USHIO

光技術情報誌「ライトエッジ」No.41(2014年12月発行)

O plus E(アドコム・メディア 2014.6)

高輝度レーザー光源の
レーザーシネマ応用

ウシオ電機株式会社 畑中 秀和
Necsel Intellectual Properties Inc. Gregory T. Niven

1. はじめに 

2014年3月に米国ラスベガスのシーザーズパレスホテルにて開催された今年のシネマコン(CinemaCon)は、レーザーを光源とした3Dプロジェクター新製品発表とデモンストレーション、販売契約締結のアナウンスが続く、レーザーシネマにとってセンセーショナルなものであった。バルコ(Barco)社とクリスティ・デジタル・システムズ(Christie Digital Systems、以下クリスティ)社から発表されたレーザープロジェクターの特長はいずれも超大型スクリーン向けの高輝度で高品質な6P3D(6 Primary 3 D)方式1)であった。これらのプロジェクターは、プレミアムスクリーン向けに合わせて100以上のスクリーンに導入が決まっている2-7)

ここでは、近年のプロジェクターの高輝度化の流れと6P3D方式のレーザープロジェクターの特長、それを可能にしたRGB3原色の半導体レーザー、特にNECSEL(Necsel Extended Cavity Surface Emitting Laser、ネクセル)8)と呼ばれる共振器内部SHG型の電流注入式外部共振器型垂直面発光レーザー(VECSEL:Vertical External Cavity Surface Emitting Laser)による可視光レーザーについて述べる。

2. デジタルシネマプロジェクターの高輝度化

図1に最近のデジタルシネマプロジェクターの高輝度化の流れを示す。2009年に米国のイーストマンコダック(Eastman Kodak,以下コダック)社がRGB光源を全てレーザーとした11000ルーメンのレーザープロジェクターを試作した9)。同機は少なくとも40000ルーメンまでスケーラブルであり、その後のレーザーを光源としたプロジェクターの高輝度化につながっている。一方、2010年12月にバルコ社が43000ルーメンを達成して、キセノンランプを用いた従来型のデジタルシネマプロジェクターの全光束の最高記録としてギネスブックに登録された10)。2011年に全世界で超大型プレミアムスクリーンを展開しているIMAX(アイマックス)社はコダック社からレーザープロジェクションのライセンスを受ける契約を結んだ11)。このコダック社のレーザープロジェクターには米国NECSEL社が供給するRGBのレーザー光源が搭載されていた9)

2012年1月、バルコ社が米国テキサス州ガルベストン(Galveston)で開催されたMoody Gardens Digital Cinema Symposiumにて、レーザープロジェクターで55000ルーメンの全光束を実現、デモンストレーションを行った12)。それにはRGB合わせて600Wのレーザーが搭載されていた。同年9月、クリスティ社もオランダのアムステルダムにて開催されたIBC(International Broadcasting Convention)にてレーザープロジェクターで63000ルーメンを13)、更に北京にて72000ルーメンを実現して14)、デモンストレーションを行った。

翌2013年3月下旬にはクリスティ社は2週間の期間限定ではあったが、米国ハリウッドに近いバーバンク(Burbank)のAMCシアターにて、レーザープロジェクターとしては世界初の商業興行を行った15)。期間中は誰でも料金を支払えば、ハリウッド映画のG.I.Joe: Retaliation(邦題G.I.ジョー バック2リベンジ)を鑑賞できた。高輝度なレーザープロジェクターを用いた結果、3Dでも2Dと同様のDCI規格の14fLのスクリーン照度が維持されており、くっきりとした迫力のあるシーンが表現されていた。音響システムも最新のドルビー(Dolby)社の システムが採用されており、頭上のスピーカーによりヘリコプターの迫力ある飛行音が表現されて、視覚聴覚ともに品質の高いサービスを提供する次世代のプレミアムシアターとしての映画品質を実感することができた。クリスティ社のレーザープロジェクターにはNecsel社のレーザーが搭載されていた。

レーザープロジェクターの高輝度化の流れの中で、2013年中には、各社から2014年にレーザープロジェクターを設置するとの発表がなされた。IMAX社はスミソニアン博物館に3)、クリスティ社は米国シアトルのSeattle Cinerama シアターにレーザープロジェクターを導入して世界で初めての常設興行を開始するとの発表があった2)。クリスティ社はこれに先立って米国でレーザー安全規制を管轄するFDA(Food and Drug Administration)からDCI規格のシネマプロジェクター製造者として初めて承認を得ており2)、バルコ社も2014年4月15日にFDA承認を発表16)、LIPA(Laser Illumination Projection Association)17)などの業界団体もレーザープロジェクターの普及に向けてレーザー安全規制の改善に取り組んでおり、米国でのレーザーシネマ普及に向けて着実な進展がみられる。

以上のように、レーザーを光源とした高輝度プロジェクターは、超大型プレミアムスクリーン用のプロジェクターとして開発、デモンストレーションが進んだが、加えて単色光源であるレーザーを光源とすることで、高品質な3D方式である6P3D方式がランプでは実現できなかった高い光利用効率で実現できるようになり、開発が進んだ。

図1 デジタルシネマプロジェクターの高輝度化の流れ

3.6P3D(6 Primary 3D)方式

レーザーをプロジェクター光源に使えることになったことにより3D画像方式の中で、6P3D方式1)が注目されている。

表1に3D方式のなかで現在普及している偏光方式と6P方式の比較をまとめる。6P方式は左右の眼で異なるRGBの波長のセットを使うことで3Dを表現する。この方式は左右のグラスの原色の波長間隔を適切にとることでクロストークの少ない3Dメガネをつくることができるので高画質な3Dとして期待されている。従来光源であるキセノンランプでは、白色光から2組のRGB光を取り出す過程の効率が低いために、明るいスクリーンの実現が困難であったが、レーザーは既に単色度の高い光源なので、最初から波長の間隔を適切に選択した2組のRGBレーザーをつかえばよく、このデメリットはなくなる。しかも、レーザーは高輝度な光源なので数を増やしても光の利用効率を犠牲にすることなく光をプロジェクターの光学系に取り込むことができるので、容易に光量を高めることができる。結果として、従来のランプ式プロジェクターでは実現困難であった3DでDCI規格の14fLのスクリーン光量を実現できている。

また、偏光を維持するためのシルバースクリーンが必要なく通常のマットスクリーンが使えるのでスクリーンの維持費が低く、かつホットスポットのない輝度が一様な映像が実現できるほか、ドームのような曲面スクリーンにも対応が可能である。

更に、超大型スクリーンであるIMAXは、直線偏光式の3Dのため、観衆の頭が傾くと左右の眼の画像のクロストークが増すが、波長によるフィルターを使う6P方式では起こらない。このクロストークの増加は同じ偏光方式でも円偏光を用いているRealD方式では原理的に起こらない。

2013年1月にレーザー学会年次大会会場である姫路商工会議所の一室で世界初のレーザーを光源とした6P3D方式のパブリックデモンストレーションが実施された。参考に、その時の6原色の波長と色度図を表2および図2に示す。

表1 3Dの方式比較(偏光方式と6P方式)

表2 6P3D方式の6原色波長

図2 6P3D方式の6原色の色度図

4.6P3D方式レーザーシネマ用光源

可視のRGBレーザーを光源とした6P3D方式の超大型プレミアムスクリーン用プロジェクターには,プロジェクター一台あたりRGB3原色それぞれ数百ワットの平均出力が必要である。図3にRGBレーザーの例を示す。6P方式ではRGB各色に対してそれぞれ短波長と長波長が必要になるが、赤色18,19)および青色20)は既に数ワットレベルが半導体レーザーから直接得られるので、多数の半導体レーザーを組み合わせて必要な出力を得ている。Necsel社の赤レーザーは、マルチエミッターのバーをパッケージして光出力5-16Wを、青レーザーは、CANタイプのシングルエミッターの青LDを必要数パッケージして3-24Wを得ている。しかしながら、緑色は波長525nmで光出力1Wが報告21)されているが数ワットクラスの光源の量産・実用化の報告はまだない。そこで、数ワットクラスのNECSEL9)あるいは、半導体レーザー励起固体レーザーのSHG 22)が光源として用いられている。

NECSEL8)は近赤外の外部共振器型垂直面発光レーザー(VECSEL :Vertical External Cavity Surface Emitting Laser)と共振器内部での第二高調波発生(SHG : Second Harmonic Generation)を組み合わせた電流注入型の可視レーザーであり、半導体レーザーでは直接発振が困難な、いわゆるグリーンギャップで任意の波長が得られる。特に6P3D方式の場合は、短波長を530nm帯にとると、長波長は550nm帯のレーザー光源が必要となるが、このような長波長緑のGaN系LDの高出力化とその実用化には時間がかかると考えられる。したがって、GaAs系赤外LDをベースに波長変換によって緑域において任意の波長を発生できるNECSELの存在価値は大きい。更にNECSELは基本波が半導体レーザーなので所望の波長を選択することができ、多波長化によるスペックル低減が可能で映像用光源として適している。同レーザーは2014年2月に米国サンフランシスコで開催されたPhotonics West 2014にて、SPIE Prism Awardを受賞している23)

図3 RGBレーザーの例(Necsel社製)

5. NECSEL (Necsel Extended Cavity Surface Emitting Laser)

5.1 基本構成

図4(a)、(b)にそれぞれNECSELの構成図と発振時の外観写真を示す。本レーザーの基本構成と動作原理を説外観写真を示す。本レーザーの基本構成と動作原理を説明する。近赤外の面発光レーザー(VCSEL :Vertical Cavity Surface Emitting Laser)のアレイと波長選択素子VBG (Volume Bragg Grating) により赤外光の共振器が構成されている。第二高調波発生は共振器内部変換方式、つまり内部SHG方式を採用している。VCSELとVBGより構成される赤外光共振器内に第二高調波を発生する非線形光学素子であるPPLN(Periodically-Poled Lithium Niobate)が挿入さており、赤外レーザー光を可視レーザー光に変換している。例えば、1060 nmの赤外光は530 nmの緑光に変換される。変換された可視光のうちVCSELからVBGに向かって伝搬する光はVBGを通して赤外光共振器外部に取り出される。これを主ビーム(Primary beam)と呼ぶ。

BGからVCSELに向かって伝搬する光は、光軸に対して45°傾けて設置されたダイクロイックミラーにより赤外光を透過し可視光のみが反射されて、共振器外部に取り出される。これを第2ビーム(Secondary beam)と呼ぶ。取り出された第2ビームは折り返しミラーによって再び90°向きを変えて、主ビームと同一方向に取り出される。ダイクロイックミラーを透過した赤外光はVCSEL内で増幅、DBRで反射されて再びダイクロイックミラーを透過してPPLNに入射して可視光に変換される。

図4(c)に示されるように、この光源は24個のエミッターを備えたアレイであり、24本の赤外光ビームから発生する可視光の主ビーム及び第2ビームはそれぞれ24本のビームよりなるので、結果として48本のビームが一つのレーザー光源から取り出される。48本の出力の合計は3 Wであり、一本当たりの出力に換算すると約60 mWになる。

各ビームの横モードは、低出力時はTEM00であるが、出力が増加するに従い高次モードあるいはマルチモードになる。48本のビームの全体のスペクトル幅の典型値は約0.2 nmである。シネマなどの画像用途には、低スペックルが好まれるため、マルチモードと多エミッターは適した特性である。

図4(d) にレーザー光源の外観を示す。配線部を除くサイズは34 mm × 20 mm × 29 mm である。3Wの光出力を発生する非常にコンパクトで高出力な光源である。

図4(a) NECSEL緑レーザーの概要図(2D)

図4(b) NECSEL緑レーザーの動作中の写真

図4(c) NECSEL緑レーザーの概要図(3D)

図4(d) NECSEL緑レーザーの外観写真

5.2 レーザーの動作特性

図5に本レーザーの典型的なCW動作時の入出力特性を示す。発振閾値電流は約8 Aであり、電流の増加とともに出力が増加し、約21 Aにおいて3 Wのレーザー出力が得られ、約22 Aでロールオーバーを迎える。ロールオーバー出力は、約3.3 Wである。このレーザーの定格出力は3 Wであり、その時の電力効率は7%である。発振波長として、Nd:YAGレーザーの第二高調波である532 nmを含む521 nmから555 nmの広い範囲が実現している。

NECSELレーザーは、青の波長として465 nmの報告もある24)。これは、エピの設計により、可視光のもとになっている赤外レーザー光が930 nmから1110 nmの広い範囲で得られるからであり、波長選択素子であるVBGによって赤外発振波長を固定、それに対応したPPLNを組合わせることで、実現されている。エピの設計により1230 nm程度までの長波長化も原理的に可能なため、SHGにより直接発振LDでは実現が困難な黄色から短波長の赤色の波長域もカバーすることも期待される。

図5 NECSEL緑レーザーのLIV特性

5.3 信頼性

レーザーの信頼性に関しても、実時間で4万時間の連続動作、並びに温度サイクル、熱ショック、振動、湿度などの評価を実施して、実使用にも十分に耐えうるものが既に製造されている。

図6に緑レーザーのQCW(繰り返し周波数500 kHz、電流デューティ比50%)での連続点灯試験結果を示す。縦軸は定格値で規格化されたレーザー出力、横軸が動作時間である。レーザー出力の定格は3 Wである。基準温度TNECSELは定格の40 °Cで動作させている。40000時間経過後もレーザー出力の低下はほぼない。4万時間は年間365日、1日10時間の映画上映を仮定すると11年間に相当する。本レーザーの光学部品は11年間の使用に相当する間レーザー光にさらされても劣化しないことを示している。

図7に基準温度TNECSELを定格の40 °Cに対して10 °C高い50 °Cで動作させて、レーザーの心臓部であるエミッターの信頼性を評価した結果を示す。ここで、動作電流はTNECSELが定格の40 °Cのときに定格出力3 Wが得られた時の値である。40000時間経過後もレーザー出力の低下はほぼない。ここで、10 °Cの高温はGaAs系光半導体では、加速係数2であるから、エミッター部への負荷は80000時間の連続運転に相当する。この時間は前述の換算で映画上映20年間以上に相当する。CW動作でもTNECSELが50 °Cの条件で20000時間経過後もレーザー出力の低下がないことが確認されている。

以上の結果から、本レーザーは40000時間以上の実使用にも十分に耐えうる。

図6 出力3W時のNECSEL 緑レーザーの寿命試験結果

図7 TNECSEL 50 °C時のNECSEL 緑レーザーの寿命試験結果

6. まとめ

高輝度レーザー光源のレーザーシネマ応用の現状について解説した。レーザーを光源とした6P3D方式が、従来になかった高輝度で高画質の超大型スクリーンに適した3D方式として注目されている。2014年3月のシネマコンにて、バルコ社とクリスティ社から同方式を採用したレーザーシネマプロジェクターの製品発表があった。合わせて、IMAX社をはじめとして、プレミアムスクリーン向けに合わせて100以上のスクリーンにレーザープロジェクターの導入が決まっている。

このレーザーシネマの立ち上がりは、ビジネス的にはシネマのデジタル化が峠を越して、次の商品企画が期待される背景があることは言うまでもないが、エンジニアリング的にはRGBの可視半導体レーザーの高輝度化により現実的なコストと消費電力でレーザープロジェクターが実現できるようになったことが大きい。特に6P3D方式の実現のための長波長緑レーザーは、半導体レーザーの直接発振によりワットクラスの高出力を得るにはしばらく時間がかかると考えられ、赤外半導体レーザーとその波長変換によりこの波長域を実現しているNECSEL方式の緑レーザーの存在価値は高い。

可視域の半導体レーザーの高輝度化を背景にして、高品質な超高輝度シネマ用光源としての市場は既に立ち上がりつつある。今後シネマの分野に限らず、ますます用途展開が進むことを期待したい。

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