダイナミックスの観察と伴に新機能の探索を行っています。

  • (1)シリコンの融解・固化過程の時間分解観察
  • (2)表面上の原子運動の直接観察
  • (3)Quantum dotsの形成と新機能探索

5. New Analysis Techniques in Semiconductor Processing

半導体プロセスを解析するための新たな方法について研究を行っています。

  • (1)Ion counting method for gas analysis
  • (2)New analysis method for charge-up phonomena on semiconductor surfaces

解析作業に欠かせないコンピュータ。しかしコンピュータを設置してある部屋の夏は非常に暑いそうです。その他にも各種実験に使用されている実験装置を見せていただきました。

今、佐賀県にシンクロトロンが建設されています。現在、この施設でどのようなことを行うかについて検討をしています。そして、その中の一つに本岡教授が中心になって進めている「新素材研究会」があります。ここではシンクロトロン光を利用して励起原子分子を用いた新しい非平衡低温プロセス技術を開発するなど、新しい光励起プロセスの新素材への応用に関する研究を計画しています。このシンクロトロン光応用研究施設は、ネットワーク型の学術研究拠点の構築を目指す「九州北部学術研究都市整備構想(アジアス九州)」の一環として鳥栖北部丘陵新都市に整備され、平成16年度に稼働する予定です。地方自治体が設置する初めての施設で、電子エネルギーが1.4GeV、ビームラインが20本という規模でシンクロトロン光の産業利用を目指した応用研究を中心に運用される予定です。

「材料工学科は前身が冶金工学科だったこともあり、伝統的に酒が好きで、卒業式の後にはお世話になった研究室を挨拶にまわり、酒をごちそうになる慣習があるんですよ。」実は、卒業式が終わった後の貴重な時間にライトエッジの取材をさせていただきました。ちょうど祝賀会が終わって、各研究室での宴会が始まったころお邪魔して撮影させていただいたのが、最初の写真です。校舎の外でも桜が満開の中、あちこちで宴が催されていました。

本岡教授は、学生に対して「好きなこと、これは面白い!と思うことをやれ」というスタンスで臨まれているそうです。テーマが面白くないと、せっかくやっても大したことはできないからだそうです。研究室に配属された当初、何をやりたいのか決まっていない学生には、数あるテーマの中から学生に合わせて選んであげるとのこと。本岡先生の研究室は、先端材料を扱っていることもあり、材料系のトップクラスの学生に人気があるそうです。新機能材料の開発から解析まで、未来を担う材料についての研究が進められており、その成果が大いに期待されています。

本岡 輝昭
(もとおか てるあき)
九州大学大学院
工学研究院 材料工学部門 教授
工学博士

<略歴>

  • 1947年 広島県出身
  • 1971年 九州大学大学院工学研究科応用物理学専攻修士課程修了
  • 1971年 日立製作所中央研究所入社
  • 1984年 米国イリノイ大学工学部客員助教授
  • 1988年 筑波大学物理工学系助教授
  • 1993年 九州大学工学研究院教授

学会活動
応用物理学会、金属学会、材料科学会、日本結晶成長学会、アメリカ真空学会

研究業績
Physical Review B, Physical Review Letters, Journal of Applied Physics, Applied Physics Letters等の国際的なジャーナルに100編以上の論文を公表。

最近の主な著書・論文

  • (1)"Atomic Diffusion at Solid/Liquid Interface of Silicon:Transition Layer and Defect Formation"Phys. Rev.B65, 081304-081307(2002)。
  • (2)"Epitaxial Growth of a Low-Density Framework Form of Crystalline Silicon: A Molecular-Dynamics Study"Phys. Rev. Lett. 86, 4879-4882(2001)
  • (3)「コンピュータ上の結晶成長-計算科学からのアプローチ」共立出版、p.20(2002).

《お問い合わせ先》
九州大学大学院 工学研究院 材料工学部門
本岡研究室
〒812-8581 福岡県東区箱崎6-10-1
TEL 092-642-3675
FAX 092-632-0434
E-mail motooka@zaiko.kyushu-u.ac.jp

佐賀県シンクロトロン光応用研究施設
〒840-8570佐賀市城内1-1-59
佐賀県経済部産業振興課
TEL 0952-25-7129
FAX 0952-25-7282
Email synchrotron@pref.saga.jp

九州大学大学院 工学研究院 材料工学部門

本岡研究室の2001年度メンバー
教授1名 講師1名 助手1名 大学院生13名
学部生5名 研究生1名

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