光技術情報誌「ライトエッジ」No.35
大学研究室を訪ねて Campus Lab㉓
環境調節工学が変える、
農業はハイテクの施設農業へ、植物工場へ。
千葉大学大学院園芸学研究科環境園芸学専攻
環境調節工学研究室 教授
後藤 英司 先生
規模、内容ともに国立総合大学の上位に
―― 千葉大学
千葉大学は、1949年、当時千葉県内にあった千葉医科大学、同大学附属医学専門部および薬学専門部、千葉師範学校、千葉青年師範学校、東京工業専門学校、千葉農業専門学校の各旧制国立学校を包括し、学芸学部、医学部、薬学部、工芸学部、園芸学部の5つの学部と、腐敗研究所、附属図書館で構成された新制国立大学として発足した。
1955年に大学院を設置し、その後も拡充や改組を重ね、現在では文学部、教育学部、法経学部、理学部、医学部、薬学部、看護学部、工学部、園芸学部の9つの学部と、11の大学院研究科、附属図書館、医学部附属病院、各種のセンターなどで構成されている。
2004年、国立大学法人となった千葉大学は、学生数が学部で2,300名、大学院研究科で1,173名、専門職学位課程で40名という定員枠を設け、およそ2,800名の教職員で運営されている。キャンパスは西千葉、亥鼻、松戸・柏の葉の3地区にある。メインキャンパスは西千葉で、39万m2あまりの広々とした敷地に大部分の学部や施設が集結されている。亥鼻には医学部と看護学部、医学部附属病院が、松戸・柏の葉には園芸学部、環境健康フィールド科学センターなどが設置されている。
これらのことから千葉大学は、規模、内容ともに、国立総合大学のトップクラスに位置している。
100年におよぶ国立大学唯一の実績を持つ園芸学部
千葉大学園芸学部の歴史を遡ると、そのルーツは1909年(明治42年)創立の千葉県立園芸専門学校※であり、2009年に100周年を迎えた。開学から100年におよぶ豊富な実績と知的資源は、国立大学唯一であり、パイオニアとしての使命を果たし続けている。
その一方で、これからの園芸学のキーワードを「食・緑・健康」と特徴付け、未来を見据えるとともに、都市と深い関わりを持つ「園芸農業」と「緑環境」の教育研究に、積極的に取り組んでいる。これらの研究対象は、園芸作物の栽培・育成・利用技術や造園技術から、バイオテクノロジー(生命科学)、環境科学へと、時代とともに広がり、今日では、生活空間の科学や人の健康といった幅広い分野において、自然科学、社会科学、人文科学を融合した学際的なアプローチを展開している。
教育課程としては、実践的な技術と理論を短時間に習得する2年制の園芸別科と、「食と緑」をテーマとした専門的な教育研究を行う園芸学部があり、さらにその上に、高度な基礎・応用を究める大学院園芸学研究科(修士課程・博士課程)を揃えている。
学部と修士課程の一貫教育により、専門知識を身につけた技術者、研究者を育成する一方、博士課程では、学際性を生かした教育により、高度な組織運営能力を身につけた生産者、技術者、企業人、官公庁や国際諸機関職員などの人材を養成している。
環境園芸学一専攻の「大学院園芸学研究科」
大学院園芸学研究科は、前期課程(修士課程・2年)と後期課程(3年)からなる博士課程の大学院である。領域の横断的な教育研究を推進するために、多様な領域を包括した環境園芸学一専攻とし、前期・後期課程ともに、生物資源科学、緑地環境学、食料資源経済学という3つのコースから構成されている。
「食と緑」の総合研究科として、食料資源の生産・利用・流通、人と自然が共生する生活環境の保全・創造、人々の健康・福祉、地球環境科学など、人間生活に直結する重要で広範な課題に対して、自然科学のみならず、社会科学や人文科学をも含む文理融合のアプローチにより、学際的、国際的な視野から教育研究を行っている。
生物資源科学コース
生物資源科学コースには、栽培・育種学、生物生産環境学、応用生命化学という3つの領域があり、栽培や育種など園芸植物の生産技術の開発、生物資源の生産に関わる諸環境要因の解析、生命資源の有効活用に関わる基礎学理と応用技術の習得など、これらを通して、国際的にも通用する技術力、応用力を身につけた高度な技術者、研究者を養成している。
生物生産環境学領域
生物生産環境学領域では、生産環境の基礎である気象・土壌・施設・フィールドをはじめ、そこで生産、使用される物質の挙動や循環、栽培植物の生理生態や病理、生息する昆虫や微生物など、生物の生産に関わる環境要因の解析、研究に取り組み、園芸学分野における理工学・生物学・化学の学際的な素養と、生物の生産環境を創生、管理できる技術力、応用力を養成している。
植物に最大限の能力を発揮してもらうために
環境調節工学研究室
植物生産業に貢献する環境制御技術を追究
大学院園芸学研究科生物資源科学コースで、生物生産環境学領域(物理環境分野)の教鞭を執る後藤英司教授は、環境調節工学研究室のリーダーとして、彦坂晶子准教授、石神靖弘助教とともに、25名あまりの学生と環境調節工学の研究に取り組んでいる。
「環境調節工学とは、植物を取り巻く環境を調節する工学のことです。植物の環境としては、温度や湿度、光、風、ガスなどを要素とする物理環境があり、その他に生物環境や化学環境もあります。私たちは、これらを調節して最高の生育環境を整え、植物に最大限の能力を発揮してもらう研究をしています。
研究ターゲットは『環境』と『植物』。対象とする植物生産業は『施設農業』で、植物生産業に貢献していくことを目指しています」と後藤先生は語る。
環境調節工学研究室 主な研究テーマ
■ 人工環境下の植物の環境応答の解析
- ・非24時間周期下の光合成、遺伝子発現
- ・LED光(青色光、赤色光など)下の形態形成と二次代謝成分の合成
■ 野菜の機能性成分含有量を高める生育制御
- ・光・温度・培養液の制御による葉菜類のアントシアニン・ポリフェノールの増加
- ・光質制御による葉菜類の抗酸化成分含有量の増大
- ・光環境制御によるアブラナ科野菜の機能性成分の増加
■ 環境ストレス付与による薬草の薬用成分増加
- ・根系薬草(カンゾウなど)の養液栽培法の開発
- ・温度処理や光処理による根の薬用成分含有量の増加
- ・光処理による葉系薬草(ハッカなど)の成長促進と薬用成分含有量の増加
■ 温室における栽培環境の制御
- ・大規模商業温室における栽培環境の改善
- ・ビニルハウス用の新しい被覆資材の開発
- ・温室環境シミュレーションモデルおよび果菜類(トマトなど)の生育モデルの開発
■ 植物工場における最適環境の創造
- ・遺伝子組換え作物を用いた食べる薬(経口ワクチンなど)の開発
- ・新規光源(LEDなど)と照明システムの開発
- ・植物が最大能力を発揮する最適環境の探索と構築
施設農業(施設園芸)の役割
施設農業(施設園芸)の種類
研究解明に不可欠な「光」
環境調節工学研究室の主な研究テーマは5つ。これらに共通するファクターは「光」である。「植物と光の関係解明は、私たちの究極の研究といえます。そのためには、単に明るさだけでなく、目的に合った質を備えた光が必要であることが分かってきました。たとえば機能性植物のモロヘイヤの場合、これに含まれるポリフェノールの一種であるクロロゲンの生成量を調べるには、ピンポイントの波長(単一波長)の光が必要です。また、稲の生育を調べるには、一般的な照明の10倍の強度があり、かつ発熱量の少ない光が必要です」(後藤先生)
研究を格段に加速させたLED照明
「これまでにナトリウムランプやハロゲンランプ、蛍光灯など、さまざまな光源を用いてきましたが、LEDの登場によって、研究が格段に加速しました。今回、ウシオライティングさんが開発した稲の生育用のLED照明システムは、LED素子の数が少なく、高度な排熱処理システムを搭載しています。この研究が成功すれば、LED照明システムは、稲の生育だけにとどまらず、農業全般にわたって応用可能な道を拓くこととなり、私たちは大きな期待を寄せています」(後藤先生)