USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.29(2007年8月発行)

2006.10 第21回光源物性とその応用研究会

アンテナ効果を用いたマイクロ波励起
小型超高圧水銀ランプの発光特性
Emission properties of compact super-high-pressure mercury discharge lamps using effects of antenna-excited microwave

溝尻貴文* 神藤正士(静岡大学)、森本幸裕(ウシオ電機株式会社)
Takafumi Mizojiri*, Masashi Kando, (Shizuoka University), Yukihiro Morimoto (USHIO Inc.)

A compact high-intensity microwave discharge lamp ignition system has been investigated using a couple of antenna and a solid state microwave generator. In the present work, it could be obtained that the antenna excited microwave discharge lamps produce a super-high-pressure-mercury discharge, over 100atm, can be established by lower than 80W microwave power isolated form the lamp wall.

キーワード:アンテナ, マイクロ波, マイクロ波ランチャー, 超高圧, 水銀ランプ, 固体発振器

(antenna, maicrowave, microwave launcher, super-high-pressure, mercury discharge lamp, solid state microwave oscillator)

1. 背景

近年、マイクロ波ランチャーと称する同軸導波路の先端上においてコンパクトで高輝度な放電ランプを点灯する研究が行われている[1]-[3]。市販の有電極メタルハライドランプを点灯した例では、電極がアンテナとして機能すると考えられ、数十W のマイクロ波電力で高効率な可視光が得られている。現在、自動車用ヘッドランプへの応用を目指して研究が進められている。

本研究では新規のランプ構造にて、アンテナの効果と封入物を水銀とした時の発光特性を明らかにしたので報告する。

市販のメタルハライドランプを用いた報告例[3]によると、10atmの高気圧Xeガスが始動用のバッファーガスとして働き、金属封入物の発光をアシストしていた。これに対し本研究ではバッファーガスは負圧(13.3kPa)とし、水銀、メタルハライド、硫黄などの分子発光種、その他ナトリウムなど、発光種自身が高気圧になる場合の検討を行った。バッファーガスが負圧の場合は点灯しやすいが、発光種が徐々に蒸圧し始め、圧力が上昇してくると、ランプのインピーダンスも大きく変化するので、マッチングの観点からは安定な放電が得にくいことが予想される。このような点灯条件にてアンテナの効果を確かめた。今回の実験では封入物の未蒸発をできるだけ少なくするために、蒸気圧が高い水銀を使用した。

水銀を用いた光源には様々な種類があるが、マイクロ波ランチャー技術の特長は低電力でコンパクトな光源を構築できることにある。この利点を活かすと、例えば可視光を利用するプロジェクタ用光源や、紫外線を光ファイバーで導光して部分的に照射するUV硬化用光源に応用することができる。

2. 実験

2-1 実験装置

実験装置の概略図を図1に示す。周波数2.45GHzの マイクロ波電源に固体発振器(SPC ELECTRONICS CORPORATION, ESS-2450S-1A)を利用し、同軸ケー ブルにて矩形導波管に供給し、スリースタブチュー ナーと可動短絡板の間にマイクロ波ランチャー[1]-[3]を設置し、その先端でランプを点灯した。マイクロ波は矩形導波管内をTE01 modeで伝搬し、ランチャー内部ではTEMモードで伝搬し、ランプに供給される。

発光スペクトルを分光器(Ushio Inc., USR-40D)にてランプ中心から約30cm離れた水平位置に受光器(受光部径;Φ8mm)を配置して測定した。また発光スペクトルの水平方向分布とプラズマ像を観測するために、合成石英ガラス製のレンズ(シグマ光機製f=150mmφ50mm)を用いて、点灯中のランプを拡大・投影した。

管壁温度を放射温度計(JAPAN SENSOR CORP,TSS-15G)を用いて測定した。測定波長は4.9~5.3µmであるため発光管外表面の平均温度を示す。ガラスの放射率は0.94とした。

インピーダンスのマッチング条件を定量化するために、ランプ中心から50cm離れたところに照度計(Minolta,T-1M)を設置し、その値が最大となるように可動短絡板と3スタブチューナーを調整した。

同軸導波路変換器からランプまでを負荷と考え、負荷に入るマイクロ波電力をWinとする。固体発振器でモニターされる出力電力をW1、反射電力をW2とし、発振器と負荷を接続する同軸ケーブルとコネクタの損失をk とすると、マイクロ波電力Winは次式で定義される。

kの値はネットワークアナライザ(Agilent Technologies,Network Analyzer E5062A)による実測からk=0.85であった。またWinはランプ入力電力をWlamp、リーク電力をWleak、ランプからの反射電力をWref、矩形導波管やランチャーでの損失をWlossとおくと次の関係にある。

リーク電力Wleakは前報[2]より十分小さいことがわか っており、導波管やランチャーでの損失Wlossも本研究 では十分小さいと仮定した。Wrefは100W以下の測定で は誤差が大きく、現状では正確な測定ができていな い。しかしランプが安定に点灯している時はWrefは 0になると仮定した。従ってランプ入力電力はWlamp =Winとなる。

図1. 実験装置の概略上面図
Fig.1. Schematic top view diagram of experimental apparatus

2-2 ランプ仕様

実験に使用した3種類のランプ概略図を図2に示す。放電部の内径がφ7mm、高さが7mm、内容積が約0.27ccの円筒形状のランプをLamp Aとした。次にAより小型化を図り、発光部は楕円球状で内径の最大部がφ3.5mm、放電部の高さが7mm、内容積がLamp Aの約1/6で0.042ccのランプをLamp Bとした。Lamp Bはその一部をランチャーの内部導体に挿入して固定する。LampBと同じ内容積の発光管に一対のアンテナを距離4mm離して設置したランプをLampCとした。アンテナの材料には従来の有電極ランプのように仕事関数を下げる目的のトリウムに代表されるいわゆるエミッタ物質は不要であるため、プラズマに対する耐熱性と熱伝導性のみを考慮して、直径φ0.3mの細い純タングステンを使用した。さらにシール構造に関し、マイクロ波はガラス内部を通過してアンテナに伝搬するので、従来の有電極ランプのように金属箔を気密シールする必要がなく、アンテナを単にランプ内部に固定するだけの簡単な構造とした。むしろマイクロ波の漏れを防止する観点からはランプ外部に金属が突出していることは望ましくないので、以上の構造の方が好適である。

上記ランプの発光管材料は透明石英ガラスで、水銀を密度1.8×1019cm-3から3.8×1020cm-3の間で封入し、バッファーガスにアルゴンを圧力13.3kPa(100Torr)一定で封入した。

図2. 実験ランプの概略図
Fig. 2. Schematic diagram of experimental lamps

3. 結果と考察

3-1 放射パワーと放射効率

ランプから放射されるパワーをφeとし、発光スペクトルの測定結果から次式より求めた。

Ee(λ)は分光放射照度[µW/cm 2/nm]で、本実験で用いた分光器(Ushio Inc., USR-40Dは産業技術総合研究所および日本電気計器検定所の標準光源とトレーサビリィティーが取れているため、Ee(λ)の絶対値は値付けされている。Rはランプ中心から受光器までの距離、kdは配光分布を表す係数(kd≤1)である。ここで光は全方向に均一に放射する点光源を仮定してkd=1とした。λ1、λ2は分光器の測定範囲よりそれぞれ220nm、800nmとした。水銀の発光はほぼこれらの波長範囲内にあるので、以上の条件で求めた(3)式は水銀ランプの全放射パワーを表すと考えられる。

図3に全放射パワーとマイクロ波電力の関係をアンテナの有無と封入した水銀の原子数密度をパラメータとして表す。これより全放射パワーはマイクロ波電力に比例していることがわかる。また水銀の原子数密度を約1 ×1020cm-3から4×1020cm-3に増やした時、全放射パワーはアンテナが有るLamp Cでは増加するが、アンテナなしのLamp Bでは逆に低下する結果となった。またこの時、Lamp Bは点灯中にちらつきが生じ、安定した放電が得られなかった。ランプ点灯中の最冷点温度を管壁で900°Cと見積もると、水銀の飽和蒸気圧は約170atmで、1021cm-3の原子数密度に対応する。封入した水銀量はこれより低いため、点灯中の水銀は完全に蒸発していると考えられる。実験時の密度4×1020cm-3は管壁900°Cで蒸気圧が63気圧になると算出されるが、プラズマの温度は低く見積もっても2000K~3000K以上であると仮定すると蒸気圧は110atm~160atmに達する。従って今回、マイクロ波ランチャーを用いてアンテナ励起のランプ点灯することで、水銀100atm以上相当の超高圧な放電が得られることがわかった。

全放射パワーをマイクロ波電力で割った値を放射 効率とすると、Lamp Cで水銀密度が4×1020cm -3の時、放射効率は約55%であった。放射効率はマイクロ波電力に対してほぼ一定であり、この結果はマグネトロンを用いた実験では得られなかったので、固体発振器の出力が安定していることを示している。効率一定で光出力が制御できることは実用上で利点になると考える。

図3. マイクロ波電力と放射パワーの関係
Fig.3. Radiant power in the wavelangeth range from 220nm to 800nm(W)

3-2 電磁界シミュレーション

図4にマイクロ波ランチャーとランプにおける電磁界シミュレーション結果を示す。ランプ内部にアンテナがある場合、マイクロ波ランチャー側のアンテナ先端に電界が集中していることがわかる。一般にマイクロ波電界E0によってトラップされた電子1個が、中性粒子との周期的な衝突によって吸収するパワーPabsは、本実験のように衝突周波数νとマイクロ波角周波数ωの関係がν»ωを満たしている場合次式(4)で表され、電界の2 乗に比例する。

従ってランプ内部のアンテナにより、その先端に局所的に強いマイクロ波電界を誘起することができると、少なくとも点灯直前には、ランチャーを伝搬してきたマイクロ波電力が効率よくランプ内部に投入されることが推測される。そ結果、アンテナがない場合と比べて放射エネルギーは図3のように上昇することが考えられる。

またアンテナによりマイクロ波電力が直接ランプ内部に挿入できることで、点灯とともに水銀の圧力が上昇し、インピーダンスが大きく変化してもアンテナがない場合と比べて、比較的マッチングがとれることが推測される。その結果、超高圧の雰囲気下でも安定した放電が得られていると考えられる。

図4. 電磁界シミュレーション
Fig.4. Electromagnetic simulation of maicrowave laucher and lamps

3-3 管壁温度

図5に水銀密度が4×1019cm-3の時のマイクロ波電力と管壁温度の関係を示す。管壁温度はいずれもマイクロ波電力の増加に伴い上昇することがわかり、高入力時にはアンテナ有りのLamp Cの方が約200°Cほど低かった。

実際、ランプ点灯中にLamp Bはランプ上部が膨れて点灯不能となった。これはプラズマが発光管上部に直接接触しているため、その部分の温度が上昇して膨れたと考えられる。さらにLamp Aでも点灯中、同様のマイクロ波電力にて、今度はランチャーの内部導体上の発光管が膨れて点灯不能となった[1]。原因はランチャー直上の発光管の底の部分から上方に向かって局所的な放電が発生しているためと考えられる。いずれも局所的に管壁負荷が上がることにより、ガラスの温度が1100°Cから1200°C程度になり、粘度が下がり、内圧によって膨らんだものと推測される。またLamp A,Bはいずれも水銀密度を増やすとランプがちらついたり、ランプと外部導体間で放電が生じることがあった。これらの現象はランプ内部にマイクロ波エネルギーが注入できないことを示しており、アンテナの効果を裏付ける結果となった。

図5. マイクロ波電力と管壁温度の関係
Fig. 5. Wall temperature as a function of microwave power.

3-4 発光分布

図6にアンテナ励起のLamp Cのプラズマを拡大した写真を示す。これよりマイクロ波励起のプラズマがランプ中央のアンテナ間に集中していることがわかる。

また図7に分光器の受光部を走査して測定した全放射パワーの水平方向分布を示す。横軸r/aは相対半径を表している。このグラフより全放射パワーは内径のおよそ半分でランプ中心の10%近くまで低下していることがわかる。この結果よりランプ内部での発光強度の空間分布は、厳密にはAbel変換が必要であるが、この分布からランプ中心が最も強いことがわかる。

一般にマイクロ波励起の無電極ランプは管壁の外側からマイクロ波が進入する。従って光の強度は管内壁近傍で最大となることが知られている[4]。従って、本光源の発光分布は従来のそれとは異なることが特長である。

以上のことからアンテナ励起により、マイクロ波プラズマが管壁から離れて発生し、その結果管壁温度が下がったと考えられる。管壁安定型のランプは発光管の温度で諸条件が決定されるので、その温度が低くできる効果は大きいといえる。例えば、冷却構造の簡素化や高入力化などが可能となる。さらに点光源の可能性も示唆しているので、今後の研究・開発の発展が期待される。

図6. アンテナ励起ランプのプラズマ写真
Fig. 6. Picture of plasma column in the antenna excited lamp.

図7
Fig. 7. Measured radial profile of the relative radiant power in the antenna excited lamp.

4 結論

マイクロ波ランチャー技術と固体発振電源を用いた小型の超高圧水銀ランプにおいて、約80W以下の低電力点灯を行い、アンテナ励起の効果と水銀の発光特性をを調査した。その結果、アンテナ間にプラズマが集中し、水銀100atm相当以上の超高圧放電が得られることがわかった。またプラズマが発光管から離れることによって、管壁温度が下がりランプの管壁負荷を低減できることがわかった。

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