USHIO

(2016.12)
第142回微小光学研究会

3Dレーザーシネマ

3D Laser Cinema

畑中 秀和
ウシオ電機株式会社 固体事業推進室

あらまし

この論文ではレーザーの超高輝度デジタルシネマプロジェクターへの応用の現状と同用途用のネクセル(NECSELTM :Necsel Extended Cavity Surface Emitting Laser)という高出力な電流注入式外部共振器型第2高調波可視光面発光レーザーについて解説する。シネマプロジェクターの光源がレーザーになることで、明るくて、明暗コントラストが高く、かつ色再現域が広い、高画質な超大型シネマシアターが実現されて、超高輝度プロジェクションの世界記録が塗りかえられた。緑色光源として採用されているネクセルレーザーは波長が521nmから555nmの広い範囲で選択発振できる。このため、直接発光タイプの半導体レーザーでは実用化されていない長波長の緑が必要な6P3D(6原色3D)方式のレーザープロジェクターを可能にするとともに、多波長によるスペックル低減を実現している。

Abstract

This paper reviews the status of laser’s applications to light sources for ultra-high brightness, digital cinema projectors, and explains NECSELTM (Necsel Extended Cavity Surface Emitting Laser), a high luminance, current-injection, frequency-doubled, visible, vertical external cavity surface emitting laser (VECSEL) for the applications. Use of lasers for cinema projector light sources realizes high-brightness, high-luminance, high-dynamic contrast, and wide color gamut projectors, and enabled very large screen theaters with high picture qualities. There are some world record breaking events related to ultra-high brightness projection by employing lasers as light sources in place of conventional Xenon lamps. The green NECSELTM laser can selects wavelength from 521nm to 555nm, which covers the long wavelength green where laser diodes are not commercially available, and enables both 6 primary 3 D pictures and multi-wavelength speckle reduction technologies.

1.はじめに

レーザーを光源としたデジタルシネマシアター「次世代アイマックス(IMAX)」が、2015年11月に大阪万博記念公園の「エキスポシティ(EXPOCITY)」内にオープンした1)。日本国内初のレーザーシネマシアターである。蛍光体を使用しない純粋にレーザーのみを光源としたプロジェクターが使われており、RGB合わせて数百ワット以上のレーザー光と空間変調素子により動画を実現している。スクリーン幅は、一般の映画館が10mから最大で20mであるのに、次世代アイマックスでは26m、高さは映像の縦横比が4:3のためビル5ないし6階に相当する18mであり、ガンダムを実物大で映すことができるくらい大きい2)。2014年3月に映画業界の世界最大級の展示会であるシネマコン(CinemaCon)で、レーザーを光源とした3Dプロジェクター新製品発表とデモンストレーション、販売契約締結の報道がなされて以来 3-8)、海外では、既にシアトル9)、ハリウッド10)、トロント10)、ロンドン11) 、上海12)、ソウル13)、セブ(Cebu、フィリピン)14)などに各社のレーザープロジェクターが導入されている。日本では大阪についで東京の池袋にも当初アナウンスの2017年2)ではないが2019年度15)に開業予定である。

2013年1月にレーザー学会年次大会会場の姫路商工会議所で世界初のレーザーを光源とした6 Primary 3D (6P3D)方式16)プロジェクションのパブリックデモが実施17)されてからの市場への展開は非常にスムーズといえる。シネマコンでバルコ(Barco)社、クリスティ・デジタル・システムズ(Christie Digital Systems、以下クリスティ)社、アイマックス社から発表されたレーザープロジェクターはいずれも超大型スクリーン向けの高輝度で高品質な6P3D方式であった。ドルビー(Dolby)社もドルビーシネマの名称で同方式のレーザープロジェクションシアターの展開を開始した18)

ここでは、近年のプロジェクターの高画質・高輝度化の流れと6P3D方式のレーザープロジェクターの特長、それを可能にしたRGB3原色の半導体レーザー、特にNECSELTM (Necsel Extended Cavity Surface Emitting Laser、ネクセル)10)と呼ばれる共振器内部SHG型の電流注入式外部共振器型垂直面発光レーザー(VECSEL: Vertical External Cavity Surface Emitting Laser)による可視光レーザーについて解説する。

図1:デジタルシネマプロジェクターの高輝度化の流れ(~2014年)

2.シネマプロジェクターの高画質・高輝度化

図1に最近のデジタルシネマプロジェクターの高輝度化の流れをしめす。2009年に米国のイーストマンコダック(Eastman Kodak、以下コダック)社がRGB光源を全てレーザーとした11000ルーメンのレーザープロジェクターを試作した19)。同機は少なくとも40000ルーメンまでスケーラブルであり、その後のレーザーを光源としたプロジェクターの高輝度化につながっている。一方、2010年12月にバルコ社が43000ルーメンを達成して、キセノンランプを用いた従来型のデジタルシネマプロジェクターの全光束の最高記録としてギネスブックに登録された20)。2011年に全世界で超大型プレミアムスクリーンを展開しているアイマックス社はコダック社からレーザープロジェクションのライセンスを受ける契約を結んだ21)。このコダック社のレーザープロジェクターには米国ネクセル(Necsel)社が供給するRGBのレーザー光源が搭載されていた19)

2012年1月、バルコ社が米国テキサス州ガルベストン(Galveston)で開催されたMoody Gardens Digital Cinema Symposiumにて、レーザープロジェクターで57000ルーメンの全光束を実現、デモンストレーションを行った22)。それにはRGB合わせて600Wのレーザーが搭載されていた。同年9月、クリスティ社もオランダのアムステルダムにて開催されたIBC(International Broadcasting Convention)にてレーザープロジェクターで63000ルーメンを23)、更に北京にて72000ルーメンを実現して24)、デモンストレーションを行った。

翌2013年3月下旬にはクリスティ社は2週間の期間限定ではあったが,米国ハリウッドに近いバーバンク(Burbank)のAMCシアターにて、レーザープロジェクターとしては世界初の商業興行を行った25)。期間中は誰でも料金を支払えば、ハリウッド映画のG.I.Joe: Retaliation(邦題G.I.ジョー バック2リベンジ)を鑑賞できた。高輝度なレーザープロジェクターを用いた結果、3Dでも2Dと同様のDCI規格の14fLのスクリーン照度が維持されており、くっきりとした迫力のあるシーンが表現されていた。音響システムも最新のドルビー(Dolby)社のシステムが採用されており、頭上のスピーカーによりヘリコプターの迫力ある飛行音が表現されて、視覚聴覚ともに品質の高いサービスを提供する次世代のプレミアムシアターとしての映画品質を実感することができた。クリスティ社のレーザープロジェクターにはネクセル社のレーザーが搭載されていた。

レーザープロジェクターの高輝度化の流れの中で、2013年中には、各社から2014年にレーザープロジェクターをユーザーサイトに設置するとの発表がなされた。アイマックス社はスミソニアン博物館に4)、クリスティ社は米国シアトルのSeattle Cinerama シアターにレーザープロジェクターを導入して世界で初めての常設興行を開始するとの発表があった3)。クリスティ社はこれに先立って米国でレーザー安全規制を管轄するFDA(Food and Drug Administration)からDCI規格のシネマプロジェクター製造者として初めて承認を得ており3)、バルコ社も4月15日にFDA承認を発表26)、LIPA(Laser Illumination Projection Association) 27)などの団体が改善に取り組んでおり、米国でのレーザーシネマ普及に向けて着実な進展がみられた。

以上のように、レーザーを光源とした高画質・高輝度プロジェクターは、超大型プレミアムスクリーン用のプロジェクターとして開発、デモンストレーション、商用導入が進んだ。特に高画質な6P3D方式が、レーザーという単色光源により、ランプでは実現できなかった高い光利用効率で実現できるようになり採用が進んだ。

3.6P3D(6 Primary 3D)方式

レーザーをプロジェクター光源に使えることにより3D画像方式の中で、6P3D方式15)が注目されている。

表1に3D方式のなかで現在普及している偏光方式と6P方式の比較をまとめる。6P方式は左右の眼で異なるRGBの波長のセットを使うことで3Dを表現する。この方式は左右のグラスの原色の波長間隔を適切にとることでクロストークの少ない3Dメガネをつくることができるので高画質な3Dとして期待されている。従来光源であるキセノンランプ光では、白色光から2組のRGB光を取り出す過程の効率が低いために、明るいスクリーンの実現が困難であったが、レーザーは既に単色度の高い光源なので、最初から波長の間隔を適切に選択した2組のRGBレーザーをつかえばよく、このデメリットはなくなる。しかも、レーザーは高輝度な光源なので数を増やしても十分に小さい光源サイズを維持できるので、光の利用効率を犠牲にすることなく光をプロジェクターの光学系に取り込むことができ、容易に光量を高めることができる。結果、従来のランプ式プロジェクターでは実現困難であった3DでDCI規格の14fLのスクリーン光量を実現できている。また、偏光を維持するためのシルバースクリーンが必要なく通常のマットスクリーンが使えるのでスクリーンの維持費が低く、かつホットスポットのない輝度が一様な映像が実現できるほか、ドームのような曲面スクリーンにも対応が可能である。更に、直線偏光式の3Dでは、観衆の頭が傾くと左右の眼の画像のクロストークが生じるが、波長によるフィルターを使う6P方式では起こらない。このクロストークは同じ偏光方式でも円偏光方式では原理的に発生しない。

2013年1月にレーザー学会年次大会会場である姫路商工会議所の一室で世界初のレーザーを光源とした6P3D方式のパブリックデモンストレーションが実施された。参考に、その時の6原色の波長と色度図を表2および図2に示す。

表1:3Dの方式比較(偏光方式と6P方式)

表2:6P3D方式の6原色波長(姫路商工会議所デモ)

図2:6P3D方式の6原色の色度図(姫路商工会議所のデモ)

4.6P3D方式レーザーシネマ用光源

可視のRGBレーザーを光源とした6P3D方式の超大型プレミアムスクリーン用プロジェクターには3,4)、プロジェクター一台あたりRGB3原色それぞれ数百ワットの平均出力が必要である。

図3:RGBレーザーの例(ネクセル社製)

図3にRGBレーザーの例を示す。6P方式ではRGB各色に対してそれぞれ短波長と長波長が必要になるが、赤色28,29)および青色30)は既に数ワットレベルが半導体レーザーから直接得られるので、多数の半導体レーザーを組み合わせて必要な出力を得ている。ネクセル社の赤レーザーは、マルチエミッターのバーをパッケージして光出力5-16Wを、青レーザーは、CANタイプのシングルエミッターの青LDを必要数パッケージして3-24Wを得ている。しかしながら、緑色は波長525nmで光出力1Wが報告31)、上市されているが数ワットクラスの光源の量産・実用化の報告はまだない。本用途に適した数ワットクラスの緑色レーザーとしては、NECSELTM 9)が上市されており、開発報告であるが半導体レーザー励起固体レーザーのSHG32) もある。

NECSELTM 9)は近赤外の外部共振器型垂直面発光レーザー(VECSEL :Vertical External Cavity Surface Emitting Laser)と共振器内部での第二高調波発生(SHG :Second Harmonic Generation)を組み合わせた電流注入型の可視レーザーであり、半導体レーザーでは直接発振が困難な、いわゆるグリーンギャップで任意の波長が得られる。特に6P3D方式の場合は、短波長を530nm帯にとると、長波長は550nm帯のレーザー光源が必要となるが、このような長波長緑のGaN系LDの高出力化とその実用化には時間がかかると考えられる。したがって、GaAs系赤外LDをベースに波長変換によって緑域において任意の波長を発生できるNECSELTMは有用である。更にNECSELTMは基本波が半導体レーザーなので所望の波長を選択することができ、多波長化によるスペックル低減が可能で映像用光源として適している。2014年2月に米国サンフランシスコで開催されたPhotonics West 2014にてSPIE Prism Award33)を、2015年にはレーザー学会産業賞(奨励賞)34)を, 更にレーザーを光源とした『Dolby Vision Cinema Laser Projector』に対して、Photonics West 2016にてドルビー社、クリスティ社とともにSPIE Prism AwardをDisplays and Lighting部門で受賞した。

5.NECSELTM (Necsel Extended Cavity Surface Emitting Laser)

5.1.基本構成

図4(a)、(b)にそれぞれNECSELTMの構成図と発振時の外観写真を示す。本レーザーの基本構成と動作原理を説明する。近赤外の面発光レーザー(VCSEL :Vertical Cavity Surface Emitting Laser)のアレイと波長選択素子VBG (Volume Bragg Grating) により赤外光の共振器が構成されている。第二高調波発生は共振器内部変換方式、つまり内部SHG方式を採用している。VCSELとVBGより構成される赤外光共振器内に第二高調波を発生する非線形光学素子であるPPLN (Periodically-Poled Lithium Niobate)が挿入さており、赤外レーザー光を可視レーザー光に変換している。例えば、1060nmの赤外光は530nmの緑光に変換される。変換された可視光のうち VCSELからVBGに向かって伝搬する光はVBGを通して赤外光共振器外部に取り出される。これを主ビーム(Primary beam)と呼ぶ。 VBGからVCSELに向かって伝搬する光は、光軸に対して45°傾けて設置されたダイクロイックミラーにより赤外光を透過し可視光のみが反射されて、共振器外部に取り出される。これを第2ビーム(Secondary beam)と呼ぶ。取り出された第2ビームは折り返しミラーによって再び90°向きを変えて、主ビームと同一方向に取り出される。ダイクロイックミラーを透過した赤外光はVCSEL内で増幅、分布ブラッグ反射鏡(DBR :Distributed Bragg Reflector)で反射されて再びダイクロイックミラーを透過してPPLNに入射して可視光に変換される。 図4(c)に示されるように、この光源は24個のエミッターを備えたアレイであり、24本の赤外光ビームから発生する可視光の主ビーム及び第2ビームはそれぞれ24本のビームよりなるので、結果として48本のビームが一つのレーザー光源から取り出される。48本の出力の合計は3 Wであり、一本当たりの出力に換算すると約60 mWになる。各ビームの横モードは、低出力時はTEM00であるが、出力が増加するに従い高次モードあるいはマルチモードになる。48本のビームの全体のスペクトル幅の典型値は約0.2nmである。シネマなどの画像用途には、低スペックルが好まれるため、マルチモードと多エミッターは適した特性である。図4(d) にレーザー光源の外観を示す。配線部を除くサイズは34mm x 20mm x 29mm である。3 Wの光出力を発生する非常にコンパクトで高出力な光源である。

図4:NECSELTM 緑レーザー (a) 概要図(2D), (b) 動作時写真, (c) 概要図(3D), 及び (d) 外観写真

5.2.レーザーの動作特性

図5に本レーザーの典型的なCW動作時の入出力特性を示す。発振閾値電流は約8 Aであり、電流の増加とともに出力が増加し、約21 Aにおいて3 Wのレーザー出力が得られ、約22Aでロールオーバーを迎える。ロールオーバー出力は、約3.3 Wである。このレーザーの定格出力は3 Wであり、その時の電力効率は7%である。発振波長として、Nd:YAGレーザーの第二高調波である532nmを含む521nmから555nmの広い範囲が実現している。

NECSELTMレーザーは、青の波長として465nmの報告もある35)。これは、エピの設計により、可視光のもとになっている赤外レーザー光が930nmから1110nmの広い範囲で得られるからであり、波長選択素子であるVBGによって赤外発振波長を固定、それに対応したPPLNを組合わせることで、実現されている。エピの設計により長波長化も原理的に可能なため、SHGにより直接発振LDでは実現が困難な黄色から赤色の波長域をカバーすることも期待され、621nm発生も学会報告されている35)

5.3.信頼性

レーザーの信頼性に関しても、実時間で4万時間の連続動作、並びに温度サイクル、熱ショック、振動、湿度などの評価を実施して、実使用にも十分に耐えうるものが既に製造されている。

図6に緑レーザーのQCW(繰り返し周波数500 kHz、電流デューティ比50%)での連続点灯試験結果を示す。縦軸は定格値で規格化されたレーザー出力、横軸が動作時間である。レーザー出力の定格は3 Wである。基準温度TNECSELは定格の40℃で動作させている。40000時間経過後もレーザー出力の低下はほぼない。4万時間は年間365日、1日10時間の映画上映を仮定すると11年間に相当する。本レーザーの光学部品は11年間の使用に相当する間レーザー光にさらされても劣化しないことを示している。

図7は基準温度TNECSELを定格の40℃に対して10℃高い50℃で動作させて, レーザーの心臓部であるエミッターの信頼性を評価した結果を示す。ここで、動作電流はTNECSELが定格の40℃のときに定格出力3 Wが得られた時の値である。40000時間経過後もレーザー出力の低下はほぼない。ここで、10℃の高温はGaAs系光半導体では、加速係数2であるから、エミッター部への負荷は80000時間の連続運転に相当する。この時間は前述の換算で映画上映20年間以上に相当する。CW動作でもTNECSELが50℃の条件で20000時間経過後もレーザー出力の低下がないことが確認されている。

以上の結果から、本レーザーは40000時間以上の実使用にも十分に耐えうる。

図5:NECSELTM緑レーザーのLIV特性

図6:NECSELTM緑レーザーの寿命試験結果 (出力3W)

図7:NECSELTM緑レーザーの寿命試験結果 (TNECSEL = 50℃)

6.まとめ

半導体レーザーのレーザーシネマ応用の現状について解説した。レーザーを光源とした6P3D方式が、従来になかった高輝度で高画質の超大型スクリーンに適した3D方式として各社に採用され普及しはじめている。バルコ社、クリスティ社、アイマックス社からの発表に続いて、ドルビー社も同方式でのプレミアムレーザーシネマの展開を開始した。

このレーザーシネマの立ち上がりは、RGBの可視半導体レーザーの高輝度化により現実的なコストと消費電力でレーザープロジェクターが実現できるようになったことが大きい。特に6P3D方式の実現のための長波長緑レーザーは、半導体レーザーの直接発振によりワットクラスの高出力を得るにはしばらく時間がかかると考えられ、赤外半導体レーザーとその波長変換によりこの波長域を実現しているNECSELTM方式の緑レーザーは有用である。

可視域の半導体レーザーの高輝度化を背景にして、高品質な超高輝度シネマ用光源としての市場が立ち上がりつつある。今後シネマの分野に限らず、ますます用途展開が進むことを期待したい。

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