USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.26(2003年8月発行)

光技術コンタクト

(2003年4月号)

エキシマランプと光洗浄

ウシオ電機株式会社 ランプカンパニー ユニット技術部門
菱沼 宣是、菅原 寛

1. はじめに

最近のIT関連技術の急激な発展には目を見張るものがあるが,これら技術の発展の影には“光”(光源)が大きく関わり,光関連技術がキーテクノロジーとなっていることも少なくない。最先端の半導体リソグラフィにはエキシマ(KrF*或いはArF*)レーザが利用され,さらに次世代用に極端紫外線(EUV)を発する光源も盛んに研究されている。また,フラットパネルディスプレイ(FPD)を初めとする映像システムにおいても様々の光源が応用・開発されている。これらの分野における製造工程では,特に光化学反応を利用したドライ洗浄,表面改質,光CDV等で,紫外(UV)光源が広く利用され,或いは応用研究も盛んに行われている。

このような用途の光源としては,UV領域或いは真空紫外(VUV)領域でそれぞれの光化学反応に対応する特定の波長範囲にだけ高効率の放射を有することが望まれる。このような中,10年程前に従来の放電ランプでは発生できない分光分布を有する,新しいタイプのUV・VUVランプ,即ち,誘電体バリア放電エキシマランプが開発された。現在において,このランプは主にLCD製造工程のウェット処理の前洗浄,成膜工程の前洗浄等に広く使用され,更に半導体製造工程にも応用され始めようとしている。

本稿では,この比較的“新しい”ランプについて,その発光源,各種エキシマ発光の分光放射スペクトル,ランプの主な構造形態,そしてランプを組み込んだランプハウスの構造例について述べる。さらにこの光源の産業分野における応用例を紹介する。

2. 「誘電体バリア放電エキシマランプ」とは

前述で“新しい”ランプと述べたが,これは,従来の放電ランプにおいては原子スペクトル,分子スペクトルあるいは再結合放射の何れかを利用しているのに対して, エキシマランプではエキシマ(Excimere,励起状態にある多原子分子の総称)の発光を利用している。

誘電体バリア放電は,オゾン生成用として古くから使用されており,別名,オゾナイザ放電あるいは無声放電として知られている1)。また希ガス中でこの誘電体バリア放電を行うと,希ガスエキシマが形成され,エキシマ光が放出されることはかなり古くから知られていた2)。誘電体バリア放電はまた,数気圧の圧力までで放電が可能な非平衡の放電であり,誘電体を挟んだ2つの電極に数+Hz~数MHzの高周波高電圧を因加することにより放電できることが確認されている3)

誘電体バリア放電を励起源としたエキシマランプは,1)電極を放電用ガスに接しない状態をとることも出来,ハロゲンなどの腐食性ガスも使用できる,2)放電管の形状の自由度が大きい,3)高効率が期待できる等の利点がある。

2.1 発光の原理

図1に誘電体バリア放電ランプの一例の概略図とXe2*ランプの放電の様子を示す。管径の大きな外側管の中に内側管を同軸に配置し,両端を閉じて中空円筒状の放電空間を形成する。電極は内側管の内面と外側管の外面配置される。外側管および内側管は石英ガラス製で,外側電極である金属網を通してエキシマ光が放射される4)

図2にキセノンエキシマ(Xe2*)の発光機構を示す。Xe原子は,放電により発生した電子による励起及び電離過程,更にこれらとXe原子との3体衝突過程を経てXe2*が生成される。このエキシマは不安定な状態のため,直ちにXe原子に解離し安定な状態に戻る。この時に放射される光がエキシマ方であり,Xeの場合,172nmに中心波長を持ち,半値全幅14nmの実用的には単一波長のインコヒーレント光(位相の揃っていない光)が得られる。

図1 誘電体バリア放電エキシマランプの一例の概略図とXe2*ランプの放電の様子を表す写真

図2 Xe2*エキシマ光の発光機構

2.2 各種エキシマの発光スペクトル

放電用ガスとして希ガス或いは希ガスとハロゲンガスの混合ガスを用いると,図3に各種エキシマ光の発光中心波長を示すとおり,ガス種により色々の波長エキシマ光を発光させることが可能である。ここで現在主に市販されているものとしては,希ガスであるアルゴン(Ar),クリプトン(Kr),Xeを放電ガスに使った発光中心波長がそれぞれ, 126nm,146nm,172nmのもの,これら希ガスと塩素(ハロゲン)の混合ガスを放電に使ったKrCl*,XeCl*エキシマランプがある。各エキシマランプの発光スペクトルを図4に示す。

このようにエキシマの種類を選択することによって,VUV領域から可視光(VIS)領域に渡って,従来の放電ランプでは得られない波長の,比較的狭帯域のスペクトルが,高効率で得られている。

図3 各種エキシマ光の発光中心波長

図4 各エキシマランプの分光スペクトル

2.3 エキシマランプの主な構造形態

放電ランプの形状としては,先に放電管の形状の自由度が大きいと述べたが,図5で示される通り,様々な形態が可能である。また,光透過性の電極としては,もっぱら金属網が使用されている1,5)。光透過材を兼ねた誘電体としては,利用波長に応じて石英ガラス,フッ化マグネシウム(MgF2),フッ化カルシウム(CaF2),フッ化リチウム(LiF)などが使用されている1,5)

また,誘電体で被覆された円筒状電極2本を平行にして,放電チャンバ内に被照射試料と一緒に配置した構造,即ち,光り取り出し用の窓部材を有さない構造の放電ランプ(装置)も提案されている6,7,8)

高出力タイプのランプになると,発熱の影響も無視できなくなり,また発光効率の低下を防止する意味でもランプの冷却が行われている。図6には実施されている主な冷却方法の内,ランプの間接水冷と直接水冷を比較した模式図を示す。

間接水冷方式は金属ブロックに設けた半円筒溝にエキシマランプが固定されていて,この金属ブロックには冷却水の流路が設けられており,ランプは金属ブロックを介して間接的に冷却される。一方,直接冷却方式はランプの内側管に純水を流すことにより直接冷却しているが,ランプの内側管電極には高周波高電圧(電圧:数kV)が印加されている為,漏電に対する充分な安全対策が必要である。また,ランプ寿命末期におけるランプ破損時の漏水対策にも充分な配慮が必要である。

図5 各種エキシマランプの形態

図6 エキシマランプの冷却方式の比較

2.4 ランプハウスの構造例

誘電体バリア放電ランプは,従来の放電ランプと違い複数本のランプを並列点灯することが可能であり,ランプを服数本並べることにより,容易に高出力・大面積化を達成することができる。図7にランプを4本並列に並べた平面窓方式でランプ間接水冷方式のランプハウスの概略図を示す。ランプトランプの間には山形のミラーが設けてあり,光を有効に取り出すと同時に窓面の放射照度分布を均一にする働きをしている。ランプハウス内は窒素ガスで満たされている。窒素ガスは172nm光を吸収しない為,光を有効に取り出すことができ,また,ランプハウス内の残留酸素濃度を低減してランプ電極,ミラーの酸化を防止している。ランプ前面には光を透過する窓ガラス(合成石英ガラス)が設けてあり,窓ガラスよりエキシマ光が照射される。図8には現在市販されている本方式でのエキシマ光照射装置の実例を紹介する。LCD基板の大型化に伴い一括照射タイプから高出力スキャンタイプへ移行しつつある。

一方,ランプを円筒保護管(円筒状窓)内に配置する方式もある。この方式では,172nm光の場合,大気中の酸素による吸収が大きいため,平面窓方式に比べ光の利用効率が低くなる。ランプピッチ28mmのランプハウスにおける172nm光放射照度分布の計算結果を図9に示す。図より分かるように,ランプ間では酸素の吸収のため光照射が少なくなる。

図7 平面窓方式のランプハウス構

図8 平面窓方式のエキシマ光照射装置の実例紹介

図9 円筒窓タイプ装置の大気中172nm光の照度分布(計算)

3. エキシマ光源の主な特徴

ここで改めてこのランプの主な特徴についてまとめてみる。

  • 1)従来のランプにない短波長を発光可能
  • 2)単一の波長
  • 3)高効率
  • 4)瞬時点灯,点滅点灯が可能
  • 5)低温処理が可能
  • 6)照射取り付け方向が任意
  • 7)形状がフレキシビリティ

従来のランプでは波長180nm以下のVUV光を効率よく発光することが出来なかったが,エキシマランプではランプに封入する放電用ガスを選択することにより,図3,図4に示される通り,様々のエキシマ光を得ることが可能である。また発光スペクトルはピークを中心に狭い波長範囲で発光するため実用上,ほぼ単一波長と考えて差し支えない。ランプへの電気入力から放射される光へのエネルギー変換効率も高く,低電力でも高出力の光源とする事が出来る。

瞬時点灯,点滅点灯機能を使用すれば,必要なとき点灯すれば良く,実質的にランプの長寿命化に繋がる。また,単一波長であることより赤外線を発光せず,低温での処理が可能となる。さらに,ランプの点灯方向に制限が無く,被処理物に合わせて立面での照射も可能である。

4. 主な用途例

4.1 光ドライ洗浄の原理と応用例

精密なドライ洗浄の一つとして,UVと活性酸素種であるオゾン(O3)とを組み合わせた光洗浄法(UV/O3洗浄)がある。従来は185nm光と254nm光を放射する低圧水銀ランプが用いられて来たが,近年ではエキシマランプがその特徴を生かし,低圧水銀ランプに置き換わってLCD製造工程のウェット処理の前洗浄,成膜工程の前洗浄等に広く使用されるようになった。この光洗浄の概念を低圧水銀ランプとエキシマランプを比較して図10に示す。

低圧水銀ランプでは185nm光は空気中の酸素に吸収されO3を発生し,254nm光はそのO3に吸収され,酸化能力の高い励起状酸素原子(O(1D))を生成する。一方185nmのような短波長UVは有機物の結合を切断し,O(1D)の酸化作用とUV光の切断の協同作用により,有機物は水や炭酸ガスとして酸化分解揮発される9)

一方,172nm光を放射するXe2*エキシマランプの場合は,直接O(1D)を生成できること10,11),及び酸素に対する吸収係数が低圧水銀ランプの185nm光より約20倍と高いことにより12),活性酸素種を高濃度で生成できること,この効果と172nm光が185nm光より光子のエネルギーが大きい為,有機物の切断力が高いことと相まって,従来の低圧水銀ランプより洗浄速度が高い。172nmエキシマランプと低圧水銀ランプのLCD基板(無アルカリガラス)洗浄の結果を図11に示す。基板表面の有機汚染に対する簡便な評価法として,純水を用いた接触角法が知られている。接触角が小さい方が基板表面の清浄度が高いことを示す。図11より低圧水銀ランプに比べて172nmエキシマランプによる洗浄速度は数倍速いことが理解される。

図10 UV/O3光ドライ洗浄の概念図

図11 UV/O3洗浄の実施例(試料:アルカリガラス)

4.2 LCD製造工程のVUV/O3洗浄

クリーンルーム内は壁の塗装剤,コーキング材などから放出される有機物が浮遊している。また,基板はウレタン製の搬送箱に収納され,箱材から放出する浮遊有機物中に置かれている。このように,基板は常に有機物に汚染される環境下に置かれている。

一方,有機汚染は製品品質のばらつき,歩留りなどに影響する。また,基板表面の有機汚染を洗浄する事による親水化は,ウェット洗浄,ウェットエッチングの効果を高めると同時に,洗浄後,エッチング液の節約にもつながる。

各種基板の光洗浄前後の接触角変化を図12に示す。洗浄は一括照射平面窓方式の照射装置を用いて行った。窓面における172nm光放射照度は12mW/cm2,照射距離は3mm,照射時間は大気中で10secである。

エキシマランプを使った光洗浄は比較的少ないスペースで構成することが出来るため,簡単にフォト,エッチング,配向膜塗布工程等の直前に配置する事が可能である。必要に応じて点滅点灯して使えば,高品質な基板を高い歩留りで生産できる経済的なラインの構築が可能である。

図12 各種基板(400×500mm)の洗浄前後の接触角

4.3 COG基板製造工程の洗浄

液晶ディスプレイには表示面周辺にドライバーIC等を接続する為の配線パターンが施されている。ここにドライバーIC等の電気部品を接合する際に異方性導電フィルム(ACF)が使用される。ACFの接着信頼性は液晶ディスプレイの品質に重要な役割を果たす。

配線パターン上を光洗浄することで,接着信頼性を向上させることが出来る。図13に洗浄の有無による接合部のシェア強度の分布を示す。洗浄は窓面放射照度20mW/cm2のエキシマ光源を使い,大気中,照射距離1mm,照射時間5secで行った。光洗浄により密着強度が向上し,バラツキが小さくなっている事が分かる。

図13 光洗浄によるCOG基板製造工程におけるシェア強度

4.4 有機ELの封止前洗浄

現在主に使われている有機ELディスプレイは発光層に低分子有機材料を使用したものである。低分子有機材料は,極めて水分に弱く,大気に曝すと湿気を吸い込み,輝度が低下してしまう。そのため,大気を遮断した雰囲気で金属やガラス製の封止用キャップを紫外線硬化型接着剤で封止(カプセル化)して,大気と完全に遮断させる。有機ELの概略構造を図14に示す。

封止部分の密着信頼性は製品の品質に大きく影響し,接着面の有機汚染を光洗浄で除去する事によって接着信頼性を向上させることが出来る。図15は封止缶材料に良く使われるSUS430と基板材料である無アルカリガラスとの接着強度を4種類の環境温度で評価したものである。環境温度100°Cの接着強度を比較してみると,洗浄の有無による差がよく分かる。また,低圧水銀ランプに比較して処理が早い事,酸素濃度を1%に下げても大気中と同等の効果があることが分かる。

図14 有機ELの構造

図15 光洗浄によるUV硬化型接着剤の接着性への影響

4.5 機能水とエキシマ光を使った半導体レジストの除去

これまで紹介したドライな光洗浄とは異なった,機能水(イオン水,オゾン水)とエキシマ光を使った洗浄を紹介する14)

装置は枚葉洗浄方式で機能水(イオン水,オゾン水)洗浄チャンバと希弗酸洗浄チャンバで構成される。機能水洗浄チャンバには172nmエキシマ光源が取付けられている。エキシマ光の第一の役割はウェハと洗浄水,機能水との親水性を向上させるためである。第二の役割は,ウェハ面上に薄く拡がった機能水に二次エネルギーとして作用し,機能水の反応速度を高める事にある。オゾン水と172nmエキシマ光を使ってKrFレジストを洗浄除去した様子を図16に示す。レジストが完全に除去されている様子がわかる。

図16 KrFレジスト洗浄評価SEM写真

4.6 その他,応用例

接着力向上や塗料の濡れ性の改善を目的として表面の改質を行うケースが多く,一般にはプラスチックに対する要求が多い。

プラスチックを大気中または減圧状態での酸素雰囲気中で172nmエキシマ光を照射すると,塗料の濡れ性が向上したり接着強度が向上したことを確認することが出来る。これは172nmという短波長でプラスチックの表面の結合を切断し,前節で説明したメカニズムで生成した,O3や原子状酸素の強力な酸化作用により,カルボニル基(>C=O),カルボキシル基(-COOH),OH基などの極性基がプラスチック表面に導入される為で,これは照射前後の試料についてXPS文責により確認されている13)

5. まとめ

誘電体バリア放電を利用したエキシマランプの発光原理,各種エキシマの発光スペクトル,主な構造,ランプハウスの構造例,主な特徴,そして光ドライ洗浄をメインにした応用例について述べた。現状ではLCD製造工程における光ドライ洗浄に良く使われているが,半導体分野にも積極的に導入が検討され始めている。

エキシマランプは従来のランプにない様々の特徴を持っている。現在産業用途の主流は172nmのエキシマ光による光ドライ洗浄であるが,今後172nm光の他用途への展開,及び172nm以外のエキシマランプにおいてもエキシマランプ特有の特徴を生かした新しい用途が開拓されることを期待する。

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