レーザー学会 会誌 レーザー研究 第 48 巻 第 7 号(2020 年 7月)


レーザー学会産業賞を受賞して
―レーザープロジェクター用赤色高出力レーザーダイオード(HL63520HD)―


宮本晋太郎, 北村政治, 木村優基, 矢野一晃, 橋詰学, 萩元将人
ウシオ電機(株)(〒412-0038静岡県御殿場市駒門1-90)

Acknowledgement of Laser Industry Award 2020
―High Power Red Laser Diode for Laser Projector(HL63520HD)―

Shintaro MIYAMOTO, Seiji KITAMURA, Yuki KIMURA, Kazuaki YANO, Manabu HASHIZUME, and Masato HAGIMOTO

Ushio Inc., 1-90 Komakado, Gotemba-shi, Shizuoka 412-0038
(Received May25, 2020)
 


1. はじめに

 

 この度,筆者らが商品化した「レーザープロジェクター用赤色高出力レーザーダイオード(HL63520HD)」1,2,3)がレーザー学会産業賞(奨励賞)を受賞し,大変光栄である.
 レーザーディスプレイは,レーザーの持つ高効率,広色域,長寿命等の特長から,次世代のディスプレイとして大きな期待が寄せられており,近年普及が進んでいる.2014年にはクリスティ・デジタル・システムズ社がRGBタイプのレーザープロジェクターを製品化し†1,ハイエンドシネマ向けシアターへのレーザー光源プロジェクターの導入が始まった.その後,青色レーザーで蛍光体を励起し,黄色光を発光する蛍光体タイプのレーザープロジェクターの赤色域の色域改善のために,赤色レーザーダイオード(LD)を搭載した赤アシストタイプのプロジェクターも上市され,シネマ向けのみならず,エンターテインメント向けのラージベニュープロジェクターへも赤色LDが採用されている.また,ホームシネマ用途でも赤色LDを搭載したレーザーTVの製品化が進んでいる.今後は,車載ヘッドアップディスプレイやAR/VR/MR向けヘッドマウントディスプレイ等のコンシューマー向け用途でさらなる市場の拡大が期待される.
 このように,赤色LDはレーザーディスプレイの重要な基盤部品となっているが,赤色LDは温度変化に対し光出力や波長が変化しやすいため十分な冷却が必要であり,またレーザー単体の光出力が低いため,プロジェクター一台につきレーザーを多数搭載する必要がある.そのため,機器の小型化・コストダウンの観点から,レーザー単体の高出力,高効率が求められている.さらに,レーザープロジェクターの課題にスペックルがあり,その解決手段の一つとして複数波長のレーザーを使用し,スペックル低減を図る方法がある4)
 これまで弊社では,2017年10月に発振波長637nm,1.エミッタ1.5Wパルス/1.2W CW動作の赤色LD(HL63283HD),および,発振波長638nm,2エミッタ2.5Wパ ル ス/2.2W CW動 作 の 赤 色LD(HL63290HD)を上市した†2.赤色LDに対する更なる高出力化,高効率化の要望,およびスペックル低減の要望に対応するため,今回,複数波長のラインナップを持つ,発振波長638nm及び642nm, 3.5Wパルス/ 2.4W CW動作の赤色LD(HL63520HD)を開発,商品化した†3


 †1 URL:http://www.christiedigital.jp/news/4_2014_newsrelease6P-laser_fin.pdf
 †2 URL:http://www.ushio-optosemi.com/jp/NEWS/products/HL63283HD_HL63290HD.html
 †3 URL:http://www.ushio-optosemi.com/jp/NEWS/products/HL63520HD.html
 


2. 赤色高出力レーザーダイオード(HL63520HD)

2.1 LDの設計

    Fig.1に今回開発したLDチップ構造図を示す.本チップは二つの発光部(2エミッタ)を有するモノリシックチップであり,各エミッタ幅を75 mm,共振器長を1500 mmとした.共振器の前後端面には窓構造を設け,保護膜を成膜した.導波路にはリッジ構造を採用し,電流・光損失の低減を図った.638nm LDと642nm LDは,いずれもGaAs基板上にAlGaInP系の材料を結晶成長したヘテロ構造であり,活性層に歪量子井戸を備えている.AlGaInP系赤色LDでは,高温動作時に活性層からPクラッド層へ電子のオーバーフローが生じ,光出力が飽和することが最大の課題である.今回開発したLDチップは,電子のオーバーフローを抑制する為,チップの放熱性を改善した.LDチップはFig.2に示す9.0mmφTO-CANパッケージにジャンクションダウンで実装した.



 

    

2.2 LDの特性

 Fig.3,4に開発品の638nm LD(実線)と642nm LD(破線)のパルス及びCWの電流-光出力特性の温度依存性を示す.パルス条件は周波数f=120Hz,Duty=30%である.パルス動作において,いずれのLDでも45℃での最大光出力は4W程度得られており,45℃の高温で光出力3.5Wパルス動作を達成した.また,CW動作において,いずれのLDでも45℃の高温で光出力は2.4W以上が得られた.Fig.5に開発品の638nm LDの電力変換効率(WPE)の温度依存性を示す.
パルスでは,WPEの最大値は,25℃で43%,45℃で34%であった.CWでは,WPEの最大値は25℃で42%,45℃で32%であった.45℃ 3.5W パルス駆動,25℃ WPE 43%は,638nm LDの製品として世界最高レベル(注1)である.
この高効率により,プロジェクターの冷却システム小型化・コストダウンに貢献できる.高効率・高出力を達成した要因は,チップ構造の最適化による内部損失低減と,放熱性改善による活性層の温度上昇抑制により,電子のオーバーフローが低減し,内部量子効率が向上したためと考える.642nm LDは,638nm LDよりも,特に高温側で光出力が向上した.642nm LDは量子井戸の擬フェルミ準位が下がるため,電子のオーバーフローが抑制されたためと考える.

(注1)2020年4月現在,当社調べ

 
 

2.3 LDの信頼性 

 高出力LDの劣化モデルは,高光出力領域で支配的なCOD(Catastrophic Optical Damage)劣化モデル(光出力が急激に低下するモデル)と,高温領域で支配的な緩慢劣化モデル(光出力が徐々に低下するモデル)が考えられる.この2つのモデルで寿命を計算し,いずれか短い方をLDの推定寿命として定義している.COD劣化モデルの寿命は,3.5Wパルス,f=120Hz,Duty=30%の条件において,平均故障時間(MTTF)で28,000時間と推定された1) .Fig.6に緩慢劣化モデルの寿命として,開発品の638nm LDの寿命試験結果を示す.試験条件はケース温度Tc=45℃,パルスf=120Hz,Duty=35%,If=4.5A(Po=3.5W),ACC(Auto Current Control)である.寿命試験結果は1,500時間まで安定動作した.この試験結果から,故障判定基準を光出力50%と定義した時のMTTFは38,000hと推定された.

 以上より,開発品の寿命は,45℃,3.5Wパルス動作のMTTFで20,000時間以上と推定された.この結果はプロジェクター用LDに要求されるMTTF 20,000時間を満たしており,高い信頼性を持っていることがわかる.



3. まとめ 

 3.5Wパルス / 2.4W CW動作の発振波長638nm及び642nmの高効率な高出力赤色LD(HL63520HD)を開発,商品化した.複数波長のラインアップは,スペックル低減に有効であり,レーザープロジェクターの普及に貢献するものと考える.

 弊社は今後も継続的な赤色LDの開発,製品化により,様々なレーザーディスプレイ技術の発展,普及に貢献していきたい.

 

4. 参考文献

1) M. Hagimoto, S. Miyamoto, Y. Kimura, H. Fukai, M. Hashizume, and S. Kawanaka,
    "USHIO 3.5W red laser diode for projector light source" Proc. SPIE 10939, 109391I (2019).
2)M. Hagimoto, S. Miyamoto, Y. Kimura, H. Fukai, M. Hashizume and S. Kawanaka,
    “High Power Red Laser Diode for Projector Light Source”, IDW’19, PRJ2-4, 1283-1286 (2019).
3)宮本 晋太郎,萩元 将人,木村 優基,深井 春紀,橋詰 学,川中 敏,
    レーザー学会学術講演会第40回年次大会講演予稿集, “プロジェクター光源用高出力赤色半導体レーザー”
4)H. Yamada, K. Moriyasu, H. Sato and H. Hatanaka, 
   “Effect of incidence/observation angles and angular diversity on speckle reduction by wavelength diversity in laser projection systems
   ” Optics Express 25, 32132 (2017).


 

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