光技術情報誌「ライトエッジ」No.37〈特集ウシオの新しい取り組み第二回〉 2012年6月発行
光源
シネマプロジェクター用キセノンランプ
河野 洋一
1.フィルムからデジタルへ 1)
1999年、アメリカにおいて世界で初めてデジタルシネマプロジェクターによる映画が上映された。ジョージ・ルーカス監督の「スターウォーズ エピソードⅠ」である。以降、多くの映画がデジタル映像で上映され、2005年にはデジタルシネマプロジェクターによる3D映画の上映も始まった。そして2009年末、ジェームズ・キャメロン監督の3D映画「アバター」が大ヒットし、3D映画は脚光をあび、広く知れわたった。
振り返れば、1895年にルミエール兄弟が「シネマトグラフ」を開発し、世界で初めて映画が上映されて以来、約100年間は、映画といえばフィルムの時代であった。
フィルムシネマの場合、映 像ソースであるフィルムが現像されて映画館に届くまで、配送に手間と費用がかかる。その上、上映期間中も劣化や傷などで画質が低下するなど、様々なデメリットを持っている。一方、デジタルシネマの場合、画質の低下はなく、いつまでもマスター映像が上映できる。また、配送もハードディスクを用いると非常にコンパクトになり、さらに衛星通信を利用すれば、遠方にもたやすく映像データを送ることができる。
映画のデジタル化は、配信側にもメリットがある。現像が不要でコピーが容易、DVDやネット配信などのためのアナログからデジタルへの変換が不要、などである。また、最近ではコンサートやサッカーの試合など、映画以外のデジタルコンテンツ(ODS:Other DigitalStuff)も上映されるようになり、映画館の新たな集客のスタイルとして注目されている。
このように、映画のデジタル化は多くのメリットがあることから、近年、世界の有数のシネマチェーンを中心にデジタル化が普及し、2011年時点で、約60%のスクリーンがデジタル化されたと言われている。
現在のデジタルシネマプロジェクターの多くは、映像素子にDMD(Digital Mirror Device)や反射型液晶を用い、デジタル信号を映像に変換し、投射レンズを通してスクリーンに投影している。
その映像を映し出す光 源 の ほ と ん ど に 、ショートアークキセノンランプが使用されている。その理由は、キセノンランプの持つ可視域の分光スペクトルが太陽光に近く、映像を再現するのに最適である(演色性がよい)こと、また、大スクリーンに投影するための大電力化が可能であること、さらには、その光を発する放電アーク(輝点)が小さいため、プロジェクターの光学系と組み合わせやすいといったことがあげられる。
キセノンランプはフィルムシネマプロジェクターにも用いられているが、デジタルシネマプロジェクター用には、さらなる高輝度が求められる。
DMDを例に取ると、当初、デバイスサイズは1.2インチであり、フィルムサイズの主流が35mm(対角1.1インチ程度)であることから、映像ソースとしての大きさは、両者でさほど変わらない。しかし、DMDの場合は、映像をRGBに分けてスクリーン上に結像させるなど、光学系がフィルムプロジェクターよりも複雑になっており、従来のフィルムシネマ用ランプをそのままデジタルシネマに使用すると、スクリーン上の明るさが足りなくなる。さらにその後、DMDのデバイスサイズが0.98インチと小型化されたため、ランプにさらなる高輝度が要求され、現在のランプに至っている。
これらデジタルシネマプロジェクターに適したアークの高輝度化を実現するために、キセノンランプのフィルムシネマ用とデジタルシネマ用とでは、構造を含めた設計に大きな違いができてきた(後述)。
2.キセノンランプとは ~原理、構造、特性~ 2)3)
(1) 発光の原理
キセノンランプには、その名の通り、キセノンという希ガスが封入されている。キセノンランプに限らず、放電ランプは、その動作中は封入ガスがイオン化(電離)している。そのイオンが電子と再結合する時に放出される連続スペクトル(再結合放射)と、放電プラズマ中の自由電子が原子との衝突、あるいはイオンの電場の影響により加速・減速運動することにより放出される連続スペクトル(制動幅射)が、キセノンランプの主たる発光機構である。これにより上述の太陽光に近い発光スペクトルが得られる。
キセノンランプには、これ以外にも発光機構がある。放電により励起されたガスが、より低位の励起状態もしくは基底状態に遷移する際に、そのエネルギー差を光として放射する。これを線スペクトルという。キセノンガスの励起状態には様々なエネルギー準位があり(図3)、また遷移できる励起状態の組合せも様々である。そのため複数の線スペクトルが観察される。
キセノンランプの分光スペクトルは、これらの組合せの結果として、図4に示すような特徴的なものになる。
なお、連続スペクトルは、アルゴンやクリプトンなど、他の希ガスを用いた放電でも見られるが、キセノンは、紫外、可視光から近赤外にかけて、強い連続スペクトルが現れる。このことからも、照明用光源の封入ガスとして最も有用なガスであるといえる。
(2) 構造
キセノンランプは、石英ガラスでできた発光管内に、キセノンガスと放電のための電極が封止された構造をとっている。(図5)
プロジェクターに使われるキセノンランプは、直流にて点灯され、陰極から電子が放出し、陽極で受け止められ電流が流れる。この電子が陽極に吸収される際、大量の熱を発生することから、陽極は陰極よりも大きくなっている。
放電開始を容易にするため、通常はトリガーワイヤーが発光管に付設される。プロジェクター内でのランプの保持とランプへの電気の導入を兼ねて、発光管端部に口金が取り付けられる。
発光管の封止の仕方をシールと呼ぶが、そのシール構造によって、箔シールランプとグレーデッドシールランプの2種類に分けている。シネマ用キセノンランプは大電流・大出力が求められるため、そのほとんどはグレーデッドシールランプが採用されている。グレーデッドシールランプは、電流を流すリード棒(タングステン)と発光管端部(石英ガラス)の間を熱膨張係数が少しずつ異なる材料でつなぎ、密閉することで気密を保つ構造をとっている。この構造は大電流(~180A程度)に対応できるだけでなく、非常に高い圧力にも耐えるといった特徴がある。
(3) 特性
①分光スペクトル
キセノンランプの分光スペクトルは、図2に示すように、可視光領域において太陽光の分光スペクトルに似ており、演色性がよいことは先に述べた。また図6に示すように、電気入力の変化に対して分布が一定であるため、非常に使いやすい。紫外域から赤外域までの連続スペクトルを持つこともキセノンランプの特徴であり、特に800~1000nmの近赤外部分に強いピーク波長があることから、熱源として利用されることも多い。
②輝度 分布
キセノンランプは陰極先端部分の輝度が一番高く、それを陰極輝点と呼ぶ。高いものでは数千万cd/m2のものまで作られており、太陽の輝度(2.07x199cd/m2)を超えるようなランプも存在する。
③始動性
安定時間が短く、入力変化に対しても極めて早く追従する。消灯後の瞬時再点灯もできる。その反面、封入ガス圧が高いため、始動時の放電開始(絶縁破壊)には高電圧が必要となる。
3.デジタルシネマプロジェクター用キセノンランプの特徴
デジタルシネマプロジェクターにおいては、特別に高輝度化設計が施されたキセノンランプが使用されていることを述べた。高輝度化のために電極間距離を短くし、さらにガス圧を上げ、コンパクトなアークを実現している。これにより光学系での利用効率が上がり、所望のスクリーン輝度が得られる。
これらを実現するためには、従来よりも耐圧強度の高い発光管サイド管部構造(ステム構造)および発光管が必要とされた。表1に、デジタルシネマプロジェクター用ランプとフィルムシネマプロジェクター用ランプの違いを示す。
図7(a)に、フィルムシネマプロジェクター用ランプのステム構造を示す。電極を支えるリード棒は、サイド管の中に位置しているガラス管で支えられている。このサイド管とガラス管は、ともに石英ガラスからできており、溶着されている。この溶着部は、点灯中のガスの圧力により応力が集中し、破裂の起点になる場合がある。この構造での最大耐圧は60気圧程度が限界であった。
2000年頃のデジタルシネマプロジェクター用ランプでは、図7(b)に示すように、圧力がかかる部分の直径を小さくし、発生する応力を小さくする工夫がなされ、耐圧強度は100気圧程度まで対応できるようになった。さらに2000年以降も改良が進み、図7(c)のようにガラス管を金属箔で覆い、そもそもサイド管とガラス管の溶着を防ぐステム構造を開発した。これにより耐圧強度は130気圧程度まで対応できるようになった。
発光管については、応力軽減のために、従来の同電力のランプと比べ小さく設計され、またガラス肉厚も最適化された。ガラスはちょっとしたキズが耐圧力を極度に低下させるため、製造工程内の取扱いはさらに強化された。
これらの改良により、高圧に耐えるランプが完成し、高輝度化が実現され、デジタルシネマプロジェクターが実用化されるにいたった。一例として、デジタルシネマプロジェクター用とフィルムシネマプロジェクター用の2kWランプの輝度分布を図8に示す。デジタルシネマプロジェクター用ランプでは、ほぼ同じ電力仕様のフィルムプロジェクター用ランプに比べて、1.6倍程度の輝度が実現できる設計がなされている。