USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.29 (2007年8月発行)

大学研究室を訪ねて Campus Lab⑱

電子デバイスの性能を高め、新用途を拓く 次世代薄膜形成技術Cat-CVD」

国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学マテリアルサイエンス研究科松村研究室
教授 松村英樹 先生

学部をもたず独自のキャンパスをもつ、日本初の大学院大学
―――北陸先端科学技術大学院大学

世界最高水準の豊かな学問的環境を創出し、その中で、次代の科学技術創造の指導的役割を担う人材を組織的に育成することによって、世界的に最高水準の高等教育研究機関として、文明の発展に貢献することを目指す―――創学の理念を掲げて、1990年、北陸先端科学技術大学院大学※は開学しました。

日本が独自の技術を持つ科学技術立国となるため、科学と技術の最先端分野で学際的な研究と教育を行ない、国際的に活躍できる科学者・技術者を育成する大学院大学です。知識科学・情報科学・マテリアルサイエンスの3つの研究科をメインに、これらの研究科と連携し、より専門性の高い研究・講義を行なう多くの研究センターで組織編成されています。

未来を見据え、時流に即するこれらの方針や運営は、開学当初から注目を集め、新進気鋭の大学院大学として、これまで数多くの実績と評価を積み上げてきています。

※北陸先端科学技術大学院大学…Japan Advanced Institute of Science and Technology(略称JAIST)2004年 国立大学法人に移行

マテリアルサイエンス研究科の正面玄関

最先端の科学技術研究にふさわしい環境、陣容、施設

北陸の文化・学芸の中心都市金沢の近郊、霊峰白山の裾野に広がるキャンパスは、自然に包まれながらも、陸・空の交通インフラが整備された環境にあります。

およそ1,000名の学生が、150名の教員、最新の研究設備、24時間開放の付属図書館、インターネット使用無制限の学生寮、学内アルバイトや奨学金の情報提供など、充実した組織・設備・施設のもと、きめ細かなサポート体制・制度を享受し、最先端の科学・技術の研究、勉学に励んでいます。

高品質で高効率、デバイス級の薄膜

世界に先駆けてCat-CVD法を開発

半導体集積回路や液晶ディスプレイ、有機EL※ディスプレイ、太陽電池など、ほとんどの電子デバイスの中には、厚さ1μm(1/1000mm)以下の薄膜が多用されており、『薄膜の特性が電子デバイスの性能を決める』と言われています。

この薄膜の多くは、下地を傷めないために、300℃以下(場合によっては100℃以下)の低温で形成されることが求められ、その手段として、これまでPECVD※法が広く採用されています。しかし、次世代電子デバイスには、より一層の高品質化、大面積化、製造の効率化などが求められ、プラズマを用いるこの方法では数々の問題や課題をかかえていることから、新しい薄膜形成法の開発が強く望まれていました。

これらを解消し、新たな応用への可能性を拓いたのが、Cat-CVD※技術です。

薄膜の高品質化と製造効率の向上、デバイスの大面積化への対応が可能など、数々のメリットを生むこの新しい薄膜形成法は、1985年、松村英樹氏(現 北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科 教授)によって開発されました。

北陸先端科学技術大学院大学 松村研究室では、今、各種電子デバイスの製造工程への導入に向け、産業界と連携を深めながら、Cat-CVD法適用のためのプロセス開発、量産用Cat-CVD装置の開発のための要素技術の研究に、積極的に取り組んでいます。

Cat-CVD技術を開発した松村教授

<シリコン集積回路用Cat-CVD装置>
6インチ、8インチウエハー対応で、ロボット搬送機構を備えたフルオートマチックCat‐CVD装置。堆積室は2室ある。

<Cat-CVD装置の模式図>

「点と点」から「点と面」へ

Cat-CVD法とPECVD法の大きな違いは…

松村:従来型のPECVD法は、100Pa程度に減圧された空間で、原料ガスの分子をプラズマ内で加速させた電子と衝突させ、分解します。その分解種を基板に輸送し、そこに積み上げて膜にする方法です。つまり、真空に近い希薄な3次元空間で、ガス分子と電子の“点と点”の衝突を利用し ているわけです。

一方のCat-CVD法は、同じように減圧された空間を用いますが、原料ガスの分子を、ぎっしりと原子の詰まった触媒体の表面に衝突させ、そこでの接触分解反応を利用して、分解します。つまり“点と面”の衝突の利用と言えます。

そのことによって、Cat-CVD法では、どんな利点が生まれるのでしょう…

松村:Cat-CVD法では、プラズマをまったく用いていません。これによって、プラズマ中のイオンによる基板への損傷がなく、電荷が下地のデバイスを傷めたりすることもありません。このことは、表面の弱いガリウム砒素(GaAs)などの化合物半導体を用いるデバイスの製作や、下地の絶縁物の破壊を恐れる超微細なシリコン集積回路の製作に、Cat-CVD法が適していることを示唆しています。

また、Cat-CVD法では、ガス分子の分解効率がPECVD法と比べて、5倍から10倍と、大幅に高くなります。これは、原料ガスの利用効率が優れていることを示し、原料ガスを多量に消費する液晶ディスプレイや太陽電池など、大面積デバイスの製作には大きな意味を持ちます。また、Cat-CVD法では、堆積に寄与する分解種の発生量も多いことから、膜の形成速度も上がり、生産性の向上にもつながります。

触媒体の設置例

加熱された触媒体

その他の違いは…

松村:水素原子の含有量です。PECVD法で作られた薄膜中には、原料ガスの中に含まれる水素原子が10at.%※以上存在しています。これが膜を脆弱にし、特性を劣化させる原因になっています。Cat-CVD法では、同じ原料ガスを用いても、膜中の水素原子の存在は3at.%程度以下です。このため、形成された膜は、緻密で化学耐性※に富み、水や酸素などの透過を抑止する力が大きく、表面保護膜として優れた性質を持っています。また、膜特性そのものも安定しています。

<原料ガス分子の分解模式図①PECVD法②Cat-CVD法>
PECVD法では、原料ガス分子は3次元空間での衝突により分解するが、Cat-CVD法では、2次元空間での衝突で分解する。そのため原料ガス利用効率はCat-CVD法の方が高くなる。

可能性を拡げた薄膜形成技術

Cat-CVD法の新しい用途はいかがでしょう。

松村:液晶ディスプレイや太陽電池に用いられるアモルファスシリコン※膜(a-Si膜)の堆積を例にとれば、デバイス製作に使用できるレベルの高品質な膜をつくるには、PECVD法では、1秒間に0.4nm以下の低速での堆積が必要となります。放電周波数を数10MHzまで上げるなど、特殊な工夫をしない限り、膜質を維持したまま推積速度を上げることは不可能です。しかし、Cat-CVD 法では、堆積速度を上げて膜をつくっても、その特性は劣化しません。

また、Cat-CVD法でつくられた膜は緻密であるとお話ししましたが、これは特に窒化シリコン(SiNx)膜などの絶縁膜の形成に適しています。窒化シリコン膜は、太陽電池の反射防止膜や半導体レーザーの端面保護膜、有機ELの直接封止膜など、電子デバイスを水分などから守る保護膜として多用されています。最近では、電子デバイスの用途に限らず、食品包装用や各種フィルムのガスバリア膜としても期待され、Cat-CVD技術の導入を検討している産業分野が格段に拡がってい ます。

これからの可能性としてはいかがでしょうか。

松村:Cat-CVD法では、触媒体上で高い効率でガス分解反応を起こします。これを用いた新規プロセスもいろいろ提案されています。

Cat-CVD装置内に水素ガスを導入した場合、PECVDプロセスに比べて1~2桁も高い濃度の原子状水素が発生することが確認されています。この原子状水素を用いることにより、1016 cm-3 台ものイオン注入を行なったフォトレジストも、ダメージなく除去することができます。

触媒体上で発生した各種のラジカルを用いて、Si、GaAs、SiO2の表面改質やポストアニール、チャンバークリーニングも可能であることが示されています。現在では、Cat-CVD装置を高効率ラジカル源として、薄膜堆積・エッチング・クリーニングまで、一貫プロセスとして実現可能な状 況です。

また、触媒体の設置面積を拡げることで、容易に堆積面積を拡げることができることから、液晶ディスプレイや有機ELディスプレイ用の薄膜トランジスタ(TFT)、薄膜太陽電池など、大面積薄膜デバイス製造工程での実用化が期待されています。また、半導体集積回路に使用される各種薄膜作製技術としての期待も膨らんでいます。

<a‐Si膜の欠陥密度の膜堆積速度依存性>
a-Si膜は、電子スピン共鳴法で計測した膜中の欠陥密度が1016cm-3台前半であれば、液晶ディスプレイや太陽電池の製作に応用できることが知られている。
この図は、a-Siを1秒間に3nmの速度(PECVD法の7倍以上の速度)で堆積しても、Cat-CVD法では十分な特性の膜が形成できることを表している。

<SiNxの製膜例と比較>
従来から知られている方法で堆積したSiNx膜とCat‐CVD法により堆積した膜の性質をまとめて示す。デバイスの上には、ストレス(応力)が小さく化学耐性※が高い膜の堆積が望まれるが、低温で堆積されたCat‐CVD膜は750℃の熱CVD法で作られた膜であることを示す。

<After Photoresist Coat & After Treatment>
原子状水素処理により、微細構造の底面端部のフォトレジストも、ダメージなく完全に除去されている。

<a-Si膜が堆積した大面積ガラス基板>
大面積用Cat-CVD装置を用いて、1mサイズのガラス基板上に堆積したa-Si膜。

フラッシュランプアニールによる高品質・微結晶シリコン薄膜の形成
――ウシオ電機と共同研究

弊社R&Dセンターと、関連する共同研究を進めていますが…。

松村:そうです。ウシオさんと共同して、高品質微結晶のシリコン薄膜を作製し、太陽電池等のデバイスへの応用可能な材料作成プロセスの開発を目指しています。

どういった研究方法ですか?

松村:一つは、Cat-CVD法によりガラス基板上に堆積した非晶質シリコン膜を、フラッシュランプアニール(フラッシュランプによる瞬間熱処理法)を用いて、ミリ秒の瞬間熱処理で改質(多結晶化)させるものです。もう一つは、高圧水蒸気処理を加えることで、dangling-bond除去を行ないます。評価は、レーザーラマン散乱、反射マクロ波光導電減衰法(μ-PDC)、ラザフォード後方散乱法(RBS)などを用います。

研究成果はいかがでしょうか。

松村:多結晶シリコン薄膜については、a-Si薄膜に瞬間熱処理を施す際の多様な条件を詳細に検討した結果、poly-Si膜を形成できる条件を見出しました。数μmというかなりの厚さのa-Si膜に対する熱処理であるにもかかわらず、最適と見られる膜のラマン散乱スペクトルにおいては、520cm-1付近に強いピークが観察されました。このようなピークは単結晶Siに特徴的なものであることから、得られた薄膜の結晶粒が良好であることを反映しているものと考えられます。

さらに、高圧水蒸気処理を加えることで、欠陥密 度は、10-17cm-3台であったものが10-16cm-3台に低下しました。また、μ-PCD法による測定では、成膜条件や処理条件によるものの、少数キャリア寿命8-12μsを得ました。

太陽電池用Si薄膜については、石英ガラス基板上にCr膜を成膜し、Cat-CVD法によりa-Si膜をその上に成膜したサンプルなどでの評価を行ないました。結果、Cr膜上とガラス基板上とでは、結晶化のための熱処理最適条件がやや異なることを見出しましが、ラマン散乱スペクトルにより結晶性は良好であること、また、poly-Si膜へのCiの拡散は無いことが確認できました。

ボトムゲート型TFT用Si薄膜については、ボトムゲート型a-Si TFTを形成後に瞬間熱処理を行うことで、キャリア移動度の高いPoly-Si TFTを作製することを目的として、評価を行ないました。多結晶シリコン薄膜の検討(前述)は、全面均一なa-Si薄膜に対するものですが、この検討は、パターン形成後のa-Si薄膜に対して瞬間熱処理法を適用性したものです。パターンの形状および/または寸法が異なるものに対しても、それぞれ適した熱処理条件を見出すことが可能であることを確認できました。ラマン散乱の評価結果においても同様の良好な特性を得ています。さらに、RBSにより絶縁膜であるSiNxへのCr拡散が無いことも明らかになりました。

これらの結果、Cat-CVD法により形成されたaSi膜への瞬間熱処理と高圧水蒸気処理を行うこ とで、従来に無いレベルの特性の良いpoly-Si膜を得ることができたことから、薄膜型太陽電池やTFTなどへの応用が、十分期待できます。特に、本研究における熱処理手法は、従来のレーザーを用いる方法のように微細な走査制御を必要としないことから、生産性における優位性も併せ持っているといえます。

弊社R&Dセンター田川(左)から研究の成果報告を受ける松村教授

松村研究室
http://www.jaist.ac.jp/ms/labs/handoutai/matsumura-lab/matsumura.html

大平助教(左)、研究生の皆さんと

■スタッフ/電話・メール(2007.6現在)
教授 松村英樹
電話 0761-51-1560 e-mail h-matsu@jaist.ac.jp
助教 大平圭介
電話 0761-51-1563 e-mail ohdaira@jaist.ac.jp
秘書 関 玲子
電話 0761-51-1565 e-mail r-seki@jaist.ac.jp
博士課程  4名
修士課程 10名
■住所
〒923-1292 石川県能美市旭台1-1
北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科
物性科学専攻 半導体材料講座
松村研究室(マテリアルサイエンスⅠ棟7階)

プロフィール

松村 英樹(まつむら ひでき)
国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学
マテリアルサイエンス研究科 教授
ナノマテリアルテクノロジーセンター長

■学位
医学博士(京都府立医科大学)
■経歴
電気通信大学 工学士(1970)
東京工業大学 工学修士(1972)
東京工業大学 工学博士(1975)
■職歴
英国サリー大学電気電子工学科 研究員(1975)
東京工業大学大学院総合理工学研究科 助手(1977)
広島大学工学部 助教授(1983)
■研究課題
Cat-CVD法による半導体および絶縁体薄膜の堆積
金属/絶縁体のみを用いた次世代超LSIの研究
微細シリコンチップ・アセンブリングによる大画面、高機能液晶ディスプレイ(MAT-LCD)の研究
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