高強度 Time-stretch 分光装置を用いた低透過率試料の高速近赤外分光測定
五十嵐彩1、川越寛之1、佐原純輝1、横山拓馬1、山田剛1、藤本政弥2、八木澤祥史2、中山幸治2
1ウシオ電機株式会社、2東和薬品株式会社
1.目的
近赤外分光は、非接触非破壊での検査が可能であることから、食品や樹脂部品などの品質管理をはじめ様々な分野で産業応用が進んでいる。近赤外域の吸収は分子結合の基準振動の倍音や結合音に由来するものであり、赤外域に比べ吸収が弱い。そのため、希釈や薄片化などの前処理なしで測定できるメリットを有する一方、僅かな吸収の違いを判別できる高い測定精度が求められる。
また、サンプルに含まれる成分量などの内部情報を測定したい場合、拡散反射法よりも透過法を用いることが好ましい。しかし、低透過率試料では十分な測定精度を得るためには多くの積算回数を必要とし測定時間を要する課題があった。
本研究では、低透過率試料であってもミリ秒オーダーで測定できる高強度Time-stretch分光装置を開発した [1] 。高精度と高速性を両立できることから、高速搬送試料のインライン検査や、プロセスモニタリングへの適応が期待される。
2.高強度 Time-stretch 分光装置
Fig.1(a)に本装置の概略図を示す。近赤外域を含む広帯域パルス光源としてSupercontinuum(SC)光源(パルス幅~500 ps、繰り返し周波数1.2 MHz)を用いた。SC光源からのコリメート光は帯域フィルタで900-1300 nmの波長域のみ切り出した後、アクロマティックレンズで集光しアレイ導波路回折格子(AWG:Arrayed Waveguide gratings)に入射した。AWGは900-1300 nmの光を約6 nm間隔で61チャネルに分割する設計とした。Fig.1(b)に本装置で用いたAWGの透過率スペクトルを示す。AWGで分光された61チャネルは長さが異なるシングルモードファイバを経由することで時間差が与えられ、1つのパルス内に61個のサブパルスが形成される。各シングルモードファイバの長さは約1 m~150 mで、夫々2.35 mずつ長さが異なっており、サブパルスに11.5ナノ秒間隔の時間遅延を与える設計となっている。この遅延量は使用した光検出器の応答速度を考慮し、時間領域でサブパルス同士が重ならないように設定した。最後に、複数ファイバから出射される異なる波長の光を1つコアに集約するため前述のAWGと同じ設計のAWGへ再結合した。AWGからの出力ビームはコリメートレンズで直径2.8 mmの平行光とした。最終的な測定光の平均パワーは60 mWであった。
試料の透過光はInGaAsのpinフォトダイオード(帯域幅60 MHz)を用いて検出し、オシロスコープ(DSOS804A、Keysight社製)またはデジタイザー(ADQ7DC、Teledyne SP Devices社製)でデータを取得した。SC光源のスペクトル強度変動を補正するため、測定光の一部をビームサンプラで分岐し参照光とした。

Fig. 1 High-power time-stretch spectroscopy. (a) Schematic of the developed spectrometer. (b) Transmission spectra of the AWG
本手法が低透過率試料を高SN比かつ高速に測定できる理由について説明する。一般的な近赤外分光計にはフーリエ変換型と分散型が知られており、どちらも光源には主にハロゲンランプ光源が用いられている。ランプ光源は、拡散光のためサンプルに効率よく集光して照射することが難しい。また、時間的に出力一定の連続光であり、同等出力のパルス光源と比べると瞬間的なパワーは低い。Fig.2は測定時の連続光とパルス光の信号取得イメージを表している。どちらも信号光量(黄色部分の面積)とノイズレベルは同等とする。ここで、ノイズは検出器等に由来するランダムノイズを仮定している。SC光源は、高集光性能を有する瞬間的に高いピークパワーをもつ広帯域パルス光源であり、ハロゲンランプ光源の1000倍以上のパワー密度が得られるため、同光量の連続光に比べノイズに対し十分高い信号強度を得ることができる。加えて、ノイズはパルス持続時間のみ積算されるため、例えば、パルス幅1 ns、繰り返し周波数1 MHzとすると、時間的に1/1000に圧縮され、SN比は√1000 ≒ 30倍となる。これがパルス光源を用いる効果である。

Fig. 2 Comparison of signal acquisition by continuous and pulsed light sources.
また、SN比は積算回数nの平方根に比例するため、積算回数を増やすことで高SN比を得ることができるが、本装置は繰り返し周波数が1.2 MHzであるので積算回数1000回としても測定時間は0.83 msという高速測定が可能となる。これが、繰り返し周波数が高い光源を用いる効果である。さらに、本手法は時分割分光方式であるため、拡散透過光を高NAのレンズと単一フォトダイオードで効率良く取り込むことができる。以上の効果により、低透過率試料の高速かつ高精度な測定を可能にしている。
3.実験と結果
まず、低透過率試料の定量分析が可能であることを確かめるため、高散乱液体として知られるイントラリポス輸液20%(ダイズ油注射液、大塚製薬)を純水希釈したサンプルを用いて濃度推定を試みた。純水希釈によりダイズ油の体積分率16、17、18、19、20%の溶液を調整し、光路長5 mmの角キュベットに入れたサンプルを作製した。サンプル数は、16、18、20%は3検体ずつ、17、19%は2検体ずつの計13検体とした。Fig.3(a)に作製したイントラリポス溶液の写真を示す。ハンディの赤色レーザーを照射すると強く散乱されている様子が伺える。これら試料の透過率スペクトル測定結果を用い多変量解析による体積分率推定を試みた。本装置での透過スペクトル測定条件は、照射パワー60 mW、積算回数5500回、測定時間4.6 msであった。解析にはVEKTORDIREKTOR(KAX Group)を用い、前処理としてSavitzky-Golay(SG)1次微分、SNVを適用し、PLS回帰により予測モデルを作成した。最後に、 Leave One Out Cross Validation(LOOCV)でモデルの検証を行った。
Fig.3(b)に、前処理した透過率スペクトル測定結果を示す。1200 nm付近はダイズ油由来のC-H伸縮の2次倍音吸収ピークに一致し、体積分率の違いによるスペクトル強度の違いが明瞭に確認できる。Fig.3(c)にイントラリポス希釈液の体積分率の推定結果を示す。決定係数R2 = 0.996という高い値が得られており、高散乱試料の定量的なスペクトル分析における本装置の有効性を確認することができた。

Fig. 3 Results of NIR spectroscopy of Intralipos dilutions.
(a) The photographs of Intralipos sample. (b) The preprocessed transmission spectra of the samples. (c) Plot of predicted and actual volume fractions of Intralipos dilutions.
次に、錠剤中の有効成分(API)含有量の定量を試みた [2] 。APIとしてアロプリノールを含むモデル錠剤を作成した。標準含有量は、アロプリノール16.7% w/w、乳糖水和物55.6% w/w、結晶セルロース(MCC)26.9% w/w、ステアリン酸マグネシウム(Mg-St)0.8% w/wであり、大きさは、直径 8.0 mm、厚さ 3.2 mm 、片面に割線を有する錠剤とした。Fig.4(a)に錠剤の写真を示す。
キャリブレーション錠剤は、API標準含有量に対し70%、85%、100%、115%、130%の検体を各10錠ずつ用意し、テスト錠剤は、API含有量約100%の検体を40錠用意した。なお、APIと副原料比率を夫々の相関が小さい組み合わせで調製した。
ミリ秒オーダーで測定できることを実証するため、錠剤を円盤上のホルダに取り付け、1 m/secの速さで回転させながら測定した。透過光と同時に、測定光の一部を参照信号として取得し光源の変動を数値的に補正した。測定条件は、照射パワー60 mW、積算回数4700回、測定時間3.9 msであった。Fig.4(b)に光照射イメージ、Fig.4(c)に測定系を示す。

Fig. 4 Measurement of API content in tablets moving by a rotating disk.
(a) Photographs of the tablet sample. (b) Image of measurement pulse irradiation. (c) Configuration of the measurement system.
解析にはOPUS QUANT(v7.0、Bruker)を用い、前処理としてSG1次微分、SNVを適用し、PLS回帰により検量線を作成した。割線を有する錠剤を移動させながら測定する場合、Fig.4(b)光照射イメージのように、異なる位置を複数回照射して測定されたスペクトルを積算することになるため、光照射面の割線有無と搬送方向に対する割線の向きが透過光スペクトルに影響を与える。よって、トレーニングデータには、1錠剤につき、光照射面の割線有無と搬送方向に対する割線の向きが異なる8回の測定結果を含む計400個のデータを用いた。
Fig.5(a)に前処理した透過率スペクトル測定結果を示す。9000 cm-1付近はアロプリノール由来の吸収であり、API含有量に対応した吸収が見て取れる。また、Fig.5(b)に示すローディングスペクトルより、第一主成分の寄与率が99%以上の検量線を得ることができた。最後に、テスト用の40錠剤のAPI含有量予測精度を測定した。1錠につき、光照射面の割線有無と搬送方向に対する割線の向きが異なる10回の測定に対しRMSEPを算出した。従来法であるFT-NIRで、波数分解能16 cm-1、積算回数32回(測定時間約20秒)にて、同様に測定した結果を併せてFig.5(c)に示す。両測定手法に有意な差はなく、同等の予測精度が得られた。一部予測結果のばらつきが大きい錠剤もあるが、FT-NIRでも同様の傾向があることから錠剤中の成分偏析等の検体起因と考えられる。

Fig. 5 Results of tablets measured by high-power time-stretch spectroscopy
(a) Preprocessed transmission spectra of the calibration tablets. (b) Loading plots used for PLS calibration model. (c) RMSEP for the test tablets.
4.結論
低透過率試料を高速かつ高精度に測定できる高強度Time-stretch分光装置を開発し、低透過率試料に対しミリ秒で取得した透過スペクトルを用いて成分濃度推定が可能であることを実証した。
近年、近赤外分光は工程管理の観点で注目が高まっている。高強度Time-stretch分光装置は、高速と高精度の両立により、新たなアプリケーションへの適応が期待できる。今後、早期実用化に向けて取り組んでいきたい。
参考文献
[1] Kawagoe, H., et al. Sci. Rep. 13, 17261 (2023).
[2] Nakayama, K., et al., J. Pharm. Biomed. Anal. 116372, (2024).
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